きづき窺見帖

窺見≒物見≒斥候≒間諜≒密偵≒SPY

『BJ』 7 

2007-08-11 | 卑小説
『BJ』 7   直家エル

眼下に闇に沈む都会が広がっている。
新宿高層ビルの55階。
すべての席が窓際に並ぶバーの片隅。
店の中は極端に照明を落としている。
女がはしゃぐ。「夜景がきれい!」
「昼間の雑踏が見えないからな」Aジェントが呟く。
「要するに暗闇で汚いものが見えないのよね」明るい声だ。
「雪と同じか」暗い声だ。
「違うわよ。雪は物質だけど、闇は光が当たらないという状態でしょ」諭された。
二人とも、10秒間沈黙する。
女はもっと何か食べたそうにメニューを見ている。
「何で、俺についてきたんだ」
「へへへ、『いつもこういうことをする女だと思わないでね』なぁーんて言ったりして」
「どういう女か判るのはこれからだ」
「別に知らなくていいわよぉ」
「もしかして、俺のことは知っているのか・・・」
「さすが鋭いわねぇ。実は、あなたがBJ探偵事務所に入っていくところを偶然見かけたことがあるのよ。どう見ても、その風貌から、探偵事務所に依頼する人には見えなかったの。ごめんなさいぃ。BJ事務所にいる人と同じ人種の臭いがしたのよ。加齢臭じゃないから、安心してね。探偵のお仲間かなぁ、なんて。それでちょっと探りをいれたくなっちゃって」
「俺は探偵ごっこの相手か」
「お相手してくれる? ちょっと探しているものがあるの」

中央線沿線なら、偶然に新宿で逢う確率は、お台場で逢う確率よりは高いかもしれない。
しかし、この東京で偶然に逢うなどということはめったに無い。
それなのに、偶然を装って近づき、このバーまで連れてきた。こんなに簡単にいくとは思いもよらなかったのだが、裏には、そういう事情があったのだ。
しかし、風花舞、知っているのは名前だけだ。さて、どうやっていろいろ聞き出そうか。

少し前のこと、BJ事務所に向かう途中、「風工房」の前で偶然、不振な男を見つけた。ちょっと脅かしただけで、男は盗んだ小箱を私に渡した。いや、私が取り返した。そして、私は曰くありげな箱をすぐには返さず、絶対に安全な場所に保管し、動きを見ることにしたのだ。男は身内に近い者だった。男とは約束した。私がいずれ箱を返すこと、お互い口外はしないこと、警察には知らせないこと。
案の定、BJ事務所に三人の女性が現れた。ひとりは男を探すために、ひとりは姉を探すために、そしてもうひとりは、その箱を探すために。そして、三人は母と姉妹。ますます私の好奇心を刺激する。ここまできたら、もう当事者に当たってみるしかない。さて、一番口が軽そうなのは誰か。Bジェントの情報によれば、妹だろうということだ。
その妹に、今逢っているのだ。こんな都合のいいことはない。

「探しているのは、小さな物かな?」
「そう、小さくて高価なもの。きっと盗まれたのよ。でも実家は『セコイ』の完璧な防犯システムで守られているの。探偵ごっこをすると、内部の犯行、要するに家族、あるいは、家族に非常に近い人ということになるわ。探偵さん、どう思います? これ以上はあまり事情を言えないけど」
「俺は探偵じゃない。しかし、その可能性が高いな。最近会った身内で、今、連絡が取れないやつとかはいないのか。どうだ、もう少し、私の好奇心を満足させてくれないかな」
「うーん、あんまり身内の恥を話したくないけど。そうねぇ、私を驚かせたら話をしてもいいわよぉ」
二人とも、5秒間沈黙する。

「もっと上から夜景を見ないか」誘ってみる。
「え、上の階? ここが最上階よ。だまされないわよ」女が睨む。
「このビルの屋上にヘリポートがあるんだ。実はヘリを待たせてある」
「ステキ!」女が腕を絡ませてきた。
単純明快、気分爽快、天網恢恢、一網打尽、釈迦の手のひら。意味不明の言葉が頭に浮かぶ。
「すこし、酔っているんじゃないか?」
「ヘリに乗る前に酔うわけがないでしょ」
「ははは、そうだな。乗ってから景色に酔ってもらおう」
「きっと、屋上の隅に止めてあるんでしょ」
「そうだ、縁(へり)だ」
その名前、風花舞から想像すると、名付けたやつは言葉遊びが好きそうだが、その子供は単なる駄洒落好きか。でも、私とは気が合いそうだ。

屋上に出る。
特別に改造したヘリだ。ギャルウィングドア。違う、ガルウィングドアになっている。
女は嬉々として乗り込む。私が後から乗り込むとすぐに離陸。操縦士は心得たもので、一気に上昇すると、大都会の上を大きく旋回する。
私はおもむろに、特別なスイッチを入れる。
静かに、頭の上が開いてゆく。
「何これ!」 女が叫ぶ。
「車のサンルーフと同じさ」
透明な強化ガラスの屋根ということだ。
ローターがちょっと邪魔だが、満月と都会の数少ない星々が真上に見える。
「これで驚いてはいけない、下を見ろ」
床も同じように開いていった。すべて開くと、都会の夜景が足元全体に広がる。
「わぁ、ステキ!」
数分間待つ。
「さて、話を聞かせてもらおうかな」
「わかったわ。探しているのは実は指輪なの。指輪は複数あるらしいの。私は見た事無いし、詳細は知らないわ。父は、美しいものが好きで、言葉遊びが好き。子供の名前の付け方を見ればわかるでしょ。でも指輪を造ったのは、私が生まれる前のことで、姉が生まれた後。だから、私の名前は関係ないわ。姉と母の名前は関係あると思う」
「父上が美しいものが好きなのは、母上と君を見れば解る。ところで、母上は、なんていう名前だ」
「ミドリ、姉がミヅキだから、似ているでしょ。私だけちょっと違う名前なのよ」
「君は、BJ事務所で姉を探していると言ったが、本当は指輪を探していたわけだ」
「やっぱりBJ事務所の人とお仲間なのね」
「詳しいことは言えない」
「そうなの、いいけど。話を続けると、あの家は『セコイ』のセキュリティシステムで完璧に守られている。だから、持ち出したのは内部の人間だと思うの。姉を疑うわけじゃないけど、何か知っているはず。あ、それから車も名前の関係で選んだみたい。指輪にも関係ある名前・・・しゃべり過ぎね」
女はそこまでで黙ってしまった。窓のほうに顔を向け夜空を見つめている。
数分間待つ。
声のトーンを落として、女の耳元で囁く。
「実は、このヘリの終着駅は私の家の屋上だ。今夜は話の続きを聞こうじゃないか、べッ・・・」
ぐぅっ! すべてを言い終わらないうちに強烈な右アッパーが私の顎に炸裂した。
華奢な体のどこにこんな力が隠されていたのだろう。
ヘリのドアに激突するとロックがはずれ、ガルウィングが跳ね上がる。私の体は空中に放り出された。
しかし、なんとかドアの内側の取っ手に片手を引っ掛け、落下を免れる。引っ掛かっているのは指先だけで手に力が入らない。このままではすぐに力尽きてしまいそうだ。
床に飛びつこうかと一瞬考えたが、もし、その反動でドアが閉じたら、頭か腕か手か指がドアに挟まれ、結局は落下しそうだ。仕方が無いので、思い切って手を離して飛び、かろうじて、スキット(脚)にしがみつくことができた。ひじの内側に脚を抱え込んだので、ドアよりは少しは持ちそうだ。
ちくしょう、なんでこんなに簡単にドアが開くんだ。改造のせいか。明日、整備会社に怒鳴り込んでやる。明日があればだが・・・。












上を見ると、まだ開いたままのドアから女が顔を出した。スキットにボロ雑巾が引っかかっているのを確認するような眼で、私の姿を見下ろす。ボロ雑巾には声もかけず、操縦士に向かって言った。
「運転手さん、どっか一番近いJRの駅に行ってちょうだい!」
「運転手じゃねぇ、操縦士だ!」怒鳴ってはみたが、そもそも、そんなことを言っている場合じゃない。強風に耐えることで精一杯だ。
女は風が入るのを嫌ったのか、ドアを思いっきり閉めた。
考えてみれば、私もなるべく早く着陸して欲しい点に於いては、彼女の意向に反対する理由はない。このまま遊覧飛行を続けられたらたまらない。しかし、タクシーじゃないんだから・・・駅の近くにあるヘリポートはどこだ? やはり着陸まで絶望的な時間がかかるのではないか。
眼下にガラスを通さずに広がる夜景が綺麗だ。
『夜景が、やけぃに綺麗だ』 しょうもない駄洒落を思いつく。
そんなことを、こんな時に思いつく私は、それ以上にしょうもなかった。
ヘリの音が、バカッバカバカバカバカバカバカッと、いつまでも頭の上から降り注いでいた。

<寒>

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10 コメント

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Unknown (はなこ)
2007-08-12 08:03:46
うちの近所にもあるけど、あれってセコイの?
そんなことより、高所恐怖症には怖い。笑いが引きつる。はやくおろしてやって。

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涼しそうよ~ (ねむ)
2007-08-12 14:06:33
夜の上空は、涼しいだろうな~
昨日の夜は、こっちでさえ深夜0時に26℃もありました
冷蔵庫に頭突っ込むしかないよぅ
バカッバカバカバカバカバカバカッ・・・あ?うちにもヘリが・・・お腹がヘリました
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今日もあぢい (きづき)
2007-08-12 22:28:08
はなこさん、
次の話までには、降りるでしょう。
って、次はあるのか、あってもいつになることやら

ねむさん、
熱帯夜というのもあるから、涼しいかどうか。
でも風が当たって涼しいか・・・でも、風、強いだろうなぁ
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ACTION! (いちみ)
2007-08-13 11:23:00
 すごいことになってる
 っていうか、空港でSSSS対応される人らしい展開です。
 
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いちみさん (きづき)
2007-08-13 22:18:02
「実はヘリを待たせてある」
この台詞は、
いちみさんが言っていた、
『全日空に電話して、僕が着くまで待っていろ!』
を、意識して使いました。
ANAとは規模が違うけどね。
ほぼ、ご希望通り、使ったつもり・・・


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リクエストに応えていただき (いちみ)
2007-08-14 06:49:46
 ありがとうございます。
 
 Aジェントがブルース・ウィルス化しそうなのが心配です。
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次は? (agent @ office)
2007-08-14 08:07:36
次回はついに南米ブラジルです。
この前行ったミネアポリスでは橋が落っこちたけれど、僕のせいじゃありません。
娘からは、「パパが行く所では、いつも事故で皆が迷惑するから、どこにも行っちゃダメ」と言われてしまいました。
次の共演者は誰かなぁ?

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ダイハードウェア=大きな硬い服 (きづき)
2007-08-14 20:38:41
いちみさん、
大丈夫です。ブルース・ウィルスほどタフではありません。

agentさん、
次は、まずヘリから降ろさないと・・・
ブラジルですかぁ、遠いいなぁ
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ブラジルと言えば (××くらげ)
2007-08-15 18:16:16
カナリヤ・・・バイところなんだろうな。

ところでダイハードにしろ007にしろ、
主人公はタフガイとのイメージがありますが、
あれはどちらかと言えばラッキーマン。
絶体絶命で絶対に絶命しませんものね。
(日本語って難しいですね。)
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××くらげさん (きづき)
2007-08-15 22:33:55
黄色いカナリヤ軍団が居るんですよね。

ダイハードは、ラッキーマンというか
ありえねぇーラッキー!!! 
って、感じでしょうかね。

絶体絶命の『絶体』って、なんだろう。どういう意味?
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