旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

美しいチベットの古い家具

2020年02月25日 | チベットもの


チベットの家具。
前にも書いたけど、また書きますて。

チベットの家具と言って、
正確にイメージをできる人は
どれくらい居るだろう?

日本だと知られていない
チベットの古い家具。

ほんと、かっこいーんです。

すんごい、美しいんです。

・・・と、僕個人は思っているが、
物を見せられなければ、
お話しが始まらないのは分かっております。

しかし、
そもそもが現地でも安い物ではないし、
しかも現地ですら、古いチベット家具を扱う業者の数は限られている。
そこら辺の行商は、まず持っていない。

日本で販売する事を考えると、
輸送コストも入れると、日本での売値は結構高くなるので、
商売を考えると難しいだろう。

(カトマンズで目にする、チベット柄の新しい家具もあるが、
それらの家具は、そこそこ安い。
その制作工房はネパールのチベット人圏で目に出来る。
ここでの話しは、古いオリジナルのチベット家具でござる)


では、
日本人的な言葉で表現すると、
民藝的な美しさを持つチベット家具の価値を
誰も認めていないのかと言うと、
全然、そうではない。

はやくから欧米人達に、
その美しさは認められてきた。
英語では専門書籍も出版されている。


で、
日本では難しいって話しですが、
価値観的に受け入れられない、という話しではないのです。

美しいと理解してくれるでしょう。

チベット家具と似た雰囲気がある李朝系の家具や
中国の古い家具は、
事実、日本人にも受けが良いし、
日本のインテリアにも合うと思うので、
チベット家具も、
その価値観・情報さえ広められれば、
価値を認められるとは思っている。

たとえ、その人数は少なくとも、
受け入れられないとは思わない。

しかし、
そこに対して対価、簡単に言うと、お金を払うか、というと
話しは別であろう。

もちろん、現実的にお金があるかどうかというのもあるが、
お金がある場合でも、
家具ひとつに、
数十万、時には100万以上も払うには、
多くの情報、市場価値、物語、など付随する要素が必要となる。

古い北欧系の家具だったり、
デザイナー物であったら、
既にそれらは、認知されていると思う。
なので、
そこにお金という対価を払う人も居るだろう。

実際、
僕の友達にも居るが、
家具でも着物でも、
ハイエンドの物を趣向し、
ひとつひとつ数百万円の物を買う女性は居る。

しかし、
僕が言っているのは、
チベットの家具である。

一般的には知られていない
チベットの家具である。

つまりは、
その存在を、知ってもらわなきゃ、始まらない。

その美しさ自体を日本人が認める事ができると
僕は信じている。

しかも、
その美しさと物語にお金を出す人は居るだろうと
僕は信じている。

あとは、
いかに
情報を広められるか、という話しだけだとは思っているのです。






木製本体に、宗教をもとにした
様々な図柄を描くのが、チベット式。
稀に本体が黒色の物もあるが、多くの家具は、赤色。
因に、描かれているのは、想像上の生き物「センゲェ」
ライオンではございません。




密教図柄の笑う髑髏「ミンゴォ」が
随所に描かれる。



中国の古い家具とは、似て非なる。
チベット独自の雰囲気があるのです。

海外でも国際的な事も関係していて、
チベットの物であっても、中国、つまり、Chinese と表記される場合もあるが、
実は違う。
正確に言うと、チベットの物でも、漢民族の感性が影響していて、
その絵や図柄が取り入れられている物もある。
チベットの寺の木彫であっても、ネパール様式が取り入れられているのもあるし、
日本で知られた、ダライ・ラマ、という名前も元々はモンゴルからの名なので、
そこは難しいが、様々な文化と融合したのが、
チベットの物または文化という捉え方で僕はいる。

因に、モンゴル家具も美しい。
ちょっとチベット物と違うが似ている。




厚めに絵の具を塗って描くので、
塗った部分に厚みを感じられる。

古い家具でリペアされてるのも、多くある。
オリジナルの図柄と、はげた部分などに後年手直しが施されているのです。
よく見ないと判別不能な位に上手にリペアされているのも多いが、
近くで斜めに光りを当てると、その違いが分かったりする。












美しすぎて、ため息でちゃう。

チベット仏教特有の宗教図柄、神様や吉祥文様をダイナミックに
家具に描くのは、もはや、絵画である。


以前、このブログでも書いた事だが、
また、言うでござるよ。

現地の知人業者のカギがかかったストックルームに入れてもらうと、
よゆーで本に載るレベルの家具が圧巻の数があったりする。
そのクオリティは、今も一部の欧米人達が買っている家具より
もうワンランク上の物達である。
明らかに、これ、美術館レベルでしょ、とゆー物もある。
ラサにだって、行くとこ行けば、あるよ、今なら、まだ。

それらは、僕が知る限りだが、
ほとんど誰も買っていない。
少なくとも、気軽な観光ついでに買える物ではないとも思う。


しかし、
そこに
在る、のです。



僕は単純に、
まだ知られていない美しい物を
広めたいのさ。





写真出典:『Tibetan Furniture』



コメント

チベットの護符 ツァカリ

2020年02月21日 | チベットもの


チベットの古いツァカリです。

もともとは、
各々が懐に入れて持つ、小型のお守りとしての存在です。

今では、額装して壁に飾る用として売られていますが、
実際にチベット人も同じ様に、
宗教的な意味合いもありますが、壁飾りとして用います。

通常、10cm角ぐらいで、
紙や布に絵が描かれています。

そのツァカリ、
今までは、あまり注目を浴びてこなかった。
とゆーより、知られていなかった。

古く良い仏画、タンカが手が届かない程に超高額になった現在、
古いチベットの宗教絵画として注目を浴びているようだ。

古いタンカに比べてお手頃だしね。

以前は中国人は買わなかったが、
今では実際に、まとめて買い占めている時も目にした。

本場の本場、ラサなら安いでしょ、と考えると間違いです。
逆に高い場合が多い。
僕の売値より遥かに高い時もあるが、
それは、中国人バイヤーか富裕層向けの価格でござるよ。
最も、ラサは他の地では見ない物があったり、
数自体はさすがラサで、膨大なのだが。

そんな場合でなかったとしても、
本当にオリジナルの古いツァカリの数は
目にする機会は減った印象。

古くのばっかで、
たまに古いなと思うがあっても、
既に額装状態で高く売られてたりする。

その古さ自体も好きなのだが、
僕がツァカリを好きなのは、
別の理由もあるのです。

「絵の種類が豊富」

それが、面白い。

チベット仏教の宗教文様からはじまり、
法具や神様に至るまで、
これ、
どんぐらい種類があるのかしら?と思えるほど、多様だ。

コレクター心をくすぐるのです。

過去に一度だけ、108枚セットの古いツァカリを見た事があるが、
たぶん、実在する絵の数は108種類とかじゃ、
とても収まりきらない種類はあると思う。

絵の画風も好きだ。

チベット仏教の画風って、僕、好き。

お寺に行くと、壁画が描かれているが、
その壁画を見るのも好きなのです。
むちゃくちゃ上手、というか迫力がある壁画もあるが、
絵師は無名なんよね、たぶん。
それが、すごいよ。

で話しを戻すと、
ツァカリ。

古くないツァカリは、
良く言えば、ダイナミックで自由に描かれている。
そう、子供のお絵描きみたいな感じで。
悪く言えば、雑、で下手。
数は沢山ある。

古く実用されていたツァカリは、
もう、古いタンカの一部なん?って位に上手で細密に描かれている。
金彩も用いられる。
たぶん、絵の具も新しい物とは違う。
数は少ない。
図柄によっても値段が違う場合がある。






真面目に描いているのが伝わる。
見えにくいけど。



裏に文字が書いてあるのもある。



パルデン・ラモかしら。
この画風。
シリアスでもなく、漫画でもない。
絵として独特で惹かれる。
雲の配置や動きなどの構図も完成されとる。


コミカル。
でも宗教観バリバリ。
センゲェがかわゆい。


なんつーかなー、奥行きがあるのよね、古い絵って。
新しいのは、平面的に感じるの。

お寺の壁画もそーだけど、
古い仏教絵画って、二次元的に描写されているのだけど、奥行きがある。
新しい仏画って、グラデーションを結構使ってるけど、何処か平面的。
これ、なんなんだろーなー


ツァカリでした。

そして、宣伝。

古いツァカリの販売

古いオリジナルのツァカリ




コメント

チベットのファッション 革ベルト

2020年02月11日 | チベットもの


チベット人のファッション
ベルト編です。

僕はアンティーク・ビーズ以外の
チベットの装飾品も好んで扱っています。
日本で扱う業者の数は少ないと思う。

多くの需要のある物ではないし、
そもそも、そこに注目する人自体が少ないのかもしれない。

かっこいーのになー

そのチベット人の装飾品。

なかでも、僕が気に入っているのが、ベルト。
腰に巻く、あのベルトです。
彼らのベルトがカッコイイのです。



銀象嵌のバックルが複数付いた革ベルト。
れっきとした伝統的なデザイン。
ラサを含めた自治区内でも見かけるが、
東チベットのカム地方が圧倒的に多い。

僕も私服で長年愛用しているのも、このタイプ。



バックル部分。
鉄土台に銀で象嵌して模様を描くのが伝統的スタイル。
この模様も、細かい、荒い、等様々ある。
太さも様々。細いのから極太のもある。
バックルは、一個単位でも売っているのも見かける。

余談だが、チベット人(もしくはチベット人業者)は、
石の他、古い金属にもすごく価値を見出している。
謎の金属片(たぶん、トクチャ的な要素の物)や、
一見、ゴミとしか見えない古い金属類も普通に高値で売っている。

因に、チベットでは、銀で模様を象嵌した同じデザインの馬具も存在する。
手綱の金属装飾部分は、ベルトと瓜二つの物もある。
元々は馬と共に生きる遊牧民系統なので、
装飾のデザインは共通するのだろう。

ベルトに話しを戻すと、
チベット人は、ベルトから色々な物を吊るす。



こんな感じ。
装飾品を腰から提げる。

今、実際にベルトから吊るしてる人が多い物は、
メロン(小型円形のカレンダー)かな。

装飾品は、昔は用途があった物(牧畜用や財布とか)もあるが、
今はその役目を終え、単純に装飾品として残っている物もある。

この旦那は、いつ会っても、すごくお洒落。
伝統文化を守って、民族衣装や装飾品を美しく着こなしている。
普段着でこのレベル。

雨靴に見えるのはチベットの伝統的な革ブーツ。
つま先が少し反っている。

右肩を出すのは、民族衣装チュバの正しい着方。
両袖通す事もあるが、基本はこの着方。

チベット圏でダウンとか上着の右袖のみを出して着ている人を目にする事もあるが、
あれは、チョバ式の着方をしているのです。








コンチョ型。
革ベルトにシルバーコンチョが複数付くタイプ。
ベルトにコンチョを付ける感覚がネイティブ・アメリカンと共通する。
遥か遠く離れた民族と装飾品の感覚が似るのが面白い。



貝で装飾されたタイプ。
あんま見ない。
ラサで同じ細身のタイプで、小さなターコイズが複数付いたタイプも見た事がある。








最初の銀象嵌と同じタイプ。
一個一個手作りなので、微妙に違う。

その他、
サンゴが列になって嵌め込まれたバックルのタイプの物や、
銀板を打ち出し柄を描いたバックルの物、
コウモリなど動物の柄の物、
明らかにやり過ぎな巨大な物まで、
数多くの種類が存在する。


チベットのベルトでした。


チベットのベルトの販売

https://www.kihachiantique.com/items/26346385



コメント

チベットの円形両面彫りの特殊な古い版木

2020年02月10日 | チベットもの



また、チベットの版木です。
推しています。



お寺の巨大マニ車に入れる経典を刷る用途の
特殊な大型の版木です。

チベットのお寺に行った事がある人なら分かると思うが、
お寺の周囲に列を並べて設置されている複数のマニ車。
アレの中身の経典制作用です。

直径37cmくらい。
5cm程もある分厚い円形板に、両面彫り。

このタイプ、めったに眼にできない。
実際、ほぼ無い、と思う。
個人的には、この版木を除いて、過去に一度見たきり。

その時の物は高額で買えなかったが、
通常、チベットの版木は長方形などの四角型なので、
「なぜ、円形なのだ?」と聞いたら、
「お寺のマニ車用だからだよ」というのを聞いていたので納得していた。
それを知っていたので、再度同じタイプと出会った時、即買いであった。





両面に円を描く様に真言が彫られてます。





朽ちた感じが最高。

朽ちているので、
最初チラッと見た時、版木だと気がつかなかった。
古い木製の台かな、という気がしたが、
あまりにも雰囲気が良いので、よく見たら版木であった。
前述した、以前出会った版木と同類だと気がつく。



古過ぎる木目に紛れて、
一見すると見逃してしまいそうだが、
真言が彫られております。



中央に貫通した穴。
これも版木としては特殊な形状。
刷る時に棒を入れて使うらしい。
どーやって使うのだろう。



分厚い。
チベットの版木としては普通じゃないほど、厚い。
重さも版木としては重量級。

そして、この朽ち具合。
そーとー長い年月を経過してるだろう。


この版木は個性がすごく強いので、
好き嫌いが分かれるタイプの物とは思う。

僕はモロ好みです。


前回のブログの版木も、
同じ、両面彫りで真言図柄のチベットの版木ですが、
全く雰囲気が違うのです。

まぁ、雰囲気は違えど、
両方とも、紛れもなく美しいチベットの古い物と思うのです。


特殊なチベットの版木でした。



コメント

魅力的なチベット仏教の古い版木

2020年02月09日 | チベットもの


久々に、チベットの古い物に関してでござる。

チベットの版木(木版)が、お題。

骨董市では、
来客する人の特性上なのだろうが、
版木(または木版)と言うとすぐに理解してもらえるが、
それ以外の全く知識がない方だと、特に若い人には、
「はんぎ??何それ?」とゆーよーなリアクションをされる。

ザックリ簡単に説明すると、
経典やタルチョなどを刷る(またはスタンプとして押印)目的で用いる、
彫りが入った木製の板状の物です。

写しとる事を目的としてるので、
原則、彫りは反転して彫られています。
なので、文字も反転しています。

刷る時に黒い染料を使うので、
表面の色は基本、黒い。
木に染料が染み込み、または付着し黒くなっているのです。
赤い色をした版木もあるが、それは赤い染料用の版木。

版木には、ボン教などの催事用のツァンパ型押し木製法具類もあり、
それはちょい違うが説明を省きます。

日本をはじめ現代の多くの国々では、
何かが書かれた紙をコピーをしたい場合は、
プリンターやコピー機で簡単に量産できちゃうが、
チベット圏での経典制作には、
いまだに手作業の木版を使っている場合が多い。

機械を買うより手刷り(または押印)の方が安い、という理由もあるだろうが、
伝統文化を守っている側面があると僕は捉えている。

版木を実際に使って作業してるのを見る事ができる場所もある。

有名な場所では、
東チベットのデルゲパルカンが代表的だと思う。

経典専門の手刷り印刷所のデルゲパルカン。
その階上の奥の版木保管室には、
膨大な数の古い版木が保管されている。

その量には圧倒されるだろう。

壁の小さな窓から射す薄明かりのなか、
暗い室内に保管された
静かに眠る古い版木の数々。
両側を埋め尽くす、本棚のごとくの木棚にビッシリと入れられた版木。

手刷りの作業現場だけが注目される事もあるが、
チベットの版木や経典に興味がある人であれば、
あの版木倉庫は見た方が良いとは思う。

圧巻です。



木版印刷院デルゲパルカン外観。
大きいです。
左下に小さく見える女性二人は五体投地で祈ってる。





デルゲパルカンの外壁周りの道には
コルラ(巡礼)をする地元の人々で賑わう。
ここら辺はみんなゴリゴリのチベタンです。


で、版木の実物です。
大きさ的にはデルゲパルカンに保管されている版木と同じ。
※デルゲパルカンから出た物ではないです。



総真言の両面彫りの古い版木
縦60cmほどもある大型。






深く漆黒のパティナがたまらん。
実際に使われてきた痕跡が多く残る。
この感じは土産物では出せない。
古さもあり、質の良い木も使っとる。
表面は真っ平らではなく、微妙にカーブがかかっている。




表面と裏面
同じに見えるが、別々の面です。



両面ビッシリと真言。
彫りが上手いですな。
たぶん、ちゃんとした彫り師が手がけたのだろう。

版木の中には、ヘタクソな彫りのものもあるが、
それはそれで味わいがあったり、謎の強さがあるので、
どっちが良いとも悪いとも言えない。
趣向の違いと思う。

この両面彫りの版木、お寺関係(またはそれに属したり関連する場所)来歴と思う。
このタイプの版木はそこら辺のご自宅じゃ使わない。
それ相応の所が放出したのだろう。


そのチベットの版木。

チベット仏教世界観を表した、
チベットの素晴らしい物の一つであると思う。

個人的にも
以前から魅力を感じている物の一つだ。

なぜだか、
これもイマイチ、日本ではスポットが当たってないように
感じるが気のせいかしら?

ネパールとかだと、
お土産用に量産された新しい版木が安価で大量に売られているが、
それはそれで、旅の思い出としてや、チベット感を感じるには
手頃で良いとは思う。
言葉が適正かは分からんが、小さな新しい版木は可愛らしくもある。
しかし、
実際に使用されていた物を求めたい場合は、話しが違ってきます。

カトマンズの某地区で多く見られる様に、
お土産品に黒い色やオイルを意図的に付着させて古く見せかけ、
「これ、古いヨ〜」「アンティークだよ〜」とか言って
おぼこい観光客相手に高く売っとるのを見かけたりするが、
それは、なんちゃって品です。

ちゃんとした真面目な物は、ある所にしかない。

・・・と、言いたいが、
チベットの版木に関しては、
実際には少しニュアンスが違う。

意外なとこに残っているのが版木。

もちろん、
観光客相手にボロ儲けを企む、
チベット風を装ったお土産物屋で、
古く良い版木に出会うチャンスは無いだろうが、
チベット本土では路上の露店商だったり、
日用品を売る売店の奥などに
古いオリジナルの版木が突然あったりもするのである。

チベットやネパール、その他のチベット圏の骨董屋であっても、
店や業者を選び、注意深く観察すれば、
今ならまだ、古く良い物を見つける事は不可能とは言えない。

しかし、
それらは簡単に出会えるとは限らない。
あくまで出会いは偶発的なのん。

市場に流れる良い物の数は少なくなっているのは間違いない。

時代の流れとともに
いつの日か、版木もその用途を終え、姿を消すのかなー


チベットの古い版木の販売

https://www.kihachiantique.com/items/26327323



コメント