3足わらじのバーボン

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やっぱり後遺症かぁ。

2017-05-25 10:05:20 | 日記
今年に入ってから、何回か、このブログでご紹介した、「脳梗塞」を発症した私の友人の事です。

「脳梗塞」を発症してから、割合と早い時間で私が担ぎ込んだ病院で緊急処置を受けたものの、2ヶ月の入院治療と2ヶ月の通院リハビリの結果は、残念ながら「やはり後遺症が残ってしまった。」というのが、正直なところだと私は強く実感している。

彼の入院中にピンチヒッターを務めていた私は「この2週間ほどの彼との業務打ち合わせ」で精神的に疲れてしまい、このブログの更新をする気力や時間がなくなっていた。

私なんかよりもはるかに「頭脳明晰で行動的」だった彼は、やはり「もう戻っては来なかった。」

業務打ち合わせをしていても、5分前に話した内容をすぐに忘れてしまうし、私の話してる内容を理解していないので、すぐに「休憩し、遊び」たがる。まるで、小学5年生くらいの「子供」と話してるようだ。

弁護士である彼の「法律上の知識や記憶」は依然、健在なのだが、今、実際におきてるトラブルとその法律知識を結びつけることが全くできていない。

外見的には、以前とさほど変わらないように見えるのだが、やはり「頭のなか」が明らかに前とは違う。
病院での「知能指数検査結果」がやはり「小学校高学年」程度だというのも納得できる。



精神科医師だった私の医学知識を持ってしても、彼と話してるときのなんとも言えない疲労感と絶望感は私にも相当なストレスを与えているようである。

彼には「奥さん?のような彼女」が20年前からいたのだが、その彼女は、先週、置き手紙を自宅に置いていなくなってしまった。「私には、もう面倒は見きれない」とその手紙には書いてあった。

その彼女の気持ちもわからんでもないけれど、やはり「薄情さ」を感じざるを得ない。

人の目を全く気にしない私は、普段の足に「中古のwagonR」を気に入って喜んで使っているし、そういう節約家の私とは全く違い、彼は、この彼女と見栄を張ったかなりハイソな生活をしていた。
普段、足に使っている車でさえ、「メルセデスベンツ」で、ガレージにはそのベンツの10倍以上の値段の高級車が鎮座している。

それだけ、その彼女にいい生活をさせてきた彼がいざ「病気」で倒れたらリハビリ中の彼を置いてきぼりにして「いなくなってしまった。」

私は、ガンの家内と10年闘病を伴に闘い、最後は、その家内の心臓が止まるのを私の腕の中で確認して「先に行って待ってなよ」と「あの世へ見送った。」壮絶な10年だったが、その時は出来る限りのことを家内にしたつもりでも、まだまだ色々できたんじゃないかと、いまだに「悔い」が残っている。

だから、この彼女が「いなくなった」ということが、あまりにも腹立たしい。また、そんな女を選んだ彼のバカさ加減にも腹立たしい。

これが私の亡き家内や、今の私の女友達たちだったら、百パーセント私と「死なばもろとも」。私は、よい女房とよい女友達たちをもったものであるとつくづく思ってしまう。

昨日も脳梗塞の彼と業務打ち合わせをしながら、「おまえがいままで守ってきたものはなんだったんだろうね。」とついつい彼の顔を見ながら思ってしまう。

「俺はおまえが死ぬまで必ず見届けるし、死ぬまで親友だ」と落ち込む彼に伝えた。

嗚咽とともに、止めどなく涙を流し、私の顔を見ながら何回もうなずく彼を見捨てることなど、自身のプライドにかけて、私は、絶対にできない。

むろん、そんな薄情な考えを私が持っていたとしたら、亡き家内も今の私の女友達たちも皆、私から離れて行ってしまう。

男のプライドとは、「地位や名声やお金儲け」だろうか?私には、そんなペラペラな薄っぺらな自己満足などいらない。

この週末、亡き家内の命日。あの世へ送り出してから、10年になる。

自分の事は、さておき、被災地に出向いてボランティア活動をしたり、福祉施設やアフリカの餓えに苦しむ子供たちなどに、惜しみ無く手を差し伸べてきた誇らしい私の家内。
あまりにも手を差し伸べすぎて、私達夫婦が着るものや食べるものにさえ困ったことも多々あった。
でも、そんな時でも「俺たちの役割や生き方は、これでいいんだよ」と二人でニコニコしてパンをかじっていたそんな日々のあたたかい記憶。


私のプライドとは、そんな誇らしい家内のプライドが認める「唯一の男」であり続けることです。










毎週土曜は、事務所のごみ捨て日。

2017-05-13 19:54:41 | 日記
書類の作成が多い業務なので、書損や、プリントミスなどのいわゆる「紙ごみ」が多い。

当然、顧客などの個人情報も含まれる書類も多々あるので、一般的な「ごみ捨て」は、できない。

毎週土曜に、新潟市の郊外にある「ごみ焼却センター」へ、ごみを持参して
直接焼却している。

我々のような業態の事務所には、この「ごみ捨て」作業が実は結構大切な作業となっていて、多少ガソリン代を使い、時間を費やしても必要な作業だと思う。


町内のごみ収集所では、時に「他人の出したごみ袋」の中身を開いて内容物を見てる人がいる。
なぜ、他人のごみ袋を開いて見てるのかは、その人に理由を尋ねなければわからないが、私には、理解のできない行為であることは間違いない。

しかるに、「わざわざ、車に積んで片道20分かけて焼却センターに持ち込む」ことにしている。

世の中、いろんな人がいるもので、先週、私の友人の弁護士事務所に、「下着どろぼう」で、警察に検挙された人物の「妻」なる人が、この検挙された夫の弁護を依頼にきたそうだ。

「下着どろぼうの定番?」である、軒下に干してある洗濯物を盗むという行為のほか、一人暮らしの若い女性のアパート近くの「ごみ捨て場」から、この女性が出した「ごみ袋」を自宅に持ち帰って、開けて使用済みの生理用品などを抜き取っていたようだ。

いわゆる「変態」なんだろうとも思う。

私などは、自分の女房や彼女以外の使用済み女性下着などは、「汚ないもの」という認識でしかない。

しかるに、他人のごみ袋を開けて見てる人がすべて変態だとは思わないが、「正常」な行為ではない。

本日の「ごみ焼却センター」は、ゴールデンウィーク明けということもあり、いつもの2倍くらいの持ち込みごみを乗せた車が並んでいた。

いつのころからか、「日本の安全神話」も次第に崩れてきている。あらゆる「個人情報をもとにした詐欺」が横行している。

私が、子供の頃は、「近所の人たち」と仲良く生活していた。
今は、「他人は敵」なのだろうか。

もっとも、身内でも現代は「敵」なのかもしれない。ですね。

「正常と変態」の境目は、どのあたりなんだろうか?なんて考えながら、「焼却センターの受付」の車列にならんでおりました。







まるで「絵」のような・・・。

2017-05-07 22:31:09 | 日記
今年のゴールデンウィークは、概ね、前半は「新潟」、後半は「東京」という過ごし方をしました。
割合とノンビリ過ごしたように思います。

前半の、とある快晴の日に、毎年5月には、必ず訪れる「山あい」の地に向かいました。場所は訳あって「秘密」にしておきます。

この場所は、新緑の淡い緑色と春の空の青さがなんとも言えない「絵」ような景色を見ることができます。


亡き家内と毎年この時期に訪れていたこの場所。この5月、早いもので、もう亡くなってから私一人でこの景色を見るのも10回目になりました。

芸術肌の際立った鋭い感覚を持っていた家内はこの景色を1時間でも2時間でもただ眺めているのが大好きでした。

10年以上もほとんど変わらずに毎年この景色を見せてくれるこの場所。

唯一変わったことがあるとすれば、いつも、この場所で食べる「オニギリ」を買う店の名前が、「フレッシュ さいとう」から「ピュアレマート」と変更になったことぐらい。

なぜだかわからないが、この場所で食べる「オニギリ」は、いつも格別に美味しい。できれば、「塩にぎり」がいい。海苔や具材はいらない。
この空気と景色が「塩オニギリ」とマッチしてるんだろうと思う。

幾度となく、この景色を「油絵」で描いてみたものの、とてもとても思うようには描けない。
きっと思うように描けないから、毎年この景色を直接見に来るのだろう。

私の新潟の事務所の玄関に、家内の描いた「油絵」が壁にかけてある。
この「油絵」の額の裏側に、この場所を描いた油絵が入っている。
明らかに私が描く絵よりも数段上のハイレベル。

写実的でもないのだが、この油絵を見ていると、この場所のこの景色をリアルに思い出す。

「塩にぎり」二個と「コーラ」。それに「ラーク」。
キザったらしい言い方ではなく、本当に「景色がオカズ」になるんです。

もうひと月もすれば、この景色も「濃い緑色」に変わってしまいます。

毎年毎年、ゴールデンウィークの前半は「新潟」と決めているのは、この景色を見るためだけの理由なんです。




今年のゴールデンウィーク。

2017-05-01 16:35:49 | 日記
こないだまで冬だったような気がするのだけれど早いもので、もう「GW」に突入している。

私のまわりの友人や知人の中には、海外に脱出した人たちも多い。
行き先は、「インドネシア」と「オーストラリア」が多いように思う。

しかしながら、私や私のごくごく近しい友人関係者は、日本に残っていて、来月の「長距離バイクツーリング」の下準備やらバイクの整備やら体ならしの近距離ツーリングなどで、このゴールデンウィークを有意義に過ごす。

最近、新車を買ったばかりの中国人の女友達は、3泊4日の「九州旅行」に予定を急遽変更した。当初は、やはり「インドネシア」を予定していたのだけれど、新車の購入により、資金繰りを変更。どうあっても旅行には行くようだ。

そんななかで、昨年から計画し、着手していた「軽自動車のキャンピングカー」の制作もこの連休での楽しみな予定。

東京町田の自宅のガレージに、昨年夏に購入した「軽キャンピングカー」が寝ている。この車の内装をより実用的に変更し制作している。
ひと月に5日ほどしか、東京町田の自宅にいない私には、この制作が遅々として進行しない。

画像は、完成予想図。

大人二人が楽に旅行ができるように、簡易トイレやシンク、冷蔵庫、ガスコンロ、ダブルサイズのベットなどを備えている。

60才の還暦の時に、1ヶ月仕事を休んで、北海道をこの車で寝泊まりしながらゆったりと周遊するつもりでいる。
自分自身で事業を営んでいる私には、「定年退職」などは当然ないし、体や頭がしっかりしてる限りは、それこそ死ぬまで「仕事」を続ける私の、折り返し地点的な「還暦祝い」のつもりなんです。

私の友人関係では、あと3人が私と同じように「軽自動車のキャンピングカーの制作」をしていて、合計4台での「北海道周遊」を目指しているんです。

バイクで北海道に体が震えるほどの感動に魅せられた我々の還暦の「夢」なんですね。
ですが、むろん、60才でバイクを降りるということではないのです。

髪の毛が、「グレー」になってきた同じ世代の我々四人の「節目」でしょうか。

なので、この連休の後半は、東京町田の自宅にいる予定です。
出来れば、誰も遊びに来ないでもらいたい「今年のゴールデンウィーク」です。