〇 日本に鉄道の情報が伝わる
遣欧、遣米使節、密航、留学などで海外へ渡航
し、鉄道に乗車した者がその体験談を本にした。
また、海外の風物や産業を紹介した翻訳本にも
鉄道が多く取り上げられて、その興味は日本に
確実に大きく広がっていった。
歴史ステーションの展示物より
大宮鉄道博物館
⑤西洋との接触、西洋への興味
写真は『長州ファイブ』
遠藤謹助(左上)、野村弥吉(上中央)、
伊藤俊輔[博文](右上)、
井上聞多[馨](左下)、山尾庸三(右下)
長州5傑と呼ばれた5人の長州藩士。
1863年6月
幕末に長州藩から派遣されて英国へ秘密留学し、
ロンドン大学法文学部聴講生になった。
しかし、
井上と伊藤は1年も滞在せず日本の国状から
1863年4月に帰国。
井上馨は外交の父、遠藤は造幣の父、山尾は工学の父、
伊藤は内閣の父、そして井上勝は鉄道の父。
ここで持ち上げたいのは
「鉄道の父井上勝」です。
横浜から上海へ、上海から大型船に乗船、イギリスへの
航路だった。
当時の上海は繁栄し、100艘以上の外国軍艦、その他の
蒸気船が停泊し、
東アジア最大の西欧文明の中心地として発展していた。
(白黒の映画を見ましょう。)
これを体験してカイコクだあ!
はい、諭吉先生の西洋事情が出てきましたよ。
明治3年 慶應義塾に出版局がありました。
福沢諭吉が1860年(万延元年)のアメリカ、
1862年(文久2年)のヨーロッパ、
1867年(慶応3年)アメリカと三度の海外渡航から
書いた10冊本です。
え~~?
理想が高尚でなければ
活動もまた高尚にはならない。
エー――
何と書いてあるのか教えてください?
どの絵も上手いと思いましたら、名人が描いているのでした。
ペリー総督持参の献上品です。
蒸気機関車のミニ模型
準備は整いました。
オット・・・・・・
ここまでのお付き合いありがとうございました。
「天皇陛下の旅」と鉄道の写真展が開催されています。
ただ今、鉄博2階で天皇陛下とご家族の鉄道に由来のある
写真が展示されています。
その冒頭に美しい感動的な陛下の文章があります。