テケの日記帳

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異邦人を歌うクールビュティ―久保田早紀の生放送夜ヒット動画

2018年01月28日 23時23分49秒 | ミュージック
久保田早紀さん、夜ヒットで「異邦人」を披露してる動画がありました。1979年10月1日に「異邦人」でレコードデビュー!39年も前の映像と音源がこんなに綺麗にしっかり残ってることにビックリ!

デビュー曲でいきなりミリオンヒットなんて才能どれだけ~って思うけど、更にこの美貌です。そんな全てを兼ね備えた才色兼備の彼女ですが5年ほどで芸能界から姿を消します。その後の彼女の歩みの記事があったので載せておきます。

【高画質】 久保田早紀 - 異邦人 (シルクロードのテーマ) 【夜のヒットスタジオ 生演奏】


確かに芸能界は生きづらい世界でしょうね。ヒット曲を常に求められる世界は大変だし心が休まらないと思うからサッサと芸能界をやめて正解かもね。

ついでに以前も掲載したけど伝説の夜のヒットスタジオの動画も載せておきます。生放送前、中森明菜さんは緊張で手が震えていたそうですが始まってみれば夜ヒット史上最高のパフォーマンス!カッコ良すぎ!

中森明菜 少女A~1/2の神話~飾りじゃないのよ涙は~DESIRE-情熱-【マンスリー最終回。圧倒的な歌唱力! ... 中森明菜 in 夜のヒットスタジオ】

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久保田早紀から久米小百合へ 大ヒット曲「異邦人」と歩んだ38年といま2017/12/12(火) 18:34配信

 音楽によってイエス・キリストの福音を宣べ伝えるミュージック・ミッショナリー(音楽伝道者)として活動する久米小百合。かつて「異邦人」の大ヒットで知られるシンガーソングライター、久保田早紀の現在の名前(本名)だ。11月15日には8年ぶりのニューアルバムをリリース、今月23日には「一夜限りのクリスマスコンサート」(都内・ブルースアレイジャパン)出演を控える久米に、わずか5年ほどで芸能界を引退した理由と現在の音楽活動について聞いた。

当初は「白い朝」というタイトルだった「異邦人」
 「異邦人」の”久保田早紀”といえば、70年代ニューミュージックの伝説的存在だ。1958年、東京都国立市に生まれた久米は、13歳のとき八王子市に転居し、中学校の同級生で結成した「ガロ」のコピーバンドにキーボード奏者として参加、文化祭などで演奏を披露した。カヴァーだけでなく、久米がオリジナル曲も作ったという。

 「ある女の子が書いた詞に曲をつけたのが、シンガー・ソングライターっぽいことの始まりでした。それで、短大に入ってから、CBSソニー(現=ソニー・ミュージックエンターテインメント)さんに自作の曲を送ったのがデビューのきっかけになったんです」

 「異邦人」は、デビューを目指して八王子市にあった実家から、23区内の短大とCBSソニーに通う日々を送るなか、作られた。当初は「白い朝」という曲名だったそうだ。

 「ピアノとギターがあるのは実家なので、最終的には実家で完成させたのですが、中央線で学校まで通っていたので、電車の中でメロディーをメモったり歌詞をつくったりしていたんです」

 そして短大を卒業した1979年、デビューが決まる。デビュー曲の候補は「白い朝」「夢飛行」「25時」の3曲があり、タイアップについた三洋電機の意向もあり「白い朝」に決定。ゆったりした感じの曲だったが、当時流行したエーゲ海・地中海などの異国情緒を意識したアレンジが施され、「異邦人-シルクロードのテーマ-」として10月にリリース。CMのオンエアにともない売り上げを伸ばし、12月には人気の音楽番組「ザ・ベストテン」に初登場するや美貌も話題となって、ついに1位を獲得。翌年3月まで12週に渡り連続ベストテン入りとブレークした。芸能界に、新たなニューミュージックの女神が誕生するのは間違いないものと思われた。

無名の新人が1曲めから大ヒット 居心地の悪さを感じた芸能界
 しかしその後は「異邦人」ほどのインパクトを残さないまま、1984年11月のコンサートを最後に芸能界を引退。わずか5年ほどで商業音楽活動を中止した。

 「いつかはあこがれていたユーミンさんのようになれたらいいなと思った時期もあったのですが、私にとって芸能界はどこか居心地が悪かったんです」

 最初からタイアップが付いたデビュー曲で華々しくブレーク、どこからどう見ても文句なしの状況だと思えるが、なぜ居心地が悪かったのか。

 「最初はレコード会社も、文化祭ぐらいでしか歌ったことのないこんな無名の子が売れるわけがないじゃないって思っていたはずです。当時ソニーにはアイドルさんもいたし、矢沢永吉さん、岸田智史(現=岸田敏志)さん、ジュディ・オングさん……大ヒットされた歌手がいっぱいいました。それがああいう形で『異邦人』がヒットして、ずっと見上げてきた方々が隣の楽屋にいるという状況に置かれて……。その違和感を埋めてくれるものがなかったんです」

 スケジュール帳とにらめっこしてハードな日々をこなす中、ただ居心地の悪さだけが増していった。

 「キャリアも実力もろくにないのに、『異邦人』が1位になったりアルバムが売れたというだけでヒット歌手って見てもらえる。何か自分の人生が変に嵩上げされているような思いを強く感じていました。すごく才能のある新人のように思われていることが申し訳ないというか。この居心地の悪い感じを、何か辻褄を合わせたい、っていう思いがずっとあったんですね。私は、いったいどこに帰ったらいいんだろうって」

 芸能界では、ある意味、”異邦人”だったのかもしれない。

「スターでいることって、『私はスターよ』『売れてるのよ』って、芸能界にいることを楽しめないとだめだと思うんですね。でも、なかなかそういう思いになれなくって。有名な方々と飲みに行ったり遊ぶよりも、国立や実家のあたりで昔の友人とコーヒーを飲んでいるほうが楽しい、小市民的な人間なんです。だから、向かなかったというより、最初からなんとなく居心地があんまり良くなかったんです。テレビは見るもので、出るもんじゃないって」

「教会という場所が、音楽だけじゃなく私の人生のルーツなのかな」
 デビューして約2年後、81年にはプロテスタントの教会で洗礼を受けてクリスチャンになっていた。

 「当時はキリスト教に強い関心があったわけではないのですが、子どものころ日曜学校に通っていたので、賛美歌が好きだというのがずっと自分の中にあったんです。村井邦彦さんの作曲で、ザ・タイガースの『廃墟の鳩』や赤い鳥の『翼をください』といった曲が子どもながらに好きで。どこか、賛美歌に通じるようなものがあるんですよね。もしかしたら、教会という場所が、音楽だけじゃなく私の人生のルーツなのかなって。いつかは久保田早紀”商店”を閉じたほうが自分らしくやれるかなって思うようになりました」

 洗礼を受けた80年代初頭は、プロテスタントでは著名な福音派の伝道師ビリー・グラハムが来日して国際大会を開催、カトリックでは史上初めてローマ教皇が来日と、キリスト教が何かと話題に上る機会が多い時期でもあった。ただ、久米自身はそういう外的な要因に影響を受けたわけではなく、あくまで自身の音楽的ルーツや人生について思いをめぐらすなかで、クリスチャンになることを決めたという。

 「通うようになった教会は、アメリカ人の男性宣教師がお二人で少しずつ宣教してきた教会で、日本のテレビ番組なんか見ないから、私のことも知らない。それがありがたかったですね。たまに信徒の方から『あの人、久保田早紀に似てるよね?』ってささやかれるぐらいで、教会の中なら誰でも同じだと扱われたことがいま思うとありがたかったです」

現在はミュージック・ミッショナリーとして音楽活動に携わる
 商業的な芸能活動にピリオドを打ち、1985年、音楽家の久米大作氏と結婚。やがてミュージック・ミッショナリーとして音楽活動を行うようになった。神学校にも通い、キリスト教についても学びを深めた。

 現在は、プロテスタント諸派やカトリックなどキリスト教の教会に招かれる形でコンサートを開いたり、講演を行う日々を過ごしている。また、時折、テレビやラジオ番組のゲスト出演やインターネット番組への出演などもしている。自分のペースで、地に足の着いた活動ができているようだ。

 「教会でコンサートをすると、信者だけじゃなく、往年の久保田早紀ファンの方もこられます。各地の教会のお役に立てるとしたら、そういうところかなって思うんです。日本の教会って、実際はそうじゃないのに、クリスチャンじゃないと行っちゃいけないんじゃないかとか、ハードルが高いイメージがありますよね。神社やお寺はオープンで、子どもが境内で遊んだりしますよね。私は教会も神社みたいになるべきだと思っているんです。つらいことがあるから祈ってよ、って牧師さんや神父さんのところに行けるような気楽なものじゃなくちゃいけないって」

 聖書には好きな登場人物がたくさんいるが、たとえばイエスの弟子の一人、ペトロには愛着を感じるという。多少乱暴な言い方になってしまうが、新約聖書には直情的で動揺しやすかった人物像が描かれている。イエスのためにいつでも命を捨てる覚悟だと誓う一方で、弟子であることを三度も否認したり、といったエピソードで知られる。

 「ちょっとおっちょこちょいというんでしょうか、そういう、人間的なところがいいんですよね」

 芸能界では、異邦人だった久米。しかしそこから離れて、神がかった世界へ行ったわけではない。久米が一貫して大事にしてきたのは、人間的な、人と人との営みで、そこに久米にとってのキリスト教も存在しているように感じられる。

 「生活の中で、賛美歌も気軽なBGMになったらいいなと思っていて。襟を正して聞かなきゃいけないっていうものでもないので」

 クリスマスのコンサートは、最新アルバム「7CARATS+1」で共に美しいメロディーを作り上げた本田路津子、KISHIKOらとともに行うゴスペル界のレジェンドライブ。それぞれの代表曲、久米の「異邦人」も披露される。クリスマスムードたっぷりの楽しいひとときになりそうだ。

(取材・文・撮影:志和浩司)

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