先日、上野の森にある黒田清輝記念館で絵を見た後、正岡子規の旧居を訪ねました。子規は松山から母と妹を呼び寄せて明治27年に根岸にあるこの家に移り住みました。ここは俳人高浜虚子、河東碧梧桐をはじめ友人門人が多数集まり句会や歌会、文学美術談義をしたところです。子規は六畳間に病臥しながら8年後の明治35年に34才と11ヶ月の生涯を終えました。昭和20年の空襲で焼けた後ほぼ当時のままの姿に復元されましたが、子規庵の部屋の畳に座って庭を眺めていると子規の俳句そのままの情景がよみがえります。
蕪村忌の古き写真で偲ぶ日よ
蕪村忌の古き写真で偲ぶ日よ