派新田間川・帷子川分水路に架かるのは架替3橋。鶴屋橋・月見橋・金港橋。
袖ケ浦と呼ばれた風光明媚な海は江戸時代中期よりに埋め立てが始まり、鶴屋橋付近は大正元年の最後の工事であったという。
暗渠から出た派新田間川・帷子川分水路は、二之橋・北幸橋・西鶴屋橋・鶴屋橋をくぐり月見橋となるのであるが、人は川沿いには行けない。


横浜駅が線路が立ち塞がるのである。

線路の下をくぐる。


くぐって上れば、ベイクォーターウォークの入口のひとつ。


そして月見橋。

関東大震災復興橋梁・月見橋は復興費道路橋梁費支辨橋梁52橋のひとつ。平成8年に架け替えられた。

旧橋は横浜震災復興誌によれば。
位置・神奈川區高島町九丁目地先(第三十號國道)
橋種・鋼板桁
斜度・左72.00.00度
橋長・22.00m
有效幅員・7.30m
面積・160.60㎡
施工期・昭和三年八月四日:竣功昭和四年四月十九日
總工費・55.958.82円
とある。
親柱は、旧橋の意匠に沿った作り替え。




そして、この月見橋は松本竣介の「Y市の橋」のモデルという!

Y市の橋。

今現在の月見橋。

昭和17年と平成29年。
激変したのであるが、かといって、そう変わってもいないような気がするが、これ不思議。。。
そしてところで。
この川の名前はどちらなのであろうか(^^;


月見橋の先は金港橋。
