第2の人生サイゴンで

1日の滞在でサイゴンに惚れて
知らぬ間に6年が経過
サイゴンの生活を
ブログします。

その2 寿命@サイゴン

2015-04-14 22:10:22 | 日記
その2 寿命@サイゴン

ブランチはイオンシティマートのオムスビ4個とトースト2枚に
スイカやハムや冷蔵庫から適当に!!
それにどら焼き1個

そして熱めのお風呂に入ってサイゴンインセルコへ
午前中は我がブログに何度も登場のスキンヘッドのベジタリアンのフンさんからVinaincomexでの仕事を勧誘する連絡!!
ゆったりじっくりボランティア的仕事に慣れた最近の吾輩、躊躇してます。

火曜日の前後半クラスとも6か月から8か月も勉強しているので結構楽しい会話です。
メインは九州と北海道に行く研修生たち。
とびっきりの美人さんが多いクラス。

ホントに早く行かせて欲しいです。
明日はPWJさんらの前で
歓迎の妖怪体操や
歌の披露とか。

明日関東地方に出発する研修生の家族が挨拶に来ていました。

もうすぐ さんがPWJ組長さんの愛称
早く実現お願いします。
できるだけ早く
もうすぐ
実現を!!

授業を終えて
本日は雨の気配ない空模様の中をHanoiPhoの店へ直行!!
1週間に1-2度なれど美味しいです。
本日のご飯はもち米でした。





久しぶりに酒井雄哉さんの本をめくっていて千日回峰のことを思い出す。
何度もブログには書いたが、まあ厳しい行です。

回峰行の歩く距離は、ほぼ地球一周 4万キロ近く!!
それを2度成し遂げたの酒井さん!!

来越6年7か月、2台目のスクーターで吾輩もまもなく4万キロ達成
彼はそれを歩いて達成!!!

そして吾輩もまねて、何度も京都、比叡山、京都を歩き回ったが!!
今は懐かしき思い出です。

でもあれほどお元気だった酒井さんも88歳で鬼籍に!!
我が継母は歩き回らなくても99歳まで生きたが!!

吾輩もサイゴンに来て歩かなくなった!!
でもお袋の生き方を学んでいるので
今しばらくは大丈夫命ありそう。
でもでも80の壁を
乗り越えるのは大変

文化勲章をいただいた高倉健も昨年83で亡くなったが!!

酒井さんと健さんは結構縁があります。

コピペ
日本を代表する俳優、高倉健(たかくら・けん)さん(本名小田剛一=おだ・ごういち)が10日午前3時49分に悪性リンパ腫のため都内の病院で亡くなっていた。83歳だった。1960年代の任侠(にんきょう)映画で支持され、「幸福の黄色いハンカチ」など205本の映画に出演。12年の主演映画「あなたへ」以来の新作映画を来春に撮影予定だったが、体調不良で入院し、治療中だった。高倉さんの遺志で近親者のみで密葬を済ませた。

 突然の訃報だった。高倉さんの個人事務所、高倉プロモーションが18日正午前、高倉さんの死去を伝える書面をマスコミ各社に送付した。

 「映画俳優高倉健は、次回作準備中、体調不良により入院、治療を続けておりましたが、容体急変にて11月10日午前3時49分、都内の病院にて旅立ちました。生ききった安らかな笑顔でございました」

 病名は悪性リンパ腫。入院したことは親しい人にも伝えずに闘病していた。書面には「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」との高倉さんの座右の銘も添えられていた。この言葉は、天台宗比叡山延暦寺の大阿闍梨(あじゃり)の酒井雄哉氏と対談した時に酒井氏から贈られ、大事にしていた。過酷な撮影が予想される映画「南極物語」の出演依頼に、高倉さんは「この言葉を阿闍梨さんにいただいて、『南極物語』をやろうと決めました」と語ったこともある。

さて今夜はブラック・プレジデント6話までを見る!!



誕生日に100万円のワインを誰にも知らせず学生たちに!!










共演の黒木メイサは26歳の誕生日



『ブラック・プレジデント』は、2014年4月8日から6月17日まで毎週火曜日22:00 - 22:54に、関西テレビ制作・フジテレビ系の「火曜22時枠」で放送された日本のテレビドラマ。


第6回 2014年5月13日放送 あらすじ

お金よりも大切なモノ…社長泣く
ある日、三田村(沢村一樹)のもとに、なじみの業者が100万円の高級ワインを持ち込む。数日後が三田村の誕生日だと知った業者は、誕生日パーティーの席で開けてはどうかと提案するが、「忙しいのにパーティーなんかやらないよ」と祝い事など時間のムダだと言わんばかり。しかし三田村は「もらっておこう」とワインをちゅうちょなく購入する。
三田村の景気のよさとは裏腹に、金欠ぞろいの学生たち。アパートの更新料10万円が払えないと悩む百合(門脇麦)を、亮介(永瀬匡)や健太(高田翔)らが助けてやれるはずもない。そんな折、三田村がぶち上げた“金もうけの極意”を聞いた百合は、10万円を稼ぐ方法を思いつく。
一方、杏子(黒木メイサ)は、三田村の会社にアルバイトとして送り込んでいた増山(澤部佑)から、厳しい経費削減のせいで従業員がさらにこき使われていることを聞く。告発本のネタ探しに躍起になる杏子はニンマリ。ここがチャンスとばかりに真理(国仲涼子)から内情を探ろうとするが…。
ある夜、キャバクラに出かけた三田村は、新人のキャバクラ嬢を紹介されてビックリ。なんと、三田村の言葉に刺激された百合が、「てっとり早く稼げる」とキャバクラで働いていたのだ。そんな百合に、「合理的な考え方だ」と感心した三田村は、次の日も店に明智(永井大)を送り込み、百合の売り上げアップに協力する。
ところが翌日、なぜか浮かない表情の百合が三田村の会社に乗り込んできて…。


そして命のはかなさ短命はテレサ
どの日本レストランに行っても
サイゴンでは
彼女の曲が。

いつも感動させられるが!!
その彼女の切手が発売されるって!!



台湾:テレサ・テンさん没後20年…記念切手15日に発売
毎日新聞 2015年04月14日 18時20分(最終更新 04月14日 18時51分)

【台北・鈴木玲子】「アジアの歌姫」と呼ばれ、「時の流れに身をまかせ」など多くのヒット曲で知られる台湾の女性歌手、テレサ・テンさんが死去して来月で20年になるのに合わせ台湾の郵便局で15日、記念切手が発売される。1970年代に撮影されたテレサさんの写真を使った切手は4種類。5〜15台湾ドル(日本円で約20〜60円)で、計385万枚を発売する。
テレサさんは台湾・雲林県出身。両親は中国での国共内戦に敗れて49年に台湾に渡った国民党政権と共に移住した。台湾や香港、中国など中華圏で絶大な人気を誇り、74年には日本でもデビューした。
80年代、中国当局はテレサさんの歌を退廃的だと一時販売を禁じたが、多くの中国人が海賊版の音楽テープで隠れて歌声を聴いたといわれる。89年に中国政府が民主化要求運動を武力弾圧した天安門事件では、香港で行われた弾圧に対する抗議集会に参加して歌を披露し、熱望していた両親の故郷である中国でのコンサート開催の夢は途絶えた。95年5月8日にタイ・チェンマイで42歳の若さで急逝した。

まあ与えられた命
寿命が来るまでは元気に全うしてベトナムの若者の日本の勉強のお手伝いで貢献したいです。

2回目の休憩
午後10時55分

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