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メソアメリカとインカ

2007年09月17日 | 郷土の歴史
先週、上野公園の国立科学博物館に、インカマヤアステカ展を見に行った。
何となく、3つとも大体同じで、中南米の謎の文化というイメージがあった。

あとで本で調べると、マヤ・アステカとインカは時期だけでなく、全く違った文明だと分った。マヤ・アステカ・ティオワカンの3つは、古代メソアメリカ文明と呼ばれ、メキシコやグァテマラのルーツという。
密林にそびえる石のピラミッド型神殿、太陽崇拝、金星暦など発達した天文学、人口20万の計画都市、文字とゼロの発見など優れた文明であった。
ただ、4大文明と違うのは、打製の旧石器だけで磨製の石器や青銅などの道具を使用していなかった。
このため、木を切り倒す利器がなく、農業を通じて食糧やエネルギー・資材を得るという面でもアンバランスな文明のまま、大航海時代のスペインに滅ぼされた。
マヤ文明(~AD900):彩色土器、ヒスイ製の仮面
アステカ文明:(AD1345~1521):太陽にささげるイケニエ(捕虜数千人分の心臓もあったという)、そのためのワシの戦士/ジャガーの戦士、王と王妃の血による自己犠牲、死神の像など野蛮ともいえる展示品が多かった。
しかし、湖上に築いた都市(テノティチトラン)はトウモロコシ・カカオ・ゴムなど豊かな農産物、260日/360日暦の組み合わせによる52年大周期暦などが有名。
最近、超近代都市メキシコシティの中心部で、この古代文明の遺跡が発掘され解明が進んでいる、と解説されていた。

南米のインカはこれとは全く異なる文明:(~AD1532)
アンデス山脈に囲まれた細長い地形、海岸は砂漠状、平地は少ない。
金銀胴などの地下資源目当てにスペイン人ピサロにダマされて(?)征服された。
文字がなく、ヒモ/ナワの結び目により情報を伝え、国内に張り巡らされたインカ道(4000kmも)に江戸時代の飛脚のようなシステムがあった。
首都リマと並ぶ都市クスコとすぐ近くの天空都市マチュピチ(世界遺産NO.1の人気)は有名だ。
ペルーの5-6000mの高地では、死者はミイラになり、生きている人と共に生活していたらしい。ミイラの文化を拡大するために戦争をしていたとの解説があった。

主食はトウモロコシとジャガイモ、確かトマトもここ地方から広まった。

学生時代の友人が、今年ペルー・ゲアテマラ・メキシコなどを2ヶ月の一人旅をした。そのときの旅行記を読み返すとなるほどと思える。
彼いわく:イギリスの植民地支配は、その国の文化を残し、分け前だけを手にした。いわゆる”君臨すれども統治せず”・・・インド、香港などに見られる。
これに対し、大航海時代に先行したスペインは、中南米を北から南へ、略奪と破壊を繰り返し、その国の文明をも飲み込んでしまった。
ペルーでは、住居は敷地を塀で囲み、家は鉄格子、入口は小さな2重窓、農地も石で囲い、略奪に備えた生活ぶりという。

南アメリカ連邦と同じく、数%の白人により、金属資源を吸い取る支配が行なわれている。彼は言う「日本が1633年鎖国政策をとって良かった」
そして今、都市部を中心に、アメリカ文化がすごい勢いでなだれ込んでおり、伝統文化を引き継いで生活している人達を追い込んでいる、と嘆く。

前に放映された、NHKスペシャル「失われた文明」というタイトルは、「滅ぼされた文明」というべきかもしれない。イラクはじめ世界各地で、今でも同じように、文明の衝突と戦争が行なわれている。







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