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旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

チベット仏教寺院 厳冬期の儀式

2017年09月07日 | 旅行


数年間、厳冬期の東チベットにいた。

外はマイナス15度を下回る寒さ。
夜間にはマイナス20度にもなる凍てつく寒さだった。

その寒さの中、仕入れをしていたが、
仕事が一段落して、恒例の寺院への参拝を行った。

その街の丘の上にあるカンゼ・ゴンパ。

今まで、数多くチベットの寺院を回ってきたが、カンゼ・ゴンパは個人的に好みのお寺の一つであり、
中に入ると不思議と落ち着く。

寺院には、これといった壁画や仏像はないが、内部は薄暗く天井の隙間から光が差し込む静かな雰囲気があり、
小さな部屋では日々、僧侶による祈りが捧げられている。
周囲にある僧坊の庭では、若い僧侶達による問答や、老僧による説法が身近に見られるのである。

大規模の著名な寺院も素晴らしいが、近年、その多くが観光地化され、僧侶と我々外国人との距離が近くないように感じられる一方、
カンゼ・ゴンパのような規模・知名度であれば、僧侶の生活や祈りの距離が近く感じられるようで、
その街に行くと、必ず足を運ぶようにしている。

一番のおすすめは、カンゼ・ゴンパの二階の奥にある小さな一室で行われている祈りの儀式である。
やっていない時もあるが、部屋が空いていて祈りが行われていたら、行く価値があるかもしれない。

素晴らしい壁画や、著名な寺院や大規模な儀式にしか興味がない人には、あまり面白くはないかもしれないが、
冬場に行くと、あまり観光化されていないチベット僧侶の生の日々の祈りを密接に感じる事ができる。

別の寺院で早朝などに行われる、大規模の集団マントラも一聴の価値はあるが、
カンゼ・ゴンパで少人数の僧侶で行われている、ひたすらの祈りを非常に近い距離で体験するのも良い事かもしれない。

何年・何十年と繰り返されて来た祈り。
途方も無い真言の数。
遥か深いチベット仏教の世界観。
後ろから優し射す日の光。

それを僧侶に手が届く距離で感じられる。

日本人は友好的に迎えられるので、日本人である事を伝えると良いかもしれない。




チベット人ディーラーとの仕入れ 店を持たない業者編

2017年09月02日 | 旅行


僕は、チベットでの仕入れは幾つかの方法で仕入れをやっている。

骨董屋・古道具屋など店から仕入れるやり方、
路上に立つ行商、露店から仕入れるやり方、
地元民に声をかけ、直接交渉で仕入れるやり方、

そしてもう一つ、

店を持たない業者から仕入れるやり方だ。

これは、上記の三方法に比べ、コネクションが必要になる。
なぜなら、店などを持たないので、そもそも彼らに会うチャンスがない。

なので、人伝い、紹介、または偶然の出会いなどで彼らに会う事になる。

東チベットのとある街で、偶然の出会いにより一人の男性に会った。

彼はアンティーク業者を主として生活してるようでは無かったが、
古い物を持っているとの事なので、
彼の家に呼ばれ、家に招き入れられた。

おそらく、副業としてアンティーク売買もしているディーラーなのだろう。

そこは中心部から徒歩5分ほどの家々が立ち並ぶ住宅街エリアだった。
二階建ての家だったので、貧困層のレベルではない家柄なのであろう。

僕が今まで行った事のある、定住している伝統的な一般人のチベット人の家は、概して薄暗いのが常だが、
彼の家は日が差し込み明るく、比較的現代的だった。

彼は、チベット語と中国語しか話さなかったが、
彼の息子が英語を少し話せた。

チベットにおいて英語を話す事は珍しい事だが、
今や、インドやネパールなどに勉学留学または、他の理由で行き、また戻ってくるという事を目にするようになった。
なので、稀だが、英語を話す人がいるにはいる。

どこの家でも定番だが、家に招かれると、まず、おもてなしを受ける。
バター茶や茶菓子などを出してくれる。

少し世間話のような事をした後、彼は奥の部屋から袋や箱を持って来て、
おもむろに商品を見せ始めた。

じゃらっと机の上に広げられた装飾品や数珠や、石など。

数珠は大きなサイズの価値の低い数珠しかなかったし、
お目当ての布ものは無かったが、
チベットのお守りトクチャや銀の装飾品で、幾つか良い物があった。
良さそうな物をピックアップし、金額交渉に入った。

値段は交渉次第だが、路上に立つディーラー達との交渉と同じく、
タフな交渉になる時もあるし、良心的な時もある。
その時は、吹っかけられる事もなく、現実的な金額の売買ができた。

しかし、もし同じ状況で欲しくない物しかなかった時は、立ち去るタイミングを計らなければならない時もある。

まぁ、とにかく、色々あるご自宅交渉だが、チベット人の生活を垣間みれるチャンスでもあるし、
仲良くなると、今度は泊まっていけよ、という事にもなる。

これも仕事も兼ねた旅の醍醐味の一つである。





ラダック ドロクパ族の人々とダー・ハヌー

2017年08月26日 | 旅行

レーから来たバスが一時止まるジャンクション
左側に行くとラマユル
直進するとダー方面


ダー村周辺への道


ダー村の入口









ラダック地方の奥地にドロクパ族が住むダー村がある。
その先は、パキスタン実効支配のバルティスタンがすぐ目前にある。

2015年5月、僕はドロクパ族に会いに行った。

「花の民」と言われるドロクパ族。
インドであってインドでない、チベット文化圏ラダックのその奥、更に国際的に特殊な地域である、
ダー・ハヌーに住む少数民族ドロクパ族に興味があった。

ラダックの拠点の街レーのバスステーションを早朝にラマユル方面に行くバスに乗り出発し、
途中でマニ車の社やレストランが数軒あるジャンクションでバスは休憩で止まり、そこでバスを乗り換えた。
そのジャンクションから左手に行くとラマユル寺院、直進するとパキスタン実効支配のバルティスタン。
その手前にダー村がある。

道は険しいガタガタ道の谷。
しばらく行くと道ばたでバスを降ろされた。
谷とは反対側の崖に、石垣が積まれた小さなのぼり坂道があった。それがダー村への入口らしい。

小道を上りしばらく行くと、頭にホオズキや花で飾りを付けた村人が現れた。
ドロクパ族だった。

「あ、お祭りの時じゃなくても花を頭に飾るんだ」そんな印象だった。

村は小さく、10分もあれば一周できる規模だった。
谷間に沿って、奥に長く細い村。

宿を探したが、見当たらず、建設中のゲストハウスが一軒あったが、
まだ泊まれる状態ではなかった。

一番奥に、つい先月完成したという民宿のような宿を一軒見つけ、なんとか泊まれる事になった。

村は小さく、何もする事がない。
谷間なので、日が落ちるのも早かった。

帰りのバスはなく、ヒッチハイクで、来た時にバスを乗り換えたジャンクションまで行き、
そこからレーまで帰った。

仕入れはなにもできず、手ぶらで帰った記憶があるが、
祭りの着飾った時ではなく、少数民族の普段の暮らしの姿を見る事ができた。




ラダック 標高5000m バイクで村々を巡り、仕入れをする

2017年08月25日 | 旅行













2017年6月の事だった。

インド最北部ジャンムー・カシミール州 チベット仏教文化圏のラダック地方に数度目の訪問をした。
かつてラダック王国という独立した王国であったラダック。
そのに住む人々はチベット仏教を信仰する人々。
そして、古い物や生活必需品、文化の中心はレーという街に集約されている。

古い物を探す。

レーで探せば大方は十分なはずだ。
レーの骨董屋やディーラー、または現地で「ランナー」と呼ばれる土地から土地を渡って、
物の売買をする行商から仕入れるのも有効な方法のひとつだ。
しかし、ラダックには大小様々な村が広大な地域に点在する。

村に残る古い物を自らの手で探したい。

その思いがあった。

バイクを借り、雪の壁が残る標高5000mの峠を越え、
舗装がされていなガタガタ道を120km走った。

道中、点在する村の民家を訪ね、村人に古い物を持っていないかを聞いてまわった。

タフな仕入れだった。
今や村を回ったとしても良い物を極めて少ない。
その上、道が悪く、峠と谷の寒暖差も非常にあり、仕入れには過酷すぎる。

でもやってみて納得した。
やってみなきゃ納得しない。