Crónica de los mudos

現代スペイン語圏文学の最新情報
スペイン・米国・ラテンアメリカ
小説からグラフィックノベルまで

グアダラハラ国際ブックフェア(4)

2019-12-21 | 出版社
セクストピソは2002年にメキシコ市で立ち上げられた。いまなおエディトリアル・インデペンディエンテを名乗る。創立以来、あまり知られていない古典作品の復刊と、優れた現代世界文学の翻訳、そしてイスパノアメリカの若手作家たちの発掘に努めてきた。文学にとどまらず哲学、現代社会の諸問題に関係する本も、また近年はグラフィックノベルや子供向けの本も出してきた。そのセクストピソのブースにはラテンアメリカやスペインの同じくインデペンデント系の出版社が棚を並べている。このブース全体がペンギンランダムハウスにもプラネタにも属さない独自路線を歩む各国のマイナー出版社の寄せ集めなのだ。
スペインからは翻訳に強いノルディカ、ペピータス・デ・カラバサ、日本のコミックに特化しているサトリなど。他にアルゼンチンのエテルナ・カデンシア、ペルーのエストゥルエンドムド、チリのウエデルスなどが棚を並べていた。ここにはバルガス=リョサもいなければガルシア=マルケスもいない。いるのは大きく三種類。ひとつは彼らが選び出した分野を問わない准古典作品。看板の似顔絵でその概要を知ることができる。ふたつめは各国の海のものとも山のものとも知れぬ若手作家たち。そしてみっつめはやはり彼らが選び出した現代世界文学の翻訳である。
すぐそばの休憩所で酒が飲めた。看板には作家の名前のほかにいくつかのキーワードが掲げられている。文学、詩、グラフィックノベル、子ども時代(わざとスペルを間違えている)、音楽、哲学、フェミニズム。ここにはペンギンランダムハウスのような売れ筋本や検索数の多い本を並べるという発想はない。集まった人々が自分の好きな本、売りたい本を並べている。大手のブースが大型チェーン店の陳列に似ているとすれば、こちらは街場のセレクトショップのそれに近い。
アナグラマと並んで翻訳に強い(そして目の肥えた)ノルディカの棚の上にはエミリ・ディキンソンなどそれにふさわしい外国語文学の作家たちが。ミルチャ・カルタレスクもスペイン語にきちんと翻訳紹介され、非常によく読まれている(この場合は読者限定ですが)作家の代表。日本での翻訳のそれと少しずれがあるかもしれない。ログローニョにあるペピータス・デ・カラバサもセクストピソと同じく古典翻訳とスペイン語現代作家紹介を二本立てにする。パスカル・キニャールとメキシコの誰も知らない若手作家を同列に並べるというのが、この人たちの基本姿勢なのである。
ハリポタとノーベル賞作家とベストセラーが中心にある大手とは異なり、ここでは詩を含む様々な知の系譜が翻訳という形で中心にいて、その周囲をスペイン語圏の名も知れぬマイナー作家が囲んでいるようだ。周縁にいる作家たちを二軍、三軍とみなし、場合によってはワゴンセールのような売り方までする大手とは世界の見方が違う。中心と周縁の見立てが違うのである。こうした見立ては、文学など様々な書物と一定の関係を築いてきた人間のもつ世界像と重なりやすい。アルトゥーロ・ペレス=レベルテの山を前にして違和感を覚える人間がホッとできる空間といえる。
ブース内でもっとも幅を占めているのはもちろんセクストピソ。翻訳もので人気があるのはエトガル・ケレットとアンジェラ・カーターだった。ちなみに私は先月エトガル・ケレットの話を元町映画館で聞いてきた。こんなところでスペイン語を介し再会しようとは。メキシコの重鎮作家からはマルゴ・グランツ、日本にはまだ届いていない(ほうが圧倒的に多いのでいまさら驚くには足らないが)メキシコの重要な女性作家のひとりで、クリスティーナ・リベラ=ガルサと並び体系的な紹介が急務ではないでしょうか。私がやってもいいけれどたぶん時間的に無理、若い方でどなたかいかが。さて、そんな人気作家やベテラン作家にまじって、どこの馬の骨かというメキシコ人作家が何人か。メキシコ北部文学のカルロス・ベラスケス、軽妙なエッセイで知られるビビアン・アベンシュシャン。
ここにはいまやセクストピソの顔ともいってもいいバレリア・ルイセリ、メキシコの女性作家によるエッセイアンソロジー『津波』を編纂したガブリエラ・ハウレギ、そして今回のフェアで私が発掘したお宝ブレンダ・ナバーロらの顔が。女性作家が多いのもセクストピソの大きな特徴である。フエンテスもルルフォもビジョーロもボルピもいないもうひとつのメキシコ文学がここにある。
翻訳ではウィリアム・ギャディスが一通り揃っていることに驚いた。このブースに集まっているマイナー出版社のHPを見ていると、どこも翻訳者を大切にしていることがわかる。セクストピソを運営するのは作家でもあるエドゥアルド・ラバサ以下四名の編集主幹と、スペイン支部も合わせた34人の編集者たち、彼らは出版にかかわるすべての人々と直接的で家族的な関係を維持してきたという。作家、翻訳者、学者、そして印刷と装丁に携わるあらゆる関係者、そしてなによりも読者。単なるビジネスマインドではない、文化の時間的継続性を目指す人々の抱くある種の熱いパッションが、これらの書物をスペイン語圏に送り出している。
日本でもその分厚さで話題になった『JR』はスペイン語発音で『ホタ・エレ』。スペイン語版もやっぱり凶器並みの分厚さでした。
セクストピソのエースと4番、ルイセリとダニエル・サルダーニャ・パリス、やはり目立つ場所に。ルイセリの英語最新作『ロスト・チルドレン・アーカイヴ』のスペイン語訳『音響く砂漠』はこの二人が手掛けている。どうやって翻訳したのか尋ねてみたいところ。5日間、私はこのブースで、かなり長い時間を過ごした。おかげでメキシコ現代文学の見え方が大きく変わってきた。チリやペルーに関して長い時間をかけて築くことができた視野をほんの数日で得ることができたような気がする。セクストピソの本はアマゾンで買いにくい。プラネタ系の本などよりずっと高いこともある。なによりも検索数や発売部数でその価値がわからない。こちらに来てもぱっと見ではなかみの評価がし辛い。が、考えてみれば、自分は昔からそうだった。書店に通い始めたのは甲子園球場横のアイビー書店、目当ては早川書房のSFだったが、あのころから本のなかみも分からず、ただ勘と本能を頼りにいいものを探り当ててきた。スペイン語圏のインデペンデント系出版社のラインアップに私が惹かれるのは、きっと「そこに宝があるはず」という確信がもてるから。それを再確認できただけでもグアダラハラへ来たかいがありました。
明日は最後にその他のブースをさらりと。
コメント    この記事についてブログを書く
« グアダラハラ国際ブックフェ... | トップ | グアダラハラ国際ブックフェ... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。