翌朝、ユウキはいつもより早く目を覚ました。
窓の外には、静かな曇り空が広がっていた。どこかまだ夢の余韻を引きずるような感覚が残っている。あの砂の荒野、そして、僧侶の姿。言葉のひとつひとつが、心の奥底に沈殿していた。
――「空を知れば、執着は風のように消える。」
意味はわからない。けれど、わからないままではいられない。
ユウキは、前夜に読みかけた『般若心経入門』をもう一度開いた。ページをめくる指先が、今度は少しだけ、確信をもっていた。
「空とは、実体のないことではない。
それは、すべてが変化し、関係性の中にあること。」
それは、すべてが変化し、関係性の中にあること。」
本の一節に、目が止まった。
「すべてが、関係の中にある…?」
ユウキは声に出してみた。けれど、その言葉が何を意味するのか、すぐには理解できなかった。彼の頭には、「空=無」「空っぽ」「意味がない」というイメージがずっとあったからだ。
しかし、本文は続ける。
「『空』とは、無意味を説く言葉ではなく、
固執を手放すための智慧である。」
固執を手放すための智慧である。」
その言葉に、心が少し揺れた。
ユウキはふと、職場での出来事を思い出した。
評価にこだわり、他人の視線を気にし、成果ばかりを追い続けた日々。
「自分はこうでなければ」「周囲にこう思われたい」――そんな思いにがんじがらめになっていた。
評価にこだわり、他人の視線を気にし、成果ばかりを追い続けた日々。
「自分はこうでなければ」「周囲にこう思われたい」――そんな思いにがんじがらめになっていた。
もしかしたら、自分を苦しめていたのは、他人ではなく、「あるべき姿」に執着する自分自身だったのかもしれない。
その瞬間、彼の中で、昨夜の僧侶の言葉が改めて響く。
――「執着は風のように消える。」
「空とは、何もないことじゃない。
それは、変わりゆくすべてを、あるがままに見ること――。」
それは、変わりゆくすべてを、あるがままに見ること――。」
ユウキはそう呟くと、本を閉じて、深く息を吐いた。
何かが腑に落ちたわけではない。
だが、それでも心の底に、静かに波紋が広がっていた。
まるで、固く閉じられていた扉が、ほんのわずかに軋みながら開き始めたようだった。
だが、それでも心の底に、静かに波紋が広がっていた。
まるで、固く閉じられていた扉が、ほんのわずかに軋みながら開き始めたようだった。
*
その日の夕方。ユウキはいつものようにオフィスを出たが、帰り道はいつもと違う方向へと足を向けた。
行き先は――あの古書店だった。
例の老店主は、まるで彼を待っていたかのように、穏やかな笑みで出迎えた。
「何か、変わりましたか?」
そう問われたユウキは、少し照れくさそうに笑った。
「…まだ、よくわかりません。でも、知りたくなったんです。“空”って、何なのかを。」
店主は頷き、棚の奥から一冊の小さな本を取り出した。
タイトルは、『空と縁起の教え』。
タイトルは、『空と縁起の教え』。
「これは、より深く、仏教の“空”を掘り下げた本です。ですが、読むのは急がなくていい。大切なのは、心が整う“間”を感じることです。」
ユウキはその言葉を胸に、本を受け取った。
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