北の隠れ家

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夢のまた夢 ・ 十七部

2016年05月03日 11時08分36秒 | 夢のまた夢
☆ライダー時代2☆


      


【 平成八年 温泉めぐり 】




平成八年の一月に、珍しい人と再会しましたなぁ。新婚時代、本町の静香荘から、春光町の「雇用促進住宅」の団地へ移転し生活していた頃に、我が家の向かいの部屋に住んでおられた及川さん夫婦の奥さんに再会したんんでごぜぇますだ。

風の便りに、数年前にすでに離婚されていたとかで、気にはなっていたのでごぜぇますが、及川さんの奥さんとは、なんと十四年振りの再会でやんしたなぁ。そんなこんなで、二月二十五日に初めて「層雲峡 氷爆まつり」に家族一緒で、行ってまめいりましたでごぜぇますだ。

夕方四時頃、旭川を出発し、五時半頃層雲峡の会場に着きやしたんで。アイスバーンの道路を心配しておりやしたんですが、道路は完全に乾いてアスファルトが出ている状態でごぜぇまして助かりやした(笑)。
風は吹いておりませんでしたが、結構シバレがきつく、夜空には見事な、まんまるなお月さまが浮かんでおりやしたですなぁ。何十年と地元に居ながら、初めてきた「氷爆まつり」、カラフルな照明に怪しくも浮かび上がる氷の彫刻、まるでメルヘンの世界へ足を踏み入れた感でごぜぇやしたなぁ。

シバレている中での屋台のラーメンがとてもおいしかったのを覚えておりやす。 雪に囲まれた北の大地の冬は、どうしてもスキー、スケート以外にゃアウトドアが、いまいちといった感でごぜぇやしたので、今年の冬はひとつ外へ出ることにチャレンジしてみようと思い、休日はできる限り「脱旭川」を心がけようと思いましたなぁ。






そこで、二月十八日、近郊愛別の「協和温泉」へカミサンと一緒に行ってめいりました。あいにくと、小雪がちらつく天気模様でございましたが、ユッタリ、のんびりと温泉に浸かってまめいりました。 三月三日「桃の節句」にやぁ、沼田町の「幌新温泉」へと夫婦で行って参りました。地図片手に、途中道を間違えながらも無事にたどり着き、気持ち良い湯にのんびり浸かってまいりました。

三月十日の休日には、富良野の「道の下温泉」へと出かけてめいりました。家を出るときは、芦別近郊の「湯の花温泉」に行く予定だったのでごぜぇますが、地図上には確かに「湯の花温泉」と有るのでごぜぇますが、なかなか見つかりませんで、或る家で問合せましたところ、なんと十数年前にもう廃湯となって現在は存在しないということでございました。やぁ~、まいりましたなぁ~(笑)。

そういうわけで、せっかく来たので、富良野まで足を伸ばして、「道の下温泉」へ行くことにいたしやした。翌週の日曜日の三月十七日にゃ、下川の「五味温泉」へと夫婦で行ってめいりましたでやんす。道がよくわからず、やっとの思いで到着したのを覚えておりやす。
その翌週の日曜日三月二十四日にやぁ、深川の「沖里河温泉」へ行ってまいりました。昭和初期頃に建てられたような湯治専門のような温泉宿といった感じの建物でしたなぁ~。中に入って湯に浸って、驚きましたなぁ。あまり、客がこないようで、湯はあまりきれいとは云えない感じで、シャワーも蛇口も無いといった浴室でした。

翌週の四月六日は、もう旭川近郊の温泉もほとんど行ってしまった感で、残されていた「塩狩温泉」、そう、あの三浦綾子での小説にもなった塩狩温泉へと、それも夜になってから出発してしまい、温泉に着いたときはちょうど、九時になっており、宿の玄関ガラスには、九時までで閉館の張り紙が。まいりましたなぁ~。せっかく来たので、頼み込んで、温泉に浸らせていただきましたでやんすよ(笑)。



【ゴールデンウイーク  函館 大沼公園へ 】  

平成八年五月四日前日の夜中の三時に自宅を出発、一路「函館」を目指して車を走らせましたんでごぜぇますだ。が、札幌近くになって夜も明け、空は真っ青に青い空、しまった、こんな素晴らしい天気だったらどこかバイクでツーリングするんだったと、運転していながら考えておりましたなぁ。




よっぽど旭川へ引き返してバイクに乗ろうかなぁと思いましたですなぁ(笑)。そんなこんなで、駒ケ岳を右目にのぞみながら車を走らせていたアッシ達でしたが、途中で横道に入り、駒ケ岳に上り始めていた愛車ジムニーでやんした(笑)。
登り口に鎖が引いて入れないようになっていたんでやんすが、鎖をはずして、車を乗り入れましたんで。結構、上ったところで、もうそれ以上は、車では無理というところで断念したんでごぜぇますが、快晴に恵まれて、駒ケ岳は素晴らしい景色というか、風景でごぜぇましただ。

そうそう、この二,三カ月ほど前に何年かぶりに駒ケ岳が噴火していたんでごぜぇます、それで鎖が張ってあっていた訳でやんす。 そうこうしながら、大沼公園に着いていましたなぁ。ゴールデンウイークということで、すごい人出でしたなぁ。
天気も快晴で、春の到来だなぁと感じさせた気候で、本当に良かったですなぁ。当初の予定では、新婚旅行以来の函館での一泊を考えていたんでごぜぇますが、あまりにも天気が良いので、バイクに乗りたくなり、急遽、日帰りの旅となってしまい、帰路、ニセコ方面を回りました函館の旅でごぜぇやした(笑)。なんと、宅した時間が夜中の十二時でございましただ。

早速、翌日は「朱鞠内湖」へソロツーリングに行ってめいりました。朱鞠内湖近くになると、雪が三メートルほど道路の両側に壁を作っておりやした。このあたりは、まだまだ積雪が多く、朱鞠内湖はまだ凍結しておりやした。春遠からじといった感でごぜぇましたなぁ。
カミさんは車で、アッシはバイクでというツーリングでありやした(笑)。翌日の最後の連休は、あいにくと曇り空といった天気で、近郊の富良野、「北の国から」の麓郷にソロツーリングに行ってまいりました。こんな三連休のゴールデンウイークは幕を閉じたのでごぜぇますだ。



【 静内 二十間道路 】  

五月十九日の休日に、カミさんと一緒に日高、静内二十間道路にドライブしてめいりましてなぁ。ちょうど、桜の花が満開の時期で、お花見の客でとても混雑しておりやした。朝、八時に自宅を出て、到着したのが十一時四十五分でしたなぁ。帰路、占冠の「湯の沢温泉」で、温泉に浸ってめいりやした。  



【 平成八年のツーリングあれこれ 】





なんだかんだいって、本格的にツーリングできるようになったのは、五月の末頃でございやしたなぁ。
五月二十六日、「上湧別 チューリップ畑」「滝上 芝桜公園」とソロツーリングに出かけてめいりました。好天に恵まれ素晴らしい久しぶりのツーリングでごぜぇましただ。

「上湧別 チューリップ畑」「滝上 芝桜公園」共に、すごい人出でとても、見事なチューリップ畑、芝桜公園でごぜぇました。滝上芝桜公園では、たまたま「ミス芝桜」の催しがあり、多くの人たちが、彼女らにカメラを向けておりましたなぁ。えっ?もちろん、アッシもその一人でしたがね(笑)。でも、公園入り口の、あの急な坂をバイクで登るときは内心、コケナイなようにと必死の運転でしたなぁ(笑)。  

翌週の日曜日にゃ、日高山中の「管野温泉」へツーリングしてめいりやした。バイク雑誌に載っている有名な歴史のある温泉で、数種類の温泉の湯船がございましたなぁ。




朝六時半に自宅を出て、少し曇り空の下でしたが、午後から晴れるとの天気予報を信じて、かじかむ手を我慢しながら富良野経由で、目的地の管野温泉に向かいやしたんで。管野温泉の手前、十四キロはダートの砂利道で、オフバイクでないと無理な道でやしたなぁ
温泉の浴室が五つもあり、露天風呂もありましたが、難点は、浴室の移動が裸で行ったり来たりといった状態でした(笑)。帰りは、美瑛のパッチワークの丘を通って戻ってめいりました。





六月九日は、支笏湖の「丸駒温泉」「伊藤温泉」とツーリングしてまめいりましただ。朝六時半に出発し、快晴の天気に恵まれ、札幌経由で支笏湖に進路を取ったのでごぜぇます。日曜日のせいもあり、ドライブの車がとても多く、その中をスイスイとかいくぐってまいりましたんで。

途中での、残雪におおわれた恵庭岳を正面に見てのツーリングは快適そのものでごぜぇましたなぁ。丸駒温泉に着いたのが、十一時頃で、なんと入浴料が大人千円には驚きましたなぁ。真っ青な青空の下、水上ジェットモーターが走る支笏湖、残雪の恵庭岳を見ながらの露天風呂は最高に気分でしたなぁ。
帰路、すぐ近くにある「伊藤温泉」にも寄り、一風呂浴びてめいりました。そこの入り口も、すごい急な坂道で、運転は内心必死でしたなぁ(笑)。走行距離、三百七十二キロのツーリングでごぜぇました。


六月二十三日の日曜日は、少し曇り空の天気でしたので、遠出は止め、近くの富良野、「吹き上げ温泉」へツーリングしてめいりましただ。何度も行っている「吹き上げ温泉」でやんしたが、相変わらず多くの人で、混雑していましたですなぁ。帰途、「望岳台」に寄り道をしてめいりました。  

六月三十日の日曜日は、念願の「離島 ツーリング」に行ってめいりましただ。目的地は「焼尻島」、朝五時頃に起床、カーテンを開けると、前日の好天が一転し、どんよりとした厚い雲が。一瞬ツーリングに行くかどうか迷いの気持ちが、でも矢張り、決行することに。

思考している時間が無かったので。と、いうのは予定している焼尻島へのフェリーの時間が決まっていたからでごぜぇますだ。五時三十五分、自宅を出発、留萌でコンビニを経営している友人にちょっと逢い、羽幌に着いたのが八時十分頃でごぜぇました。

八時五十分発のフェリー「おろろん」に乗り、五十五分の船旅で「焼尻島」に到着。まぁまぁカモメが、船に寄ってきて、その鳴き声のにぎやかなこと(笑)。人間一人の運賃が、千五百円なのに、なんとバイクは二千五百円、しかも片道ですぜよ(笑)。
島周囲が、わずか十二キロしかないんですから、あっという間に走り回ってしまい、お金があったら、隣の「天売島」まで行きたい気持ちでごぜぇましたですなぁ(笑)。わずか一時間ほどの島滞在でごぜぇました。 

翌週は、幌加内の「せいわ温泉」へツーリングしてめいりやした。この七月、長男坊がなんと二度目の停学処分を受け丸坊主にさせられましたんで。アッシも、長男坊の恥ずかしい思いを一緒に味わってやろうと、三十三年ぶりに坊主頭に刈ってめいりましたが、果たしてこのアッシの気持ちが息子に伝わったことでしょうかなぁ(笑)。






七月七日、枝幸の「カニ祭り」ツーリングへ出かけてめいりやした。朝、五時二十分目覚め、即、部屋のカーテンを開け、空を見上げるとなんと、昨日までの厚い、今にも振り出しそうな空が、真っ青な青空になっているではありませんか。前夜、諦めていた枝幸の「カニ祭り」ツーリングへ行くのに即、決定いたしやした(笑)。

準備を全くしていなかったので、自宅を出発したのは六時半頃でしたなぁ。旭川は素晴らしい天気でごぜぇましたが、美深あたりから、厚い曇天模様の天気に変わってまいり、ユーターンしようかと考えましたが、せっかくここまできたのだからと、雨が降り出さないことを祈りつつ、一路枝幸を目指したアッシでございました。

気温も低めで身体も冷え込み、何度かトイレタイムを要しやしたですなぁ(笑)。そんなこんなで、枝幸の「カニ祭り会場」へ着いたのが、十一時頃でしやんした。その頃には、天気も、少し明かりが出てきた空模様でごぜぇましただ。
会場はすでに多くのひとが来ており、カニなべなどフーフー言いながら楽しんでおりやしたですなぁ。帰路に、枝幸の「三笠山展望台」、「千畳岩」へ寄り道し、その後は美深の「道の駅」までノンストップ。
和寒で丁度、開催されていた「全日本モトクロス第六戦」が開かれていたので、道路ぎわの草むらで一時間ほど観戦し、帰宅したのは、五時手前でごぜぇましただ。走行距離三百三十九キロでしたなぁ。  


翌週の7月七日は、それまで念願だった日高の「トムラウシ温泉」と「ヌプントムラウシ温泉」へと行ってめいりました。朝七時、自宅を出発、空は曇り模様でしたが、ようやく前日の天気予報通り、陽が射してきて晴れ模様に。旭川二十七度、帯広三十度になるという天気予報、狩勝峠を過ぎた頃から、気温が上がってきた様子でごぜぇました。

新得、屈足、岩松、東大雪湖を経由して、ようやく「曙橋」へ到着。右十三mキロ先は「ヌプントムラウシ温泉」、左九キロ先は「トムラウシ温泉」への別れ道でごぜぇましただ。

「トムラウシ温泉」へ先ず行くことにし、ダートな砂利道九キロを走破、目的地の東大雪荘へ到着。時刻は十一時半頃で、バイク雑誌に載っていた、大浴場、露天風呂へ浸り、一時頃に別れを告げ、今度は「ヌプントムラウシ温泉」へ。
「曙橋」まで戻り、そこから右折、十三キロのダートなヘアピンカーブが多い砂利道林道へ。狭い林道で、途中二台のオフバイクとすれ違うなり。きっと、内地からのライダーであったでごぜぇましょう。

ようようにして、秘湯「ヌプントムラウシ温泉」へ着いたのが、二時半頃でごぜぇましただ。念願の秘湯に浸ったが、すぐそばに硫黄が噴出しておりその匂いといい、そばを流れているヌプントムラウシ川のせせらぎの音といい、全く大自然に囲まれた秘湯でごぜぇました。
三時過ぎに再び「曙橋」に進路を取り、帰路は天気予報が当たり、真夏の気温のなか、帰宅したのは八時頃でごぜぇましただ。走行距離四百三十九キロ。燃料十三、ニリットル、(千四百六十二円)でやんしたですなぁ。  





八月二十五日には、快晴のもと、室蘭の「地球岬」「測量山」ツーリングへ出かけやした。朝四時半起床、五時自宅を出発、未だ夜が明けたばかりで、空は厚い雲におおわれておりガスがかかっておりやしただ。
途中、ガスでゴーグル、ウェアーなどがびっしょり濡れ始め、ユーターンしようかとも思ったほどの天気でごぜぇましただ。岩見沢あたりで、青い空が顔を見せはじめ、ホッといたやした。岩見沢より国道ニ百三十四号線を経由して、苫小牧へ。そこから、三十六号線で一路室蘭を目指氏やしたのでごぜぇます。

目的地の「地球岬 幸福の鐘」に立ったのが、ちょうじ十時でごぜぇました。快晴の青空の下、穏やかな太平洋の海、見渡せばはるか駒カ岳、恵山などが望まれ,最高の気分でごぜぇやしただ。 それから、「測量山」に進路を取り、細い市街地の坂道を走り、展望台に立つやしたんで。
そこからは、室蘭市街、室蘭港、新日鉄製作所、日本製鋼所、建設中の白鳥大橋などが一望の下に見渡せましたでごぜぇます。十二時に室蘭に別れを告げ、苫小牧を経由し、日高紋別に進路を取りやした。
日高紋別より国道ニ百三十七号線に進路を取り、日高,占冠を通り、途中「湯の沢温泉」の温泉で疲れを取り、自宅に着いたのが六時半でごぜぇましただ。臀部が痛くなるほどの長距離ツーリング,走行距離五百五十二キロでごぜぇました。  

九月八日、「塩別つるつる温泉」へツーリング。前夜の天気予報で今日は快晴とわかっていたので、九時半に自宅を出て層雲峡、ようやく完成したばかりの「銀河トンネル」を通過し、二十年ぶりの石北峠を越え、以前に通ったときとは、比較にならないほど立派に舗装された道路を走り、ようやく温根湯温泉の手前にある「塩別 つるつる温泉」にちょうど十二時に到着いたしやした。

バイク雑誌に載っていた雄大な露天風呂にユッタリ浸ってのんびりしやしたせいか、本当に肌がツルツルになったようでごぜぇましましただ。一時頃、帰路に月、途中層雲峡で、大函小函で休憩し自宅に着いたのは、四時頃でごぜぇましただ。  

次男坊が、十月五日に「韓国 修学旅行」へと出発し、二十一日に帰宅しやした。次男坊も、最後の学生生活も来年を残すのみとなりやした。   



【 平成九年 長男坊実高卒業 就職 】  

平成八年から平成九年のウインターシーズンは、大雪に見舞われ、我が家の庭から雪の姿が見えなくなったのは、四月二十日でごぜぇましただ。長男坊は、二月二十八日に「卒業式」を終えホッとシテいたのでやんすが、なんと、三月に購入した車「シーマ」を二週間で物損事故を起してしまいやしたんで。

親の言うことを聞かずに、燃費の悪い高級車を買ってしまった天罰ではなかったかと想わざるを得ない心境でごぜぇましただ。わが子ながら、こんなわがままな子に育ててしまったことを今さらながら悔いを残しているといっても過言ではごぜぇませんでやんした。甘やかししすぎた結果、と反省しやしたが手遅れの感でごぜぇましただ。

四月一日、真新しいスーツ姿で、初出勤した長男坊でごぜぇましたが、スーツ姿は、これが最初で最後になる職場であることを本人は自覚していたことでごぜぇましたでしょうかなぁ。 
カミさんは、二月一日にアッシが購入した新車「ジムニー」で、パンと電話帖の宅配の仕事に頑張っていやした。アッシはてぇと、それまで、育ての親・その長男・その子供と三台に渡って、努めておりやしたが、不景気のため、リストラの波がとうとう、勤め先の千秋亭の店にまで波及してきたのでごぜぇますだ。

そんな状況で、リストラの見本を身内で示さねばと一大決心をして、辞職願を出したのでごぜぇます。それからの2年間は、職を変えること二度、苦難の時代でごぜぇましただ。

そうこうしているうちに、52歳の時、四月二十一日から、義弟の誘いで自分の親が経営している「中林機械鉄工」へと勤めることとなりやした。職業がまったく180度違うもんで随分迷ったのでやんすが、経理事務をするということで努める事になりやしたんでごぜぇます。

ゴールデンウィークの五月三日に、中林家の家族と、我々夫婦は一緒に上川にある「アイスパビリオン」「熊牧場」「エスポワールの鐘」「アンガス牧場」と出かけやしたんでごぜぇます。裏大切にあたるアンガス牧場は、まだまだ残雪が多うごぜぇましただ。 





平成九年7月、「納沙布岬」まで一泊二日のキャンプツーリングに行ってめいりやした。上川神社祭で、連休となったんで、泊まりがけのツーリングに行けたんでごぜぇますだ。
朝五時に自宅を出て、狩勝峠を通過し、帯広、釧路を横目に一路、根室の「納沙布岬」を目指しやした。途中、霧多布岬に寄り道、東京から来ていて女性ライダーと知り合いやした。パソコンの表計算ソフトの「ロータス社」に勤めているとのことで、ちょうどアッシもパソコンもやり始めていた時だったので、話に花が咲きやしたのを覚えておりやす。

そんなこんなで、目的地の「納沙布岬」に到着したのは、予定よりも二時間遅れの午後二時でごぜぇましたなぁ。かなりの観光客が訪れていやした。しばらく休息してから、今夜の野宿地、屈斜路湖の「砂湯」を目指しやして到着したのは、陽が暮れかかった夕方でごぜぇましただ。





キャンプ場で、キャンプを張り、翌日は「美幌峠」を経由し、網走を目指しやした。「網走」では、「網走刑務所」「北都山」へと寄り道をし、興部経由で帰路に着きやした。  
九月八日のお盆休暇には、義弟と「洞爺湖・函館」一泊キャンプツーリングに行ってきやした。天気に恵まれ、岩見沢、千歳、支笏湖、洞爺湖とツーリングしてめいりやした。洞爺湖で、キャンプを張り、一泊、夏休みのせいか家族連れがとても多かったのを覚えておりやす。

翌日は、昭和新山を見に寄り道し、長万部、森、駒ケ岳、大沼公園とコースを取り、函館「五稜郭」、函館市街を経由し、恵山を通り、函館半島を横断し、帰路に着きやしたんで。途中、伊達あたりで、義弟が先に走っており、アッシはその姿を見失ってしまい、そのまま日高紋別まで走り、富良野経由で帰宅しやした。  

九月十四日、九人でグループツーリング「襟裳岬」へ行ってきたんでごぜぇますだ。グループツーリングは、初めての経験でございましたですなぁ。男性五名、女性四名のグループでしたなぁ。
何度も行っていた襟裳岬でしたが、岬付近は相変わらずのすごい風でごぜぇましたなぁ。グループツーリングは、集団行動を共にしなくてはならねぇので、スピードも合わせなければならず、やはりアッシにはソロツーリングのほうが向いているような感じが致しやしたなぁ。そんなこんなで、平成九年も幕を閉じていきましたですなぁ。   


【 平成十年 】  




護国神社祭の連休、会社の同僚と「ニセコ、積丹半島」一泊ツーリングに行ってめいりましたですなぁ。 快晴の天気に恵まれ、最高のツーリングでごぜぇました。旭川~由仁町~千歳~支笏湖~喜茂別~ニセコ~五色温泉とツーリングし、そこで一泊しやした。
翌日、五色温泉~倶知安~岩内~神恵内~神威岬~積丹岬~余市~小樽~石狩~新十津川~深川~旭川のコースで帰宅しやしたのが、夕方でやんしたなぁ。  

7月は、「十勝岳温泉」へツーリングしてめいりやした。七月五は、念願の「岩間温泉」へソロツーリング行ってめいりやした。快晴に恵まれ、糠平温泉の手前、何度かツーリングで訪れてことのある「幌加温泉」の少し手前、三股橋を右折、林道を数キロ走ったところで、川幅五メートルほどの小さな川が流れており、ここを渡らないと目的地の「岩間温泉」へは行けねぇンでごぜぇますだ。





この「川渡り」の情報は、バイク雑誌ですでにつかんでいたので、驚くには値しやせんでやんしたが、浅瀬の川とはいえ、川の中は大きな石がゴロゴロと重なり合っていやすんで、うまく運転しないと、川の真ん中で横転する恐れは十分にごぜぇますだ。
一瞬、転倒のシーンが脳裏をかすめやしたが、この「初川渡り」は予定の中に入っていたので、思い切って、川の流れの中へ。一心に、転倒だけは避けなければの内心必死の心境であったアッシでごぜぇやした(笑)。

バイクの左右に、川の水しぶきが跳ね上がり、爽快な気分、この気分も向こう岸にようやく辿り着いたときに初めて味わった気分ではごぜぇましたがね(笑)。そこから、目的地の「岩間温泉」はすぐでごぜぇましただ。

先着していた東京から来たというライダーと話を交わしていると、そのライダーは、さっきの川でなんとバイクが転倒したとのこと、服、ブーツが水浸しになっておりやした。温泉前に流れる川にかかっている丸木橋を渡り、「岩間温泉(露天風呂)」へ入ろうとしたら、なんと熱過ぎて入れないでねぇですか(笑)。

ちょうど先に来ていたライダー二人にアッシも含めて、三人でそばに流れている川の水を何度もすくっては湯船にいれ、ようやく露天風呂の中へ。自己満足ではありやしたが、初めての川渡りを無事成功してでの露天風呂の湯は、最高の気分でごぜぇました。このツーリングが、まさか最後のツーリングになるとは夢にも想わず・・・・。 

つづく

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