パソコンじゅく高森教室

生徒さんとの日々のやりとりや日常の出来事を気ままにつづるページです

哀の詩

2013-03-06 23:01:15 | もの想う葦
先週末に母の一周忌法要を終えた
もう一年なんだなぁ・・・と
感慨に耽る己(じぶん)が居る

お寺参りの際ご本尊を前に
御念仏を唱える・・・
阿弥陀様のお顔が母の顔と重なった
優しかった母を憶い出した

心が”ほろっ”とした瞬間だった
心に映し出される憶い出(おもいで)は
ただただ”ありがとう”という感謝の念(きもち)

法宴の施主挨拶で親戚一同の前で
「故人を偲ぶということは
故人を忘れないでいるということ
故人を自分の心の中に生かしていくこと
それが人を弔っていく真意だと感じています」
と挨拶をさせていただいた

その後の宴席で同じように
数年前に母を亡くした従兄弟の秀さんが
自分の胸に手を当ててこう話してくれた

「みっちゃのいう通り
一番穏やかで安定した母親が
自分の”ここ”に居てくれる
それがいつも自分を見守ってくれる
それが佛(ほとけ)なんだよ」

うんうん、そうなんだよね
秀さんありがとう。。。

結婚前の母が母の実家で
幼い秀さんと一緒に
にこやかに写っている写真が
母のアルバムに残っていた
ここにはきっと大切な
記憶(じかん)が刻まれている
まるでこの日の秀さんの言葉を
予言しているかのように・・・

母の部屋は一年経った今でも
片付ける事ができないまま・・・
あの時のまま、時間(とき)は動いていない
そう、心の時計は動いてはいないのだ
眠るように息を引き取った
母のその時のその時刻のまま・・・
刻まれるはずの時間(とき)を止めたまま
心の針は動いてはいないのだ・・・

憶い出(おもいで)という言葉に
感情を預ける事ができるとしたら
その憶いを涙(かんしゃ)の雫に昇華し
浄化できるのにね・・・

浄化とは捨て去る事ではなく受容し
受け入れることだと認識している。
まだまだ浄化するには時間が必要(いるん)だ

冗談よろしく・・・
憶い出の終焉に感傷を載せ(トッピングし)たら
誰が目にしてもきっと感動的なアルバムになるんだろうな

今宵の心(うた)は憶い出を伴奏に
少しもの哀しい感情(せんりつ)を奏でる
そんな瞬間(ひととき)を過ごす夜もあるのだと
私は独りキー(心音こころね)を叩く・・・

ふと耳を澄ますと
微かに春の足音がきこえてきた
今年の桜は母の分まで愛でてあげよう
それが一番の供養だよって
春暖に誘われて芽吹く春花(遙か)の蕾達が
そっと私に囁い(おしえ)てくれた・・・

母さん、いつかきっと
また一緒に花見をしよう

春よ来い!早くこい!

今年の春も、母は心(ここ)に居る・・・
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