和子の記録 フォト&俳句

長い間ネイチャーフォトを楽しんで来ましたが最近これに俳句の趣味が加わりました。まだ不慣れですがブログに載せていきます。

遠野めぐり Ⅱ  語り部タクシーに乗って 

2024-07-16 08:19:49 | 日記

伝承園の中で









常堅寺山門

かっぱ淵 土淵町の小川の淵にはカッパが多く住んでいて、人々を驚かしいたずらをしたといわれています 

河童の置物

初代河童おじさんはいつもここで河童のいた話をしてくれました

山口の水車は2代目 私が以前見ていたものはもう少し風情があり写真になりましたが



佐々木喜全の生家 今でも子孫がすんでいます。

福泉寺 本堂には、巨大な観音像があり、1200年の樹齢のアカマツの巨木から住職が手彫りしたという伝説の観音様。
17mの身長は日本最大だとか。道内が撮影禁止でしたが..そのご苦労いかにと感謝合掌 見事でした









五重塔は平成2年6月完成


昼食後は語り部タクシーを頼んでざっと2時間廻ってもらいました。
伝承園,常堅寺、かっぱ淵、山口の水車、デンデラ野、山口水車(以前の水車は朽ちたので2代目)、佐々木喜全の生家、最後に福泉寺を
案内してもらい短い時間ながら遠野のことを同行の友人たちもちょっぴり堪能できたかと思いました。
目的地に着くまで車内は説明がたっぷり続き少しの時間の無駄もなかったと一同大喜びでお話に引き込まれましたから。
佐々木喜善は日本の民俗学者、作家、文学者、文学研究者、民話・伝説・習俗・口承文学の収集家、研究家で柳田国男に遠野の民話を紹介
した人です。

オシラサマ『遠野物語69話」」
昔あるところに貧しい百姓がいた `妻はなくて美しい娘がいた `また、一頭の馬を飼っていた `娘がこの馬を愛して、夜になると厩に行って寝、
ついに馬と夫婦になった `ある夜、父はこのことを知って、その次の日に、娘には知らせず、馬を連れ出して、桑の木に吊り下げて殺した
`その夜、娘は馬がいないのを父に尋ねてこのことを知り、驚き悲しんで、桑の木の下に行き、死んだ馬の首にすがって泣いていたが、
父はこれを憎み、斧でもって後ろから馬の首を切り落すと、たちまち娘はその首に乗ったまま天に昇り去った `オシラサマというのはこのとき
から成った神である


カッパ『遠野物語57話」
川の岸の砂の上には河童の足跡と云ふものを見ること決して珍らしからず。雨の日の翌日などは殊に此事あり。猿の足と同じく親指は離れて
人間の手の跡に似たり。長さは三寸に足らず。指先のあとは人のゝやうに明かには見えずと云ふ。


ざしきわらし「遠野物語17話」
旧家にはザシキワラシ一という神の住み給う家が少なくない `この神は、多くは十二・三歳くらいの童子である `ときどき人に姿を見せることがある
`土淵村大字飯豊の今淵勘十郎という人の家では、近頃、高等女学校にいる娘が休暇で帰っていたが、ある日廊下でばったりザシキワラシに遇って
たいへん驚いたことがあった `これはまさしく男の子であった
`同じ村・山口の佐々木氏では、母親がひとり縫物をしていたところ、隣の間で、紙のがさがさという音がした `この室は家の主人の部屋で、そのときは
東京へ行って不在の折だったので、怪しいと思って板戸を開いて見たが、何の影もない `しばらくの間座っていると、やがてまたしきりに鼻を鳴らす音が
した `さては座敷ワラシだな `と思った `この家にも座敷ワラシが住んでいるというのは、ずいぶん以前からのことである
`この神の宿り給う家は富貴自在ということである  

デンデラ野
遠野物語』の話し手・佐々木喜善の生家裏手の丘陵にあり。ここは60歳になった村人が捨てられたという伝説が残っています。非生産者とみなされた
老人たちは、ここで自給自足の生活を送ったといわれ、また死者の霊が通る場所ともいわれているそうです。。

デンデラ  という映画 もありました。 2011年に上映され私も見てきました
あらすじ・ストーリー 食い扶持を減らすために老婆は山に捨てられる、古代から続く風習の残る村。先祖代々受け継がれてきたこの慣習に従い、老齢を迎えた
カユも山に捨てられてしまう。運命を受け入れた彼女だが、自分と同じように捨てられた老女たちが人知れず築いた集落を見つける。

解説・カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた今村昌平監督の『楢山節考』。それから28年、今村監督の息子である天願大介監督が、佐藤友哉の同名小説を基に、
姥捨て山伝説に挑みました・。さまざまなバックボーンを背負った老婆たちに扮するのは浅丘ルリ子、倍賞美津子、山本陽子、草笛光子というベテラン女優。
日本映画界を代表する豪華女優の迫力ある競演には目を見張るものがありました。ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。



カッパ淵竿のキュウリも瑞々し