
石見の伝説と歴史の物語−33(立岩伝説−5)
12.2. 立岩伝説の始まり 江の川は古来より中国奥地と山陰の海岸を結ぶ唯一の交通路、運搬路であり、毎日沢山の荷物や人を運ぶ舟が上り下りし、多くの材木、竹材が筏に組まれて川を下っ...

石見の伝説と歴史の物語−34(立岩伝説−6)
12.6. 大貫御嶽神社 立岩に役小角の石像を安置する作業を請け負った山崎次郎右衛門は、その後地元の大貫の三角山(現在の御嶽神社の西側に位置する標高162mの山)に蔵王権現の社を...

石見の伝説と歴史の物語−35(甘南備寺第二世住職智賢)
13. 甘南備寺第二世住職智賢 甘南備寺歴代の歴住の記録は次のとおりである。 開山 行基菩薩 天平21年2月2日寂 二世 中興智賢 (記載なし) 三世 第二...

石見の伝説と歴史の物語−36(萬寿の大津波と江の川の洪水−1)
14. 萬寿の大津波と江の川の洪水 島根県石見地方で万寿3年5月23日(西暦1026年6月16日)に大津波が起きた、と古い時代の数々の文献記録に残っている。 この津波は益田沖で...

石見の伝説と歴史の物語−37(萬寿の大津波と江の川の洪水−2)
14.2. 萬寿大地震の記録(続き) 14.2.2. 石見名所方角図解 「石見名所方角図解」は安永3年(1774年) 香川景隆と江村景憲によって著...

石見の伝説と歴史の物語−38(萬寿の大津波と江の川の洪水−3)
14.3. 萬寿津波と渡村の移動 14.3.1 万寿津波の記載や伝承について調査・報告 1.島根県技術士会の児島秀行氏の2012年度島根大学・山陰...

石見の伝説と歴史の物語−39(萬寿の大津波と江の川の洪水−4)
14.4 渡村移動前の江の川の河道 14.4.1 河道の推定 川の河道が大きく変化することはあり得ることだが、江の川のように山間を削ってながれる川...

石見の伝説と歴史の物語−40(荘園−1)
15. 荘園 天平15年(743年)に墾田永年私財法が発布され、開墾した田地の永久私有が認められることと なった。この法令を契機として、中央の貴族や寺院は地方豪族とむすんで大規模...

石見の伝説と歴史の物語−41(荘園−2)
15.2. 白河上皇と荘園 (白河天皇図) 15.2.1. 白河上皇の資産形成 白河上皇と荘園の話をもう少し続ける。 荘園の乱立によっ...

石見の伝説と歴史の物語−42(古代の軍団)
16. 古代の軍団 16.1. 軍団の設置 古墳時代・飛鳥時代の日本の軍隊は国造軍と呼ばれ、中央・地方の豪族が従者や隷下の人民を武装させて編成していた。 古代の軍団がいつ成立...