京都の闇に魅せられて(新館)

護浄院・清荒神と紅葉 @ 京都妖怪探訪(588)





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 どうも、こんにちは。
 まだ続く『霊場魔所の紅葉』シリーズも兼ねて今回は、「荒神(こうじん)」と呼ばれる存在を祭る京都市内の古刹を訪れます。
 この寺で頂いた由緒書きによれば「荒神」とは、正式な名称を「三寶大荒神」というらしく、悪魔降伏の仏尊であり、火や竈、牛馬の守り神であるとされています。「七つの難を即滅し」「七つの福を即生じ、一切の苦から救ってくれる」と、「荒神経」にあるそうです。
 ただし、「荒神」と呼ばれるくらいですから、「祟りやすい性格も持つ」という怖い側面も持っている神様でもあるそうです。
 古い多神教の神様にはこうした「鬼神」「荒ぶる神」「祟り神」などの恐ろしい一面を持った神様も多いようですが、これらが古くから天皇家によって祭られてきたという珍しい、面白いケースでもあります。


 最寄りの交通機関はその名も京都市営バス「荒神口」停留所です。







 河原町通り沿いにある「荒神口」交差点を西へ。









 護浄院の門が見えてきます。
「清三宝大荒神」という大きな看板が。









 本道横に掛かっている大きな「清荒神」の絵馬。





 まるで七福神の大黒さまみたいです。


 庭の片隅に道祖神が。






 この建屋・七福殿には、歓喜天観世音菩薩や、七福神の福禄寿えびす神も祭られているようです。








 特にこの中の福禄寿は「京洛七福神」の一人にもあげられているそうです。
 これらの仏像は、明治維新や東京遷都の折り、京都御所や公家より、この古刹へと移されたものだと伝えられています。
 実に様々な宗教の、様々な神仏が祀られている感じです。
 「荒神」信仰の由来・形成について少しだけ調べましたが、神仏習合に修験道や陰陽道、さらに民間信仰なども結びついて形成されていったらしい、という随分と複雑に出来たようです。
 なるほど、それでこのように複数の宗教・信仰の神仏が入り交じったようになっているのか、いかにも日本らしい信仰かもしれない、と妙に納得してしまいます。






 この寺の由緒を見ていきましょう。
 今からおよそ1200年前の宝亀3年(772年)、光仁天皇の皇子・開成皇子が摂津勝尾山(現在の大阪府箕面市)で修行中、八面六臂の鬼神の姿で「荒神」が現れました。その姿を開成皇子自らが彫刻し、鎮護国家の為に祭ったのが、この寺の起源とされています。
 それから長きにわたって、皇室に信仰され続けます。

 本堂(本殿?)へ。





 前に鳥居が立っていますが、そこは神仏習合の国・日本らしいなと思います。
 南北朝時代、乗厳律師が和平の為、七日間荒神秘法供を修めた時、壇上の五股金剛杵が三回飛揚して、如来荒神の像となって壇上に座し、さらに五股金剛杵に戻った、ということがあったそうです。
 乗厳律師が「これは御祈願が成就する良い兆候です」と後小松天皇に報告し、さらに白檀の木で如来荒神の像を創り、本尊脇に安置して、天下や宮中の平和を祈願した、と伝えられています。
 
 本堂(本殿?)へと礼拝。





 皇室や宮中、天下国家の平和と繁栄を祈願されてきた「荒神さま」ですが、一般の参拝者にも「厄除け、火除け、家庭円満などの御利益があるとされています。
 また「家の中でも最も清浄とされる台所・炊事場の上に祭る」「毎朝一番の初水を供える」「専用の真言‘おんけんばやけんばやそわか’を七辺または二十一辺唱える」などの祭り方・拝み方も由緒書に書いてありました。


 この日は境内の紅葉が赤く染まり、また何かのイベントがあったようです。





 お茶席が設けられ、参拝者にはお茶とお菓子が振る舞われました。






 「荒神」といえば、宮部みゆきの同名作品を思い出します。
 人間の憎悪によって生み出された凶悪で恐ろしい怪物と、人間との戦いを描いた作品です。
 そのように「荒神」と言えば読んで字の如く「荒ぶる神」。
 つまり人間に災いや祟りをもたらす恐ろしい側面をも持つ神様でもあるわけです。
そんな怖い一面も持つ鬼神や魔神が崇拝・崇敬されているのは何故か。
 そうしたケースで一番多いのが、そういった神様が願いを叶えてくれるための強力な力を持つと信じられているから、です。
 今の言葉で言えば、ハイリスク・ハイリターンな神様というわけです。
 願いを叶えてもらう確率を上げる代償に、その危険性も引き受けなければならない、という神様でしょうが。
 こうした鬼神や魔神を崇拝するケースは、日本の皇室だけでなく、世界各地の王侯貴族などにも。人間に恐ろしい祟りを為し、生け贄などの代償を要求するような恐ろしくて強力な神様を崇拝するというケースも見られますからね。
 「リスクや代償を承知の上でもなお叶えたい願いがある」というのは、古今東西同じ、ということでしょうか。

 あるいは古来の神様とは、鬼や魔、妖怪などと同じく、人類にとって自然を象徴したり、自然の力を体現したりした存在だったわけです。
 恵みをもたらすこともある一方、多くの災害など不幸をもたらす理不尽で恐ろしい存在でもある。だから古い多神教の神様の中には、人間に災厄をもたらし、時には生命をも奪うこともあるという。
 「元来、神と鬼、魔とは同じ存在であった」という説もあります。
 『京都妖怪探訪』シリーズを続けていると、そのことを実感することが何度もありましたよ……。

 いずれにせよ。
 皇室の人々も含めて先人たちは、こういう恐ろしい一面を持った存在と共存してきたわけですね……。

 もっとも私は、いつもの様にただ礼拝するだけで、何もお願いはしませんでしたが。
 「神様・仏様は崇敬・礼拝してもこちらからは要求やお願いをしない」のが私の主義ですから(その理由はこちらの記事を参照)。
 ましてや「荒神」と呼ばれるくらい怖い神様ですからね……。






 今回はここまで。
 また次回。




*護乗院へのアクセスについてはこちらを参照。




*『京都妖怪探訪』シリーズまとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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