この本を読もうと思ったのは知人の夫が、アルツハイマーで老人ホームに入所、胃漏で栄養補給をしているので、98歳までの長命であろうと、妻の78歳は、知的障害児を抱えて、苦労し、どこまで生きられるかと、悩みを語ってくれました。
そこで人間の「いのち」とはと考えてみたのです。
脳死 臓器移植の問題が話題になっています。
「深刻な臓器不足」出も日本の年間交通事故死者数は、5000人前後、アメリカでは3~4万人、銃による死者1万人前後と言われています。移植先進国ベルギーでは国を挙げて交通事故対策をしたところドナーが減り深刻な臓器不足に陥っていルため、殺人事件の被害者が解剖される際に犯罪に関係のない臓器をつかえるようにしました。これらは日本人提供者が少ないのを冷たいとか論理的に遅れているとはいえないのです。
交通事故を少なくし安全な国にすれば臓器不足は、解消不可能です。
人間にはどうにもならないこと、医学や生命科学、法律でも、そんなとき「人間」が問われ、「いのちの論理」が立ち上がるのではないか、と記されています。
あと、強く心に残ったのは「親子は、いま内戦状態にある」の中で「親殺しと子殺し」の中で親殺しの前に、子殺しがあるのではないか?
「子育てとこどもの就学成功、つまり高学歴化に絞られた家族」教育家族化が進み、子どもを他人と比較し成績で評価し親の評価以下だと子どもを切り捨てていく状況が容易に出現します。とも記されています。
私の知人の中学生は、成績のために好きなバイオリンを習うことを禁止され、塾に、そして父親の高校教師からの学習を強いられています。
妻は夫からの絶対服従で行動の自由を失い、最低の家事をし生きがいを探し続けています。
家庭に自由な雰囲気がない中で、子どもは、父親のゆうとおりに行動して、自主性を失い、表面「いい子」ですがいつか不満が爆発するのではないでしょうか
「子殺し」の「教育家族」がどこの家でも進んでいるのではないかと問題を提起しています。
秋葉原事件の青年は、「人間は、関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別で殺すし、難しいね。「誰でもよかった」なんてなんだかわかるきがする」と携帯サイトに書き込みをしていることがわかりました。
孤独と信頼の中で、「子どもは、誰かと一緒にいるとき、一人になれる「一人になれる」というのは、自立的になれるということ、自分の問題を自分で受けとめてる。姿勢ができる。
子どもは、母親に絶対依存せざるをえない 寄りかかれる、頼れる、甘える、ベースがあってはじめて,積極的、能動的な「信頼する」と言う行為が可能になるのではないか、
依存と自立は矛盾するものではなく依存経験のないひとは自立もできない、
「孤独」とは、そのような経験を持てない「誰か」「隣る人」がいないことが彼の孤独ではないか
現代に起きている「引きこもり」「不登校」も前面肯定した所から新しい時代を構築できるのではないか、と記されています。
ぜひ読んでみてください。
子どもに良かれと子どもの人権を犯し「子殺し」をしていないかと反省させられた本でした。
そこで人間の「いのち」とはと考えてみたのです。
脳死 臓器移植の問題が話題になっています。
「深刻な臓器不足」出も日本の年間交通事故死者数は、5000人前後、アメリカでは3~4万人、銃による死者1万人前後と言われています。移植先進国ベルギーでは国を挙げて交通事故対策をしたところドナーが減り深刻な臓器不足に陥っていルため、殺人事件の被害者が解剖される際に犯罪に関係のない臓器をつかえるようにしました。これらは日本人提供者が少ないのを冷たいとか論理的に遅れているとはいえないのです。
交通事故を少なくし安全な国にすれば臓器不足は、解消不可能です。
人間にはどうにもならないこと、医学や生命科学、法律でも、そんなとき「人間」が問われ、「いのちの論理」が立ち上がるのではないか、と記されています。
あと、強く心に残ったのは「親子は、いま内戦状態にある」の中で「親殺しと子殺し」の中で親殺しの前に、子殺しがあるのではないか?
「子育てとこどもの就学成功、つまり高学歴化に絞られた家族」教育家族化が進み、子どもを他人と比較し成績で評価し親の評価以下だと子どもを切り捨てていく状況が容易に出現します。とも記されています。
私の知人の中学生は、成績のために好きなバイオリンを習うことを禁止され、塾に、そして父親の高校教師からの学習を強いられています。
妻は夫からの絶対服従で行動の自由を失い、最低の家事をし生きがいを探し続けています。
家庭に自由な雰囲気がない中で、子どもは、父親のゆうとおりに行動して、自主性を失い、表面「いい子」ですがいつか不満が爆発するのではないでしょうか
「子殺し」の「教育家族」がどこの家でも進んでいるのではないかと問題を提起しています。
秋葉原事件の青年は、「人間は、関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別で殺すし、難しいね。「誰でもよかった」なんてなんだかわかるきがする」と携帯サイトに書き込みをしていることがわかりました。
孤独と信頼の中で、「子どもは、誰かと一緒にいるとき、一人になれる「一人になれる」というのは、自立的になれるということ、自分の問題を自分で受けとめてる。姿勢ができる。
子どもは、母親に絶対依存せざるをえない 寄りかかれる、頼れる、甘える、ベースがあってはじめて,積極的、能動的な「信頼する」と言う行為が可能になるのではないか、
依存と自立は矛盾するものではなく依存経験のないひとは自立もできない、
「孤独」とは、そのような経験を持てない「誰か」「隣る人」がいないことが彼の孤独ではないか
現代に起きている「引きこもり」「不登校」も前面肯定した所から新しい時代を構築できるのではないか、と記されています。
ぜひ読んでみてください。
子どもに良かれと子どもの人権を犯し「子殺し」をしていないかと反省させられた本でした。
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