旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

4月6日(日曜)大江戸骨董市 チベタンターコイズ限定特価

2025年04月03日 | 骨董市・イベント




次の日曜日、4月6日(日曜)大江戸骨董市に出店します。

チベタンターコイズを、
特別価格(半額以下・数量限定)で販売致します。

もしご興味ございましたら、
お気軽にお声がけくださいませ。

皆様のお越しをお待ちしております。

有楽町 国際フォーラム大江戸骨董市
9時から15時頃まで
※雨天の場合開催中止

現状、天候が不安定なので、
大江戸骨董市のHPにて
開催状況をお確かめの上、お出かけください。

今後の出店は未定です。
4月中の出店はありません。


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人の振り見て、我が振り直すで候

2025年03月31日 | 日記




先日、登山用品店に行きました。

行き先は、本気系の登山用品店。
多店舗展開するチェーン店ではなかったです。

僕は靴を見ていたところ、
その横に小柄な年配の女性が来て、

「これ、散歩で履きたいの」

70代と思えるその女性は、
そう言って展示されていた靴を店員に聞いてました。

中年の屈強そうな店員は返します。

「これは、散歩で履くには勿体無い靴です」と。

そして、
その年配の女性に対して、
リスペクトを欠いた言葉を並べます。

・・あら、やだ。だいぶ上から目線ですね。

僕は横目で見て思いました。

日本の山岳会系や、山屋と呼ばれる人々の間には、
過度な上下関係や、
謙虚さを欠く態度が見られるのは、
よく聞く話だ。

プロのアスリート以外では、
山を本気でやればやるほど、
時にはそれらは顕著らしい。

僕自身もアンナプルナ近隣で、
日本人の年配者の山岳会系の団体に出会い、
その傲慢さに距離を置いた経験もある。

山小屋で、同じ日本人だと分かった途端、
初対面でタメ口で酒を勧めるなよ。

僕は速攻でタメ口で断りましたが。

それはさて置き、
その登山店の店員は、
ネルシャツを着た、その女性を見下してました。

しかし、彼女が聞いていたのは、
アルトラのローンピーク9+に関してです。

山をやらない普通の年配の女性は、
その靴の事を聞きませんし、
知らないでしょう。
そもそも、そのお店には来ません。

店員はその時点で見抜くべきでした。

山の経験がある人だ、と。

女性が言ったその「散歩」とは「低山を楽しみたい」を表すと。

結局、その女性は、会話の中で、
経験豊富な昭和の山好きだと判明し、
店員の態度はガラッと変わりました。


また、反対側の隣では初心者とおぼしき若い男性に、
すっごい雑な対応をしている別の若い店員さんも居ました。

「あー、靴の保存はですねー、靴箱にしまっておかないで〇〇」

とかボソボソと小馬鹿にするような対応です。


山を愛するがあまり、
接客にも横柄さが滲み出す時もあります。

山道具屋あるある、かもしれません。

ある意味、店側の気持ちも、
個人的には分からなくはありません。
山は最悪は生死に関わる事故もあり、
特に昨今は山ブームですし。


僕は思います。

これはイカン、と。

僕はどうであろう。

僕は販売時に失礼な態度をとっていないだろうか。

販売に置いて、売り手の態度は重要です。

それを改めて思いながら、
居心地が悪くなり(山はド初心者なので)、
買い物をせずに店を後にしました。

--

僕に対して、謎のマウントを取ってくるメッセージは、
珍しい事ではありません。

最近は少なくなりましたが、
以前は骨董市でも、
すっごい上から目線で話してくる人もおりました。

つまりは、
「お前より知っている」と
彼ら彼女らは言いたいのでしょう。

「なんだよもー、ぷんぷん」

そう思ってました。

昨今のSNSでもそれらの自己承認欲求で溢れております。
自分を優位な立ち位置にしたい言葉で溢れております。

僕に対しての内容は、
チベットのアンティークや、
チベット仏教文化圏での事、
旅の経験に至るまで様々です。

それは、購入の意思や、
物語の共感があるのではなく、
単に、彼ら彼女らは、
自分の優位性を強調したいだけかもしれません。

現実世界というのは奇妙なものです。

僕は表向きの言葉ではなく、
本質を見たいのです。

一方で、販売を仕事とする以上、
多くの方との出会いや会話、
多くの場面を経験します。

多くの方々から、
色々な事を学ばせて頂いております。

その場面場面や、販売時に、
僕は無自覚なうちに失礼な態度はとっていないだろうか。

僕は思った事を直接口に出す性格です。

しかし、
どの業界であれ、
いくら経験しても、
専門知識を持っていても、持っていなくとも、
お金があろうが無かろうが、
どんな立場の違いはあろうと、
僕らは同じ人間であります。

お互い、尊敬をし合うべきだと思えます。

良い方々には、
可能な限り真摯に向き合い、
謙虚さを忘れずに努めたいです。

上述の登山店の店員を見て、
自分を戒めようと改めて感じております。



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猫と犬とアタシ

2025年03月28日 | 日記




僕は、ぷにぷにの感覚が好きです。

動物の。

近所にハチと名前の猫がいる。

額の模様が八割れしてるのに由来するらしい。

このハチ、
日中は外を自由に散歩して、
夕方頃に自宅に帰る。

街路樹に登って、
人間を見下ろしてたり、
ニャーと鳴き、人間の気を引いている。
助けようと誰かが寄ると、
サッサと自分で木から降りる。

ハチは自由だ。

道端で出会うと、
「ハチ〜」と呼ぶと寄ってきて、
その、ぷにぷにした身体を触らせてくれる。

たまらーん

猫の後頭部は
神が創りし芸術だ。

.

また、近所にフレンチブルが居る。
白いフレンチブル。

散歩している時に出会うと、
触らせてもらう。

人間が大好きらしく、
ブヒブヒと言って遊んでくれる。

僕は、ぷにぷにの顎周りを触りまくる。

たまらーん

動物のぷにぷに感って何故、
あんなに愛らしいのか。

人間の中年のたるんだ顎周りなど、
絶対に触りたくはない。

.

古代エジプトでは猫神も居たそうだ。

コペンハーゲンの美術館には、
紀元前7世紀の猫の姿の神の像も残されている。
・参考:National Geographic
・正確には、
初期は雌ライオンの頭部姿の女神バステトで、
猫の姿になったのは紀元前1000年頃らしい。

日本でも狼(オオカミ)を祀った神社は存在し、
古来より大口真神(御神犬)として神格化され、
聖獣とされていたと聞く。

ちなみに、狼はイヌ属の哺乳動物。

仏教では、六道輪廻で人間以外の動物は、
畜生とされ、
畜生道は人間より下位に位置しているが、
僕はそれには同意できない点がある。


ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーも、
背に翼をもつ姿で描かれている。

古の文化では、鳥やライオンなど、
神格化した動物が見られるのは、
人間は動物に対する憧れがあったと思えるのは
僕だけだろうか。

人間は自然造形の完成度に置いて、
動物の有する美しさを必要としているのです。


全ての動物は、美しく強く逞しく。

そして、無限に純粋で愛らしい。


イギリスには、
首相官邸ネズミ捕獲長のラリーという猫がいて、
2024年のイギリス総選挙前の、
ラリーの好感度は44%で、
首相(当時)リシ・スナクの22%、
最大野党の党首キア・スターマーの34%を上回った、とある。

人間の政治家より、
猫の方が人気があるのだ。


日本の公邸や国会にも
猫を座らせておくべきである。
クソな政治家より遥かに役に立つだろう。



犬猫 LOVE



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僕がチベット仏像を収集する理由

2025年03月27日 | チベットもの




僕が個人的にチベット仏像を集めている理由です。

チベット仏像と仏師の現地事情でもあります。
先日も少し書きましたが、加筆も兼ねて続きです。

この記事は自分の商品の販売促進目的では、ありません。
単に、個人的体験の感想を書いているだけです。

--

僕は個人的に、
ヴィンテージ(100年以内・数十年前)の小さい仏像や、
新しい仏像も集めております。

なぜ、新しい仏像を買うのか?

その理由です。

僕自身が仏像を好きなのもあります。

チベット仏像だけではなく、日本の仏像も好きです。
見るのも好きです。

しかし、良いチベット仏を手に入れられる機会は
今後、減っていくかもしれません。

それは、下記三つが大きな理由です。

・仏師の健康状態
・腕の良い仏師の減少
・需要の都合


一番最初の仏師の健康状態ですが、
鍍金仏像は伝統的な水銀製法を用いるので、健康に悪いです。
目が悪くなってしまいます。
50代とかでもかなり悪くなります。

仏師の工房を見学したら、
一応ガスマスクとゴーグルを付けてましたが、
それでも悪くなるのは想像できます。

そして熟練職人は引退してしまいます。
継ぐのは息子とかですが、まだ技が未熟だったりします。
工房従業員でも腕がイマイチだったりもします。

そのタイミングが今現在だからです。

.

二番目の減少も同じですが、現代化が進み、
手間と技術習得の年月が必要な技術職の職人は少なくなります。
「若者は、やりたがらない職業だよ」と仏具屋の知人は本音を言います。

また、腕の良い職人は、すぐにキープ(作業受注)され、
一般市場に出回る作品の数が限られます。

実際に、パタンの私設美術館のオーナーを紹介してもらい、
作品(チベット仏像)や現状を聞きましたが、
超絶技巧の職人は少なく、
彼らが受け持つ作品も一体一体に時間が取られてしまいます。

限られた何処かが彼らに注文すれば、他に造る余裕が減ります。
結果、一般市場向けには少なくなります。
市場に出回るのは、
技術が普通な作り手の仏像になります。

仏像に興味がないと、
一見、同じに見えるかもですが、
よくよく見ると全然違います。

または、昨今多く目にする、
商業用に機械量産で造られた仏像となります。

腕の良い職人は依頼するべき人が依頼し、
他は、効率的な機械生産が増えています。

.

かつては、腕の良いパタンの仏師達が、チベット本土や、
現在の北京近郊に出稼ぎに行っていました。

それらは政府関係等でのルートだったりしました。
腕の良い職人の需要はあったと聞きます。

正確に言うと、現代でも、
チベット寺院に寄附する目的で地元民が購入する需要があります。
ですが、鍍金仏であっても造りが荒い物もあります。
その分、値段は安かったりします。
それの仏像は寄贈用に地元民も買い求めます。

一方で、チベット人僧侶が自分の寺用に買い求める姿も目にしますが、
彼らは造りの良い仏像を求めています。
鍍金されていないチベット仏像に鍍金を依頼してたりします。

因みに、上記の美術館の展示物は、美しい鍍金仏像の数々でした。
技巧に技巧を凝らされておりました。

それらは全て、新しく大きなチベット仏像ですが、
月日が経てば、どれほどの価値になるか想像できます。

.

最後の需要の都合です。

金(ゴールド)の高騰は世界共通です。

今や、極薄の金で仏像が作られております。
電気分解製法での鍍金仏も多いです。
金ですらない、中国物のチベット仏も多数あります。

手間と原価のかかった高額な仏像より、
売りやすい、
安く手早く量産できる仏像を作った方が、
商売としては効率的です。

なので、それらの仏像の需要が多いのでしょう。

一方で、真面目でちゃんとした仏師や仏具店は、
チベット寺院に献上や寄附用にも仏像を作っているので、
本物の金を用いております。

今でも現地では鍍金仏像の数自体は多いです。
むしろ、場所に寄っては仏像で溢れてますが、
しっかりと造られた物は限られます。


因みに、今でも、真面目な工房や仏師、仏具屋にオーダーすれば、
厚みのある金での、良いチベット仏像を造る事は可能です。
希望するモチーフも選べます。




古いオリジナルのチベット仏像です。

珍しい適度なサイズの小型です。
金が厚く、古色(パティナ)で艶々です。
雰囲気やデザインも現在とは異なります。

手に持つと重みを感じ、
半身が無垢だと分かります。


市場に流通する、
小さく古い本物のチベット仏像は、
そもそも「存在する数が少ない」です。

チベット寺院などでの用途は、
大きな仏像になるからでもあります。

カトマンズのタメル地区とかで大量にある、
お土産のチベット仏像の話ではありません。

ヴィンテージのチベット仏像を含め、
新しく造りの良い仏像を、
地元や各国のデイーラー達は探しております。
中国系バイヤーも多いです。
彼らは事情をよく知っております。

裏話を言うと、
中国系は、古くないと知りながら買付するクソバイヤーも居ます。
売り手自身も、「古加工の新しい仏像も需要がある」と言っていたりします。

現物を見れば分かりますが、
動画や写真だけで売買する中国系。

年代を偽って流れております。
もちろん、嘘くさい年代のチベット仏像は、
日本市場でも目にする事もあります。

この手も何でもありです。

僕は全然興味がありません。

いずれにせよ、
古く小さなチベット仏を欲しがる人は世界に多いです。

そして、存在自体が少ないそれらは、
無くなったら終わりです。

.

さて、結論です。

『金の厚みと、造りの良さ、数の少なさ』

それが、
僕が新しいチベット仏や、
小さく古いチベット仏を買う理由でもあります。

もちろん、僕は、古き良き物語を求めています。

19世紀とかの古い仏像とも出会いますが、
現地でも数百万円の物もあったりします。

それらは極めて素晴らしいですが、
今や高額すぎていて、
手に入れるのは現実的ではありません。


では、新しい仏像や
ヴィンテージの仏像は価値は無いのでしょうか?


僕はそうは思えません。

新しくても、造りの優れた仏像を手にするのも、
僕は価値のある行為、
または、良い買い物だと思っております。

日本で、ある骨董商に、
「古くなければダメだ」と言われた事もあります。

それは、即金性を求める、売買目線であり、
日本での古美術という世界での話と感じます。

チベット仏教圏の現地の人々の、
「祈りや感覚」を知れば知るほど、
他の視点が得られるとも思っています。

.

上記した三つの理由で、
手に入りずらくなるのも見えています。

少なくとも、年月と共に、
値段は変化するでしょう。

例外を除いた、
ほぼ全てのチベット物に共通する事ですが、
かつては手頃だった物達。

今や、それらの値段は安価ではありません。

しかし、考えてみてください。


この先を考えると、
「今が一番良い(安い)のです」


将来は、もっと高くなるでしょう。

その言葉は、
30年以上、チベット圏を継続的に旅している、
ネパール在住のフランス人が言っていた言葉です。

昨今の古着ブームにも見られる現象です。

「あの時のアレが、今は〇〇〇万円..」
「あの時、買っておけば...」

僕が愛好する日本の古い襤褸も、
30年前にはゴミとして処理されていたとも聞きます。
今は何万円もします。
10万円以上も当たり前の価格です。

概して、気がつく時には遅すぎます。

ヴィンテージや新しく良いチベット仏像も、
今はまだ現実的な値段です。

この先は、より価値を持つかもしれません。
価値を持つだろう、と感じています。

だから僕は個人的にも所有しているのです。

そうでなければ、
全て販売してしまいます。

少なくとも、
数多く渡航した体験上、個人的にはそう思えるからです。

現地の生活様式は、
超高速で変化しております。
それを肌で感じているからです。

そして、
僕が集める理由は、

祈りや現地の人々の想い、
チベット仏教の価値観、
物語の美しさ、
個人的な趣向なども重要視した上で、
です。


それらを含めての蒐集です。


チベット仏像を収集する理由でした。



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そうか、あの人はもう。

2025年03月24日 | 日記




先日、知人が亡くなった。

親密な関係ではなかったが、
長い長い付き合いだった。

その知らせを聞いた時には、
僕はショックを受けた。

昨年、偶然会った時には、
笑顔で話してたっけ。

ちょっと辛そうだったな。

そうか

あの人とは、もう二度と会えないのか。

そう思うと、
漠然とした悲しみが込み上げた。

.

人生ってのは、あっという間だな。

話したい人とは、
話せるうちに
話しておきたい。

会えるうちに
会っておきたい。

さよならを
言われるより、
さよならと
言う方が楽だ

.

昨日、僕は用事があり、
渋谷の街を歩いていた。

普段は絶対に避ける、
渋谷のスクランブル交差点をあえて通る。

人混みに紛れると、
気持ちも紛れる。

こんなに人が居るってのにさ。
もう、あの人は居ないんだよな。


イスタンブールの友人から
「4月に日本に行くわ」とメッセージが入った。


いく人が居れば、
くる人も居る。



人間交差点




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