川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

私が聞いた北朝鮮の暮らし⑨ 《海藻麺》 鈴木倫子

2011-01-28 13:56:51 | 韓国・北朝鮮
《海藻麺》

 夢子さんが飢饉の話をしてくれた。あたしが、海辺は魚を取ったりすることが

できるのだから、なんとか食いつなぐことができたのではないかと聞くと、夢子

さんは、とんでもないという。
 
 「海辺は一番深刻でした。バタバタと餓死者が出たんですよ。海藻を食べるん

です。わたくしはそこの人たちにどんなに薄くても、穀物のお粥を食べなさい。

絶対に海藻を食べるなと言ったんですが、つい食べてしまうんですよね。そうし

て餓死してしまう。」
 
 「どうして海藻を食べると餓死するの?」
 
「海藻を煮て細いところてんのようなものを作って、お蕎麦のようにして食べ

るんです。日本でも、終戦直後の闇市で海藻うどんなんていうのが一番安く売ら

れていたでしょう。海藻のお蕎麦はお腹が膨れて、満腹感が得られるけど、栄養

もカロリーもほとんど無いから、そんなものばかり食べて働いていたら体が衰弱

するばかりです。それでも一時の満腹感があるから、つい食べてしまうんですね

。そうしてみんな餓死してしまうんです。」

 たしかに。ダイエット食といってこんにゃくや寒天、ところてん、海藻サラダ

なんかを食べるのは、低カロリーでおなかが膨れるからだ。ほかにちゃんと食べ

るものがあってのダイエット食で、そんなものばかり食べていなかったらダイエ

ット過ぎて栄養失調になってしまうよ。そのまま続けてれば餓死まっしぐらだ。

それなのにどうして海藻麺に頼ってしまうのかわからない。あれこれ考え続けて

いるうちに、気がついた。わからないのは、あたしが飢餓というものを知らない

からだ。
 
 シベリアでラーゲリを経験したおじいさんの話を思い出した。支給されたわず

かなお米を、みんなはお粥にして食べたが、自分は炒ったり生のままで少しずつ

口に入れて、どろどろになるまでよく噛んで食べるようにした。時間をかけて、

作業中でもこっそり口に入れては食べ続けた。お粥は食べたときは腹が膨れるが

、消化が早いから、次の食事をもらえるまでの間、空腹感にさいなまれることに

なる。慢性的な飢餓感が心を弱らせて、仲間たちの生きる力を奪ってしまった。

少しずつでも食べ物を口に入れ続けていると、一時の満腹感はないが、飢餓感に

さいなまれるということもない。それで自分は生き延びて帰ってくることができ

たのだと思う。そのおじいさんは、そう言った。
 
 薄いお粥では、すぐにお腹がすいてしまうのは明らかだ。日本語に「粥腹」と

いう言葉があるけれど、来る日も来る日も「粥腹」で、一日中慢性的な飢餓感に

さいなまれ続けるという状態に、人の心はどれだけ耐えられるだろうか。海藻麺

なら消化が悪いからお腹の中にたまっている時間が長い。その分、気が休まると

いうものかもしれない。そんなふうにして餓死していく人たちのことは、あたし

には到底想像もできないことなんだけれど、そういう現実が、あたしが生きてい

るこの時空間に並存しているということは忘れてはならないんだなと思う。


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