カッコウアザミ(キク科)花言葉は、信頼。熱帯アメリカに分布している。園芸品種としては、アゲラータム.コ二ゾイデムズとアゲラータム.ホウストニアノ2種で、前者の和名をカッコウアザミといい後者をオオカッコウアザミというが、園芸種はもっぱら学名のアゲラータで通っている。アゲラータム.とはギリシャ語で”老いない”という意味である。この草花は長期間開花色が変わらないということによる。この草花は18世紀にヨーロツパにもたらされたともいうが、メキシコからイギリスにもたらされたが、メキシコからイギリスに渡来したのは1822年だといわれている。わが国へは明治20年に渡来している。和名のカッコウアザミは、東大教授松村任三郎博士の命名によるもので、鬘香薊の意で葉が鬘香に似てるためといわれる。鬘香とはシソ科のカワミドㇼで、葉に一種の香りがある草である。カッコウアザミは、わが国の八丈島、小笠原諸島、それに琉球諸島などで帰化植物になっている。同じキク科でアラげータムに近縁のものにリプトㇼアス呼ばれる園芸種があるが、この植物は北アメリカに分布しているが、30種ほど知られている。リアトリスという属名は”蜜に穂状になった”という意味である。リアトリスは草丈が1mから1.5mにも伸び、夏の頃長い花穂に桃紫色の花をつける。和名を(麒麟菊)ともヤリノホ(槍の穂)とも呼ばれている。前者は”キリンのように首がない”という意味で、後者は”槍の穂”に見立てたものであろう。この花を詠んだ句はない。(青空に明るき麒麟菊咲けり ケイスケ)
竜胆;笹竜胆(オヤマリンドウ)花言葉は、正義。リンドウ科の多年草。山野の日当たりのよい場所に自生し、紫色の可憐な花をつける。清少納言は『枕草子』に。「竜胆は枝さしなどもむずかしけれども、異花ども見な霜枯たたるに。いとはなやかなる色合ひにてさし出てたる、いとおかし」とこの花だけが秋の遅くまで咲き誇るさまを書胆は、秋の天と対峙してるような色を誇っている。それは早春に咲きだす犬符繰りの花が早春の空の背丈を越すほど伸び、根も巨大である。深秋の空の色そのままに咲くこの花は、秋の七草の仲間入りをしていないのが、不思議なくらいである。竜胆はアフリカを除く全世界に分布していて日本にも自生している。栽培種は咲きっぱなしでしかも花の頂部だけでなく葉の付け根にも多くつけているが、野生の風情に欠けるきらいがある。白い色のものもを笹竜胆と呼ぶ。笹竜胆は花期がやや遅れて晩秋の頃に咲く。「竜胆や厳頭のぞく剣岳 水原秋桜子」「稀といふ山日和なり濃竜胆 松本たかし」「竜胆や山路に入りて山隠る 下村ひろし」「壺の口いっぱいに挿し濃竜胆 川崎展宏」「したたりて一壺をみたす濃竜胆 渡辺千枝子」「竜胆や夕映きそふ岳いくつ 中村信一」「竜胆の花踏まれあり狩の場 山口青邨」「竜胆を畳に人のごとく置く 長谷川かな女」「子へ供華のりんどう浸す山の瀬に 及川 貞」「竜胆を見る眼かへすや露の中 飯田蛇忽」。(雨落ちの俄かに奏で笹竜胆 ケイスケ)
竜胆の名は漢名竜旦の訛つたもので竜葵(イヌホウズキ)に葉が似ていて、しかも根が胆のように苦いことに由来し、古い時代に使われた和名衣也美久佐は病のトキに薬になる草という意味であった。ともに薬草としての名称で、この根は主に健胃剤剤使用される。欧州のアルプス地方に自生する竜胆はゲンチア.ナルチアといい、同様に薬用にするという。ただし花は黄色で草丈は人の背丈を越すほどに伸び根も巨大である。
昨日東急吉祥寺支店8階において絵画展を開催しているので見に来てくださいと、画商の須藤氏より電話あり、丁度管理費や公共料金、癌保険、電話料金等、それぞれの引当金を預金する必要があり、出かけることとした。銀行は一社であればよいが、公共料金料金は みずほ三鷹、管理費は西武信用金庫,がん保険は、りそな銀行とわけているので、それらの銀行に行く、幸いなことは、各社とも東急吉祥寺支店のしゅうへんなので、時間はかからない。払い込みを済ませて、絵画展をみる。画商のお勧め品を一つ購入することとした。これは神奈川県川崎市麻生の大賀家に送る手配をして、地下に降りて、昼食ほか数点の食料品を購入して帰宅した。今日は好天に恵まれ気持ちの良い一日でした。往復とも和親交通((株)タクシーを使う。(炎天といふ充実をふりかぶり ケイスケ)
アキノキリンソウ;キク科;アキノキリンソウ属。花言葉は、安心。北海道;本州;四国;九州;韓国の日当たりのよい山地にもっとも普通に見られる20~80㎝の多年草。秋に咲く黄金色の花の代表の花のひとつである。下部の葉は卵形、上部の葉は披針形で長さは4~9㎝、幅1.5~5㎝。頭花は茎の先に三房状または総状に多数月、花冠は黄金色。舌状花と筒状花があり、内側の筒状花が結実する。総苞は狭鐘状。総苞片は4列に並ぶ。花期は8~11月。生育地は、北海道、本州、四国、九州。同属は、コガネキク(ミヤマアキノキリンソウ)アオヤギソウ、とあり、いずれの花も形状が異なるが、とれも美しい。「海帰り東菊買て行く妓かな 長谷川かな女」「遠祖の越えし峠路あづま菊 田中美津子」「山の家に馬小屋ありて東菊 吉野直子」。(信州の山辺は黄金色なす秋盛り ケイスケ)
オオケダテ(ダテ科;ダテ属)花言葉は、思いやり。アジア原産の一年草。江戸時代からから観賞用として栽培され、現在は各地の道ばたや荒れ地、河原などに野生化している。高さ1~2mになり、茎が太く、全体に毛が多いことから大毛蓼の名がある。葉は卵形で長さ10~20㎝、先が尖り,基部は心形となり、長い柄がある。托葉は筒形で,ふちは葉状となる。花穂は淡紅色で長さ5~12㎜幅1㎝、先は垂れさがる。花期8~11月(帰化植物)。同属にヤナギタデ(マタデホンタデ)、イヌタデ(マタデ.ホンタデ)、イヌタデ、ホントクタデ,サクラタデ、ハルタデ,ヒメイワタデ、ウラジロタデ、オンタデ(イワタデ)とあり、いずれも葉の形や、葉の色も異なるが、みな美しい。オンタデは中部地方以北から北街道の高山の砂礫地などには生える。木曽御岳山で発見されことで、和名は御蓼ともいう。タデ科の一年草は種類が多く御蓼は本蓼.真蓼ともいわれ高さ60㎝ほど。小川や沼などの水辺や田の畦などに生える。御蓼の葉はぴりりと辛く蓼酢にし、紅蓼.赤蓼は芽を刺身のつまや吸い物などに使う。「捨水の波打ちゆく蓼の溝 山口青邨」「定年や径ひとすじに風の蓼 平川正也」「あとになり気付く蓼酢のありしこと 中原道夫」「食べてゐる牛の口より蓼の花 高野素十」「蓼の花溝が見えぬに音きこゆ 柴田白葉女」「ニ三日なまけこころや蓼の花 鈴木真砂女」「空あをく魚に旬あり蓼の花 八田木枯」。(ひとうねの大蓼雨をたのしめり ケイスケ)
ホトトギス;時鳥草;油点草(ユリ科)花言葉は、永遠にあなたのもの。草丈30~80㎝特徴花序は散房状。場所は丘陵から山地の草地や林のへり、分布地は関東地方以西~九州、韓国、中国。秋に百合を小さくしたような、内側に濃い赤紫の斑点が密にある花を開く。山地の半日陰や湿り気の多い所に生える。油点草は茎頂の散房花序に上向きに咲く。ホトトギス属の花は葉脈につき、花被片斜開し反り返ることはない。雄蕊の花は斜開き反り返ることはない。雌しべの花柱は3裂して外側に曲がり、その先は更に2裂して花柱は3裂けその先はさらに2裂し雄蕊の葯を挟むようになる。葉は互生し、笹の葉に似て先が少し曲がる。斑点が時鳥の胸毛の模様に似ていいるので、この名がつけられた。「墓の辺や風あれば揺れ杜鵑草 河野友人」「殉教の土の暗さに時鳥草 後藤比奈夫」「さなぎだに湖尻はきびし時鳥草 上田五千石」「林中に雨の音満つ油点草 清崎敏郎」。(晩秋に時鳥草のいと淋し ケイスケ)
藤袴(キク科)花言葉は、あの日のことを思い出す。秋の七草の一つ。山林や河畔などに自生する多年草の花。高さ1~2mで中国原産。葉は二つに裂け、茎と葉は多少紅色を帯びる。乾かすと芳香があり、特に香をるのは、桜の葉にも含まれるクマㇼンがあるから。乾燥した花を昔は箪笥に入れたりした。8~9月、淡紅色の小花を梢上に群がり咲く。「うつろへるほど似た色や藤袴 北 枝」「枯れ果てしものの中なる藤袴 高浜虚子」「音立ててまた来る山雨藤袴 岡井省ニ」「藤袴手織りたる香を身のほとり 加藤三七子」「雁坂の方は雲なり藤袴 村沢夏風」「すがれゆく色を色とし藤袴 稲畑汀子」「想ひごとふと声に出つ”藤袴 永方裕子」。先日栗飯を焚く予定で、近所の八百屋で栗を買う。皮むきに苦労して、さらに甘皮を剝くべく苦労するも、うまく剥げず、諦める。その後2~3日して、「サミツト」に行くと、「むき和栗(渋皮付き(大分県産;大粒甘栗;むき和栗;渋皮付き;国産品)」を売っていたので購入して帰る。炊飯時にこれを適当に刻み、一緒に炊き込むと簡単に栗御飯が出来た。但し書き=和栗の皮をむき、薄い渋皮を少しだけ残してあります。和栗の味や香をりを残すためです。渋皮ごと食べられます。九州、大分倦産の栗を使用しています。栄養成分表示「エネルギー157KCal;たんぱく質1.9g脂質0.4g糖質32.4g植物繊維4.1gナトリュウム8mg」。賞味期限16.06.26。内容量125g。 保存方法;高温多湿を避けて、開封後は冷蔵庫で保管し1~2日のうちにお召し上がりください。(但し書きあり);販売者;丸成商事(株)東京都練馬区豊玉北1.5.3℡03-3994-5555。簡単に焚けて非常に美味しい。先日の苦労と比較すると天地のさがある。(秋の夜や 栗飯に添え 酒を飲む ケイスケ)
ヒヨドリバナ(キク科;フジバカマ属)川岸や土手などに生える1~2mの多年草。茎には縮れたケがあつてざらつく。卵状長楕円形または楕円形で茎に鋭い鋸歯がある。両面に縮れた短い毛がまばらに生え、裏面には腺点がある。葉にはつやも香気もに。上部の枝先に多数の頭花をつける。筒状花は白色だが、まれに紫色を帯びる。しばしばウイリス病で、葉に黄色の斑点じょうの斑紋があらわれる。同属のフジバカナは、(中国原産で、日本へは奈良時代に渡来したといわれている。地下茎は横の長くはう。茎の下部は無色葉は3深裂し、表面は濃い緑色で光沢があり、ややかたい。ふちには鋭い鋸歯がある。頭花は淡紅紫色で、枝先にら数集まる。秋に七草の一つで、乾燥すると香気(クマリんリン)がある。唐の時代には香草として重用された。花期は8~9月生育地は野原。分布地は関東地方以西四国九州。同じ属には、「サワヒヨドリ、フジバカマ、ヤマヒヨドリがある。いずれも花の形、大きさに多少の違いがある。藤袴は秋の七草の一つ。山林.河畔などに自生する高さ1m~2mで中国原産。葉は3つに裂け、葉と茎は多少紅色を帯びる。一種の芳香があり、乾かすと特に強く香るのは、桜の花にも含まれるクマリンがあるから。乾燥した花を箪笥にいれたりした。「音たててまた来る山雨藤袴 福田蓼汀」「丹波けふいずこも照りぬ藤袴 岡井省ニ」「藤袴手折りたる香を身のほとり 加藤三七子」「雁坂の方は雲なり藤袴 村沢夏風」「すがれゆく色を色とし藤袴 稲畑汀子」「想いごとふと声に出し藤袴 永方裕子」。(人影は 息をころせり 藤袴 ケイスケ)
シオン;紫苑;しおに(キク科)花言葉は、追憶;遠くの人を思う。嫁菜、紺菊、東菊などのキク科の多年草で、野生もしているが、栽培されているものが多い。葉は茎もざらざらしているのが特徴で高さ2m近いものもある。古名を「しおに」といい、『古今集』にみえる。謡曲「大江山」には「鬼のしこ草とは誰がつけ名ぞ」とあるが、紫苑という美しい花から想像しがたい異名である。紫苑はその名の通り、紫色の色だが、紫苑色というかさねの色は『源氏物語』や『枕草子』にも出てくる。「澄む日影照る月影や紫苑咲く 水原秋桜子」「日に月に腰折れ紫苑ゆれとばす 馬場移公子」「露けぶるむらさき捧げ紫苑立つ 松本たかし」「鎌倉や紫苑畠に寺の影 有働 亨」「丈高きことが淋しく花紫苑 遠藤梧逸」「夢にさへ母見ゆ月日紫苑咲く 塩谷はつ枝」「栖より四五寸寸高きしをにかな 一 茶」「夕空や紫苑にかゝる山の影 閑 斎」「紫苑にはいつも風あり遠く見て 山口青邨」「紫苑ゆらす風青空になかりけり 阿部みどり女」「山晴が紫苑切るにもひびくほど 細見綾子」「ゆるるとも撓ことなき紫苑かな 下村梅子」「蓼科は紫苑傾く上に晴 木村蕪城」。(追憶は 妻子を想う 紫苑咲く ケイスケ)
友禅菊(キク科)花言葉は、恋の想い。北アメリカ原産の宿根アスターで、日本には明治の頃伝わつてきた。ゆうぜんぎくという美しい名前は、植物学者の牧野富太郎博士の命名です。花色は赤紫色やピンク、白など、直径2センチほどの小花が一度に数多く咲くので、なかなか見ごたえがあります。似た花に、シオンがありますが、寂しげなおもざしに対し、友禅菊はあどけなく可憐な印象です。キク科の多年草で、春の桜と並び称される日本の代表的な花。誇大中国から渡来したといわれる。菊には延命長寿の慈液が含まれているという伝説があり、平安時代に宮廷で菊酒を賜る行事が行われた。園芸用の多彩な品種が栽培されたのは、江戸中期以降。豪華な大輪や懸崖菊などが菊花展で競われる。「菊の香やならには古き仏達 芭 蕉」「白菊の目に立てて見る塵もなし 芭 焦」「有る程の菊なげ入れよ棺の中 夏目漱石」「黄菊白菊其の外の名もなくもがな 風 雪」「菊咲けり陶淵明の菊咲けり 山口青邨」「どの部屋もみな菊活けて海が見え 吉屋信子」「菊の鉢提げて菊の香のぼりくる 蓬田紀枝子」「次の世のしずけさにある黄菊かな 浅井一志」「菜にまぜて小菊商ふ嵯峨の口 飴山 實」「こころもち懸崖菊の鉢回す 橋本美代子}「山坂の影に入りけり菊車 吉田成子」。(武蔵野は 菊苑傾く上にはれ ケイスケ)