第三章「未来の書と終末の予言」

黒の書――
それは誰も書いたことがなく、誰も読むことが許されなかった未来の書。

アテナの前に置かれたその一冊は、
まるで燃え尽きた灰を束ねたような、
煤けた革に覆われ、ページの縁はまるで過去そのもののように脆く砕けていた。

だがその書は、確かに未来を記していた。
それも、最悪の未来を。

■ 預言の内容

第一の章にはこうあった。

「人は問いを持ち、知を得たとき、
　神に従うことをやめる。
　知識は剣となり、剣は神を穿つ。」

第二の章では、アテナ自身の名が記されていた。

「戦わぬ神、アテナ。
　彼女が種を撒いた地より、
　神殺しの思想が芽吹く。
　やがて学び舎は兵営となり、
　哲学は武器に変わる。」

そして最後の章には、アテナが“神々の死”の引き金となる存在として記されていた。

彼女の名の下に、人は剣を掲げる――と。

■ 苦悩

アテナは、初めて迷った。
知を信じることは、時として未来を破滅に導くのか？
問いを教えることは、いずれ“答えという暴力”を生むのか？

彼女は書庫の奥にこもり、幾夜も思索を続けた。
書物を読み返し、歴史を反復し、
人の心と神の傲慢、その交差点を何度も見つめ直した。

そして、ある一節に辿り着く。

それは彼女自身が、はるか昔に書いた言葉だった。

「知とは選択である。
　運命を知りながら、それでも進む意志こそ、
　真の叡智である。」

その瞬間、アテナの心に光が射した。

■ 答えなき導き

彼女は答えを示すことをやめた。
代わりに、「問い方」を教えることを選んだ。

問いは一度限りではない。
時代と共に変わり、人と共に成長し、
時として答えすら飲み込んでしまう。

アテナは決意する。

「私は未来を変えぬ。
　ただ、“変えうる者”を残す。」

■ 新たなる旅立ち

アテナはアオリウムの上層にある封印室へと向かった。
そこに黒の書を静かに納める。

そしてその上に、一本の槍を置いた。
それは彼女の象徴であったが、
もはや戦うためのものではなかった。

その槍はこう名付けられる――

《問い槍（インテルロクス）》

戦を起こす槍ではない。
“誰かに考えさせるための存在”としての槍。

■ 最後の言葉

アテナは、ミュネウスの塔の頂に立ち、
灰の降る空に向かって言葉を放った。

「知が争いを生むならば、
　私は争いの中にこそ知を撒こう。
　未来を見て怯えるより、
　未来を選ぶ者を信じる。」

その声が灰の雲を超えて世界に響いたとき――
地上のどこかで、一人の子どもが“なぜ？”と問いかけた。

そしてその問いは、
静かに世界を変えていく、最初の一歩となった。

✦章の結び

アテナは神でありながら、答えを持たぬ者となった。
それは逃避ではない。
問い続ける覚悟こそ、神を超える唯一の知であるからだ