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半島を出よ (下)

幻冬舎

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【ネタバレ注意】
 これからこの本を読もうとしている方は注意。ストーリーにまったく立ち入らずにこの本の魅力をレビューすることは不可能だ。
 村上龍は途方も無いフィクションをでっちあげ、私たちに巨大なノンフィクションを突きつけてみせた。普段「さりげなく透明に近いスルー」をし、大切なことをいかに「なかったこと」のようにして生きているか。様々な視点からそんなことを考えさせられた。日常の些細なことからこの国の安全保障まで。
 徹底的に日本政府(政治家や官僚)の無能さが描かれる。同時にそれは日本国民が安全保障というものについて、スルー(意識の上で飛ば)してきたことに由来している。
 9人の北朝鮮特殊部隊が3万人の観客で埋まった福岡ドームを占拠する。重武装した彼らは観客を人質に取りつつ、「腐敗した北朝鮮に対する反乱軍」を名乗り、福岡-北九州-を統治することを宣言する。反乱軍を名乗っているので、北朝鮮に捻り込むことができない。
 この状況で政府は「たとえ人質に被害が出ようともテロリストを殲滅する」という厳しい選択肢をとることができない。自分も含め、多くの日本人はそうだろう。しかし、この甘いメンタリティが、後々12万人もの北朝鮮軍兵士を招き、九州の日本からの分離・独立を容認することに道をつけることになるのだ。この事実を突きつけられて初めて政府は「福岡ドームで片をつけるべきだった」と悔やむことになる。
 ストラテジー(戦略)とビジョンは徹底的に無く、自己保身・事なかれ主義・他力本願(特に対アメリカ)だけは掃いて捨てるほどある。拉致事件に対する政府の対応とみごとなまでに重なっている。
 一方、北朝鮮軍の「ヤバさ」を肌で感じ取り、直感で動く愚連隊がいる。イシハラを筆頭とする、モリ、ヤマダなどカタカナで表記される面々だ。
 彼らは社会とのつながりを拒絶され、拒否している者たちで、自分たちの興味・関心を掘り下げ内へ内へ向かうことで逆にこの大問題を等身大の問題にまで圧縮し、対決していくことになる。このあたり、「アキラ」(大友克洋著)の雰囲気に通じるものがある。
 彼らは相当にアブナイ連中なのだが、非常に生き生きと、魅力的に描かれている。今の日本人が現代社会に適合していく中で濾しとられてしまった(北朝鮮特殊部隊の目を通して、日本人の生はひどく薄いものとして描かれている)抽出物のような存在として。
 この絶望的な戦闘がどのような決着をみせるか、それは読んでのお楽しみだ。
 後日談が実に良い。そして、愚連隊の生き残りが次の物語を紡いでくれるような気がする。もしかするとこの物語の時代が過ぎた2015年あたりに、愚連隊の一人と再会できるかもしれない。
 村上龍は、浜辺の砂の中の、星砂のありかを示すのがうまい。

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