8月15日、今年もまたザビエル教会で“平和の鐘”が5、6人ほどの人の手によって鳴らされた。
日本、世界、未来の平和と幸せを願っての鐘の音だ。
ところが昨日、この鐘の音に対し、「ウルサイ!」といった苦情が、
近隣の住人などから一部出ているという話を聞き驚いた。
いや、驚きを超えて怒りさえ。
鐘の音といっても、それほどけたたましいものでは無く、
むしろ、「もっと大きな鐘の音に!」といった意見も主催側の中には有るほどのものだ。
僕は僕で、選ばれた信徒5、6人だけで鐘を鳴らし「ハイ、終了!」では無く、
たとえばそれを、平和を願う“聖母マリアの鐘”とでも名付け、
私も鳴らしてみたいという人がいるならば、往来を通る誰もが“除夜の鐘”ごとく自由に後に続き列となり、
1時間でも2時間でも、その鐘の音が続いたらな、などと思っていた・・。
けれどもまあ、ザビエル教会の周囲には、確かに大きなマンション・病院が取り巻くように隣接している。
そのために、そんな苦情が出てくるのも、よくよく考えてみたら当然のことで、
なんのことは無い、遠く大きく、日本・世界・未来、時空を超えた平和を祈るには、
まずは足下の近隣の人たちとの平和こそを築かなくちゃいけないのかも・・。
平和の鐘が、争い事の鐘になっちゃ為らない。
みんなが愛し合い、許し合うことが出来なくて、
この世に平和が来るはずも無し・・。
「汝の隣人を愛せよ」(マタイ 22章39節)
簡単なことのようで難しく・・
けれども一番大切なこと。