コドモの王国

文部科学省解体による教育自由化で、
効率のいい学習方法が日本中に広がる、
と思っているブログ。

生きにくい国・ニッポン

2006年06月14日 | weblog
「資料としてはWHOが世界各国から収集整理している自殺統計を使用した。

 対象国は日本のほか米国、英国、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデン、イタリア、カナダ、オーストラリアなど欧米先進国、及び韓国、中国(ただし調査地域のみ)、シンガポール、ロシア、リトアニア、ハンガリー、スリランカ、アルゼンチンなど世界99カ国にわたっている。

 自殺率はその他の死因別死亡率と同じように人口10万人当たりの死亡者数で比較されることになっている。

 日本は欧米先進国と比較すると確かに世界1の自殺率となっている。さらに範囲を広げた国際比較では、図のように、日本は、リトアニア、ロシア、ウクライナ、ハンガリーなどに次ぐ世界第10位の自殺率の高さとなっている。このように国内の混乱が続く体制移行国に次いで高い自殺率ということから日本の自殺率はやはり異常な値であるといわざるを得ない」
(『社会実情データー図録』より)

個人的には、日本人で良かったと思っています。
こんな平和な時代の日本に生まれて幸運だし、
感謝してます。
でももっといい国、住みやすい国になれるのに、
一部の人間が実力不相応ないい暮らしを手放したく
なくて、いまのニッポンが作られているように
思えます。

そういった一部の人間に都合のいい歳の取りかた、
精神構造から外れると、表面的には穏やかそのものの
日本社会の別の顔が現れる。
それがこの自殺率の高さに現れていて、その事は
大部分の日本人も肌で感じていて、それだからこそ、
学校や会社に表立って逆らわない。
K・V・ウォルフレンの言う「従順な中産階級」が
大量に存在してるのではないか、と考えます。



選択の体系的な剥奪

2006年06月13日 | weblog
「〈システム〉の安泰を保つには、国民の選択を
体系的に剥奪するのが肝要である。
日本人は政治的代表を選ぶにしても選択の余地が
ない。自民党から離れられないでいる。
教育に関しても、ほとんど選択がない。教育の主な
役割はサラリーマン雇用市場用の選択機能を果たす
ことであり、トップへの道は東大法学部ということ
である。
中産階級の日本男性がある会社に一度採用されれば、
その会社にい続けるほかに選べるいい道はない。
国内のニュースや情報源に関しても日本人は選べな
い。あるのは足かせをはめられたに等しい報道機関
からの一本調子なものだ。」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

効率のいい学習カリキュラムを作ったり、がんばれば
中学校や高校を3年もかからず、2年、1年で卒業
できるようにしたり(教習所みたいに)、そんな当たり前
のことをいまだにしない、と言うかそういう学校がない
ので選択の余地が無いのが、悪夢そのものである。
ここは独裁者が牛耳って、国民はその偉大な将軍様に
忠誠を誓っている北朝鮮か?




〈システム〉の維持

2006年06月12日 | weblog
「日本の〈システム〉を存続させるうえでもっとも
重要な条件は、構成員の資格基準および管理者間
の業務を統御するルールを仲間うちで非公式に
管理することによって、管理者階級を守り続ける
ことである。この基準やルールは、憲法にもとづ
いてないし、他の法律にも、省庁の公式の行政令
にも、自民党、企業あるいはその他の管理機関の
公式な規則にももとづかない、非公式なものである。」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

そういった仕掛けが存在しないと、能力が無くても
支配階級に居続けることは不可能だろう。
お勉強ができて東大に入り、官僚になるルールはある。
しかし税金をムダ使いしても官僚をクビになったり、
刑務所にいかなければならないルールはない。



支配階級

2006年06月11日 | weblog
「日本には、はっきりと識別できる支配階級が
存在する。その成員は主に、官僚、財界人、自民
党員の一部からなり、すべて本質的に管理者で
ある。したがってここには志の高い政治家の入り
込む余地はない。この支配階級は厳密にいえば、
世襲制ではない。しかしこの階級に入り込むうえ
で管理者の子息は、大いに有利な立場にある。

どの社会の支配階級エリートも、自分たちの階級
を永続させようとするものである。この階級の
存続は〈システム〉の存続次第であるから、支配
エリートは〈システム〉維持を共通の最大目標と
している。」
(『日本権力構造の謎』(K・V・ウォルフレン著より)

自分で会社を創業した社長が、自分の子供に会社を
継がせ、会社を自分の家族のものにするのは理解で
きます。その子供が無能で、会社を潰してしまったと
しても、中小企業が世の中に与える損害は知れたもの
ではないか?

しかし、官僚のように世の中に与える影響が絶大な
場合、「公(おおやけ)」なのだから、税金の使い方が
無能で、責任も取ろうとしない不誠実な集団が、自分
たちの永続を望むのは許されない事だと考えています。
      


        

欠陥制度

2006年06月10日 | weblog
「元通産審議官天谷直弘は、わが国の現在の
教育システムは、出来のよくないロボットしか
作り出せないようだ、と述べている。また、
日本の教育が作り出すのは芸の仕込まれたアシカ
だ、と日本のもっとも多才な評論家の一人、加藤
周一は言う。

1985年の夏、当時の中曽根首相によって設置
された、教育学者、学識経験者、財界人が構成す
る臨時教育審議会は教育制度全体への批判以外の
なにものでもない第一次答申を発表した。
報告書によると、日本の教育が作ってきたのは、
明確な個性を持たず、まともに考えることも出来ず、
自分で判断もできないといった特徴をもった、型に
はまった人間であった。」
(『日本権力構造の謎』(K・V・ウォルフレン著より)

これだけ分かっていてなぜ何も変わらないんだろう?

中国共産党が潰れて、完全な資本主義国家になった方が、
10億人いる中国人にとって、幸福で豊かな生活になる
のが分かっていても、現在実権をにぎっている中国共産党
が、自分達の利益のために全力を挙げて阻止するように、
「東大出身」ということでいい思いをしてきた人間が、
1億2000万人の日本人の幸福を全力を挙げて、邪魔
しているからだろうか?



支配階級へのパスポート

2006年06月09日 | weblog
「日本の高等教育は、東大、もっと具体的に
言えば、その法学部を頂点とするヒエラルキー
を形成する。東大ブランドが、どれほど尊重
されるかは語りつくせない。過去一世紀に渡り、
東大法学部は日本のトップ管理者のほとんどを、
〔聖選〕してきた。その卒業証書は実質上、
日本の支配階級へのパスポートである。

官庁も大企業も就職試験は誰でも受けられること
になっている。しかし実際には、慣例どおりの
人数割り制に従って、新卒者が採用される。
中堅企業は、東大法学部の卒業生を採用しよう
とは夢にも思わないであろうし、、また同じ
意味で、中央大学の卒業生が経済界のトップに
のし上がることは非常に少なく、政府の要職に
つくことはほぼ皆無であろう。

(中略)日本人が永遠に〈システム〉の政治的
監督下に置かれなければならない理論的必然性
はなにもない。
理想的には、どうすればよいのであろう?
手始めに東大を廃校にする必要があるだろう。」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

東大を廃校、という文章を最初読んだ時は、正直
びっくりしたけど、18才の時、記憶テストが
トップクラスだという理由で、その後、官僚などに
なって、本当にその仕事に関して有能なのか、
国民に対して誠実なのか、責任はきちんと取るのか、
など考えたとき、責任は取らず、税金を私腹化し、
言い逃ればかりの現実をイヤというほど見てくると、
そうかもな、と同意してしまうのでした。
      


    

やりきれない

2006年06月08日 | weblog
日本の学校では、ふつう、ほとんどの生徒が
自動的に進級し、卒業する。
だが、この教育制度が好む[優れた記憶力]
のない子供の大半は、12歳になる頃には
自分が社会階層の中か下で一生過ごさなけれ
ばならないことに気づく。
中、高生の暴力や青少年犯罪がますます顕著
になるのは、このやりきれなさが直接の原因
というのが、日教組の見方である。
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

たしかに、13才から18才まで、学校で役にも
立たない授業を受ける無意味な時間って、だれが
その膨大な損害に対して、賠償してくれるんだろう?

いつか子供にも「人権」があることが認められたら、
教育関係者って、莫大な損害賠償を求められても
仕方ない存在だろ?と個人的には思っています。




〈システム〉に仕える人々

2006年06月07日 | weblog
「日本人のほとんど全員が受験制度は過酷であり、
廃止すべきだということに同意しているし、同時
にほとんどの人が、今後も選別方式を変えるなん
の手も打たれないことも知っている。
つまるところ、この制度は〈システム〉の意向に
もののみごとに合致しているわけだ。頭の中に詰
め込まれた膨大な量のデーターが、ほとんどなん
の役にも立たず、学生たちが(英語の場合のように)
正しく学び直すのも難しい間違った癖を身につけ
てしまったとしても、選抜されてトップまで行く
ような人は粘り強いし、きわめて記憶力が良いこ
とであろう。
官界と経済界が高く評価するのは、創造性よりも、
持続性、献身的な態度、そして記憶力である。

ところで、日本の教育に対するこうした見方は、
ま新しいものではない。日本最初の外国人教師の
一人、アメリカ人宣教師ウィリアム・グリフィス
は、なんと1874年に日本の教師についてこう
書いているのだ。
『彼らの第一の仕事は、とにかく生徒の頭の中に
しゃにむに知識を詰め込むことであった。少年の
精神力を豊かにし高め、知的なものの見方を広げ、
自分で考えるよう教えたりしたのでは、教師の
仕事に反するのだ。』」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

確かに、『学校』が作り出そうとしている人間は、
「創造性」では決してなく、「献身的な態度」
「記憶力」の度合いの高い人間だと思います。
だから、どんなに非難されようと官僚が、天下りや
税金のムダ使いをやめないのは、それが『学校』が
望んで作り上げた最高傑作だから。
属している省庁の利益に反して「税金を自分達のため
に使うのはやめましょう。」と言い出すような精神構造
はない人間たちなのだ。





〈システム〉に従う教育制度

2006年06月06日 | weblog
【国家でもなく社会でもない、それにもかかわらず、
日本人の生き方を、また、誰が誰に服従するかを
決定する機構ををいうのにふさわしいものとして、
〈システム〉と表現する。】

「日本の教育は、そうとわからない形で〈システム〉に
好意的なイデオロギーを教えているのだ。
しかしもっと重要なことは、教育が、試験選抜制に
もとづくヒエラルキーの維持にほぼ完全に服従してい
ることである。
学校が、幾重にも重なり合うさまざまなヒエラルキー
の成員となる人材を集め、選別する人材選別マシーン
として機能しているのである。
この選別機能は、あらゆる段階での有名校に顕著で、
人材選別以外の学校の機能はどこか忘れ去られたと
思われるほどで、その結果、日本の若者の知的成長を
大いに阻んでいる。」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

国家が実践してるので、この選別マシーン「学校」
から子供たちは逃げられない。
          


創造性の欠如

2006年06月05日 | weblog
「多項目選択肢問題テストの達人を作り出すことに
主眼をおく教育制度からは、独創的な考えを持つ者
は選び出されない。知的好奇心は既成の秩序や慣行
をおびやかす恐れがあるから、積極的におさえられ
るのだ。このため日本の教育環境は、創造的な考え
には冷たい。
      
だが、ここ数年、産業界と官界の一部から、日本人
の創造性の貧困を問題にする声があがりはじめてい
る。1987年に、アメリカ在住の日本人利根川進
博士が医学部門でノーベル賞を授与された時、多く
の新聞が指摘したのは、何十年間か海外で学び海外
の研究所で仕事をするという刺激がなかったら、
受賞できなかったであろうということだ。」
(『日本権力構造の謎』K・V・ウォルフレン著より)

大半の生徒にとって「退屈な授業」を膨大に受けさせ、
一部の勉強のできる優等生の正体が、ただの「丸暗記
モンスター」なら、「日本の将来のため」とか言って
学力低下を嘆く人達に「?」と思ってしまう。
その学力の質、基準自体が問題じゃないの?





知的な芽をつむ学校

2006年06月04日 | weblog
「日本の児童生徒が、国際的な筆記テストで高得点を
とるのは、別に驚くべきことではない。まさに、その
たぐいのテストのために、小学校から高校まで訓練さ
れるのである。
しかし、そのテストが、自分で考えて結論を引き出し
たり、自分の考えを小論文にまとめる、そういった
能力を評価するテストであれば、たちまち、日本の
教育制度の欠陥がどこにあるかが露呈してしまうだろう。
           
日本の教育の目標は、英語のeducationという言葉の
原義〔精神の諸力を生み育てる〕から遠くかけ離れて
おり、単に事実情報を伝えることにとどまっていると
思われる。生徒に合理的に考える能力を練磨させるど
ころか、自発的に考え、自発的に行動することは、
ほぼすべての学校で組織的に抑えられてしまう。
独創性に対する許容度が低いのである。
生徒は、論理的に思考したり、当を得た質問を、いや、
実際には、どんな質問もいっさいしないよう教育される。」
(『日本権力構造の謎』K・Vウォルフレン著より)
            
1990年9月初版のこの本、もう16年も経っている
のに、『学校』という場所は何も変わっていない。
これから15年、20年、30年経っても、いまのまま
なのだろう。たまに、改善したふりをみせながら、現状を
維持するのだろう。ここまでくるともう犯罪じゃないの?
と個人的には思っています。