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旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

【重要】ブログ引っ越し先のお知らせ

2025年04月20日 | 日記




先日も発表いたしましたが、
このブログは
Gooブログのサービス終了に伴い、
近く閉鎖します。

当サイトでの僕のブログは、
2025年11月18日までは、
オンライン上に掲載致します。

新たな引っ越し先は
下記サイトとなります。

はてなブログ 「旅する骨董屋 喜八」
https://kihachiantique.hatenablog.com/


僕のブログは、
「はてなブログ」内に移行しました。

過去記事等、
そのまま移行しました。
ブログのタイトルも既存と同じ、
「旅する骨董屋 喜八」です。

検索システム的に、
キーワード検索では、
表示まで一定期間が必要なので、
暫くは検索結果では、
上位に表示されない事が予想されます。

上記のurlにてご確認くださいませ。

暫くの間、試行錯誤となりますが、
引き続き、
何卒宜しくお願い申し上げます。

尚、noteも更新中です。
併せて宜しくお願い致します。


喜八




除霊が必要な人

2025年04月17日 | 日記




個人的な独り言の記事です。

オカルト系ではありません。
スピリチュアル系でもありません。

始めに言っておくと、
怒らないでください。
批判は何処か遠くでしてください。
そっと聞き流してくれれば嬉しいです。



日本には除霊が必要な人々がおります。

例を挙げます。

ヴィーガンを始めた人、
ヨガを始めた人、
過度な環境活動家、
過度なフェミニスト、
チベット物の嘘くさい物語を語る人、
などなど

除霊が必要です。

悪霊が憑いています。

それらの狂った行為をするのは、
決して、
あなたのせいではありません。

悪霊のせいです。

悪霊の名前は、
「間違えていても気が付かないデビル」
と除霊師界では呼ばれています。

特級呪術師でなければ、
除霊は難しいです。

「SNSでキラキラした生活を見せたいデーモン」も
世間には多く存在しますが、
その悪魔は更に強敵です。

2025年現在

悪霊は街中を闊歩し、
ネット上に至っては、
無限繁殖する特性も持ってます。

地球の危機です。

しかし、大丈夫です。
除霊方法と対策も日々進化しております。

ヴィーガンに対しての除霊方法は、
二郎系ラーメンを完食させる儀式にて、
悪霊は取り払われます。

行き過ぎたフェミニストに関しては、
ロケットに詰め込み、
木星に向かって打ち上げる計画が
進んでいるとかいないとか。

しかし、まだ安心も出来ません。

古美術に触れてしまっても、
悪霊は取り憑いてしまいます。

僕らを闇の中へと引き摺り込みます。

その悪霊の名は、

「古美術こだわり系サタン」

極めて強敵です。

我が物顔で、骨董を語り出したら、
その人の心はサタンに支配されています。

もし出会ってしまったら、
塩をまいて逃げましょう。



悪霊に支配された心を放っておくと、
悪魔の国の住人になってしまいます。

正義を目の敵にして、
巨大な正義に立ち向かってしまいます。

地獄の底から、
ヴィーガンの呪文を唱え、
ヨガの黒魔法を使い、
子供を使い魔として世に送り出します。

一方で除霊師も負けていません。

環境活動家の必殺の武器、
紙ストローは、
激しい闘いの末、今では除霊されつつあります。

しかし、
悪霊は数を増やしつつあります。

ああ、なんと恐ろしい事でしょう。

除霊を施さなればなりません。

世界平和と秩序を守るために。

—-

因みに僕は、
既に救えない領域にいます。

悪霊に魂を売って久しいです。

数々の除霊も効果を発揮する事なく、
悪の帝王である、
アンティークの大魔王に愛され、
旅の堕天使に心を奪われ、
今や、
悪魔の国で布教活動に、いそしんでいます。

もはや気持ちが良いです。

たまに同類の、
アンティークの悪魔や、
旅の悪魔に魅了された、
悪魔の国の住人達に出逢いますが、
我々の帝国の同志だと
僕は思っております。

偽物の天使たちを駆逐し、
共に、
アンティークと
旅で
この世を支配しましょう。


終わり


告白。

2025年04月16日 | 日記




良いタイミングなので、
本来、タブーな裏話を書きます。
昔話です。

僕が感謝している根底の理由です。

実は、その意味は一般的とは少し違います。

旅に対しての尋常ではない、
こだわりの理由でもあります。

感謝も旅も、
深い意味からの気持ちです。

フィクションかどうかの判断は
お任せします。



旅や、物と出会わなければ、
この仕事と出会わなければ、
お客様方と出会わなければ、

今ごろ僕はどうなっていたか、
本当に分かりません。

生きていなかったのも現実的です。
本当にそうです。

生きていたとして、

「行き着く先は、刑務所か精神病院だな」

かつて僕が思っていた事です。

この仕事を始める前は、
荒れていた時期があります。
マヂですさんでました。

周りは不良たちばかり、
芸能人やモデル、
アパレル関係、
音楽関係者から広告業界の人々などが集まる、
毎週末の音楽パーティ、パーティ、パーティ三昧。

六本木や西麻布、
都内各所から遠方まで数々のパーティ

周りで逮捕者が出るのは、
珍しい事ではなかったです。

実際、僕が当時つるんでいた、
「兄弟」と呼び合う仲の男も、
5年半、塀の中に入りました。

仲の良いグループの一人も飛びました。

彼らは大掛かりな組織に関与してました。

当時、僕は狂ってました。
感覚が麻痺してました。
薬物が蔓延する世界に居ました。

お金にまつわる、
怪しいビジネスもそこら中にありました。
狂った人間関係、暴力沙汰、何でもありでした。

僕が風俗やキャバクラの類に全く行かない理由は、
当時、それらの仕事に従事する女性たちも、
周りには溢れていたのも理由です。

銀座で座っただけで10万円の店で働く子、
六本木のキャバクラ、
渋谷の風俗など、
毎週末のパーティで一緒に遊んでいたので、
彼女らにお金を払って、
一緒にお酒を飲む発想自体がなかったです。


その狂気で混沌とする世界の中で、
ある時から、
僕の心は空虚になりました。

死を強烈に意識した時期がありました。

実際、本当に死に迫った事もあります。

心はすさみ、
生きている意味を持たず、
空虚さを埋めるという言い訳で、
通常量の7倍もの量を
一晩で摂っていた事もあります。
完全な薬物中毒です。

結果、お約束の精神病院行きです。

ギラギラの目をして、
カウンセリングを受けましたが、
悪化する一方でした。

もう身体も心もズタズタでした。


その時期に知人が
自ら命を断ちました。


もう、どうなっても良くなりました。

今考えると、
そこで死んでても
全く不思議ではないです。

しかし、僕は、
旅に出ました。
片道切符で。

元から旅が好きだったので、
どうせ死ぬなら何処かの地で、
そんな感覚でした。

インドやその周辺を経て、
ヨーロッパに渡り、
ポルトガルの端まで行き、
再びインドに舞い戻りました。

感覚的には、
長く遠いい旅でした。

激しく猛烈な旅を経て、
やがて僕は、
生きる活路を見出しました。

インドの夜行列車で
開け放たれた鉄の扉から見えた、
輝く朝日を見た時、
僕は
「生きる決心」をしました。

ブラックマーケットとは、
一才の縁を切りました。

それからは、
奇妙な運命を辿って、
今に至ります。

.

それらの全てを経て、
今、自分が或るのは、
全ての助けからだと僕は感じています。

神様ってのが居るどうかは
分かりません。

ただ、
運命ってのは不思議なもんです。

99%は定められた運命で、
1%だけは、
何かに許された自分の努力次第

それを感じています。

だからこそ、
僕は感謝するのです。

だからこそ、
僕は旅と物語にこだわるのです。

そんな感じなのです。


終わり。



ブログ終了と引っ越しのお知らせ。

2025年04月14日 | 日記




Gooブログのサービス終了に伴いまして、
このブログも近く閉鎖・引っ越しをします。

Gooブログの終了予定は、
2025年11月18日です。

今まで築き上げた記事により、
ようやく伸びてきた閲覧数や、
ようやく浸透してきた情報の数々、
が一旦、埋もれます。

呆然とします。

終了発表を知った時には、
小便をちびりそうになりました。

尚、当ブログの引っ越しをします。
引っ越し先は、
はてなブログ内「旅する骨董屋 喜八」です。

引っ越しが上手く移転したと仮定して、
これまでの記事が、
検索システム的に、
皆様や多くの方の目に触れられるのは、
再び時間が必要と思えますが、

何卒何卒(心の声)
引き続き、
宜しくお願い致します。


喜八



チベット襤褸の美

2025年04月12日 | チベットもの




チベット仏教圏での古い布の話題です。

「チベット襤褸」

僕が勝手に呼んでいて、
勝手に提唱している価値観です。

正確にはチベット本土に限らず、
広範囲に広がる、
「チベット仏教文化圏に則した襤褸の古裂」
なのですが、
略して、チベット襤褸としております。

--

今や、日本のBORO(襤褸・らんる)は世界的に知られた価値観です。
書籍も出版されております。

ぼろの美」 青幻舎

英国の出版社での書籍もあります。

the book of boro」(英語版)

日本の襤褸は有名ですが、
布物、織物類において、
チベット仏教文化圏の、
古い襤褸布も美しいと僕は感じています。

しかし、それらが理解される事は少ないです。
そもそも、その存在自体が知られていません。

イスタンブールで古布の研究者にも会いましたが、
老齢なコレクターでありつつ、
博学なイギリス人の研究者である彼でも、
チベットの古い布に関する知識は乏しかったです。
と言うより「全く未知の領域」だと言ってました。
彼はアイヌの民族衣装や、
ウズベキスタンのスザニの知識にも秀でていました。

その、知られていないチベットの布の中でも、
更に限定的な、チベット襤褸。

僕が勝手に見出しております。

その価値観を広める事は、
価値観の共有
または、商売上でも大切な事かもしれません。

現代アートのアーティストの村上隆さんがいう、

認知領域の拡大

それが重要になってくるでしょう。

--

先日、中国人バイヤーに、
襤褸の民族衣装チュバ(チュパ)が売れましたが、
その中国人は交渉時に
「これは破れている。以前買ったのは良かった」
と中国語で何やら言ってましたが、
僕は無視しました。

どうせ、いくら説明しても、
彼らは理解しません。

その美しさの価値を。

中国人の価値基準は完品です。
彼らはキラキラでピカピカした物を好きです。

それを僕は分かっているので、
必要以上の会話はしません。

お金のやり取りのみです。

結局、彼は買いました。

それなりな金額でしたが、
中国本土より安値と思えます。

何故なら、僕は彼の売り先を知っています。
幾ら位で転売されるのか、も。

因みに、以前、その中国人バイヤーに、
同類のチベットの古い民族衣装を売りましたが、
香港の高額オークションで出品され、
約50万円で落札されていました。

僕がその事実を知っている事を、
彼は知らないでしょう。

それはともかく、
中国語で話しかけんなよ。
ここは日本だぜ。

日本語は無理だとしても、
少なくとも英語で話せや。

日本の外国人観光誘致政策の弊害です。
外国人を知らない、
無知な日本の政治家の間抜けさの結果です。

知人の中国人は、
日本文化や日本語を真面目に学んでいますが、
オールドスクールの中国人は困ったもんです。

もはや相手にしませんが。

インド人旅行者も、
より一層増えそうですが、
今後はどうなるのでしょう。

--

さて、話を戻すと、襤褸の美しさです。






この民族衣装チュバ(チュパ)の、
破れも汚れも美しいのです。

それらも物語の一部なのです。

着用していた人や環境に、
想像を馳せるのも楽しいのです。





こんなチベタンが着用してたのかしら。
そう思うと、破れも愛らしく思えます。

草彅剛さんが、
古着の「襤褸の美学」を語るYoutube動画で、
ワクワクしながら、
彼自身の想像と趣向を話しているのを見る事ができます。

楽しそうです。

そう

人の楽しみ方や価値観は、
人それぞれです。

全く理解できない人も居るとは思いますが、
少なくとも、
有名人が語れば、その価値観は認知はされます。
反面、無名の人が語っても相手にされません。

それが現実社会です。
特に、日本では。

使い込まれた日本の野良着や、ボロボロの布が
新品より値段が高いのは、
コレクター的にも許容される一方で、
チベットの襤褸は、
破けや汚れや補修を
「ダメージ」として表現されます。
表現しなくては伝わりません。

しかし本来は、それはBOROと共通する、
ある種の「美の価値観」だと、
僕は個人的には思っております。









チベットの十字絞り柄ティクマの古い襤褸です。

美しい物語のある、
古く擦り切れた布です。

チベット襤褸だと、
僕は言い張ってます。

--

この先、チベット襤褸の価値観は、
日本や世界で認知度が広まるか分かりません。

広まるように微力ながら発信はしますが、
誰も知らなかろうと、
誰も見向きもしなかろうと、
僕は、
人知れず、
「チベット襤褸」の価値観を扱っていきたいのです。

その美しさを理解頂ける日が来るのを、
密かに楽しみにしているだけです。

いつか認知されたら嬉しいな。

--

余談です。

上記の村上隆さんのインタビューは面白いです。
現代アート業界を通して、
日本と世界の違いを話しています。

日本で嫌われる事が多いのに、
世界では大きく評価されている乖離と、
価値観の認識や理解の違いについて話していました。

アート業界やアニメ界隈、
世間での様々な見解や意見はあろうとも、
村上隆級の著名人でも(著名人だからこそ?)
評価基準を考える時、
怒りに似た感情を覚える時がある事を知り、
日本社会の特殊性を実感します。

彼を好き嫌いかどうかは置いておいて、

例え日本で嫌われても、
世界では同じとは限らない。
むしろ逆の場合もあるから、
日本にこだわる必要もないな。

そう思わせてくれるのは、
個人的に嬉しいです。