ロシアの北都 サンクトペテルブルク紀行

2005年秋から留学する、ロシアのサンクトペテルブルク(旧レニングラード)での毎日を記します。

大渋滞

2005-12-04 23:59:49 | Weblog
29 Ноября 2005
Сегодня я нашёл хороший ресторан на Казанской улице. У них есть бизинес-ланч и там японский ”мисо-суп”. Это был мой первый раз, когда я ел ”мисо-суп” в России. Суп был очень вкусный.
Вечером, когда я ехал на маршрутное такси от Садовой улицы, мы попали в пробку. Все машины шли медленно. 30 мин я ехал от метро станции ”Сеиная площадь” до метро станции ”Маяковская”.

2005年11月29日
ロシア滞在90日目
【今日の写真:この時期、15時頃になると早くも日は傾き始める。「夕暮れ時」のカザンスカヤ通りを歩く人々。14時57分、カザン聖堂前にて。】

今日の主な動き
08:49 出かける
08:57 マヤコフスカヤ駅
09:06 バシレオストラフスカヤ駅
09:17 学校
12:27 コピー屋
12:40 バシレオストラフスカヤ駅
12:48 ガスティニードヴォル駅
13:02 洗濯屋
13:50頃 カザンスカヤ通りのレストラン”sukawati”
14:59 日本センター
17:07頃 洗濯屋
17:48 セイナヤプロシャチ駅近く、サドーヴァヤ通り路上からマルシュルートカ159に乗車
18:17 マヤコフスカヤ駅付近に到着
18:29 帰宅

 午後、洗濯屋に行く。今日はボーナスカード(1回洗濯する毎に1つスタンプが押してもらえ、スタンプが10個たまると無料洗濯券になる。)が一杯になったので、それを使う。
洗濯屋でボーナスのアメリカンコーヒーを飲んだ後、カザンスカヤ通りの”sukawati”というインドネシアレストランに入る。このレストランは初めてだったが、店の外に写真が掲示してあるランチがおいしそうだったから来てみた。入り口ではオーバーを預ける。高そうな雰囲気だったが、ランチは190ルーブルと320ルーブル。ロシアの値段にしては高いが、日本人の感覚としては至って適正な価格である。
 メニューには寿司もあった。寿司のランチは320ルーブル。インドネシア料理を全く知らない私は、どのあたりが「インドネシアン」なのかよく分からなかった。メニューをよく見ると、寿司の他に、「ミソスープ」もあり、日本料理も混ざっているようであった。アジアは皆ごちゃ混ぜというわけなのか。190ルーブルのランチには3種類あったが、今回はミソスープがあるセット3を注文。
 カザンスカヤ通りに面した席で、通りを見ながら料理を待つ。まずジュースが来て、しばらくするとサラダが来た。ペテルブルクのレストランの例にもれず、ここもフルコースのような形式である。サラダを食べ終えると皿が回収され、またしばらく待ってみそ汁が登場。みそ汁をスプーンで食べるというのはいささか奇異であるが、味は日本のそれとほとんど変わらず。きのこが入っていて、味はやや濃く、私の好みにぴったりだった。思えば、ロシアに来て以来みそ汁を食べたのはこれが初めてである。
 その後料理はメインディッシュ、デザートと続いた。デザートにはアイスクリーム。これだけの料理がセットになって190ルーブルとは大変お得。わたしはこのレストランをすっかり気に入った。

 日本センターへ行った後、再び洗濯屋へ。今日の店番はセルゲイで、私が日本センターへ行っている間に乾燥機を回してくれていた。
 私が洗濯物を回収し終えると、「お茶を飲むかい?」と、紅茶をサービスしてくれた。とてもありがたかったが、ただでお茶だけ飲むのは悪い気がして、輪のような形の、ビスケット状の食べ物を注文。ところが、彼はカップに山盛りにしてくれたので量が半端じゃなく、全部食べきることが出来なかった。そこで、残りを紙に包んで持ち帰ることに。

 洗濯屋を出る頃には既に辺りは真っ暗。この時間帯(洗濯屋を出たのは17:35)、カザンスカヤ通りから近いネフスキー通り駅の入り口(中でガスティニードヴォル駅とつながっている)が、エスカレーター修理のため18時30分まで閉鎖されているので、やや遠いガスティニードヴォル駅の入り口まで歩くことをせず、最寄りのセイナヤプロシャチ駅へ向かう。
 セイナヤプロシャチ駅からマヤコフスカヤ駅へは、ネフスキー通り駅で乗り換え、ガスティニードヴォル駅→マヤコフスカヤ駅というコースが最短である。が、いつもそれでは芸がないので、洗濯屋でお茶を飲みながら、今日は別の駅で乗り換え、ちょっと遠回りをして帰ろうと案を練っていた。 
 
 セイナヤプロシャチ駅へ向かってサドーヴァヤ通りを歩いていると、通りに159番のマルシュルートカが停留していた。ふとその貼り紙を見ると、「マヤコフスカヤ」の文字が。運転手に聞いてみると、マヤコフスカヤ駅も経由するというので、メトロ遠回りは次の機会にして、マルシュルートカで帰ることにした。
 一番前の席の右端に乗って出発を待つ。マルシュルートカは満員になり次第発車する。客が来るまでの間、運転手の男性は外でタバコを吸っていた。車内を見渡すと、料金は17ルーブルと書かれた紙があったので、ポケットや財布から小銭を集めて用意する。
 セイナヤプロシャチ駅近くだけあって、5分ほどで車は満員になった。出発したはいいものの、サドーヴァヤ通りは渋滞。サドーヴァヤ通りはロシア語の教科書にも出てくる一流の通り。もともと交通量が多いうえ、帰宅ラッシュと重なり車はノロノロ。運転手はハンドルを巧みに操作し、車と車の隙間にぐんぐん割り込んでいく。しばらくして、彼は私に何か言ってきた。よく分からないでいると、私の左隣、真ん中に座っていた女性が私のリュックを手前に寄せた。私がリュックを前にもたれかけていたために、運転手から右側がよく見えなかったようである。
 車は進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返す。感心なことに、止まる度に運転手はエンジンを切っていた。排気ガスを削減するためなのか、単に燃料費を抑えたいだけなのかは良く分からないが、結果的に両方同時に出来るから大変結構なことである。
 サドーヴァヤ通りを抜けるのには10分ほどかかったと思う。ネフスキー大通りとの合流地点付近で、運転手はしきりに右側を気にしていた。私はリュックが邪魔なのかと思い、もっと手前に引き寄せると、運転手は「いや、大丈夫だ。」というように親指をあげて見せた。
 ネフスキー大通りもかなりの渋滞。道路の真ん中で止まっていると、「乗っても良いか?」とやってきた女性がいた。運転手はもちろん「さあ乗って!」と歓迎。なるほど、立ち往生したところでマルシュルートカを捕まえるという、渋滞を利用した作戦である。それにしても、堂々と車道に入ってくるとはなかなかの度胸。
 マルシュルートカのハンドルのところには10ルーブル札がぎっしり詰まっており、フロントガラスの手前の小物入れには小銭がたくさんある。17ルーブルとなると、運賃やお釣りのやりとりが大変だろうが、運転手は片手でハンドルを握りながら、慣れた手つきで料金を受け取り、お釣りを返していく。

 マヤコフスカヤ駅が近づいてきたので、1つ手前の交差点付近で「マヤコフスカヤで停まってくれ。」と運転手に伝える。彼は、聞き取りづらいであろう私のロシア語をうなずきながら聞いていた。マヤコフスカヤ駅前の信号近くにさしかかると、私の方を向いて、「あそこだ。」というように指をさして教えてくれた。運転はあらいながらも、なかなか好感が持てる運転手たっだ。

 ラッシュ時は地下の混雑も激しいが、地上の渋滞も半端じゃないということを知った。セイナヤプロシャチ駅前からの所要時間は約30分。これでは歩くのと大して変わらない。が、この所要時間の長さをpositiveにとらえれば、夜のサドーヴァヤ通り、ネフスキー大通りを車内からじっくり堪能することができるということになり、なかなか素敵である。そう思うと、急いでいないときには大渋滞も悪くない。

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