イサベル・アジェンデの新作を久しぶりに、というより今世紀になって初めて、手に取った。表紙はウィニペグ号。1939年、フランス南部の収容所に拘束されていた共和国派のスペイン人亡命者たちをのせてチリまで運んだ船。表紙の左下にはバルパライソの市庁舎が。当時のチリは左派人民連合アギーレ・セルダが大統領だった。そして大統領命でこのウィニペグ号による亡命者移送を差配したのが、当時パリのチリ大使館にいたパブロ・ネルーダ。この小説はその船でチリに渡ったカタルーニャ人を主人公にした作品だ。
久しぶりに読むアジェンデの文章のなんと明快なこと。私が今年になって読んだスペインの小説、そのうちクリスティーナ・モラレスの文体がエベレストだとして、サンティアゴ・ロレンソのそれがマッターホルンだとすると、アジェンデの文体はイギリス湖水地方の丘陵にも等しい。リーダブル、国際水準、翻訳向き、いろいろなとらえ方があるとは思うが、これが彼女の真骨頂。わかりやすさ。私には物足らない感じなのだが(つまらない、のではなく、物足りない)、読み物として売れ筋であることはたしか。
各章冒頭にネルーダの詩が。
青字のところです。
1.みな覚悟せよ/再び殺し再び死に/花々を血で濡らすのだ:1938年と題されたこの章では主要な人物が次々出てきて話がぐいぐい進む。つかみ、ばっちりね。
場所はバルセロナの北駅。次から次へと運ばれてくる傷病兵のなかに15かそこらの少年兵士がいた。心臓付近に銃創があり、意識を失っている。軍医に見放された少年に目をとめたのが、医学生として共和国に徴兵されていた、右足を引きずる23歳のビクトル・ダルマウ。ビクトルは心臓マッサージで少年を蘇生させる。やがてビクトルは少年のことを忘れてしまうのだが、生き返った少年は命の恩人のことを忘れず、亡命先のフランスでビクトルの名を銃創の下に入れ墨させた。きっと、あとになって、出てくるんでしょうね。
内戦の状況について誰にでもわかる説明をくわえながら(いやホント、わかりやすい!)、ビクトルという人物の人となり、その人間関係が明らかになっていく。ビクトルの父は大学で音楽を教え、自らも作曲をする音楽家で、熱心な共和国支持者でもあった。内向的で物静かなビクトルとは対照的に反抗的で活発な弟ギジェム(という設定は物語的にはとっても素晴らしいのだけれど、個人的にはこの辺ですでに「むむむ」となってしまって、そんな自分が自分でいやになった)はマドリードの前線で共和国軍兵士として戦っている。
前線の病院を転々とするビクトルのもとへ母カルメから連絡が入る。音楽家の父が危篤だというのだ。その両親の家にはロセル・ブルゲラというピアノを弾く娘が暮らしていた。ロセルはマドリード近郊の貧しい村で家畜を世話して一生を終えそうな運命にあったのだが、あるとき子どものいない没落貴族のドン・サンティアゴに拾われ、彼の家に住み込みで家事をするようになり、やがてピアノなど音楽に天才的才能があることがわかる。保守派のドン・サンティアゴは第二共和政が始まるとすべてのやる気を失い、妻にも死なれ、ひとりさびしく死んでいく。ロセルはバルセロナでバイトをしながらピアノを習っていた。やがてビクトルの父に才能を見出されたロセルは、息子二人が戦争に出たままの家に住み込み、ビクトルの母カルメの世話をする係になる。
そして父の死。
いまわの際の父はビクトルに、内戦が反乱軍有利になりつつある、ロセルを伴いフランスに脱出せよ、と言い残す。
ここで42ページ。
かれこれ1時間ほど。
すさまじい牽引力ですね。
2:なにをもってしても 勝利をもってしても/血の恐ろしい孔を消すことはできない:激化する内戦のあいだにチフスにかかったギジェムがバルセロナの家に戻ってくる。献身的な看病をするロセルとのあいだに愛が芽生えるが、やがてギジェムは前線に帰還、エブロ川の戦いで爆撃を受けた塹壕からロセルの写真を収めた財布が見つかる。親友の前線郵便配達夫アイトルから弟の遺品を受け取ったビクトルは、弟の死を信じられぬまま、すでに妊娠中のロセルや母カルメに伝えるのはもう少し先にしようと決める。展開、はや!
3:あなたが亡命してから1世紀と数時間が経過した:これは『大いなる歌』の第四章にある「アルティガス」の一節。ウルグアイ建国の祖を詠んだもの。一行がやけに長い詩でした。ビクトルたちの亡命も間近なのでしょうか。
内戦はフランコ側の勝利が確実な気配となり、ビルバオが陥落、ついにバルセロナの共和国政府が国外逃亡を決めた。こうしてエクソダスが始まることになる。野戦病院で働き続けるビクトルは親友のアイトルに母カルメとロセルのフランス脱出を依頼する。アイトルは愛用のサイドカーに二人を載せて北を目指すが、途中のキャンプでカルメが失踪、おそらく自死を選択したのだろう。フランスが国境が封鎖し始めているのを知ったアイトルは身重のロセルを連れてピレネーの山越えを目指す。途中で遭難しかけるも、同じく敗走中だった同郷バスク人の一行や、親切な密輸業者などに助けられフランス入国に成功する。ところが劣悪な収容所環境のなか、ロセルだけが沿岸部の女性収容所に連れていかれる。当時、フランス側も「左翼の危険分子」を受け入れる用意がなく、各地にできていた収容所の環境は劣悪だったらしい。このあたりは内戦を描いたグラフィックノベルでもしばしば描かれている。戦争そのものもひどかったが、国外へはじき出された人々のたどった運命も過酷だったのだ。1万5千の同胞が凍死や餓死を遂げた収容所をロセルはなんとか生き延び、やがてビクトルの戦友で(ビクトルの求婚をすげなく断った)スイス人のエリザベスに救出され、ペルピニャンでクエーカー教徒のシスターたちが運営していた亡命妊婦センターに落ち着くことになる。同じころ、ビクトルもまた、傷病兵たちを見守る最後の脱出組に混じってスペインを脱出していた。怒涛の展開です。
4:郊外に暮らすプチブルの美徳と悪徳を称える:ここからいよいよ話はチリへ。まずはヨーロッパへ向かう客船「大西洋の貴婦人」号にいるデル・ソラル夫妻。いわゆる苦労した成金(冒頭のネルーダの詩にあるようなプチブル)であるデル・ソラル氏、六人の子どもを産み、堅実だが強引な夫にやや疲れ気味のラウラ夫人、十二になる反抗期の娘オフェリアらが通俗小説風のやり取りを繰り広げ、そのあいだにいろいろなことがわかってくる。いっぽう同じころのサンティアゴ、デル・ソラル氏の屋敷には、夫妻の子どもをすべて育て上げたマプーチェ人の家政婦フアナと、デル・ソラル氏の長男で弁護士のフェリペがいた。リベラルな思想をもつフェリペはなにかにつけて父と反目しあっていたが、チリで左派政権が誕生したことで勢いにのり、仲間を集めて「怒れる者たちの輪」というサークルをつくり、両親が渡欧中の屋敷を根城に集会を繰り返していた。そして、その日、屋敷に招かれたのは、詩人のパブロ・ネルーダ。詩人はフランスにいるスペイン内戦の難民をチリに運ぶための資金繰りに奔走していた。
スペイン内戦難民は、米国、メキシコ、アルゼンチンなどへも渡っている。チリがウィニペグ号の難民を受け入れた背景には、直前に起きていた巨大地震による被害から内戦の難民に対する共感がひろく共有されたこと、たまたま左派政権が生まれていたこと、そしてもちろんネルーダの努力なども大きかったのだが、なにより、チリはそのルーツをバスク、ナバラ、カタルーニャにもつ人が圧倒的に多い国、フランスに逃れた難民の多くがこれら北部地域出身者だったことも大きく影響しているようだ。
ただし、スペイン内戦の難民は、今でこそ「夢破れた共和国の人々」であり「フランコに殺されそうになった民主主義者」と思いがちだが、当時の世界、特にスペイン語圏のカトリック教徒の多くは彼ら難民のことを「神父を殺し修道女を強姦する共産主義者」くらいに考えていた。チリ国内にも受け入れ反対の意見が根強く、アギーレ・セルダ政権も税金を投入するまでは踏み込めなかったのだ。ネルーダが資金繰りに奔走せざるを得なかったのはそういう背景もある。
5:我らは怒りと痛みと涙をのみ込もう/悲しみの空虚を満たしていこう/夜のかがり火に/亡き星たちの光を思い出させよう:この詩はチリ独立の英雄ホセ・ミゲル・カレーラを詠んだ詩から。死んでいった愛する人々と別れ、新天地を目指すスペイン人たちのイメージに重なっていく。引用されている詩の意味探しも面白い小説だ。
ペルピニャンでロセルと再会したビクトルは、ウィニペグ号のことを知り、チリ渡航を決意する。ビクトルはロセルにギジェムの死を伝え、生まれてきた子マルセルの父親代わりを務めるため、そしてチリに同行させるため結婚を申し込む。ロセルは「でも愛しあってもいないのに」というとビクトルは「義務感だけでじゅうぶんじゃないかね」と言う。「それって一緒には寝ないってこと?」というとビクトルは「僕はこう見えて恥知らずではない」と答える。ギジェムが生きていることを心のどこかで願っているロセルは、こうしてビクトルとの愛なき同意婚を結ぶことになる。
ネルーダと面会したビクトルはロセルとマルセルを伴い、いよいよウィニペグ号に乗船する。2000人を超す難民が1か月の船旅を共にすることになった。パナマ運河を越え、ペルー沖に出ると風が冷たくなる。ネルーダが「雪山に帯で留められた海のながい花びら」と謳った最果ての国チリは、もうすぐそこだった。
6:我らの祖国は細長く/そのむき出しの刃には/我らの美しい旗が燃える:ウィニペグ号はチリ領土北端の都市アリカ沖にさしかかる。ここで乗船してきた外交官マティアス・エイサギーレ、彼はオフェリア・デルソラルの婚約者だった。バルパライソに着いたスペイン人たちを待ち受けていたのは予想外の大歓迎だった。ビクトルとロセルとマルセルは、フェリペ・デルソラルのはからいで彼の家に泊まることになる。やがて父イシドロと妹オフェリアが帰国し、一家は招かれざる客であるビクトルらとクリスマスを迎えることになる。
ビクトルは医師免許を取得していなかったので、チリ大の医学部に入学し、当時の保健相サルバドール・アジェンデの知己を得て3年で卒業できるコースに入る。ビクトルはアジェンデのチェス仲間になっていく。ロセルはピアノの演奏家としてラジオなどから引っ張りだことなった。ビクトルはカタルーニャ出身で靴工場を経営していた独身の老紳士ジョルディから中心街の店舗物件を譲り受ける。身寄りのないとジョルディの願いは、スペイン風のバルを出すことだけ。こうしてビクトルは夜はバルでウェイターをし、日中は大学に通う暮らしになる。彼とロセルとマルセルはバルの上に独立して住み始めた。こうして彼らはサンティアゴになじんでいく。
7:暗い地球が/生者と死者とを回す/その夜のあいだ/君のそばで寝た:この章からイサベル・アジェンデ特有の「運命の愛」に話がずれていって、ちょっと個人的にはシンドイかも。「運命の愛」って、売れる小説に必要な調味料であるのはわかるけれど、味の素みたいなもんで、濫用されると興ざめ。またこの味か……と。
どういう愛かというと、デルソラル家の秘蔵っ子で、絶世の美女、ヨーロッパから帰国する船のなかではユダヤ人など大勢の難民を献身的に支えるなど、立派なレディ(といっても日本風に言えば高校生ですが)に育ったオフェリアと、亡き弟の婚約者と結婚したはいいものの、性的関係はまるでない、要するに実質は独身のままでいた(実はまだ30代の)ビクトル。ひとめぼれし合った二人が密会を重ねるうち、デルソラル家のほうでオフェリアの逢瀬がばれてしまい、それがウルグアイに滞在中だった婚約者マティアスにもばれ、大変なことになり、オフェリアが家に幽閉される。ビクトルの名はまだ発覚していないが、勘のいいロセルだけが気づいて、夫を諫めている。
オフェリアは大金持ちの娘で、絶世の美女で(という設定をこの種の小説はいつまで続けてよいことになっているんでしょうね)、時代が時代なら才能も仕事もあってしかるべきだがなにもしていなくて、婚約者と妻としての人生がすでに定められていて、という、なんだかな~とぼやきたくなる20世紀ハーレクインの子。スペインの地下鉄で女性がこぞってイサベル・アジェンデを読んでいるのも、この種の造形がまだ「売れる」からなんでしょうけど。50のオジサン読者にはきつい。
8:いいだろう/君が僕を愛するのを少しずつやめるなら/僕も少しずつ同じようにしよう/僕のことを/いつか忘れたら/二度と探さないでくれ/僕のほうでも君を忘れているから:詩を見ただけで中身がわかるようになってきましたね。ここ以降の物語開示は本格的な「ネタばらし」になるので慎んでおくことにして、何が起きるかというと、大変なことになります。いろいろあってオフェリアとマティアスが元のさやにおさまり結婚するという話。若気の至りの大波乱を描くという、南米のテレノベラ路線をまだ踏襲し続けるイサベル・アジェンデ。ここまでくるとかえって朗らか。
9:あらゆる人々が/土地と命と/権利を持つ日が来る/それこそが明日のパンとなるのだ…:物語はいよいよ大団円に。だってこの章だけで1948~70年と22年の歳月が流れるのです。さて、オフェリアを妊娠させたすえに(言っちゃった!)それを「なかったこと」にされたビクトルは、ロセルとの成熟した夫婦関係をそれなりに楽しんでいた。おそらく50前後、今の私と同じくらいの歳でしょうか。で、実はこの二人、もう寝ていたのでした。オフェリアとの一件を察していたロセルが「これだけ一緒に暮らしてきたんだから、そろそろいいじゃない、そっちもいまはつらいでしょうし」みたいな感じで。こういう夫婦関係もありでしょうかね。ビクトルは心臓外科医(冒頭の場面が生きてくる)として勤務医になり、ロセルはベネズエラでオーケストラ立ち上げにかかわり、しばしばカラカスへ渡航するようになる。ビクトルは女としても認識するようになった47歳のロセルが近ごろ妙に色気づいていることに気づき、気になって仕方がない。そのお相手、実は上に出てきた登場人物のひとりだと判明するのですが、さすがに言えません。
さてカラカスで一旗揚げていた浮気相手アイトル(言っちゃった!)以外にも復活した人物が、生き別れになったはずの母カルメ。なんとアンドラでしぶとく生きてました。例の(ビクトルの求婚をすげなく断った仕事に生きる女)エリザベスを介して息子たちの居場所を突き止めたカルメ。10年ぶりの一家再会。もうここまで行っちゃうとホントのテレノベラですけど、これだからスペインの地下鉄では女性がこぞってイサベル・アジェンデを読むのである。文学とは需要と供給のバランスの上に成り立っている、という「ひとつの真実」を教えてくれる作家ですよね、あいかわらず。
いや、それにしても、面白すぎ。ほんと。ふだん読んでいる小説を振り返って、まじでバカバカしくなってきますね。
それと、この章ではネルーダの1948年の潜伏生活も。あの1年以上におよぶ潜伏生活の隠れ家をビクトルのバルが提供していたと。ビクトルはイサベル・アジェンデがベネズエラで会った実在する人間がモデル、ネルーダの件も本当なのでしょうか。アルゼンチンの越境まで見送ったという設定。
10:真夜に我に問う/チリはどうなるのか/我が祖国の運命は?:1970年から73年まで、つまり社会主義政権の誕生からクーデターまでが一気に。このあたりは実録ものとしても面白く、チリの歴史に明るくない人にもリーダブル。ロセルがオーケストラの仕事でカラカス滞在中、鉱山技師になることを決めた息子マルセルはコロラドに留学中、60代に近づいたビクトルだけがサンティアゴでひとりでいたとき9.11がやってきた。続々と運び込まれてくる反体制派の人々を治療していたビクトルだったが、おそらく隣家の誰かの通報で逮捕され、結局、北部の政治犯収容所で1年拘束される。
サルバドール・アジェンデの最期、パブロ・ネルーダの最期がほんの1~2ページできちんとまとめられているところ、本当に誠実な人だなあといまさらにして思う。書きすぎてもシンドイが、無視するのもあり得ないという、微妙なお立場で、こういう風にまとめていくか、とひとりで勝手に感嘆していた。イサベル・アジェンデ、実は私、けっこう好きな作家かも。そうだったの?
11:ここで君に言っておこう/我が大地は君のものだ/これから私が征服する大地/それは君のみならず/あらゆる人々のもの/我が人民みなのもの:1974年から83年までを描くこの章、展開、はや! ビクトルは収容所で発作を起こした軍人を救命した際、外部の病院に付き添った際に知り合った医師のつてで、カラカスのロセルに連絡をとるのに成功、ようやく釈放される。しかしその後も当局に監視されているのを知ったビクトル夫婦はベネズエラへの亡命を決意、二人は新天地カラカスに住み始める。ここのカラカスの描写、イサベル・アジェンデは明らかに今の政情を意識している。こんな感じ。
<ベネズエラという国は、世界の様々な場所からやってきた多くの難民、最近では特に独裁のチリや、汚い戦争のアルゼンチンやウルグアイから逃れてきた人々や、さらには貧困に追われるように無許可で国境を越えてくるコロンビア人などを受入れていたが、同じようにビクトルのことも温かく胸を開いて受け入れてくれたのだった。そこは、血も涙もない政権や厳しい軍事独裁体制に支配された南米大陸に残る数少ない民主主義国で、大地からわきだす石油のおかげで世界でも有数の裕福な国のひとつでもあり、ほかにも多くの鉱物資源に恵まれ、自然は豊かで地形的にも特権的な場所を占めている。資源があまりに豊かなので誰も身を粉にして働いたりせず、移住を希望する外国人にもじゅうぶんな場所とチャンスがあった。みんなが明るくお祭り気分で、自由を謳歌し、強い平等意識に燃えていた。人々はなにかにつけて集まっては音楽とダンスとアルコールに興じ、金がじゃぶじゃぶ余り、腐敗は万人にいき渡っていた。「騙されてはいかん、とくに地方の貧困はひどいものだ。ここの政府はいつだって貧困層を置き去りにする。それが暴力の温床になる。政府はいまサボっているつけをいつか払うことになるだろうな」と、バレンティン・サンチェス(訳注:ロセルの音楽家仲間)はロセルに警告した。(305-306)>
そう、1970年代はベネズエラが南米の優等生だったのです。さて、ビクトルは心臓外科医としてカラカスになじみだし、改めて妻ロセルへの恋心を深めていく。晩年になってから愛し合うようになる夫婦、という設定が、面白いと思う。そして1975年、フランコが死んだスペイン、多くの亡命者たちが帰国していく中、ビクトルとロセルもスペインへ戻る決意をする。しかしバルセロナで過ごした6週間は二人に失望しかもたらさなかった。夫婦はカラカスに戻ることになる。あとこの章は、夫で外交官のマティアスに先立たれたあと画家として有名になっていたオフェリア・デルソラルとビクトルの再会場面があったりして。
12:わたしはいまブドウの秋の肌のようにやさしい国に住んでいる:軍事政権下のチリに帰国したビクトルとロセル。ビクトルは、過去の逮捕歴から公立病院には勤務できないが、私立のクリニックで心臓外科医として勤務するかたわら、見かけの繁栄の下で増えていたスラム街での炊き出しなど、ボランティアにのめりこんでいく。そして1989年。いよいよピノチェト政権に終わりの日が来る。国民投票をめぐってビクトルは内戦以来ひさしぶりに政治活動に身を投じる喜びを見出す。そして軍事政権は終わった。老齢にさしかかった夫婦はサンティアゴ郊外の山のすそ野(たぶんニカノール・パラの家の近く)に引っ越す。ビクトルは病院や大学でちやほやされて我が世の春を味わっていた。しかしロセルが末期がんに。
13:しかしながら/ここに我が夢の根がある/これこそ我らが愛するかたい光だ:Aquí termino de contar という最終章の題は、ネルーダ『大いなる歌』最後の詩の一節。私は「ここでこの本は終わる」と訳しています。
日に日にいっそう愛するようになっていたロセルに先立たれた80代後半のビクトル。犬猫を相手に孤独な日々を送っていた。息子の鉱山技師マルセルは52歳にもなって独身のまま自転車レースに入れ込んでいる。そんな息子に、隣家のメチェと再婚せよというロセルの遺言を果たせと迫られるビクトルだったが、孤独のふちに沈んでいた。
そこへある人物が訪れる…。
ああ、面白かった。
まるでグランドホテル形式の映画を仕切る監督みたいですね、イサベル・アジェンデ。
背景となる社会的事件の描き方もじょうず。
スペイン内戦、亡命、チリの現代政治、パブロ・ネルーダ…という小道具を考えたとき、そのすべてに詳しいのは日本で私だけ、のような気がしないでもないですが、この文体に私はお門違い、近年アジェンデを訳されているどなたかがぜひ。
その節は上の情報すべて消します。
Isabel Allende, Largo pétalo de mar. 2019, Plaza & Janés, pp.382.