日本は津波による大きな被害を受けるだろう UFOアガルタのシャンバラ

エーテル界の人類の源郷か?神の国か?天上のエルサレムか?
チャネラーとコンタクティの情報を集めています。森羅万象も!

スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(10)

2020-01-12 17:01:52 | 森羅万象

・ 「日本神代文字」 吾郷清彦)(大陸書房)における日本神代文字は、異星文明の文字ではないのでしょうか。異星文明の文字、例えば、グレイの文字は、どのようなものでしょうか。アメリカ空軍は133種類の宇宙人を確認しているそうです。つまり、133種の異星人の「文字」情報も知っているのでしょう。超太古には「共通語は太陽系共通の太陽語使用」という話もあったようです。

・メン・イン・ブラックは、異星人だったといわれていますが、1947年のロズウェル事件の「グレイのUFOの墜落」を「気球の墜落事故」と事件を隠蔽した米軍は、情報を公開していません。いくらかのリーク情報があるのみといわれます。その後の情報によれば、「米軍関係者を異星に派遣していた」とか「人間タイプの異星人が来ていた」とかにマスコミ情報は変わってきています。「異星人の安全確保、保護」という大義名分で、70年後の現在でも、情報は厳重に「封印」されているようです。

・死後の世界では、食料は必要ではなく、思念エネルギーで大抵のことができるといわれているようです。 精霊界では、思念エネルギーで、エーテル質量から建造物を造れるといわれているようです。エーテル界やアストラル界の不思議は、並みの人間では想像できません死後の世界と言われている精霊界は、神智学でいう高次元の異星人の存在するエーテル界に似ているといわれます。死後の世界の描写は、当然ながら、世界的に内容は一致してくるそうです。死後に出会う天使が、高次元の異星人であると言えるようです。レプタリアン(爬虫類人)の伝説は多く、米国の連続テレビ映画にもなったり、デーヴィッド・アイクという英国人が大部の著作に書いています。

・映画「Xファイル」では、顔かたちを自由に変形できる異人が出てきたことが思い出させます。顔形ばかりでなく、姿形を自由に変えることができる異星人もいるといわれます。神々が動物などに変身できるという概念は、人間にとり想像を絶する話です。だが、シリウス星人は、「人間を遺伝子操作か思念(?)で創った」と言われるほど、念力が強いようで、宇宙人の中では、最強の種族の一つなのかもしれません。どれだけ進化しているのか分かりません。例えば数十億年以上一方、リラ星人は、「実験室で人間を造った」といわれており、人類に3万年程度進化しているといわれます。宇宙人には動物タイプは3割ほど存在するともいわれます。モンスター・タイプの異星人も多いのかもしれません。神々が動物の姿をしているSF映画もありましたが、種々の情報から、モンスター(怪物)・タイプの異星人・天使・神々も多いといわれています。神々が動物に化けたりすることは世界中の神話にあるようです。

・「シリウス星人は、モンスタータイプの生物を作り、神話などに登場する。が、これが神に嫌われる原因になった」といわれます。そこで神は地軸を動かして、地球に大異変を起こし、それらを壊滅させたといわれます。しかし、今なお、底層4次元にモンスター・タイプが生存しているともいわれます。われわれ人類がイメージする人間タイプの神様に会う前に動物に変身したといわれている神々や天使に遭遇するのでしょうか。「ナチスの中枢部はレプティリアンの関与する真の歴史を知っていたのだ」という説もあります。「レプティリアン自身もコード化された コンピュータープログラムで、決められたことを実行しているに過ぎないのです」といわれます。「オリオン星雲で60万年続くオリオン戦争で、これは何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだった」といわれます。スター・ウォーズが今でも大宇宙のどこかで起きているのかもしれません。

・映画「未知との遭遇」では、米軍関係者がグレイの大型母船に乗り込み宇宙の彼方へ飛び去っていく場面がありましたが、実際に米軍はグレイの星に留学生を送った話もあったようです。大きな話題を呼んだ「Xファイル」では、米軍関係者の師弟が、グレイの星に行ったような場面が出てきました。「大衆をスポーツとセックスとスクリーン(映画)・・・・・で、真理の追究を忘れさせろ」というユダヤ・シオンの議定書のような世の中の動きで、時々、「宇宙人もの」のハリウッド映画も放映されますが、20年前に比べると、情報管理がうまくいっているようですね。確かに米軍関係者が異星に行っているのでしょうか。 

・ 「外宇宙からの訪問者」 (レイモンド・E・ファウラー) (集英社)(1979年)において、1967年のベティ・アンドレアソンの誘拐事件では、「グレイたちは、鍵で閉じられたドアを開けることなく「浸透するように」、現れたといわれている」。これは、グレイが異次元を自由に行き来でき、人間の「肉体」というよりも「霊体」とか「幽体」を自由に操作できるのではなかろうかという疑問が生じるそうです? 著者のレイモンド・E・ファウラーは、「UFO・惑星間の訪問者たち」「UFO調査官の手引き」などのベストセラーがあり、J・アレン・ハイネック博士と並んでUFO科学研究の権威者であるといわれます。
1967年グレイに誘拐されたベティ・アンドレアソンが、見たという大きな怪鳥は、幻覚だったのでしょうか?

・アストラル・トリップ(幽体離脱)で目に見えない異次元の世界を体験することもあるそうです。小柄な宇宙人グレイの世界は、公開されていません。現代人にとっては、理解不能な世界で、グレイ自身が異次元を自由に移動できることも驚きではないでしょうか。グレイが「人間化」しているという話もあるようです。西洋では、死後の天国のことを「サマーランド」と呼んでいるようです。内容が荒唐無稽だそうです。「飛行島の全部が人間の工作物に違いない」とあるが、「人間」とは、「超人」か「神人」「人間タイプの異星人」の部類に属するということでしょう。エイリアン・エンジニアリングは想像を絶します。米国ではフットボール球場3個分の巨大な宇宙母船が報告されており、その他の形の超大型宇宙母船も目撃されており、直径100キロの宇宙母船もあるといわれます。「地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である」と言う話には驚くばかりです。

・「家畜人ヤプー」(沼正三) (幻冬舎アウトロー文庫)(1999/7/1)は、フィクションですが、興味深い内容です。
「異世界」や「異星文明」「異星文化」「異星文字」などの実際の情報は、ほとんど皆無といえましょう。現代では、「グレイ」という宇宙人のイメージが一般化しているといえましょう。SFの世界ですが、飛行島の世界のSF小説なので面白いようです。異世界は、SF小説などやSF映画で、表現されますが、異星人の異世界は、なぜか正確・詳細には伝わってはこないようです。日本神話の原郷「高天原(たかまがはら)」は、日本民族の原点なのですが、巨大な宇宙船だったのかもしれません?
1956年に出版された「家畜人ヤプー」という戦後最大の奇書を上回る「奇書」が出版されることを期待したいものです。本書を上回る奇書は、70年たった現在でも出ていないそうです。あなたは戦後最大の「奇書」を読んだことがありますか?日本神話の原郷の「高天原」は、都市型の超巨大な宇宙船だった可能性もあるといわれます。

・異次元にも多くの異星人が存在するということは、米国の大著「ウランティア」という本に詳しいといわれているようです。戦後最大の奇書といわれている「家畜人ヤプー」(沼正三)(幻冬舎)が語る想像の世界も異次元ものなのかもしれません?
「天津神々が住む天上界」“高天原(たかまがはら)”がアガルタのシャンバラのような都市型の超大型宇宙船であったというSF小説(当時はSM小説といわれた)については、HPの中でも触れたことがありますが、著者の空想にしては、なかなかリアルな点があるようです。1956年から発表されたこの小説は、「あの世」「シリウス圏」を描いたともいわれ、当時、「気色悪い本」として、評判を読んだものだったそうです。

・70年前の作品とは、思えない内容で、シリウス星人を描いたSF小説では、嚆矢といえるものでしょう。“高天原(たかまがはら)”に住む天津神々は、シリウス異星人ということになるのでしょうか?「事実は小説より奇なり」ですから。アガルタのシャンバラが「高天原(たかまがはら)」だという説もありますよ。やはり、70年たっても「家畜人ヤプー」を超える奇書は現れないようですね。

・神話「高天の原」は、シャンバラのように都市型の超巨大宇宙船であったという説もあるようです。ネガティブな面を持つスサノヲは、ネガティブなシリウス星人に措定されるのでしょうか。ニライ・カナイは稲をはじめとする五穀の原郷の地といわれます。海の彼方の「ニライ・カナイ」と「龍宮」とは、関係があるのでしょうか。スサノヲの正体もよく分かりません。「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。「多次元同時存在の法則によればスサノオ命はギリシア神話のポセイドンである」という怪説もあるといわれます。太古、琉球に「火」をもたらしたのは、異星人だったのでしょうか? ニライ・カナイは稲をはじめとする五穀の原郷の地は、海の彼方というよりも異星だったようです。ニライ・カナイは、プレアデス星座かオリオン星座にあったのでしょうか。ルシファー(魔王)についても多くの見解があり、謎だらけのようです。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。このルシファーの反乱も、超科学兵器や宇宙船で戦う「スター・ウォーズ」であったという説もあるようです。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。

・天使的な宇宙人は天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人のようです。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう(頻繁に)戦争が起こるともいわれます。

・このような悪魔の理解は、さまざまな説があるようです。悪魔を悪者にしない説は、全く少ない見解だと思われます。正神と邪神の真実と導きの違いも難しい概念のようです。「 邪神というと悪いイメージで、正神といいますと人類を守護してくださるものだと思いがちであります。しかし、真実は全く違います」という説も難しいもののようです。邪神といってもどんな恐ろしいことをしているのか不明です。よく「シリウスの邪体霊」「オリオンの邪体霊」といわれますが、色々な解釈があるようです。シリウスの心霊攻撃によって太陽神や天使たちは、地下にもぐったともいわれ、宇宙全体の神々の有様にも諸説あるようです。4次元の異星人は5次元の異星人に敵対できないといわれます。

・クロード・ボリオン・ラエルというフランス人がリラ星でキリストに会ったとか、キリストが登場する宇宙人ものの書籍は多いようです。世界中に「自称イエス・キリスト」が数百人いるといわれます。キリストは、欧米人の最大の関心事の一つのようです。「オシリスは、エジプトの死者の国の主宰者であるが、その本体は太陽神である。太陽神といえば、アポロがそうであり、アマテラスも太陽神といわれている。世界の神々は共通性がある」といわれます。

・多くの神話や伝説に出てくる地下王国とは、異次元世界を指しているようです。「金星蛇人 対 火星霊人」の争いと昔は言われていましたが、現在ではオリオン星人とか、シリウス人、プレアデス人とかの具体的な宇宙人の名前がでてきています。巨人族の神話、伝承も多いが、彼らは現在どこにいるのでしょうか。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府とは繋がりがあるといわれます。それ以上の背丈の巨人族もいるらしいのです。
地下王国アガルタは、異星や異次元世界の伝承なのでしょうか。インドには、多くの謎を解く鍵があるといわれます。

・多くの宗教の教祖には、天使や神との神秘体験があるといわれます。 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会の正式名称)は、日本でも米国の青年たちが熱心に布教活動をしており、街中で見かけた人も多いでしょう。日本においても米国人のテレビタレントなども輩出しているようです。

・ 日本に“魔王”が出てきたり、“産土神”が描かれるなど、まさしく稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「世にも不思議な物語」で、驚きです。この神変変異もどこまで事実を正確に伝えているか分からないけれども、ある事実なら、大変貴重な記録といえましょう。どこまでがフィクションで、どこまでがナンフィクションなのか不明の伝承のようです。

・ヒトラーは、高次元の異星人に人格転換、憑依を受けた悪魔もどきなのでしょうか?「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。ヒトラーは、異次元の異星人とチャネリング(交信)ができたのでしょうか?ヒトラーという現象は、新興宗教の教主などに見られる憑依現象だったのでしょうか?ヒトラーとホワイトブラザーフッド(白色同胞団)の繋がりを指摘する者もいるといわれます。現代でも白色同胞団のコンタクティがいるそうです。

・シャンバラは、ピラミッドを造ったともいわれるオリオン系のシリウス星人と関係しているのかもしれません。シャンバラはエーテル界に突入した都市型の超巨大宇宙船だともいわれます。横尾忠則氏の著書には「私の直感と宇宙人」「導かれて、旅」「見えるもの、観えないもの」「芸術は恋愛だ」等多数があります。かって新聞社やメディアが空飛ぶ円盤に熱中した時もあったそうです。

・イルミナティなどのフリーメーソンにはいると神に会えるという与太話もあるそうですが。もし人がフリーメーソンなら、彼自身、自分の利益のためにフリーメーソンを語らないという事実があるといわれます。リラ星は、“不死の惑星”だそうです。するとサン・ジェルマンは、リラ星から来たのでしょうか?それともシリウス人なのでしょうか? 

・"不死の人"とは、リラ星(琴座)の"不死の惑星から"というフランス人のクロード・ボリオン・ラエルの「リラ星訪問記」を思い出させます。日本にも昔から異星人、異人の伝承は多くあり、赤顔の高い鼻のイメージの天狗ばかりではなく普通の「人間化」した天狗や「人間化」した鬼もいたといわれます。「異人」はオリオン星人だったようです。

・異次元の概念は私たち一般人には理解不能のようです。浦島太郎の民話も異星に行って帰ってきた話のようです。遠い星ほど短時間でいけるというパラドクスがあるようです。米軍はエリア51でエイリアンの超テクノロジーを入手しているといわれます。

・ミステリー・サークルとUFOの関係はよく報告されているそうです。
アンドロメダ星人の情報は、非常に少ないようです。「地球はレベルが低すぎて宇宙連合に入れない」という説もあるといわれます。しかしながら、宇宙連合の動きを伝えるチャネラーもいるようです。異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視・調査し社会生活をしているといわれます。


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 ・ブログ名称:UFOアガルタのシャンバラ
・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

 「神の国か?」「人類の原郷か?」「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・
「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」
「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
 「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」
「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」
「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」
「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」
「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」
「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」
「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」
「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

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スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(9)

2020-01-12 17:00:52 | 森羅万象

・日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広まっていったといわれます。ですから、木村秋則さんがリンゴ畑で遭遇した「グレイ」は「ビーガン」の種族系統なのかもしれません。とてつもなく進化している種族のシリウス星人のバイオロボットと遭遇したのかもしれません。青森など東北地方には、宇宙人との繋がりのある現象が何か残っているのかもしれません。イタコなどは、ある意味では宇宙人現象(霊現象)なのかもしれません。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」といわれます。青森県新郷村(しんごうむら)戸来(へらい)という村にキリストの墓があるというオカルト説が昔から言われております。どうやら青森県は、シリウス星人との繋がりが太古からあったようなのです。「源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウスと北極星、北斗七星の戦いということになってくる」と述べられています。

・シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。イスラエル政府と契約の「宇宙の商人」がシリウス星人だそうです。平氏の“平”がヘライ(ヘブライ)に由来すると考えると平氏はセム系、ユダヤ系ということになってくる。源平合戦はハム系とセム族の争いともいわれます。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔だそうです。そういえば源義経と鞍馬の天狗や陰陽師の鬼一法眼の不思議な伝承があります。

・「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」と述べられています。「エイリアン・エンジニアリング」は米国の一人勝ちでしょうか。

・「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人が想像を絶する進化をしているようです。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を管理している」ともいわれます。イルミナティの空飛ぶ円盤はタイム・トラベルができ、「米軍の将軍が同乗していた」ともいわれます。また牛神がテクノロジーで龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれています。太古、地球には「龍神」と「牛神」の2種類の神が来て、人間を創ったそうです。旧約聖書の神が「龍神」で、新約聖書の神が「牛神」といわれます。

・木村秋則さんの「幻想」の中で会った「ソクラテスのような人」は「神人」なのでしょうか。また、山川紘矢さんのイルージョンである「威厳に満ちたレオナルド・ダ・ヴィンチのような素晴らしい風貌の男性」とは「神人」だったのでしょうか。「神人」の世界からは「この世」は、すべて分かるようです。「あの世」の動きが時間を経て「この世」に起こってくるともいわれます。「あの世」も私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。あの世とこの世が交錯する体験は誰でもが、無意識的にかまたは意識的にも、経験しているのかもしれません。

・「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」そうです。従って、「神人」の世界はパラレル・ユニバース(並行宇宙)で、目に見えないが、すぐ隣にあるといわれます。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だそうです。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は「幽界」のように「この世」に似ている世界ですが実際は非常に大きく違うアストラル界のような世界のようです。

・「引き寄せの法則」は、自己啓発書では大変人気のある「宇宙の法則」のようです。つまり、「感謝するだけで、あなたの人生は変わる」そうです。「アファメーション」という手法は米国では、人気のあるビジネスマンの瞑想法のようです。そして「引き寄せの法則の書籍」も大変多いようです。「夢の中でアストラル・トリップ(幽体離脱)をして、クリスタル・シティでキリストに会った」という欧米のチャネラーが多いそうです。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。「キリスト(アプ星人)の一族が地球を管理している」という奇説もあるそうです。夢の中で神のような人物に会っても、必ずしも運命が劇的に好転しないのは皮肉な話かもしれません。

・『山怪』シリーズの3冊は、山での不思議な話を集めてあります。様々な怪異の現象は、オリオンETグループのイルージョンや異次元操作の現象なのかもしれません。ウォークイン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の現象も自由自在に操作できるようです。ゲイ(LGBT等)の現象も、高次元の宇宙人の、「人格転換」だといわれます。
集団幻覚、集団幻視、集団幻聴、集団ヒステリーで処理される「奇妙な現象」、「山の神」の伝承も多いようです。現代でも話題となる「座敷童子」現象も異次元の宇宙人現象の一種でしょうか。座敷童子には、アストラル界(異空間)の「山の神(宇宙人=幽霊)」がついているようです。

・山でも、昔からUFOのような未確認飛行物体の目撃事例も多いようです。
「不規則な動きは典型的なUFOの特長である。実は私も20年ほど前に西オーストラリアで見たことがあった。その時は真っ昼間だったが、動き方は兼博さんが見た物体とまったく同じである」とのこと。
大昔からオリオンETグループの「異人」が、「河童」や「天狗」、「鬼」、「獣人」、「モンスター・タイプの生物」を、山間部に降ろしていたのかもしれません。山には「異次元空間」もできていたようです。農民たちには恐怖の対象だったようです。「神人」「仙人」の伝承もあります。広大な米国では現代でも「獣人」のビッグフットやサスカッチを「空飛ぶ円盤」から降ろしているという報告もあるといわれます。カナダのコンタクティによると、現代でも少数の地球人が宇宙旅行をしているそうです。

・「幽霊話」も宇宙人がいるという「アストラル界(異世界)」と「この世」が交錯しているのでしょうか?「狐、狸が、悪質ないたずら(イルージョン)をする」という伝承や迷信は多いのですが、「お稲荷様は狐の神様ではありません。 お稲荷様は五穀豊穣を司る収穫の神様であり、 狐は「眷属」と呼ばれるお稲荷様の使いです」とのこと。「天狗」や「お稲荷様(神人)」、「オリオンETグループ(異人)」が「神隠し」でもするのでしょうか?神々が自由に動物に変身するという神話・イメージもよく分かりません。

 ・オリオン人は、地球と直接的なつながりを持つ宇宙人種族といわれます。太古から、異次元のアストラル界の目に見えない世界から「人間にイタズラやアブダクション(誘拐)」を繰り返してきたようです。狐や狸やムジナに騙されたという話は、非常に多いようですが、グレイタイプのイルージョンなのかもしれません。オリオン星人は、エジプト文明など地球に文明をもたらした異星人だとしても知られているそうです。「ネガティブなオリオン 人が『過去』からあなた方に交信している一方、ポジティブなオリオン人は、オリオン座の『現在』からあなたに交信している」そうです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズ・グレイというオリオン星人といわれています。古代の伝説に登場する『蛇人』というのは、オリオン人の霊魂が地球に投影されたものと思われるといわれます。目に見えない宇宙人種族は、想像を絶する程度に進化しているようです。幽霊現象や心霊現象・憑依現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。
「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という謎の話もあるようです。
太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきたと指摘されています。牛若丸と鞍馬山の天狗の伝承のように、源氏はオリオン 星人との繋がりがあったようです。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。「平氏の“平”がヘライ(ヘブライ)に由来すると考えると平氏はセム系、ユダヤ系ということになってくる。源平合戦はハム系とセム系の争いだった」といわれます。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したともいわれます。藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となるといわれます。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです。「オリオン人は宇宙連合に属していない。彼らは、彼らだけの連合を作っている」そうです。「大本教の出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。オリオン星人は、地球人と非常に密接な関係がありますが、生体実験や異類混血実験をしているグループもおり、自らの存在を「アバブ・トップシークレット」にしているようです。私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。

・天国は、月と地球の間の異次元にあるとか、遥か彼方の高次元の世界だともいわれます。イメージとしては、好ましい神様がいるパラレル・ユニバース(並行宇宙)なのかもしれません。「すぐそこ、あなた方の真下には、まるまるひとつの世界“パラレル・ワールド”が存在しています」と指摘されています。高次元の「天国」は、イメージ通りではなく、よく移動しているという説もあります。「イエスが3日3晩とどまった場所はやはり地下世界の“よみのパラダイス”。預言どおりイエス様は大魚の腹の胃袋の中のような、閉じ込められた暗い空間、よみに3日3晩とどまられたのです。天国本体の所在地は、「第三の天」!そして、注目はイエス様のこのような栄光輝く昇天のとき、実にパラダイス内に住んでいた義人の群れだけでなく、よみ上層部のパラダイス自体も天国本体へと大移動されていたことがわかります」という話もあるようです。「イザヤ書40:22では、「主は地をおおう天蓋の上に住まわれる」とあり、箴言8:26には、「神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれた」ともあり、主は円形で丸い地球のはるか上、「第三の天」に住まわれるお方です」といわれます。

・“甲賀三郎”の物語は、異次元の地下世界を巡り、神の国、維縵国の主、好美翁に会って、そこで10年間生活して、日本に帰り、甲賀三郎が大明神になった話です。「神の国、維縵国=天国」という説もあるようです。地下世界の最下層の地獄の隣に「天国」があるという奇説のようです。「天国」は高次元なので移動しているというか、人間の常識・非常識を超えている世界のようです。
甲賀三郎伝説は、当時の地底王国のアガルタ・ネットワーク(地下にある120の光の都市で構成されていて、そのほとんどをハイパーボーリア人が占めている)を異次元移動(旅行)して、「天国(神の国)」に行って、帰ってきた数少ない者の伝承なのかもしれません。

現代でもクラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロのように、異星人とコンタクトして、宇宙旅行をして「神の国」に行った話を日本でも数冊翻訳出版しています。
 アガルタ・ネットワークは地下にある120の光の都市で構成されていて、そのほとんどをハイパーボーリア人が占めています。ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということであるといわれます。アガルタでは霊的な存在と化した“梵天王(ぼんてんおう)”が最高の指導者として君臨し、シナーキーという理想的な体制を敷いているそうです。イザナミのいた黄泉の国は地底世界でアガルタ(シャンバラ)であるといいます。ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということであると語られています。日本にもアガルタ・ネットワークにつながるルートがあるといわれます。神の国や、天国、天界も現実的な高次元の、異星人の世界のようですが、「知る人ぞ知る」話なので、私たち一般人は、理解できません。

・「伝説」や「民話」にのこる不思議な話は、オリオンETグループの宇宙人の「地球人との関わり合い」を示しているようです。オリオンETグループは、おそらく人類に5万年以上も進化しており、異次元に関する、その超科学技術は、現代の科学者には理解不能のようです。地球の現代の科学技術でも50年前と今とを比較しても、50年前の科学技術者からは想像を絶しました。プレアデス人は、人類に6千年ほど進化していますが、オリオン星人ほど、「伝説」の宇宙人とはならなかったようです。「プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人ではない」といわれます。プレアデス星座には6時間で行けるといわれます。現代では、より短時間に行けるようです。米国のコンタクティの情報によると「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」という話もあり、米国政府を騙すくらい恐ろしい宇宙人種族のようです。

・イノシシやシカの「食害」がメディアでよく問題にされています。一部の農民にとっては「食害」は死活問題だと指摘されています。電気柵など農家は対応に迫られているそうです。電気柵ではコストがかかりますし、十分ではないといわれます。時折、イノシシが街中に飛び出してきて、人にケガをさせたりしています。やはり有害駆除体制が必要のようです。しかし、ハンターも高齢化で減っているそうです。「昔から大変だった獣害」といわれますが、明治時代以降は、近代政府の対応も熱心になったようです。江戸時代には、どのように農民たちは、生活を維持していたのでしょうか。「時代劇」の映画やドラマでは、時代考証がありますが、私たち一般人は、実際には全く違うイメージが与えられているようです。昔の人々の生活は、ひどいものだったと指摘されています。リアルに理解することは現代人にとって、無理な話のようです。

・「武井弘一琉球大学准教授の『鉄砲を手放さなかった百姓たち』(刀狩りから幕末まで)(朝日選書)によると、江戸時代は武士より農民のほうが多くの鉄砲を持っていたそうだが、その理由は獣害対策であった」といわれます。「泰平の世に死活に関わる鉄砲を、守って奮闘する百姓」がいたそうなのです。意外な話なので驚きます。昔は「獣害対策」が一般の農民までも浸透していたのでしょうか?獣害対策も時代の変遷が影響しているようです。現代の日本では、猟銃の保持者も減っているようです。江戸時代の農民たちは、家族を守るために鉄砲を持っていたのでしょうか?初めて聞く話のようですが興味深いものです。全国的にそうだったのでしょうか?
ついでながら、現代においてブームとなりつつあるジビエ(野生鳥獣肉)が獣害対策にならないともいわれます。

・「刀狩」をウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)でみると
「しかし、百姓に日常帯刀は認めないという秀吉の刀狩りの原則は貫徹していたが、やがて豊かになった百姓により金で帯刀権は買えるようになり帯刀者は増えていき原則は一部崩れていく。だが、二本差し帯刀が身分表象であることは残る。そして、農村と町民には蓄えられた膨大な武器があった。
徳川綱吉の治世で行われた諸国鉄砲改めでは、村によってかなりのばらつきがあるものの、領内の百姓所持の鉄砲数が武士の鉄砲数をはるかに上回るような藩が多くあった。 

ただし内戦状態が解消して安定状態がもたらされた江戸時代には、一揆が起きても鉄砲や弓矢といった飛び道具の持ち出しは19世紀前半の幕末になるまでは自粛されており、統治者と民衆の間で一定の妥協が成立していた」とのこと。やはり江戸時代には「鉄砲」が農民の間に普及していたようです。歴史的に見ると農具として「鉄器」が革命的に大きな役割を果たしたようですが、当時のほうが鉄砲の実用性がはるかに高かったのでしょう。

・毎年、夏になると痛ましい「水難事故」が必ず起こります。海や川の恐ろしさを知らない都会の人々が、水の犠牲になるようです。毎年のことですから、本人たちは、ある意味で運が悪かったのでしょう。また年中起っている事故に、交通事故があります。平成27年度の交通事故死者数は4117人、平成26年度中は4113人と、1日平均の死者数は11.3人で、2時間8分に1人が交通事故で死亡しています。交通事故も、自動車文明の必然の結果です。毎年必ず起こる事故ですが、犠牲者は運が悪いのでしょうか?対策は、毎年通りのようです。機械文明の現代は便利なことばかりで「生きることの難しさが無意識のうちに忘れられている時代だ」といわれます。
「山口県周防(すおう)大島町で3日間行方不明だった藤本理稀(よしき)ちゃん(2)」の発見も良いボランティアが探して、運が良かったのでしょう。

・山菜採りがクマに襲われ、亡くなるという事件が毎年数件起こっています。関係する市町村では、さまざまな手を打っていると言われますが、現状のままだと、毎年数名の山菜採りの犠牲者が、残念ながらでるようです。事件の報を聞くたびに、毎年数件の事件ですが何とかならないものだろうかと思います。「熊鈴」も効果がない場合もあるそうです。運が悪かったのでしょうか。熊撃退スプレーも一般的でないようです。山菜取りに猟銃を持たせて、グループで行動するようになるには、銃規制等で実際は無理のようです。護身用の銃と言う概念はありません。またイノシシやシカの獣害で、毎年170億円の被害が出ていますが、対策としてイヌのロボットや電気柵等、役所や企業も知恵をしぼっていますが、被害は拡大するようです。

・狩猟や罠猟でジビエ(野生鳥獣肉)料理とか、イノシシやシカを食べるようにする動き、ブームも起こっているようです。しかしながら、「人食い熊」の恐怖は、昔話ではないといわれます。熊に襲われて、山菜採りの人が外傷性ショック死する場合もあるそうです。関連する市町村は、さまざまな熊対策を練っているようですが、猟銃を農機具のように普及させるしか、方法がないのではないかともいわれます。ハンター文化は日米では100倍以上の格差があると述べられます。狩猟民族と農耕民族の差なのかもしれません。広大な山野の米国では、銃は、ハイカーですら必需品であると語られています。日本では、クマが出るリスクのある山は、猟銃を持って登るという風景は見られないようです。銃乱射事件とか、自殺とか事故とか毎日のように銃による殺傷事件や事故のある米国では、「銃はコモディティである」といわれます。
ヨーロッパ諸国は、昔から狩猟が非常に盛んだったようです。そのせいかもしれませんが現代では、クマが激減しているようです。クマやイノシシやシカを、ワナや狩猟などで絶滅すると、自然の生態系が乱れるといわれますが!どのような悪影響がでるのでしょうか。
猟銃を農機具やツールとして見る伝統は、日本にはありません。しかしながら、江戸時代には「鉄砲」が農民に「獣害対策」のために普及していたとは、驚きです。現代の農家にも「鉄砲」が普及するのでしょうか?

・「山には魔物がいる」といわれます。山に異次元の隙間があるのかもしれません。異人やモンスタータイプの生物が、アストラル界等に存在して、夜などに、現れるのかかもしれません。山々には、不思議な伝説が多いと語られています。「魔物がいる」といってもイヌのみが認識できるような、目に見えない存在ですので、奇妙です。日本の山々には、UFOの目撃談もあります。昔は狐や狸に化かされたという怪異の伝承が豊富にありましたが、異次元の宇宙人のイルージョンなのかもしれません。

・農林水産省のウェブサイトには「鳥獣被害対策コーナー」があります。それによりますと「被害状況の概況
1.鳥獣による平成27年度の農作物被害については、被害金額が176億円で前年度に比べ15億円減少(対前年8%減)、被害面積は8万1千haで前年度に比べ若干下回る(0.3千haの減)とともに、被害量が50万tで前年度に比べ4万6千t減少(対前年8%減)しています。

2.主要な獣種別の被害金額については、シカが60億円で前年度に比べ6億円減少(対前年9%減)、イノシシが51億円で前年度に比べ3億円減少(対前年6%減)、サルが11億円で前年度に比べ2億円減少(対前年16%減)しています)とのこと。有効な対策が望まれています。被害金額は実際には、それ以上という話もあるといわれます。

・『山怪  弐』のような「山人が語る不思議な話」は全国に取材すれば豊富にあるといわれます。『山怪』は「現代の『遠野物語』」ともいわれ、現代人の興味をひきベストセラーとなっています。このような幽霊話や異次元現象、狐や狸の化かされた話等、昔から山間地には豊富にあるようです。このような現象は、宇宙人と繋がりのある現象なのかもしれません。狸も狐も「化かされる話」は小柄な宇宙人グレイのような存在が引き起こすイルージョンなのかもしれません。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。異次元に存在して、人間に対してイルージョンを仕掛けるのかもしれません。「グレイは未来の人類の退化した姿だ」という奇説もあったそうです。山では、人を避けているような宇宙人によって、UFO現象や「マヨイガ現象」「隠れ里現象」「憑き物のイルージョン現象」「幽霊現象」が起こるという説もあります。単に人間の幻覚や幻想、幻聴と片づけられないようです。

・蒜山(ひるぜん)高原では近年でもUFO着陸の話もあります。また「スイトン」という異次元のグレイのような妖怪の話もあるようです。それは観光案内では「蒜山地方に伝わる妖怪。どこからともなく「スイー」と飛んできて、一本足で「トン」と立ち、悪いことをする人を食べてしまうそう。スイトンは蒜山のいたるところに立っていて、いろいろな種類のグッズも売られています」といわれます。アブダクション(誘拐)でもあったのでしょうか?現代でも山での不思議で奇妙な話は多いようです。

・昔は農村部や街中でも「拝み屋」さんが多かったようです。さまざまな「憑き物」に民衆は悩まされたようなのです。これらの祈祷師の需要が、当時の迷信と共に大きかったようです。異次元のグレイタイプの宇宙人たちが、昔から「憑き物」のイルージョンで人間を悩ましていたのかもしれません。
「ヒバゴン」のような獣人の話は、UFOから降ろされた異類交配の実験動物、UMA(未確認動物)なのかもしれません。米国では、ビッグフットがUFOから降ろされているのが時々、目撃されているそうです。

・グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」等が存在するといわれます。そのほかにもさまざまなグレイの種族が存在するのかもしれません。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。また「グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります」と指摘されています。グレイ種も人間化しているそうです。グレイはバイオ・ロボットと言われますが、とてつもなく知能が発達しているようなのです。これらのバイオ・ロボットがアブダクション(誘拐)をしたりするといわれます。エイリアンのアブダクション(誘拐)では、人間をベッドから幽体で「空飛ぶ円盤」の中に引き入れて、インプラント等の生体実験をして、またその人間をベッドの中に記憶を消して戻すというのです。時には、空飛ぶ円盤の中にはグレイを部下としている金髪碧眼のノルディックといわれる人間タイプの宇宙人がいるといわれました。異次元操作ができる超高度な技術を持っているようです。昔の人は憑き物を狐や狸、河童やその他の小動物に結びつけましたが、エイリアンにとって「イルージョン」や「憑依」を起こすことは容易なようです。幽霊現象も、ある意味では異次元の異星人の現象として理解できるように思います。「物質地球とともに、肉体の死を迎えた存在のために霊界もつくられた。輪廻転生のシステムも始まった」と語られています。霊界も高度に進化した異星人(神)が創造したといわれます。「見えない霊界は地上1メートルのところにある」といわれます。またパラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だという説もあります。

・産経新聞社のインターネット情報によると、「長年、マタギや狩猟など山に関する取材を続けてきた著者が、山間部に暮らす人、猟師や修験者などのさまざまな体験談を書きとめた。平成27年6月刊行の前作『山怪』は「現代版遠野物語」として話題になり、9万1000部のベストセラーに。続編に当たる『山怪 弐』も、今年1月の発売前に2刷、発売1週間で3刷が決まり、現在3万5000部と好調だ。
 担当編集者の勝峰富雄さんは、「老若男女を問わず売れている。日本は山国。山独特の閉鎖的な怖さや、科学では解明不能なことを経験している人が多いからでは」と読まれる理由を分析する」と報道されています。

・山間部の不思議な話や現象は、『遠野物語』の舞台である遠野地方、東北地方ばかいでなく、全国的なものです。柳田国男も『遠野物語』は農民の作り話ではないと述べています。たとえば、河童の伝説も全国的で、驚くべき程の数字があるようです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」と述べています。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」といわれます。「下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ」という伝承もあり、人間との関わり合いがあり、UMA(未確認動物)とははっきりと違っているようです。河童や天狗や鬼は、異星人の一種だったのかもしれません。鬼の仲間に美女がいたという伝承もあるようです。フィクションかナンフィクションか内容が混とんとしており、容易に後世の人間には伝承の現実性は分かりません。

・「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝説の「異人」は、オリオン星人だったのかもしれません。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。『遠野物語』は農民の「作り話」ではなく「事実」と柳田国男は主張しているようです。当時の警察も「人さらい」や「神隠し」の現象をどの程度つかんでいたのでしょうか。異人が逮捕されたということはないのでしょう。柳田国男も「警察」までには調べに行かなかったようです。源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウスと北極星、北斗七星の戦いということになってくるといわれます。「狐憑き」や「憑き物」の現象も異次元の宇宙人の現象の可能性があるといわれます。幽霊現象も宇宙人現象のようです。山間部でUFO目撃の事例も多いようです。ザシキワラシのような者や、小人のグレイのようなものの目撃例もあるそうです。

・他人の霊魂が人に取り付いて、悪さをしたりすることは、日本や欧米でも観測されており、キリスト教会では、「悪魔祓い」(映画にもなっていますが)も認めているようです。信じられない現象ですが、「多重人格」なども実例が報告されているようです。死後の世界では、信じられないような世界が開けていると言われています。あの世が、現世に影響を与えているという説もあるようです。臨死体験から、神や天使の実在を信じる人々が増えてきているようです。

・死後の世界を知れば、肉親の死に直面しても暗くならないといわれます。「死後の世界」を知れば、自分の死の恐怖がなくなるそうです。現代では、“死後”に高次元の異星人、つまり天使や神々と遭遇すると言う説が多数説となっています。子供たちの臨死体験は、表現に限界があるようです。「前世を語る子供たち」という本もありますが、臨死体験で幽体離脱(体外離脱)体験をする子供たちも多いようです。トーガという服装は、「死後の世界」にも「上位次元の異星人の世界」にもよく出てくる服装の表現のようです。 「(トーガ)。古代ローマ市民が着用した外衣。半円形または楕円形の布をからだに巻くように袈裟(けさ)がけに着る。のち男子の専用となって階級により色・着装法が定められた」。(アウトオブボディ(体外離脱)は、夢の中でもおきるようです。夢自体が対外離脱の一種かもしれません。より高次元の神々の存在は、私たち一般人は、理解できません。

・“精霊界以上のより高次元の光の存在”は、よく指摘されるストーリィのようです。タイム・トラベル的な記述もいろいろなところで見られるのが特徴でしょうか。いわゆる地獄でも高次元の天使は、救いの手を差し伸べているようです。<死後に入る“精霊界”は、人間の社会生活と大体同じと言われていますが、もちろん大きく違うところもあると言われています。異星人ものや「死後の世界」の記述では、タイム・トラベルはあるといわれています。天界の音楽は、想像を絶する程度に華麗なようです。<キリストが案内した都市とは、アストラル界かエーテル界にある都市なのでしょうか。死後に行くエーテル界やアストラル界の都会の状況は、想像に絶するもののようです。そして、あなたもいずれはその世界に向かう運命なのです。死後の世界のサマー・ランド(精霊界)と神智学で言うエーテル界やアストラル界は、同じようであり、死後の人間や高次元の異星人(天使)などがいるといわれます。風景は地上と同じであると言われていますが。

・太古に南北アメリカ「に白い神」つまり異星人が、天空から飛来していたようです。たくさんの伝説が、その事実を物語るといわれます。
  「失われた惑星文明」(ジョン・A・キール) (大陸書房)の本の中のチムニー・ロックの現象は、シリウス星人のワンダラー(転生)やウォーク・イン(憑依)現象に関係しているのかもしれません。RV(リモートビューイング)(遠隔透視能力)「千里眼」「天眼通」のことのような超能力のメカニズムは不思議なものです。
 「コズミック・ヴォエージ」(コトニー・ブラウン)(徳間書店)(1997/3/1)の本におけるSRV 科学的遠隔透視による宇宙をあるようです。「宇宙人もの」の情報は、米国から日本へ流れてくる情報量自体が減少したようです。米国や日本のUFOマニアたちの活動は、どうなっているのでしょうか。出版活動も低調のようです。

・「高天原(たかまがはら)」は、異星にあるか、エーテル界に突入した「都市型の超巨大宇宙船」なのか、定説はないが、異星に存在するとする説は、無理のない推論でしょうか。「光と闇」「善と悪」の二元対立に象徴される壮大な銀河スケールの宇宙戦争のイメージは、スター・ウォーズが大規模にあったという話につながるようです。大天使ルシファーが、天使団の3分の1を率いて、神に反乱を起こした天の争いは、形を変えて地球に波及してきているのでしょうか。「大規模なスター・ウォーズのオリオン大戦は何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだった」といわれます。
昔の「火星人」「金星人」という言葉の代わりに現代では「プレアデス異星人」「リラ星人」「オリオン星人」「シリウス星人」という具体的な星座の言葉が使われだしたようです。

・「金星人」や「火星人」とは、「金星を基地としている宇宙人」「火星を宇宙基地に使っている異星人」という意味であると言う説もあるようです。金星や火星の異次元に存在するという説もあるようです。地球人の眼から、異類タイプの異星人が見えないように隔離されているという説もあるそうです。グレイと人間の混血種が、登場し、覇を争うと予言されているといわれます。セイロン人やチベット人の言う『丘に囲まれた楽園イラ』とは、「シャンバラ」のことを指すのでしょうか。異星のどこかに楽園があるという伝説は、世界中にあるといわれます。

・転生を自由に操作できるのは、天使クラスの異星人であるシリウス星人であるといわれています。進化した異星人が、ウォーク・インやワンダラー現象を起こせるのでしょうか。誰でもアストラル体で、幽体離脱をして、夢の中で異次元に行けるようです。エーテル界やアストラル界の都市とはどんなものでしょうか。そして、そこに住む異星人は、どれだけ進化しているのでしょうか。精霊界では、思念エネルギーで、エーテル質量から建造物を造れるといわれているようです。エーテル界やアストラル界の不思議な現象は想像を絶するようです。「死後の世界の描写は、当然ながら、著者が違っても、内容は一致してくる。死後に出会う天使が、高次元の異星人である」といわれます。通常は人間タイプなんだけれど、一皮向けば爬虫類人だったという米国の連続テレビ映画が昔放映されたようです。

・顔形を自由に変えることができる異星人もいるようなのです。神々が動物などに変身できるという概念は、人間にとり想像を絶するでしょう。だが、シリウス星人は、「人間を遺伝子操作か思念(?)で創った」と言われるほど、念力が強いようです。一方、リラ星人は、「実験室で人間を造った」といわれています。神々が動物の姿をしているSF映画もありましたが、種々の情報から、モンスター(怪物)・タイプの異星人・天使・神々も多いといわれています。3割の動物タイプの中には犬頭人の宇宙人もいるといわれます。神々が動物に化けたりすることは世界中の神話にあるようです。「シリウス星人は、人間がぞっとするような生物を作り、神話などに登場するが、これが神に嫌われる原因になった」といわれます。われわれ人類がイメージする人間タイプの神様に会う前に動物に変身したといわれている神々や天使に遭遇するのでしょうか。シリウス星人の事実に触れたのは、ジョージ・ハント・ウィリアムソンが最初ではないでしょうか。著者のシリウス星人の研究は高く評価されているようです。北米インディアンのナバホ族は、「金髪の神」を信じていたといわれます。

・ライオンのような顔をした異星人もいたのでしょうか。「シリウス人は、高度な知性を持つ猫のような生物を創作した。この猫のような存在は、ライオン人間と呼ばれた」といわれます。シリウス星人は、人間がぞっとする、嫌悪を感じるような生物を創ったので、神に嫌われたといわれます。絵画で見られるモンスター・タイプの生物は、シリウス星人の遺伝子操作などで造られたのでしょうか?モンスター・タイプの異星人と人間タイプの異星人は、結局はそりが合わず、よく戦争をするようです。まるでスター・ウォ-ズの世界ですね。「人間を遺伝子操作か思念(?)で創った」といわれているシリウス星人は、謎だらけの異星人のようです。グッドリー・カンパニー(善良な仲間、美しい仲間)の異星人は、フリーメーソンと関係があるようだです。フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであるといわれます。
米国はフリーメーソンの国といわれていますが、いわゆるグッドリー・カンパニー(善良な仲間、美しい仲間)の異人が多い国なのでしょうか。グッドリー・カンパニーとフリーメーソンは関係があり、その背景にはシリウス星人がいると言えましょうか?“転生”を自由に管理できるシリウス星人は、地球人に転生してきているようです。あなた(地球人)は、“記憶を失った異星人”だそうです。宇宙友愛連合の異星人は、地球人類を救うために太古から来ているといわれます。グッドリー・カンパニーのような転生を操作できるシリウス星人は、我々人類の死後の世界にも登場するのかもしれません。グッドリー・カンパニーとは、転生を自由にできるシリウス星人のことではないのでしょうか?地球上で、ウォーク・イン(憑依)とかワンダラー(転生)と云われている現象を演出しているのは、シリウス星人だといわれます。「グッドリー・カンパニー」のような転生を操作できる天使クラスの異星人と、宇宙船に乗ってやって来る異星人の二種類があるといわれています。


スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(8)

2020-01-12 16:59:03 | 森羅万象


『2002年 悪魔の大降臨』 
(早川弼生) (学研)1996/9/1



<悪魔の叡智を継承したヒトラー>
・ナチスの創立者は、デートリッヒ・エッカルト。彼は黒魔術に精通する悪魔崇拝者として暗黒の秘密結社「トゥーレ協会」に君臨した闇の帝王であった。ナチスは、トゥーレ協会の公然活動部門として設立された団体なのだ。
「ヒトラーに続け。私はヒトラーに彼らと交信できるような手だてを授けた」これは、臨終にあたって、エッカルトがつぶやいた言葉だが、この“彼ら”というのも、もちろん“サタン”であることは、歴然としている。
その証拠にエッカルトは、死の3年前、「反キリストの器にして魔王ルシファーとともに世界を栄光に導く男が来る」という悪魔の啓示を受けたと言う。

・その彼が、ヒトラーに悪魔学を教育しているのである。ヒトラーの悪魔性について、彼の側近である、ナチスのベルリン大管区長官ヘルマン・ラウシュニングは、こう語っている。
「疑いもなくある種の力がよぎる。まったく悪魔的といえるくらいの力が彼をよぎるのだ。ヒトラーの政治的諸計画は、その背後にある思考、人間が宇宙と魔術的な関係にあるという彼の信念を理解しない以上、了解不能なのである」。

<聖書の言う「新しい天と新しい地」の降臨によって人類は霊的に進化する>
・この新しい天と地とはいったい何だろう。そのヒントは、このとき、天から下りてくるという聖なる都「新しいエルサレム」にある。もしかしたら、これは異次元空間へと新人類を乗せて旅立つ巨大な“マザーシップ(母船)”を描写しているのかもしれない。あるいは、また、地球それ自体がそっくり異次元空間へと転送されてしまうのかもしれない・・・・・・。



『アリス・ベイリー入門』(エソテリシズムとは何か)
 (土方三羊) (アルテ)2001/10/1



<ハイアラーキーは、過度の悪に対する抵抗勢力である>
<ハイアラーキー>
・シャンバラが意志のセンターであるのに対して、ハイアラーキーは愛と知恵のセンターである。

1、 ハイアラーキーは、人類と過度の悪の間の壁になっている。宇宙的な源から発する過度の悪が押し寄せて破壊するのを防ぐには、ハイアラーキーの熟練の手段とシャンバラの認可が必要である。
2、 ハイアラーキーは、絶えず、すべての形態の意識様相を目覚めさせる仕事に従事している。
3、 ハイアラーキーは、人類が許す限りにおいて、世界の出来事を方向付けている。
4、 認識されている以上に、ハイアラーキーは、周期的に開花する文化とその結果である。文明を指導し統御している。
5、 ハイアラーキーは、シャンバラからのエネルギーとその結果としてのフォースを受けて指導している。
6、 ハイアラーキーは秘境的な「神の火」を受ける。
7、 ハイアラーキーは、人々にイニシエーションの準備をさせる。



『不思議な世界の歩き方』 (超能力者・霊能力者に学ぶ)
 (布施泰和) (成甲書房)2005/8/9



<シャンバラと京都の鞍馬山の伝説>
<異星人は、地球人の進化に干渉しないと言う宇宙の定め>
・シャンバラにはピラミッドがあって太陽と相対して「磁流」を放出している。そこには宇宙の真理を体験した「アデプト(超人)」が暮らしていて、覚醒した人が地上に現れれば、その人に援助を送り、魂の意識を進化させる手助けをするのだという。

・地下王国アガルティは網の目のように空洞や通路があって、世界各地の地上と通じている。その地下への八つの入り口は秘密になっているが、北極にあるという巨大な穴から地球内部に入れるのではないか。
シャンバラの王サナートクメラは650万年前、空飛ぶ円盤(天車)で地球に降臨した。その場所は、中央アジア高原とも京都の鞍馬山ともいわれている。

<鞍馬山と金星人>
・ 宇宙人たちは、地球の内部に空洞があって、シャンバラの存在を知っているが、シャンバラに一目置いている。シャンバラの指示がない限り、地球に対して勝手な行動が許されない。それほど、シャンバラは地球にとっても宇宙にとっても大きな存在。

<シャンバラへの憧憬>
・シャンバラは、チベット密教に伝えられる不可視の王国の中心地であるとされている。一説によると、雪山に囲まれた八葉の蓮の花が開いたような地形であり、その蓮華の中心にシャンバラ王の住むカラーパ宮殿があるのだそうだ。各花びらに相当する盆地には1000万の街をもつ国が12あり、96の小王国があり、約9億6000万の街があることになる。

・また、一説によるとアガルタは、四つの運河に区切られ、七つの都市が栄えている。その中心には、ひときわ壮麗な首都シャンバラが美しい湖に囲まれてそびえたっている。そこに住む人々は、ヴィマーナと呼ばれる空挺に乗って、都市の間を移動するだけではなく、宇宙の彼方にある遠い星への行くことができると言う。アガルタは、世界の大洪水を生き延びた賢者たちが今なお住んでおり、地球外の高度な存在、宇宙人や天使たちと常に接触を持ち、協力して地球人の精神的進歩と魂の浄化を図っていると言う。もちろん、こういった話は伝説の域を出ない。

<横尾忠則(画家)とUFO>
・そのような横尾も実際に円盤に乗ったことはないようだ。ただし、夢の中では、UFOに乗って地球外惑星に行ったり、地球の内部に入ったりしたと主張する。「夢とは思えない」ほど実に生々しい体験であったと横尾は言う。

・地球外の惑星はともかく、地球の内部とはどんな所なのだろうか。横尾は、地球の内部にはアガルティという地底王国があり、ヨーガの説く最高中心としてのシャンバラとは、その首都の名前であると言う。「シャンバラには誰でも行くことはできません。本当に選ばれた者だけが、アストラル体で往くことが許されるのです」。



『大予言事典・悪魔の黙示666』
 (高橋良典)(学研)1982/11/1



<フリーメーソン>
・ユダヤ人の世界制覇のための道具であり、その世俗的活動は、世界制覇という真の目的を達成するための隠れ蓑であるというのである。そして、地下におかれた秘密司令部直轄の超秘密結社“イルミネ団”(政治面を担当)と“薔薇十字団”(科学面を担当)こそが、真のフリーメーソンであり、この2つの超秘密結社が、世界制覇の陰謀の両軸を担っているとも言われている。

・ユダヤ側では、この陰謀説を前面否定しており、フリーメーソン側でも「フリーメーソンは、世界的有力者の単なる一大サークルにすぎない」と主張している。が、アメリカ独立戦争、フランス革命、第1次世界大戦、ロシア革命、第2次世界大戦、イスラエルの国家再建等々、歴史的な大事件のほとんどにフリーメーソンが、何らかのかかわりを持ち、人類の歴史を裏から繰ってきたことは確かだとみられている。

<サン・ジェルマン伯爵>
・ 18世紀のヨーロッパで活躍した有名な錬金術師。<不死の人>という評判をとった。

・ しかし、別の説では、彼はイエスの復活を目撃した<不死の人>といわれ、「マタイによる福音書」に記された「死を味わない者」の一人だと見られてる。

・ よく聞いておくがよい。人の子が御国の力を持ってくるのを見るまでは、死を味わない者が、ここに立っている者の中にいる。(第16章28節)

<死を味わない者とは?!>
・この説によれば、サン・ジェルマンは、イエスの12弟子の一人で、イエスの再臨まで2000年以上も生き続けることを命じられた奇跡の歴史の証人ということだ。
いずれにせよ、サン・ジェルマン伯爵は、過去2000年の謎を秘めた人物である。その彼が、近いうち日本に姿を現したとき、あなたはどのように彼を見つめるだろうか。



『宇宙連合 大計画の道』(人類・宇宙のユートピアへの進化)
 (円想作+康普全)(たま出版)1997/2/1



<異次元の認識も現代科学では、少しづつ進んでいるようだ!?>
・プラス次元―高次元といい「波動次元」と表現します。4次元以上。

・マイナス次元―真次元といい「物質次元」と表現します。3次元以下。

・ さらに波動次元のことを、つまりプラスの高次元について「神仏の世」と呼びます。そして、物質次元、つまりマイナスの真次元のことを「人間型意識生命体の世」と呼ぶのです。

・ この物質次元のマイナスに行けば行くほどに、進化した人間型意識生命体、すなわち超人類とか進化惑星人といわれる宇宙人の世となるのです。

<複雑なる宇宙の姿。硬像について>
1、 各次元に対し、プラス、マイナスにそれぞれ103の硬像があります。ただし、神仏の世には存在しません。

2、 現象の影であります。これは実在界(地球では、5次元大霊界)の現れの影が写っているのです。

3、 現象の深さであります。実在界の結果の深さの表れの現象であるのです。

4、 実在界の違い。地球の実在界は、5次元ですが、他星人の実在界は5次元とは限りません。

5、 実在の深さの違いによる現象であります。これは現象の深さと似ています。

6、 98次元。「悟」の隠れ道であります。これは高次元意識生命体「悟」の遊び場であり、仕事場であり、キャンパスであります。

7、 悟の描いた迷路であります。宇宙の人間型意識生命体、神仏の修業の場であります。したがいまして、宇宙は、簡単に解き明かせないように「悟」によって調整されているのです。

<浦島太郎のような現象、ウラシマ効果はないという説もある>
・このワープ航法を用いますと光速を超えるなどという非現実的なことはせずとも宇宙のはるか彼方への飛行は、可能なのです。
このワープで航行しますと、トピ船内の時間経過は何ら変化は、なく「ウラシマ効果」なる奇妙な現象は、全く起きないのであります。すなわち、有名な物理学者であるアインシュタイン博士自慢の「特殊相対性理論」は、全くの誤りであることが分かるのです。
「多次元」「多硬像」を認めることにより、「宇宙の謎」に「UFOの謎」「進化した宇宙人の謎」などが氷解し、少しづつではありますが、理解できるようになるのであります。

<トピ船のワープ航法>
・従来の仮説、推測では、UFOは「光速を超える」とか、「異次元を飛行する」などと言われてきましたが、どうも的確な答えとは申せません。
 つまり、彼ら進化した他星人のトピ船には、地球人の考えるエンジンというものはなく、「次元跳躍装置」と「硬像通過装置」があるのです。もちろん、通常の空間(つまり地球上では3次元空間)を移動しているときは、磁力エンジンを使用します。この次元と硬像を飛び越えることで何百万光年離れた所にもわずか数分という「時間」で到達できます。これが「ワープ航法」というのです。
<天使>
・ (6次元~9次元に存在する神のために「幼神」といえる。)だが、悪魔と同様に誤って解釈されているようであります。天使とは、すなわち、「邪神」であります。この他にサタンも同様に邪神です。つまり、悪魔と違い「苦悩」や「苦痛」を与えないのです。先ず先に人間を楽しくさせるのです。これは様々な「認識」や「真理」を与え、まず快楽を与え続けるのです。そして色々な快楽の中から「これは試しであることを悟り、真実を学びなさい」ということを教えているのです。つまり楽しむだけ楽しむのです。それはやがてエスカレートしていずれ報いとなり淘汰現象として現れるのです。「人生苦あれば楽あり、楽の後は苦あり」なのです。

<天使と悪魔の意外な真実>
・ 天使と悪魔はまた正しく解釈されていないのも現状です。しかし、これは宇宙創造主が人類に分からぬように「封」をしていたため明確にできなかったのです。
悪魔(5次元~43次元に存在する)は、今の宗教では大変に嫌われて「忌」しいものとされているのが悪魔であります。実を申しますと、この悪魔は他ならぬ「正神」なのであります。驚かれると思いますが真実なのです。つまり悪魔は先に苦しみを与え、耐えた者だけに「楽」を与えるのです。
人間には「陰心」と「欲」があります。そのために厳しい正導からそれようとする人が多いのです。つまり、楽を求めるのです。その中で悪魔は、人々に苦を与え、それでも分からない人には重い罰を与えるのです。ですから、人間にとってみれば、苦しいだけで、何も良いことがないように感じられるのです。よって悪魔とは、「悪くて」「忌しいもの」とされてしまうのです。人間の我がまま、「楽をしたい」などという気持ちが修行を怠らせた結果、「苦悩」「苦痛」などを罰として与える正神は悪魔と定義づけたのです。したがって、悪魔という語と化身したときの恐ろしい姿は、そのまま人間の陰心の表れなのであります。

<正神とは>
・ 試練のちかいであり、「苦」を先に経験させ、耐え抜いてきた人のみに後で、「楽」をあたえるものであります。もちろん、守護、指導は行ないますが、あくまでも正導に導かれる人のみです。

<邪神とは>
・ご褒美の違いであり、「楽」を先に与え、なぜ「楽」なのか、また、「楽しい」のかを学ばせ、その中から真実を見つけさせるのです。
しかし、「楽」にどっぷり浸って真実を知ろうとしない人には後に苦しみ(楽しんだツケみたいもの)が待っているのです。しかし、ともに魂の進化発展のために存在する意識生命体なのです。しかるに、両方の神仏とも人類を試しているのです。

<邪導の道とは、「ユートピアの道」>
・つまり神の厳しい指導だけでは、人間は、気付けることも少なく、やがて滅んでしまいますので、そうならないうちに他の方法を訴え、明るい未来の真理・真実を明かし、人類に夢と希望を与えるものであります。
もっと分かりやすく申しますと、正導の導きは厳しいムチであり、邪導の導きは厳しいムチを与えられて疲れてしまった人類へのアメであります。しかし、初めからアメを与えてしまいますと修行にならず、堕落しますので、あえて時を見計らったのです。
よって「邪導」とは、真理・真実であり、邪導の道とは、「ユートピアの道」ということになります。

・しかるに、従来の正神による指導は、苦導の道であります。神は正導であっても常に苦痛が伴い、あまりに厳しく時には死に至るときもあるのです。しかし、神様は人間に対し、「死んでもやりなさい!」と言うときもあり、「死んでも転生して生まれ変ればよい」という考えなのです。これは、神仏は肉体を持っていないために肉体存続の素晴らしさが全く理解できないのです。よって正導とは、苦導なのです。

・しかし進化した宇宙人はユートピアという楽園、つまり従来の場ではない所に住んでいるのです。すなわち、楽をしているのです。したがって、邪導とは、「楽」であり「ユートピア」であり、「宇宙の真理」、「真実」なのであります。これからの地球は、正導の導きを悟りながら邪導の道へと進み進化した他星人達の指導を受けていくものであります。

<宇宙の進化には正導の道と邪導の道がある。>
<正神と邪神>
・「正導」とは、正神による博愛思想、陽心思想の悟導、教育であります。現在の地球における代表的な正神は、次のようであります。
1、 十次元、宇宙創造主
2、 47次元  円大神
3、 96次元 大宇宙創造主「悟」

・ 正神の指導、教育は大変に厳しく、苦しいものが多く、人間にとってみれば、苦悩、苦難、苦痛となるのです。従って、「正導」とは、苦導であり、正導の道とは、すなわち修業の道であるということです。しかるに現在の地球は、修行の場でありますので、なおさら苦しいのであります。しかし、正神にしてみますと、やはり博愛と陽心の思想なのです。つまり、「いじめてやろう」とは思っていないということです。あくまでも正しき成長を願う愛そのものの表れであります。これが「正導」の真の姿なのです。

・「邪導」とは、正導に対し、相対するものが「邪導」であります。何か「邪導」などと申しますと悪いイメージを持ってしまいそうですが、ここでいう邪導とは、少し違っています。これは、「先覚型神仏」、「意識生命体」、「人間型意識生命体先覚者」であり博愛思想、陽心思想、人類救済アピール思想の指導・教育であります。ごく簡単に申しますと、先覚型神仏とは、弥勒菩薩神、始原神集団、399次元の「無」、進化惑星シータ星人、超超進化惑星人のアンドロメダ星人たちであります。
つまり、神仏を超越している他星人とそれらの人間と完全調和している弥勒集団、そして、399次元の大宇宙意識である「無」の指導によるユートピア的指導・教育であります。

<エーテル界へのキリストの出現>
・エーテル(ギリシア語でアイテル)は、天上世界を構成する実質のことをいう。月より下の世界が、土・水・空気・火から構成されているのに対し、天界にはエーテルが充満しているというのがギリシアの自然科学の見解だった。

・エーテルは、精神界と物質界を仲介するものであり、ここでいうエーテル界は、地上に属する天界というべきものだ。エーテル界は、二次元世界で、空の青が終点になっている。地球は、上方から、生命エーテル、化学エーテル、光エーテル、熱エーテルに包まれている。
最初に熱エーテルがあり、太陽系宇宙の気体状態期に光エーテル、液体状態期に音エーテル=化学エーテル、そして現在の固体状態期に生命エーテルが発生した。

・ 第5文化期(1413~3573年)において、20世紀以後に人々は「アストラル界におけるエーテル的な姿のキリスト」を知覚体験するようになるというのである。



『大脳と意識の変革論』 (超高意識への上昇)
(當山開楽+康普全)(たま出版)1998/3/1



<チャネリングは、右脳と関係している>
・さて、人間は、まず大脳覚醒の中で最も先に右脳が覚醒します。右脳の覚醒は、幼児期から始まり、30~40歳でピークを迎えます。右脳が覚醒しますとまず宇宙とのつながりができます。これまでになかった種々の現象が出てきます。これを覚醒反応といい、ほとんどの方が、これからこのような反応を体験します。先を行く者である私達は、皆様の指導的立場として、種々の真実を伝えていき、より安全に右脳が覚醒していくことを指導教授しているのです。

<ミステリー・サークルとは>
・ミステリー・サークルは、間違いなくトピ船(地球人はUFOという)の飛翔の形跡であり、地球において「何かをした証し」であります。そのほとんどが、実験的や研究的なことであり、地球人に合った水や食物の選定や摂取のためのデータ集めのためであります。

<弥勒の世への移行は、肉体・波動体の浄化が最優先する。>
・ミロク(弥勒)の世への移行は、波動の世界ではすでに行なわれており、そこでの生活を無理なくできるように、肉体・波動体の進化があります。トピ船への乗船は、まず、肉体・波動体の完全浄化が最優先であります。

・ 全アンドロメダ星人の超博愛力によりバックアップされています。

・ ここで言う全アンドロメダ星人というのは、シータ星人も含めた方々であります。何故かと申しますと、シータ星人も、ルーツは、アンドロメダ星人なのです。家族で言えば、兄弟みたいなものであります。

<宇宙創造主の苦行から大宇宙意識の楽行へ>
・大宇宙連合の教えは感謝を基本としている。意識変革を楽しむには、これまでの常識を捨て去るしかありません。
・大宇宙の進化の流れは惑星の統治者すら代える。

・大宇宙には、数多くの惑星があり、それを統治する者がおります。統治する者とは、大宇宙より使わされた神仏であり、神仏型意識生命体であります。地球には、宇宙創造主という神が存在し、統治しておりました。

・ 宇宙創造主の地球の支配は終わりを告げる。

・ 宇宙創造神から始まり、円大神・弥勒菩薩へと進み、大宇宙連合へと託される。まさに大宇宙の計画に添って世は進み、前進、前進とひたすらに歩み続ける。

・ 「大宇宙連合大アンドロメダ星人」の意図的支援と協力!!

・ 宇宙には、多くのワンダラー博愛者がいます。宇宙連合そのものが、博愛を持った連合であります。21世紀は、地球星も宇宙連合の仲間入りを許されます。

・ 地球星も宇宙連合の力により育てられ、大進化をしております。

<シータ星人>
・ 宇宙連合太陽系のリーダーの任を預かる金星人の集団で、はるか古代より地球に飛来したり、人類の意識改革を促したりして、地球人類に警告や様々なメッセージを送っている。非常に利他愛にあふれ博愛精神の持ち主たちで、高い水準の科学文明テクノロジーを保有しています。大淘汰、ポールシフトが終わり全て落ち着いたら、私達地球人と共に新しい地球に移住する予定の人たちであります。

<トピ船>
・宇宙連合が使う宇宙船。宇宙艇の総称です。トピとは、「無限なる宇宙」という意味です。

<トピ通信>
・アンドロメダ星人からの単発的通信のこと。




■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・シリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。人頭蛇体のオロチもインド神話の「ナーガ」も遺伝子操作や、異類混血で「人間の形」をとるように進化していったのかもしれません。ハリウッド映画『スター・ウォーズ』では「ナーガ」のようなエイリアンの「ジャバ・ザ・ハット」が印象的でした。ネット情報によると「銀河で最も強大なギャングのひとりで、その影響力は暗黒街だけでなく政界にもおよぶ。ジャバは、二度目のチャンスを与えない。ハン・ソロは身をもってそれを知ることになる――だが、最後は自分の傲慢さと執念深さがこのナメクジのようなエイリアンを滅ぼした」と記載されています。しかし、今なお、底層4次元にモンスター・タイプが生存しているともいわれます。異星人の進化の程度は、はるかに速いといわれます。インド神話のナーガのように「中国の神話の伏羲も蛇身人首だった」という説もあります。ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から引用。「伏羲(ふっき・ふくぎ、- Fu Hsi または Fu Xi)は古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王。宓羲・庖犧・包犧・伏戯などとも書かれる。伏義、伏儀という表記も使われる。三皇の一人に挙げられる事が多い。姓は風。兄妹または夫婦と目される女媧(じょか)と共に、蛇身人首の姿で描かれることがある。太皞(たいこう)と呼ばれることもある」とのこと。
龍神もオロチから進化してきたのでしょうか?数十億年の期間を考えるとオロチも「人間化」して、「龍神」として異種の神になることもありえるのでしょう。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。全て「人間タイプ」だと話が複雑にならないのですが、異類は、互いに対立・戦争をするといわれます。全宇宙のスター・ウォーズと地球上のハルマゲドン(最終戦争)が連動するといわれます。

・北欧神話でもアース神族とヴァン神族は、最終的にアース神族が勝利した長きにわたる戦争の後、和解し人質を交換、異族間結婚や共同統治をしたといわれます。しかしながら、北欧神話もラグナロク(最終戦争)、善と悪との両極端にわかれての戦いを予定しています。異種の神族が争うのですから、想像を絶する情報のようです。
「どう彼らを追跡しても、あなた方の祖先はレプテリアン(爬虫類)であることを発見するでしょう」といわれます。「レプティリアンは人間のように肉体を持たないので、人間の現実に関与するためには「媒体」となる肉体が必要不可欠です」と指摘されています。異次元ではモンスター・タイプでも、「この世の人間」に憑依したり、人間体に変身できるように進化してきているそうです。「古い神」とか「新しい神」の概念も難しいといわれます。龍神もバイオ・ロボットであり、上には上の神の種族がいるといわれます。牛神がテクノロジーで龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれています。
進化して“あの世”では、レプティリアンで“この世”では「人間」という説明のようです。変身能力があるといわれます。法隆寺の「五重塔の塑像の謎」として「人ならざる者」の話があるようです。「爬虫類人(レプティリアン)の像」があるというのです。ちなみに、現代のコンタクティの話によると「多肢のバイオロボットが宇宙母船にいる」といわれます。

・また「(プタハ)  建築家・職人の擁護者であるメンフィスのプタハは、最も重要な神の一人に数えられる。彼に冠せられた「宇宙の建築家」という称号は明らかにフリーメーソンとの関連を示している(現在も存在するフリーメーソンは、大昔の石工組合を母体とする秘密結社でその長は「宇宙の建築家」と呼ばれる)。プタハは太陽系の外からやって来て、トトの指示に従って世界、太陽、惑星、すべての生き物を造ったとされる。となると当然、彼はオシリス一家よりも古い神々のカテゴリーに属することになる」といわれます。「日本の知識人が欧米人を理解できないのはフリーメーソンを知らないからだ」そうです。フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであるといわれます。アメリカ空軍は133種類の宇宙人を確認しているそうです。また160種類の宇宙人情報もあるといわれます。しかしながら、アバブ・トップシークレットのため、私たち一般人は、認識できません。全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうかともいわれます。 「神々の総数は10億を超え、それぞれ位階に応じて宇宙の各所を支配している。ウランティア・ブックによれば、 神々は最高神「イ・アム」を頂点として7つの位階に分類されるという」といわれます。

・鬼とか天狗は、宇宙人とか宇宙人の眷属とかと解釈すれば、異類の宇宙人が昔から日本人にコンタクトしてきたことが窺われます。「津軽の岩木山に住む鬼は大人(おおひと)と呼ばれ、人を助け、ともに遊ぶ存在でした。今も農業神として信仰されています」とのことですが、宇宙人の眷属と理解することができます。日本でも多くの種類のある妖怪は、農民たちの作り話ではなく、宇宙人の眷属や、遺伝子操作で作られた生物で、異次元移動ができたものが多いのかもしれません。「鬼」も造物主や堕天使の遺伝子操作や異類混血で「人間化」していったのかもしれません。

・東北地方は、宇宙人の末裔や宇宙人のコンタクティやチャネラーが多い地方といわれます。妖怪の伝承も豊富です。特に津軽は神々との隠れたチャネラーも多いと語られています。イタコとは違うタイプだそうです。メディアで知られた青森出身の霊視・透視能力者には木村藤子さんがいると述べられています。人は皆、記憶喪失の異星人だといわれます。

・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「太平山三吉神社(たいへいざんみよしじんじゃ)は、秋田県秋田市に鎮座する神社。大己貴大神、少彦名大神、三吉霊神(みよしのおおかみ)を祀る。三吉霊神は太平の城主、藤原三吉(鶴寿丸)が神格化されたと社伝にあるが、基本的に山岳信仰による神である。力、勝負、破邪顕正を司る神である」とのこと。理論的には、神々は4次元以上の時空を超えた存在だといわれます。

・「シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです」と語られています。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。『竹内文書』の内容で特筆すべきは天皇家の先祖が、宇宙の彼方、シリウスから飛来したと記されていることであるといわれます。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広がったと述べられています。

・津軽の岩木山のUFO目撃事件は、「1571年1月21日夜、光り物が岩木山から出て、東の方へ飛び移った。雷のごとき大音がした。22日夜と23日夜も同じだった」という記録もあり、その後にも多くの「光り物」の記録があるといわれます。無農薬のリンゴ作りで有名な木村秋則さんのUFOや宇宙人や不思議な体験は、書籍に載っています。UFOは時空を超えた4次元以上から飛来するともいわれ、過去、現在、未来の混在した4次元以上からきているとも語られています。鬼や天狗や神人や異人の伝承のある遺跡などのある地域には、よくUFOの目撃が報告されています。時空を超えた宇宙人の「この世」への介入・影響力は、普通の人には分からないそうです。タイム・トラベラーが「この世」を支配しているともいわれます。異次元の神秘体験や、異次元の宇宙人とのコンタクティやチャネラーがアセンションの時代を経て、増加しているといわれます。

・細かい粒子の世界のアストラル界も現代の科学では解明されていません。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたります。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」といわれます。アストラル界の住人(宇宙人)が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。人間の死後の世界、「あの世」、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくありません。

・木村秋則さんがあった小柄な宇宙人は、グレイの一種のようです。木村秋則さんのように「不思議な体験」をしている日本人は多いのかもしれません。しかし、なかなか本になるような段階にまでいくのは難しいようです。「沈黙のコンタクティ」も非常に多いのかもしれません。誰にでも幽霊体験やUFO目撃体験がある確率が高いのかもしれません。やはりメディアに載らないと、誰も注目できないようです。木村秋則さんのYou Tubeの動画も見れますので、「百聞は一見にしかず」の便利な「映像の時代」になったものです。木村秋則さんの本は当ブログでも数冊扱っています。木村秋則さんは「自然栽培のリンゴの開発者」として有名になった人ですが、宇宙人との「不思議な体験」も密接不可分な関係があったようにも思われます。木村秋則さんは宇宙人とのコンタクトによって「変性」「変容」を受けた可能性もあるようです。それにしてもネット動画では真偽の混じった膨大な情報が流れているようです。コンピュータグラフィックス(CG)が巧妙になりニセモノも多いそうですが。

・米国でもアブダクション(誘拐)を受けた人間は、数百万人ともいるという奇説があったようです。米国におけるアブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)の騒ぎは、どのような結果になったのでしょうか。米国でもメディアがアバブ・トップシークレットの政府の政策に協力しているようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。ゲイ(LGBT等)などの「人格転換」をしている異次元の宇宙人はオリオン星人なのかもしれません。

・グレイは、さまざまな種類が報告されているようです。グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、「ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」が報告されているそうです。「岩木山のUFO」については、インターネット情報によると、16世紀から多く観察されているようです。現代ではカメラに撮られた写真もあるようです。彼らは時空を超越したテクノロジーを持っているといわれます。異次元移動も容易にできる驚異の超テクノロジーのようです。


スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(7)

2020-01-12 16:56:57 | 森羅万象

『ライオンの隠れ家』
 (ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(求龍堂)
(異星人だった歴史上の偉人たち)1999/9/1



<ジョージ・ハント・ウィリアムソンは、シリウス星人のコンタクティーとしても知られている。>
・この本の著者(1926~1986)は、マヤ・エジプト他の古代史研究の世界的権威。象徴学の大家としても知られ、人類学者、老古学者、正教会司教、マルタ騎士団最高幹部、冒険家、そして作家と多彩な顔を持ち、そのすべての分野で傑出した才能を発揮した。「神々のルーツ」「アンデスの封印」「ソーサーズ・スピーク」「ロード・イン・ザ・スカイ」他、多数の著書を持つ。ナスカの地上絵と異星人の関連性を世界で初めて指摘したことでも知られている。

<北米インディアンの伝説が語る異星人との交流の歴史>
・ 北米インディアンの伝説や、宗教的儀式およびシンボル類の多数が、宇宙人たちが新世界(南北アメリカ大陸)のさまざまな場所に定期的に訪れ続けてきたことを如実に物語っている。チェバー川の洞窟(前6世紀)やグランド・キャニオンの洞窟(後13世紀)に描かれている太陽円盤は、宇宙からの訪問者たちの乗物である「空飛ぶ円盤」の絵なのである。
北米大陸の東部に住むインディアンたちの伝説にも「スター・ピープル」や「上の人々」が頻繁に登場してくる。南ダコタ州に住むマンダン族の人々は、宇宙が「上の世界」と「我々が住んでいる世界」と「下の世界」の三つの世界で構成されていると信じている。

・ ナバホ族の伝説は、「稲光を伴った渦巻き雲」とともに雲から降りてきた「金髪の神」について語っている。

・ ナバホ族もホピ族もこれまで、他の世界からの巨大な宇宙船や円盤を頻繁に目撃し続けてきた。しかし、彼らも、そのことを外部のものには、話したがらない。数年前、直径十数メートルほどの球状飛行物体が多くのインディアンに目撃された。

・ 北方に住むチペワ(オジブワ)族は、「石のカヌーに乗ってやって来た小さな人々」の話を語り続けている。そのカヌーは、水の中に潜ることもできたという。

<光り輝く魂たちの目的が間もなく果たされる>
・グッドリー・カンパニーは、今なおさまざまな場所に住むさまざまな個人として地球上を歩いている。

<同じ転生パターンが繰り返えされる>
<なおも仕事を続けるグッドリー・カンパニー>
・イエスの昇天後もグッドリー・カンパニーは、地球上で繰り返し生き続けてきた。歴史に名を残す人物として、生きた者もいるが、ほとんどの場合は、歴史が記録するのを忘れた人物として、生存した。しかしながら、彼らが、アトン(唯一神)のもとで、行い続けてきた仕事は、宇宙的には決して忘れられることがない!

<グッドリー・カンパニーは、12,3世紀の北米大陸にまとまって転生した。>
<光の船団、水没を続けたレムリア大陸の地に再び飛来>
・近隣の惑星からの「光の船団」もまた飛来し、1万年ぶりに再びその地をおとずれていたのである!

・ 米国南西部のその地域は、今日のインディアンたちの間では、「太陽からの人々の大地」あるいは、「ライオンの大地」として知られている。そして、実はアリゾナという地名自体がライオンと極めて深い関係がある。アリゾナの「アリ」はヘブライ語で「大人のライオン」という意味なのである。テロスに「光の船」でやって来たメルクは、ツタンカーメン、アロン、聖マルコ、聖ゲオルギウスなどとして生きてきた後で、またもや「光の船」で戻ってきた。

<金星からの「光の船団」がレムリア(ムー)に到着>
・ムーとその植民地に住んでいた偉大な魂の多くは、最期を間近に控えたアトランティスに転生した彼らは、やがて訪れる“夜明け”のための準備を押し進めていた“グッドリー・カンパニー”のメンバーたちだった。“光の仕事人”としても知られる彼らは、すでにいくつもの文明といくつもの生涯を渡り歩き、いくつもの天変地異とも関わり続けてきた。

・地球の全生涯を通じて、グッドリー・カンパニーの面々は、無限なる父の意思に基づいた遠大な計画を遂行すべく、群れをなして転生を続けてきていた。新しい都での統治を開始したアクナトンの周囲には、誤った教えを一掃することで、世界を大改造しようとする彼の巨大事業を援助すべく、特に偉大な魂たちが集合していた。

・ カトーは、偉大な芸術家であり、石や貴金属に細工を施す名人だった。アクナトンの治世下で発生した一大芸術革命は彼の先導で押し進められた。この大芸術家は、後に傑出した哲学者で、グランド・マスター・メーソン(訳注=フリーメーソン団の最高位)でもあった。孔子としても生きている。彼はまた、その昔、第四王朝のファラオ、クフ王であったこともある。

<グッドリー・カンパニー>
・グッドリー・カンパニーのメンバーたちは、自ら志願して地球に転生して(生まれ変って)きた異星人たちであり、彼らは“ワンダラー(放浪者)”という名を付けられている。彼らは、これまで地球上で何度も生まれ変り、まさにあらゆる時代を通じて地球人類を援助し続けてきた。この地球上で、これまでに発生したあらゆる文明が、彼等の影響を極めて強く受けている。
この本は、また太古の昔から宇宙船に乗って地球を訪れ続けている異星人たちにも、スポットライトを当てている。世界中の多くの伝説の中に登場する「スター・ピープル(異星人たち)」や「天からやって来て人々の間を歩いた神々」は、大昔の迷信深い人々による妄想の産物などでは決してない。それらの神々は、実は聖書のあちこちで紹介されている天使たちと同様“グッドリー・カンパニー”の活動と地球人類の進歩を援助するために宇宙友愛連合に属する他のさまざまな惑星からやって来た、異星人たちにほかならなかったのである!彼らは我々と同じ肉体を持つ人間であり、宇宙船に乗って今でもここを訪れ続けている。

<ライオン(訳注;真実という意味)の隠れ家の扉が開かれようとしている>
・その昔、ある魂の集団が、人類の獣性から神性への旅を後押しするために宇宙の彼方からやって来た。彼らは、“グッドリー・カンパニー(善良な仲間、美しい仲間”と呼ばれる集団を形成して、今なお活動を続けているが、その事実を明らかにすることが、本書の第一の目的である。
彼らは、この悲しみの惑星に、今から1800万年ほど前に魂のみでやって来て、人の肉体を手にして、以来現在に至るまで、堕落した地球人類の教師として、まさに身を粉にして働き続けてきた。彼らは、オシリス、アポロ、メルクリウス(マーキュリー)、トートといった伝説の神々として、名を残すとともに、その後もさまざまな統治者や民族指導者に生まれ変っている。バール、バッカス、モロクなどの邪神たちは地球製の魂たちであり、黄金時代の終焉とともに歴史の表舞台に登場し、人民を従えた者たちである。


『外宇宙からの訪問者』
 (レイモンド・E・ファウラー) (集英社)1979



<グリーンの世界>
・ 次にベティがかいま見たのは、グリーンの世界だった。都市がある。植物も、しかしベティはそれらをどう表現したらいいか分からない。ピラミッドも今まで見たものと違っている。さらに当惑するものにベティは、引き合わされる。それが、不死鳥。これが一体何を意味するのかUFO研究30年のレイモンド・ファウラーをはじめベテランの調査官たちは、頭を抱え込んだ。過去のあらゆる第三種接近遭遇においても、この巨鳥、声、イエスキリストの例は見当たらない。これまで、論理的な広がりを持っていた催眠による逆行記憶回復が思わぬ壁に突き当たったのだ。

<エレメンタル・ボディ>
・ 私たちの深い潜在意識であり、3つの低次元の身体である精神体・感情体・肉体のための青写真を保持している。エレメンタル・ボディは肉体という器をつくる上で、私たちを助力し、肉体を維持し、新しい活力を与えてくれる。人間がエレメンタル・ボディに対してネガティブな思考パターンを送るようになった結果、肉体的な欠陥や病気や不快感などが生じたのである。健康と健全な思考パターンをエレメンタル・ボディに送れば、光に満ちた完璧な身体の創造に喜んで手を貸してくれる存在である。

<グレート・セントラル・サン>
・ 私たちが所属する銀河系の共同創造神(複数)の故郷。

<エロヒム>
・ 創造主の思考の資質を代表している七人の偉大な存在。アーキエンジェル(大天使)は、創造主の感情を代表している。



『聖なる探求』(私はアーキエンジェル・マイケルです)
 (ロナ・ハーマン) (太陽出版)2004/6/1



<アストラル界>
・4次元の世界の別称。七つの局面に分かれており、下部の1,2の局面は非常に暗い状態であり、上の局面に行くにつれて光が増してゆく。コナン・ドイル(『コナン・ドイル“人類へのスーパーメッセージ”』)によれば、アストラル界の第七局面の後に「サマーランド」があり、これは普通人間が天国と考えるような場所であるという。

<アストラル体>
・アストラル界に存在する時の身体。

<エーテル体>
・肉体に比べてより精妙な物質から成り立っている目に見えない身体で肉体・精神体・感情体のための青写真を持っている。別名「アストラル・ライトボディ」とも呼ばれている。



『家畜人ヤプー』 
 (沼正三) (幻冬舎アウトロー文庫)1999/7/1



<飛行島>
・「実は、どちらも蓄童を空中に飛ばせるためである。この飛行島の人工重力圏では、重さ15キロ以内の物体には簡単に飛揚装置が取り付けられる。それが羽根と光輪である。羽根は正式には双小翼といい、揚力は皆無だが重力盤の作用を消去する振動を合成する。そうすると軽くなって、光輪のヘリコプターの牽引力だけで浮揚できる。この光輪は、白人用の光傘と外見は似ているが、作用はまったく異なる物で、名称も輪状翼(アニユリツト)という。この装置を使用するためには、ヤプーの体重を幼児並の15キロ以下に減少させねばならない。そこで、縮小機に掛けて作り出されたのがペンゼル、すなわち飛揚蓄なのである。

・あたりは一面の柔らかな芝生で、ふと身を倒して、両手で葉末をなで回してみたいような衝動にかられる。飛行場らしい建物もなかったが、遠く前方には例の中央山が傲然とそそり立って白く輝き、その手前には山岳を削り成した城が見える。高さは千五百メートルにも及ぼうか。上空からながめた時とは違って、のしかかってくる絶壁の威圧感。しかも、単なる自然の壮観ではなく、膨大な人力の加工を暗示して、ブルーゲルの描いた『バベルの塔』の絵の持つ迫力を見せていた。―この飛行島全体の基盤にひそみ、これらの山々自体を造成した人工こそ真に驚異に値するものだったが、ここでは、それと自然に同一化して山々を削ったわずかの機械力だけが人為と見えていた。それですらピラミッドや巨大ダムを児戯視せしめる規模を示しているのである。

<「高天原」諸景>(飛行島着陸)
・クララのほうは、麟一郎どころではなかった。期待に満ちてタラップを降り立つ・・・
―まア! 空一面のバイオリン!
ドイツ語の成句に「天空一面にバイオリンがぶら下がっている」という表現がある。飛び切りうれしい恍惚状態を指す言い方だ。今彼女は降り立った瞬間、天から聞こえる音楽にふと眉を上げて、この成句どおりの光景を見たのである。肩に小さな羽根をはやし、頭上に光輪をいただいた、裸の童形の天使たちが、小さなバイオリンを連ねて歓迎の合奏をしている。子供の頃から教会でなじみの模様さながらなのだ。
「いつ聴いてもいいものねェ。クララ、これは蓄童(ベンゼル)といってね、ここの名物、アンナお得意の奏楽隊よ。ヤプーでもこんなに可愛い顔がよくもそろうものなのねェ」

・ 天使の絵はなぜ裸の幼児で表現されるのか、クララは今それを悟った。ヤプーだから裸なのだ。縮小されているから幼児に見える。去勢されているから性別不明と思える。しかし、なぜ縮小されているのか。なぜヤプーのくせに光輪をかぶっているのか。それは、クララにはわからなかった。

<高天原は、飛行島であった。>
・ 「クララたちは『竜巻号』がこの重力圏にはいると同時に、その振動を受けて島を見ることができるようになったのだ。振動といっても、島全体が一緒なので、ちょうど地球の自公転運動が地上では感知できないように、五官にも感じない。
 空中列車は、旋回しつつ下降してゆく。中央山の中腹にある氷瀑(ひょうばく)、氷湖、外輪山脈との間の環状盆地にある密林、碧たん、桃園、外輪の七峰のうち三つまでがそれぞれ一大城門に削り成されている豪快な斧鉞の跡、その外側に渺茫と広がっている環状平原の、あるいは広潤な田野となり、あるいは管理の行き届いた山林となり、あるいは豪華な都邑(とゆう)を作る有様、所々に湖をたてつつ、周辺部のいちばん外側を取り巻く幅1キロの環状湖へ流れ入る七筋の川は、森の樹種でも、芝生の上の建物の色彩でも、尖塔の様式でも、花壇の配置でも、流域ごとに異なる七様の景観を提供している。極地の氷河、砂漠のオアシス、いったいどこまでが人工、どこまでが天然なのか?いや、全部が人間の工作物に違いないのだが・・・・・」

<浮力盤の機構>
・ 浮力盤の機構は、20世紀科学の用語では説明しがたいが、島の中心部(中央山の岩盤内)の振動素子結晶体から送られる高速四次元微震動が、地球重力遮断に重要な役割を演じていることはいっておかねばならない。島全体が、その上のあらゆる物を含めて、微妙な振動を付与されている。そしてその振動のゆえに、飛行島は人間の目に見えない存在に化しているのだった。島の上空に来て、閉鎖空間であるその重力圏に入り、島の固有振動を自分も付与されない限りつまり、島の外や島の下(地上)からでは見えないのである。扇風機の羽根が回っている時に向こう側が透けて見える、あの理屈である。4次元振動によって3次元世界から視覚的に離脱するのだと表現してもいいだろう。

<「高天原」諸景>
<飛行島(ラピュータ)着陸>
・ 見よ、1万メートルの高度から地面を俯瞰する視界の中ほどに、突然新世界が現出したのだ。中央には雪をいただいたその頂上がK2の峰よりも高い円錐状の高峰、それを円周状に囲んで七つの峰を持つ山脈、その周辺の平野、その外側を完全な円周となって取り巻く湖水、・・・・・人口とは思えない大規模な一大自然が、すぐ目の下に浮かび出てきたのである。
 これが、飛行島(ラピュータ)「タカラマハン」だった。
直径百キロの大円盤を想像されたい。その面積は琵琶湖の12倍、関東平野に匹敵する。厚さはいちばん薄い部分で1キロ、中央は盛り上がって、最後部では厚さ5キロに達する。周辺部から望んで高さ4千メートルの高山なのだが、島の底面自体が地表からずっと離れて海抜5千メートル以上の高度にあるのだから、その山頂は、K2をはるかに超えた1万メートルの高峰になるわけだった。
 土壌と岩盤から成る地殻部は、数百メートルの厚さに達するが、その下に百メートルの厚さの引力盤は地球の重力を遮断し、斥力を利用して島を浮揚・推進させる基盤部で、されば島上の諸物に代って安定させるための引力盤が必要であった。



『琉球神話と古代ヤマト文学』
 (永藤靖) (三弥井書店)  2000/8/1 



<スサノヲ>
・ところで、我々はこれと対照的な神として、古代ヤマトのスサノヲを措定することができる。スサノヲは、一方では樹木を植え、クシナダヒメを救助する豊穣神であり、善神であったことは確かである。その意味では、南島のマユンガナシに適応する神であったといってよい。ところが、記紀ではスサノヲは多くの場合、悪神として性格づけられているのが露骨に見える。このことはちょうどマユンガナシが五穀のために来訪するのと同じであるといってよい。というより本来持っているはずの来訪神の機能の一部を肥大化し、善神の部分を消去し、アマテラスに敵対する神として記紀の編纂者は、変更したのである。

・ 海を統べるスサノヲは、本来、水平的な世界像を持った神であったろう。水平的な世界像によって、この神は来訪神としての機能を持つに至ったと考えてよい。これに対し、アマテラスは天上的なむしろ垂直的な神として、シャーマンのもとへ降臨・憑依するのである。

・ 来訪神は、シャーマンによって駆逐されなくてはならない。すなわち、天照大神として国家神として祭祀されていく過程で、スサノヲは障害のある邪悪な神として措定されなくてはならなかった。天つ罪を犯した犯罪者とは、豊穣神であった神のネガティブな表現である。

<ミロクとサーカ(シャカ)>
・これも南島の「火」の起源伝承で、「ミロクとサーカ(シャカ)」という型の話として南島全土に広がっている。勿論、このミロクは、未来に出現して、衆生を救う仏教の弥勒、サーカは、釈迦から出ていることは、自明である。ミロクは、未来神、来訪神であり、この世に果報をもたらして、ミロクユー(ミロク世)を実現してくれる民族神の面影を持っている。

・ 南島は、このような来訪神の信仰が色濃い。豊年祭において、西表島の吉見や石垣島の川戸のマユンガナシ等も異形の風貌を持つ神として知られている。これらの神は、遠来からの来訪神であり、ニライ・カナイから豊穣をもたらしてくれる神として祭祀されるのである。この伝承である龍宮のミロクも、これらの神々と同一次元のものと考えてよいだろう。

<ニライ・カナイの火>
・ 沖縄本島の始まり、島建ての際に、島に人間が現れ国をつくる。しかし、島には火はなかったという神話がある。火はシマの<外部>ということは、海の彼方の龍宮からもたらされたというのである。また、ここに「龍宮」は、南島の神話にしばしば登場するニライ・カナイ、あるいはニルヤ・カナヤと呼ばれる海の彼方にある世界と共通するものである。

<マユンガナシの原郷>
・ 確かに五穀をもたらしてくれた世界は、ニーラスク(ニライ・カナイ)という海の彼方の異界であり、またその地が、マユンガナシの故郷でもあった。ということは、果報も豊穣も毎年毎年、ニーラスクからやってくるのであり、その世界とのつながりは、年毎に更新されなくてはならないのであろう。言い方を変えれば、現実世界は、異界という<外部>との縁をきることができない。というよりも南島の人々は、逆にニーラスクの側から現実を見ているのであろう。現実は、ニーラスクの上にのっている仮の世界に過ぎないということを充分に自覚していたのである。

・そして、マユンガナシに扮する男が、戊戌年の男ではなくてはならないという伝承は、戌(犬)という文字を類似する「戊」の文字を重ねたまでで、「犬」という記号そのものを強調する神話的な意味があったにちがいない。おそらく、犬は、高木智見が述べているように「地下世界への案内者、穀物や天と意志疎通を図る」ことのできる仲介者的、境界的な存在であった。ニーラスクは海の彼方の祖霊のいる世界であり、地下世界へと通じる洞窟(ガマ)と深く結びついているのもこのことを明示しているのであろう。(アカマタ、クロマタはこのガマから現れる)。



『堕ちた天使たち』(悪霊・悪魔の物語)
 (ロバート・マッセロ) (心交社)1996/2/1



<輝ける天使ルシフェル>
・ 天国にいたとき、彼の名は、ルシフェル(「光を身に負う者」)で、神の最も美しい天使だったが、このような人もうらやむような身分でありながら、ルシフェルは満足していなかった。
神に近い位置にいることに過大なプライドを持っていた。やがて、ルシフェルの驕りは、神でさえ主人として持つことに我慢がならなくなった。自分の運命は自分で決めたくなって謀反を企てたのだ。反旗を翻して、同じように不満を持っていた天使たちを集めた。最高の権威を手に入れるための戦いを挑んだ。神は、戦いのために大天使のミカエルを司令官に指名した。

・さて天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼等のおる所がなくなった。この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たヘビは、地に投げ落とされ、その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

・ 天から落ちたルシフェルは、もうルシフェルではなく、サタンという新たな名前(ヘブライ語で「敵対者」の意)で呼ばれ、地獄を支配するようになった。一緒に地獄に落ちた天子たちは、サタンの子分の悪霊となった。人間を誘惑し、堕落に導くことに新たな生きがいを見出した。
まともな仕事のない悪霊たちは、その「激しい怒り」を彼等の誘惑をはねつけるだけの知恵のない罪深い人間を見つけて、ぶつけることにしたのだ。
悲しいことに、このような愚かな人間が不足するということが一度もなかったのは、世界の歴史が証明するところである



『ゴルゴダの秘儀』(シュタイナーのキリスト論) 
(西川隆範) (アルテ)2004/3/1



<ゾロアスターの個我>
・ 「マタイ福音書」のイエスが亡くなって、その身体の中に生きていたゾロアスターの個我が「ルカ福音書」のイエスのなかに移ったことは、すでに述べた。
イエスが、30歳になったとき、ゾロアスターの個我は去って代わりに、キリストが入ってきた。ゾロアスターの個我は、すでに亡くなっている。「マタイ福音書」のイエスのエーテル体と結びつき、新しい身体を形成する。これが「マイスター・イエス」と呼ばれる存在である。

・ローゼンクロイツはキリストの個我のコピーを受け取った人物ともいわれている。ローゼンクロイツは、のちにサン・ジェルマンという名でも知られるようになる。

・ 七人のマイスター(菩薩)は、繰り返し転生しつつ地上で活動している。そのほかに、マイスターが5人おり、彼らは精神界にとどまって、地上には下らないとされる。この計12人が「叡智と感受の共鳴の導師たち」と名づけられるアデプトたちで、ホワイト・ロッジと呼ばれる場に結集しているという。12人の菩薩たちの本体は、精神界にあって、キリストを中心に輪をなしている。



『アガルタ(虹の都)』
 (R・E・ディクホフ)  (密教科学社)1961/1/1



<天上界におけるハイラルキー>
・ベテルギューズ遊星帯のどこかに存在する年老いた神々は、彼ら自身たちのために天上界におけるハイラルキーなるものを組織した。その代理とともに、この悠久な年代に地球の内部にトンネルを穿つことに成功した。これらのトンネルは、タイタンのトンネルとしばしばいわれているものである。

・火星からやって来た年老いた神々とその代理人たちは、かのタイタン人つまり巨人労働者をどこから導入したかについては語っていない。しかし、もちろん彼らはどこからどのような方法で、タイタンを連れてきたか、どこでどのように彼らを使役したかについて知っている。これらの巨人タイタン族は、遊星ウラナス(天王星)から来たもので、その父ララヌス神の御名にちなんで名づけられる。創世記の記述によると巨人タイタン族は、地球の内部に住んでいて地球の表面には住んでいなかったと記されている。

<人間のような手足を持った蛇やクロコダイルに似た生物>
・火星の超人科学者達は、悠遠の太古に宇宙空間を越えて飛来したのであったが、当時火星人は、彼らに対峙し挑戦していた敵を持っていたのである。それは、金星人であって、火星人と同様、宇宙旅行に関する原理について理解していた。そして、金星人は火星から飛来してきた半神半人の超人たちより、少し送れて、地球に到着した。彼らは、人間のような手足を持った蛇やクロコダイルに似た生物であった。この爬行生物については、聖書創世記の中にも人類の敵たる老いたる蛇、直立歩行し、言葉を語り、智慧と判断力を持つ蛇として描写されている。

<エジプトの死者の書>
・「私は、昨日の子孫であり、地球のトンネルに私は出生を与えた。そして私は、自分に予定された時に出現したのである」。また、「私は“ラ(Ra)のトンネルにいつでもいけるように夜をそこから運び去った」。我々は、またエジプト人が崇拝している地下王国の神オシリス神を除外することはできない”



『世界の奇書 総解説』
(自由国民社)1992/11/1
「哲学的人類史」(インド起源説の原点)(ファーブル・ドリブェ)



<シナルシー>
・ 本書が後代のオカルチストの東方神話の原点の一つになったのは、19世紀後半のサン・チーブ・ダルヴェードルによるところが大きい。彼は、「ユダヤの使命」という著書で、ファーブル・ドリブェの人類史をほぼ全面的に踏襲しただけではなく、ラム帝国は、現在も存在していると主張した。つまり、イルシュの反乱後、ラム帝国の中心は地下にもぐり、世界各地のシナルシー派を密かに指導、支援してきたというのである。これがインドか中央アジア奥地に入口があるという地下王国アガルタである。このアガルタの消息を伝える「インドの使命」もまた世界の奇書の一つと言えよう。

・シナルシーは、アナルシー(アナーキー)の反対語で、ラム帝国とアガルタの統治形態である。これは、ファーブル・ドリブェの二権分立に、経済・生産従事者の組合(資本家+労働者)を加えた三権分立であった。サン・チーブ・ダルヴェードルは、ヨーロッパにおけるシナルシー革命を精力的に唱え、その下ではアガルタと連帯することを訴えた。このようにして、東西の協調と世界の救済が実現されるはずである・・・・・・。このシナルシー革命の余波は第二次世界大戦中ドイツ占領下のフランス政治の裏面にも及んでいるという。

<ラム帝国>
・アトランティスに対する決定的勝利を収めたラムは、インドを中心にイラン、アラビア、カルデア、エジプト、エチオピア、リビアにまたがる世界帝国を確立するのである。ファーブル・ドリブェによれば、古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」には、このラム(ラマ、ラーマ)の事蹟を歌ったものであり、劇(ドラマ)の起源はラムの功績を讃える祭儀であったという。



『カリスマへの階段』
 (コリン・ウィルソン) (青土社) 1996/3/1



<ジョセフ・スミス>
・モルモン教は、ヴァーモンド州生まれの農夫の息子ジョセフ・スミスにより1805年に創始された。スミスによると、モロニという天使が1823年9月21日の夜に現れて、アメリカの原住民の歴史が刻まれた黄金の板一揃いが埋まっている場所―ニューヨーク州パルミラから6キロの丘の中腹―を教えてくれた。スミスが最終的にこれを発掘するのは、1827年のことになる。最初の弟子―農夫マーティン・ハリス―が寄付した50ドルで余裕ができると、スミスは銀の眼鏡「ユイリムとトウミム」の助けを借りてこれを翻訳し、1830年に「モルモン経」として出版した。黄金の板は、天使モロニへ戻されたので、スミスのほかにこれを見た人間はいない。

・ただし、スミスは、その一部を紙に書き写し、弟子ハリスに命じ、これをアントンというニューヨークの学者に鑑定させたところ、文字は本物との回答が得られたと言う。)「モルモン経」の一部の「レヒの書」は弟子ハリスの妻により悪魔の作として火に投ぜられた。
「改良エジプト語」で書かれた「モルモン経」は、5世紀にバベルの塔からやって来たヤレド人の入植からアメリカの歴史を述べると語っている・・・・・イエス・キリストは十字架で死んだ後にアメリカに現れて福音を説いた。
誰もスミスも詐欺師と信じて疑わない。



『稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻集成』 
 (杉本好伸) (国書刊行会)2004/7/1



<魔王の山本(さんもと)五郎左衛門>
・稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「実話」を絵巻物にしたといわれているが、異次元から魔王の山本(さんもと)五郎左衛門が登場したり、超常現象を体験した平太郎の側に冠装束をした人の半身が現れたりしている。これこそ「産土神」と云われている。



スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(6)

2020-01-12 16:55:32 | 森羅万象

<窓の下のテニスシューズ>
・ 心臓発作で一時は死んだように見えた中年の女性が、その間、体外離脱をして病室の天井近くに浮かんで、医師や看護婦が彼女の命を救おうとして、必死で手当てをしている様子をながめていた。彼女は、それから窓の外へ出て病院の裏手へ回り、そこでおかしなものを見つけた。ある窓の外側の窓枠の下の小さな張り出しに、テニスシューズが片方だけ載っていたのである。

・ 意識をとりもどした彼女は、すぐにそのことを病院の職員に告げた。テニスシューズは、実在し、拾われて、彼女のもとへ届けられた。

・ 臨死体験を報告する多くの人が、同時に体外離脱体験が起きたことを語っている。

・ そこまできたとき、私は、もうこれですべて見たなと思いました。すると次の瞬間には、私達は、宇宙空間に向かっていました。そして、地球かどうかは、定かでありませんが、全く光の世界に着いたんです。そこの人々は、私を案内しているキリストによく似ていました。それに、彼らは、私達二人を実際に見ることができた。それはこの人たちが初めてだったんです。非常に進化した人たちで、キリストの教えるような愛し方ができる人たちだった。

・ 地震やハリケーンなどの自然災害がどんどん激しくなっていくところも見たし、私の理解できない大爆発が起きるところも見ました。当時は、1943年で、ヒロシマやナガサキ以前でしたが、地球に素晴らしい平和が訪れるところも見ました。そして、そのとき、キリストにもう帰るようにと告げられたんです。

・ 意識がなくなっていくのがわかりました。気がついたときは眼を開けて、実際の自分の眼を開けて、自分の指にはまった指輪をながめていました。するとまた意識が遠のいていき、そのつぎに目覚めたときは、12月24日の朝になっていたというわけです。

・その後また別の世界へ連れて行かれました。しかし、着いてみると、そこはどんなことがあっても、入りたくないような場所だった。それはおびただしい憎しみと敵意と独善と知ったかぶりの充満しているところは、ほかに知らなかった。そこの人間たちは、相変わらず殺し合いをやったり、何かみだらなことをセックスの喜びからではなく、ただ、憎しみと怒りからやっていた。しかし、その場所でさえ、高い次元の人々は、愛を示し、いやしい人間たちの心を変えようとしていたんです。

・ 次に行ったところは、精神と知性の部屋と呼びましょう。より高い学びのセンターでした。生まれて初めて聞くような、たとえようもなく美しい音楽が流れていました。

・ 次は、研究所の建物へ案内されました。私は、医学部進学過程で化学と生物学を勉強していたものですが、その場所で扱われていた道具がまったく理解できなかった。ところが、それから10年後、つまり1953年ごろ「ライフ」誌を読んで総毛立つような気がしました。1943年の最初の原爆研究室の写真が載っていたんです。

・ ヒロシマの何年か前です。そこに写っていた道具の一つは。あそこで扱われていたものだったんです。それから図書館へ行きました。リッチモンドのビジネス街のビルを全部合わせたより、まだ広いようなところだった。全世界のあらゆる聖典が収められていました。キリストは、みんなが、色々な宗教を学ぶことを少しも心配していませんでした。しかし、それなら私の宗旨などは問題じゃないでしょうか。パブティスト派、メソジスト派、長老派は救われるけれど、カソリックはどうもだめ、ユダヤ教ではまったく、見込みなしという具合ですから。

・その後、彼(キリスト)は、自分の側を離れないようにと言いました。するとまた私達は、病院の外にいて、また超スピードで移動していたんです。やがて、ニューヨークかシカゴかサンフランシスコかは分からないが、大きい水域の側の都会に来ました。
一面、光の海だった。ちょうど夜の飛行機から見えるような具合です。いつも見ているのとおなじようなものが見えました。だが、よその世界を見ているような感じもした。繁華街の通りには、肉体を持った普通の人間もいましたが、そうでない人もいた。
普通の人間も兵士も水兵も一般市民もいたが、みんな酔っているように見えました。彼らは、体の周りにてっぺんが開いた電場を持っていて、他の肉体のない人々が彼らを導こうとしていました。

・ほかの光景もありました。兵器工場が24時間ぶっ通しの三交替制で働いていました。肉体のある人間が流れ作業をしていて、他の人々がそのそばに立って、工場をどうやって動かしていくかを教えようとしていました。もちろん、ビクスバーグで出会った男に、私が見えなかったのと同じで、普通の人間には、彼らが見えも聞こえもしないわけです。

・死んでやってきた人たちが迎え入れられる場面も見ました。死人たちがその後どうなるかが決められるところもありました。とりわけ、心に残ったのは、自殺者が調べられる場面で、そういう行いが自分を愛してくれる人をどれほど悲しませるかが、言い聞かされていたことです。

<キリスト世界が神の世界だろうか>
・ある米軍下士官見習いの魂がイエス・キリストという添乗員に連れられて、あの世へパッケージツアーに出かけた。兵士は自分の人生のパノラマを見た後。この世の過去と未来の黙示録的な幻を見る。そして、この世へ戻るために自分の体を求めて陸軍病院内を探し回り、ようやく自分の指輪をはめた手を見つける。その手が突き出していた、シーツには、どうやら死体が包まれているらしかった。これは、私がアメリカで取材した臨死体験の中でも、とびきり不思議な話である。その兵士は、現在精神科医である、ジョージ・リチー。

・ リチーは、1943年の12月下旬、両肺におよぶ肺炎に倒れた。20歳でキャンプでの基礎訓練を終えたばかり、24時間たたないうちに脈も呼吸も血圧もなくなり、軍医が死亡を認定した。その後、ある看護兵が、死体が動いたように思い医師を説き伏せて、心臓にアドレナリンを注射させた、医学的には、その処置が彼の命を救った。

・ 死後、天国か地獄かに行くもとの決まっています。どちらにも往かない宙ぶらりんの状態があるなどとは、誰からも聞いたことがなかった。私は、そこに座り込み、その自分の体を眺めていました。そんな不安な絶望的な気持ちで座っていると、やがて部屋の上の方がどんどん明るくなっていくんです。
気がつくと私は、ベッドのずっと上のほうへ跳ね上がっていました。病院の壁は消えている。そのとき突然、目の前に私の全人生がパノラマのように浮かび上がってきたんです。

・それから、突然、あたりの光の中からなんとも言えない不思議な光が現れました。それはキリストでした。だが、ステンドグラスなんぞで、見るようなキリストの姿とはまったく違う。このうえなく、力強い体だが、人間の形はしていない。何かまわりのまばゆいばかりの明るさの中から浮きたつような姿でした。私はそれまで経験したことのない絶望的な愛情を感じました。話はふつうの話ではなく、純粋なテレパシーでした。



『時のない地球』 
(ピーター・コロシモ) (大陸書房)1973/1/1



<アパッチの神ネプトゥーヌス>
・アリゾナに住むアパッチ・インディアンは、ティアワナコには過去の伝説上の彼等の祖国があるといい。それを見たこともないのに「髭の白人」の像の話をするのであった。

・ 髭の巨人と三叉これは、白い神のバラユーチャを表したものである。そして、それはポセイドンのつまりネプトゥーヌスの属性ではなかったか。

・ 多分、インディアンの幾種族は、大昔アトランティス帝国の一部があったのだろう。

・ アトランティス人は白人であった。今日でも、その数少ない正当な子孫は白人である。ティアワナコ文明が開化したところに住むチチカカのウロス族がそうである。最初の移民の子孫であるアルゼンチンの原住民もそうである。アルゼンチンのネグロ川のパタゴニア族を調査したところ、ここの人々は、ブラジルのミナス・ゼライスの有名なラゴア・サンタの人々と同種族の白人である。

・ アメリカの老古学者ハイアット・ヴェリルは30年間中南米の失われた文明の研究に身を捧げた。彼は小説「光のかけ橋」の中に意志によって現れたり消えたりし、とても超えられないような岩だらけの谷を渡してくれるイオン物質で作られた「光のかけ橋」を通って到達することができる先インカの町について書いている。最後まで、(彼は80歳で死亡した)ヴェリルは彼の本が単なる伝説ではないと言い続けた。そして、残された彼の奥さんもそう言っているのである。



『失われた惑星文明』
 (ジョン・A・キール) (大陸書房)



<チムニー・ロックの“光る人間”>
・ チェロキー・インディアンには、ノースカロライナのチムニー・ロックという小山のあたりに出現する奇妙なものに関する伝説がある。白人も時々、その奇妙なものを見ている。

・ 1806年、人々は、なんとも異常な事ながら、幾千とも知れぬものが空中にいるのを見た。7月31日のことで「形は人間と同じようだが、光り輝いて見え、チムニー・ロックの上にも、そのまわりにもいっぱいいた」

・ ある夫人の証言では、「私は、まっすぐチムニーの方を見ていたのです。空には、チムニー・ロックの南の方から、まわり一面にお化けのような白いものがびっしりむらがっているのに気がついて、それこそびっくり仰天しました。みんなまっ白でギラギラ光る衣服を身につけて(衣服としか言いようがないのですけれど、ずいぶん薄いもののようでした)見ただけで目が痛くなったほどです。それだけで、私は、びっくりしてしまいましたが、どういうものか不快な感じが残りませんでした。

・ チムニー・ロックは、このおかしな惑星に数知れずあるおかしな場所のひとつにすぎないのだ。



『コズミック・ヴォエージ』
  (コトニー・ブラウン)  (徳間書店)1997/3/1



<地球には確かに昔から各種の異星人が来ている>
・「 中でも、我々の歴史と文明に重要な関わりを持っているのは、グレイと呼ばれる連中と火星人の種族・・・・・・・」

・ グレイ族は、別に邪悪な存在ではなく、彼らは物質的であると同時に、非物質的存在でもあり、サブスペース(亜空間)を通じて組織されている汎銀河連合の一員として、我々人類を陰から助け、導いてくれている・・・・・。

・ 火星人の一部は、グレイ族の助けで、地球に移住し南米の先住民に混じって生活しているが、肉体、精神両面の適応技術のおかげで、見分けはつかない。

・ 別の火星人グループは、ニューメキシコ州の地下洞窟に隠れ住んでいるが、法的にはアメリカ市民だ。火星移民の問題は、将来アメリカ政府の直面する重大課題になろう。

・ 銀河連邦―アブダクティの報告に基づく現存のUFO文献には、しばしば「銀河連邦」と呼ばれる地球外生命の組織について言及している。それは、銀河系スケールであることを除いては、どこか国連に似た組織のように思われる。



『超古代文明の謎』 
(佐治芳彦) (日本文芸社)1997/1/1



<高天原は太陽系外宇宙のプレアデス星団にあった>
・ 竹内文書によると、まず『記紀』系神話にある「天孫降臨」が超古代に行なわれ、しかも降臨した神々の「高天原(たかまがはら)」に相当するのが、太陽系外の宇宙にある星だったということ。これがまず衝撃的である。
 その「星」については同文書は、「火玉国」などと記しているが、私はかって、その星をプレアデス星団内の一惑星と仮定したことがあった。それは、同文書を公表した竹内巨麿(きょまろ)の南米ボリビアの古代遺跡と神代文字についての言及と、現地のインディオの伝承などからの推論だった。その後、人類の母星をプレアデス星団だとするアメリカの研究者なども現れた。

・ つぎに、その降臨した神々はテレポートしたのではなく、「天空浮舟(アメノウキフネ)」という宇宙船を利用したこと、この恒星間宇宙船を持つ彼ら(神々)の科学技術から地球第一期文明、黄金時代がもたらされた。

・ 文明変亡の原因が大異変と戦争にあった。つまり、大異変―社会混乱
―戦争(内戦・反乱)-滅亡という「竹内文書」の文明パターンは、現在の私達にとっても大きな示唆・教訓を与えずにはおかない。

<ゾロアスターがイメージした壮烈な宇宙戦争>
・ 復活思想、審判思想(最後の審判)、メシア思想、ハルマゲドン思想など、すべてゾロアスター教から出ている。また、イスラム神秘思想(天使論など)、大乗仏教の菩薩思想、密教の護摩と拝火思想もゾロアスター教起源である・・・・。

・だが、私がここで取り上げたいのは、宇宙創生以来の「光と闇」「善と悪」の二元対立に象徴される壮大な銀河スケールの宇宙戦争のイメージが、この宗教に最も顕著にうかがえることである。
光と闇、善と悪を代表する神と悪魔の元に、多くの天使や魔物が戦い続ける。人間は、光と善の最高神アフラ・マツダの被造物である。最初の人間「マヌ」は人間そのものを意味する(マン)。
だが、彼自身、個の小宇宙であって、大宇宙の戦いと同等の戦いを内身にかかえている。

・ ただ、4期にわたる宇宙戦争という発想と人類は4度壊滅したというマヤの伝承や、アトランティス時代以前にも数回、破滅があったとソロレに語ったエジプトの神官の超古代の記憶との類似性に注目したい。



『仮説宇宙文明』
 (プリンズリー・トレンチ) (大陸書房)1974



<エデンの園>
・ エホバは元来マルス(火星)の神であった。

・ エデンの園は火星(の異次元)にあった。

<二つの「創世記」>
・「創世記」の第一の創造の話は「黄金時代」の建設のことである。そして、第二の創造の話は、地球上の動物として、化学合成的肉体を有する人間―第二のアダムを「エホバ」が作り出す話なのだ。

<オリンポスの神々とは?><空の人々><銀河系宇宙人>
<空の人々の訪問>
・ キクロプス(一つ目)とは、伝説に言う不死の民族であり、人類に先立つ「神の民族」もしくは、「先遣民族」であった。

・ 神々や女神たちが天から降りてきて人間と交わるというギリシア神話全体を貫いている概念は、ギリシア神話に限ったことではない。

・ 世界のあらゆる国々の民族が天から降りてきた神々のことを言い伝えている。北米のインディアンたちもまた遠い昔のある時代、天から降りてきた「白い神」のことを語っているのだ。

・ オリンポスと地上の間を二輪車で行き来する女神ケレス。

・ ヘブライ語では、エホバという言葉はいろいろな形で出てくる。すなわち、イスラエルの神エホバ、アドナイ(主なる神々)、エホバ(複数)名たるエホバ、老いたるエホバ、万民の主エホバ(軍神)、エホバ・エル・シャッダイ(アブラハムと聖なる神)等である。

・ 「空から来るヘビ族」とは、グレイ・タイプや爬虫類人種の異星人たちのことだろうか!?

<混血人間時代の始めより>
<エロヒム系とエホバ系>
・ 「創世記」には二つの創世物語が収められている。それは、エロヒムによって創り出された、銀河人アダム1の創世記と、エホバ(サタン)の創造物たる地球動物人間アダム2の創世記である。この2種類のアダムの系図を対照してみた。

エロヒム系(「創世記」第5章)
アダム1――セツ、エノス、カイナン、マハラレル、ヤレド、エノク、メトセラ

エホバ系(創世記第4章)(第二次創世、化学合成地球動物人間)
アダム2――カイン、エノク、イラデ、メホヤエル、メトサエル
さらに、このアダム2系列の混血系として次のものが挙げられる。
ラメク、ノア、セム、ハム、ヤペシ

・ エロヒム系は非常に長い歴史を持つものとする。一方、エホバ系はあまり長くなく、その起こりはおそらく十万年以上前ではないと考えられる。

・ エホバは、自意識とか理性とかいったものはない、つまり人間ではない「半獣族」を作ろうとしたに違いない。しかし、この創造に関係した者すべてが驚きあわてたのは、そのアダム2が予期に反して「人間」の仲間入りをしてしまったことだ。

・ エロヒム系とエホバ系の血が混じって、ラメクが生まれた。すなわち、ここから混血人間が始まるわけである。つまり、創世記で主なる神がヘビに向かって予言したように、ヘビ族と動物人間との血が交わり始めたのである。

<楽園の4本の川>
・ 4つの運河によって、うるおされている天の園についての説は、スカンジナビア人、そしてギリシア人の間でさえ残されている。

・ その著書「アトランティス」の中でドネリーは、ホメロスを引用してこう述べている。

・「それはスカンジナビア人の言う聖なるアスゴールであった。その実り豊かな大地は、4本の乳の川でうるおわされ、その川は東西南北に向かって別々に流れていた。それは、『幸せの住む所、至福の丘』であって、それはシナイ人やタタール人のいうチエン・チャンである。その『天がある山の国』『魔法の国』は4つの永遠の泉によってうるおわされている。それはセイロン人やチベット人の言う『丘に囲まれた楽園イラ』であった。

・それは賢く心正しき人の永遠に住むところだという。それは仏教徒のいうシネルである。その頂上にはタウルチサすなわち至上の仏たるセクラの住居があり、そこからは別々の方向へと4本の聖なる川が流れている。それは、ヒンズー教徒の言う『天なる土地』スラブラッタであった。それは黄金の山メルの頂上にあって、ジャンバドウイパの中心たるプラーマの都市であり、その四面から4本の川があふれ流れている。」



『輪廻を超えて』(もう一つの現代の神話)
 (J・ラドン) (人文書院)1996/7/1



<誰もが肉体の中にアストラル体を持っている>
・誰もが肉体の中にアストラル体を持っている。夢を見たり、「肉体を離脱する」旅が生じるときに体を抜け出すのが、このアストラル体である。肉眼には見えないこの身体は、実際に存在し、平均50~60gほどの重ささえある。肉体の老化とともに、このアストラル体にも、同じような特徴が見られるようになる。ときには手足を切断した場合などの例外もあるが、この場合アストラル体がまだ無傷の状態であるため、手足を失った人は自分の四肢が存在し続けているように時折「感じる」ことがある。

・老齢のために死んだ人々には、最初にこちらに到着した時点では、たいてい今まで通りの老いた身体をまとっている。だが時がたつにつれて自分をうまく操作できるようになり、若々しいころの活力に満ちた状態を取り戻していく。同様に乳幼児として死んだ若者もやがて青年となり、望む限り、その状態でいられる。当然、地上に戻って新しい肉体とアイデンティーを獲得する者も多い。

<精霊界の建物>
・ ある理由で新しい建物が必要だということが大多数の者たちによって決定されると「高次の」領域の相談役の意見を聞いて合意を得る。

・ 建築家たちは、彼等の心を集中させることによって、自分たちがすでに決めた設計上の諸要素を具体的な形にするための「想念の型枠」を建てるのだ。この想念の型枠は、もやか、霧でできた建物のようにうっすらと見えるだけだが、眼をこらせば十分見ることができる。

・ これで最終的な形が完全だと全員が納得すると、彼らは心の力を使って高次の領域の魂たちに呼びかけ、生命の息吹を送ってもらう。

・ これで、事実上、建物は生きたものとなる。建物が鼓動したり脈打ったりするわけではないが、おぼろげな輪郭がはっきりして頑丈な形と実質が備わるのだ。仮の姿である最初のもや状の型枠は消え去り、美と輝きと脈動が合体して新しい作品が形作られるのである。仕事は完了し、建物はできあがった。美しく完璧なその姿は時を経ても損なわれることがないので、こちらでは建物は想像以上に長持ちする。建て替えは、変更を希望する者が多いときにだけ行なわれる。

<領域3>
・魂の身体に食物は必要ない。したがって農業や食料品店、料理からレストランにいたるまで無数の地上的な仕事は、不必要になる。しかし、園芸はこちらでも大いに愛用されている。

・ あらゆる種類の芸術が心から楽しまれており、特に音楽は、万人に喜ばれている。

<領域3では、地上と同じような生活が引き続き営まれている。>
<領域3の仕事>
・ こちらの建築方法は、地上のやり方とは、大分違う。工事に必要な道具、たとえば、シャベルやトラクター、ハンマー、金づちなどは使わない。板もコンクリートもトラック、鋼鉄の梁もクレーンもいらない。ここでのあらゆる活動は、本来心の力を使って行なうものだからである。

・ 私達の「物質的な」大殿堂の建設でさえ、心の働きに基づいて行なわれる。だがそのためには、教育や知識、研究、設計が不可欠であり、これらに心の働きが加わって、はじめて建造物は、完成するのだ。

<領域2>
・ 領域2は、怒りや苦しみや混乱に対処しようと試みる悩める者たちによって作り出された、より暗い場所のことだ。もし諸宗教で言う地獄のようなものがあるとすれば、これらの区域がそれに当たるだろう。これらの区域は、熱くなく不気味に冷たい。

<領域3>
・ 領域3は、光と美の諸領域のうちの最初の界層で、みなさんのほとんどが死後この領域へやってくる。これは喜びと意義と美の世界である。領域は全部で7つあり、その最高に位置するのが、神、女神、ヤハウェ、アラー、ブラフマン、グレイト・スピリットあるいは、「全存在を包括するもの」の領域である。

・ 自分の属する領域よりもさらに高い領域を認識するには、訓練を積んだ上で、道案内役のガイドを獲得しなくてはならない。

・ 領域3の自然環境は、息をのむような美しさで、これまであなたが地上で楽しんできたどんな美をも超越している。それでいて、少しもけばけばしさを感じられず、見る者の眼に完全に調和して美しい。



『天使の灰の中から』 
 (アンドルー・コリンズ) (翔泳社)1997/12/1



<歩く蛇>
・ 紀元前5000年~4000年の古代イラクにいたウバイド人の墓から見つかった「トカゲのような像」の一つ。母親だけでなく、母乳を吸う子供も蛇のような特徴を持っている。つまりこの像は、トーテム的なマスクをかぶった人間ではない。ウバイド人にとって蛇のように見えた民族が存在したことを示すと思われる。これらの「歩く蛇」は、いったい誰なのか?彼らは、どこからやってきたのか?

<ライオンの頭をつけた神>
・これは、地下にある暗いミトラス神殿でかって崇拝された「神秘的なライオンの頭を持つ像」によって最もよく具現されている。この翼を持つ神の等身大の像は、人間の男性の身体を備えている。

<ミトラス教のライオンの頭をした神は、いったい誰、あるいは何なのか?>
・その「ライオンの頭をした」神は、それが備える最も一般的な属性から見ると、後世の古文書が「コスモクラーター」と称しているものと同じだといえる。コスモクラーターとは、「世界を創出し治める力」を占星術的に明らかにした具現であり、天球のダイナモの全車輪が果てしなく回転して生み出される力である。

・ 「ライオンの頭をした神」は「分点の歳差運動を支配している力の具現」と信者にみなされているという。つまり、「ライオンの頭をした神」は、2万5920年の歳差運動のサイクルを通じて、天体の動きを制御していると信じられているのだ。

<「ライオンの頭をした神」は、時間の支配者>
・ 「ライオンの頭をした神」は、ズルワン教における悪の原理、アーリマンを示すと考えられている。「ライオンの頭をした神」は、運命の支配者及び無限の時間の支配者としての立場から、イランの宗教における悪の原理に降格させられ、彼の本来の役割は、ズルワンが担うことになったのである。


<ライオンの頭をつけた神>
・イランの神話で獅子座の時代にまつわる地球規模の出来事をさらに密接に結びつけるものがある。アンラ・マンユの主な動物形のひとつはライオンである。

<(アンラ・マンユ=闇と悪を意味するアーリマン)>
・ゾロアスター教の最初の千年紀は、紀元前9630年に始まるという。ササン王朝期のものとされる、アヴユスタ文献ではまた9000年(3×3000)という期間はアフラ・マズダとアンラ・マンユが世界の支配権をめぐって戦った期間とされている。

・ ライオンの頭をしたコスモ・クラーター。ローマ人のミトラス信仰において、宇宙の時間をつかさどる者。イランのズルワン教で、邪悪な霊とされるアーリマンとも同一視される。1万1500年前の歳差運動のサイクルに従い、この神は、獅子座の時代に由来するのだろうか!?



スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(5)

2020-01-12 16:51:04 | 森羅万象

『山怪  弐』     山人が語る不思議な話
田中康弘     山と渓谷社   2017/1/19



<神様の孫>
・秋田県の森吉山北麓に杣(そま)温泉という一軒宿がある。ここは秘湯として、知られ、登山客も多く訪れる場所だ。温泉宿の主人であり、また地元のベテラン猟師でもある杣正則さんに話を聞いた。
 「私の親父が亡くなった時に人魂は見ましたね。祭壇は大広間に作ってたんですよ。その時、私は何か凄く体の調子が悪くてね、こう首から背中にかけて鉛でも入ったみたいに重くて苦しかったんですよ」
 一週間ほど謎の体調不良が続いた頃、話を聞きつけた住職がやって来た。そして早くこの祭壇をかたづけろと忠告してくれたのである。
「和尚さんがお経を上げてくれて、それを聞いているうちにどんどん体が軽くなっていくんですよ。あれ?不思議だなあと思いながらふと窓の外を見たら………」
 目に入ったのはバスケットボールくらいの大きさの人魂だった。それを見た瞬間に杣さんは分かった、あれは親父だと。

・杣さんのお婆ちゃんはいわゆる地域の神様、拝み屋さんで、さまざまな相談ごとに応じてアドバイスをする霊能力者の類いだった。その力が孫である杣さんにも若干受け継がれているらしい。

・杣さん自身も山の中で迷ったことがある。そこは行き慣れた場所であり、決して迷うような複雑な地形ではない。しかし歩いているうちに妙な感覚にとらわれ始めた。
「あれ?何か変だなって思ったんですよ。自分の前に足跡があるんですね。さっきまで無かった足跡が突然現れたんです。これは変だと思って立ち止まって周りをよく見たんです」
 気持ちを落ち着けて確認すると、それは先ほど自分が通った所ではないか。目の前の足跡は自分の物に違いなかった。
「完全にリングワンデリングなんですよ。そんな馬鹿な、こんな所でなぜだって思いましたね」
 腑に落ちない杣さんが周囲を調べると、やはり多くの狐の足跡を発見したのである。
「やられたな、こりゃ大変だ。さてどうすべ?」
 杣さんは左へ左へとなぜか進んでいるようだった。そこで極端なくらい右へ曲がりながら登り始めたのである。しばらくすると目的地に近い場所へ辿り着いたが、それでも若干左寄りの地点だった。神様の孫と狐の攻防戦はいい勝負のようである。

<マタギの里で>
・秋田県の阿仁地区はマタギの里として有名である。ここには根子、比立内、打当という3ヵ所のマタギ集落がある。現役最古参のマタギで長老的存在でもある松橋吉太郎さんに話を聞いた。吉太郎さんは12歳から狩猟に関わり、16歳で本格的な山仕事を始め、多くの男たちを剛腕でまとめてきた人物である。

・「同じ集落(比立内)のマタギで若いのと年寄りがおってなあ、いつも一緒に入っておったよ。猟だけじゃなくて山菜採りやキノコ採りもなあ」
 歳は離れているが、ウマが合ったのか二人は行動を共にしていた。ところがふとしたことで若い人が寝込んでしまい、そのまま帰らぬ人となったのである。

「あれは可哀想なことだ。順番から行けばおらのほうなのにな」
 年長のマタギは相棒の死を悲しんだ。そして翌年、山菜の季節がやって来るとその寂しさはひとしおである。いつもなら二人で向かう山も、一人では味気ない思いが嫌でも込み上げてくる。
「その人は次の年に一人で山さ行ってな、いつもの場所で山菜を取り始めたんだと。しばらく採ってるとな。後ろのほうで何かガサガサ音が聞こえてきてよ」
 何だろうと振り向くと、昨年亡くなったはずの相棒が自分と同じように山菜を採っていた。ああ、今年も一緒に山へ入ってくれたと少し嬉しくなったそうである。

・「そういえばおらの婆さんは山でひでぇ目に遭ったってなあ」
 それは吉太郎さんのお婆さんがまだ若い頃の話である。ある日、山の畑で作業をしている夫の所へ昼飯と酒を持っていった。夫は午前中の仕事を終えて汗を拭いて一休みしていたが、来るはずの妻の姿は一向に見えない。今なら携帯電話の出番だが、当時は連絡の手だてがないのである。待ちくたびれた夫は妻を探しに山を降り始めた。
「すぐに婆さんは見つかったども、それがあまりに凄い格好でな」
 髪をざんばらに振り乱した婆さんの姿に爺さんはびっくりしたそうだ。彼女が爺さんに飲ませようとした酒やご馳走の天ぷらは跡形もなく消えていた。
 「あれは狐にやられたんだと爺さんは言ってたな」

<青い服の女>
・東京には2千メートルを超える山がある。青梅市から西へ進むと徐々に森が深くなり、本格的な山歩きを楽しめる地域が広がっているのだ。そのような東京の山岳地帯で聞いた話。

・それは熊鈴事件から数日後の出来事だ。
「枝打ち作業をしている時です。現場にね、青い服を着た女の人が歩いてきたんです。それを見つけて、危ないから声を掛けて止めたんですよ。上から枝が落ちてきますからね」
 切られて高所から落ちてくる枝が頭に当たれば大変だ。そこで気がついた作業員が青い服の女性の足を止めたのである。しかも……。
「後で他の奴に“お前何してたんだ”って言われました」
 木に登って枝打ち作業をしていた同僚は、下で声がするのに気がつき手を休めたそうだ。
顔を向けると件の作業員が何やら話をしている、それも身振り手振りで一生懸命に。

「木の上の人には見えなかったらしいんですよ。青い服の女性が。だから私が一人で話をしていると思ったんですね。あいつおかしくなったんじゃないかってね。それ以外にも白っぽい感じのお爺さんが歩いていたりするのも見ましたね。とにかく何とも嫌な感じのする現場でしたよ」
 山で白い服を着た人は時々見かけるものらしい。登山道に近い現場で作業をしていると白装束のお爺さんが歩いてくる。少し足元がおぼつかない。危ないなと思いながら見ていると、その姿が忽然と消える。それが何者かは分からない。
「夕方近くに山に入ってくる人は注意して見ますよ。気になりますよね、かなり」
 何が気になるのか、それは自殺である。実際に自殺者は昔から少なくない場所なのだ。大抵は夕方近くに入るらしい。そこが夜明けとともに動き出す登山者とは違うのである。

<山の中で聞こえる音は>
・道迷いはかならずしもそれらしい場所で起こるとは限らない。天気が良くても複数でいても疲れていなくても、迷う時は迷うのだ。そして誰もが不思議に感じる。なぜあんな所で迷ったのかと、このような場合、東北ではほとんど狐のせいですべて片づくのであるが、どうやら奥多摩には悪さをする狐や狸がいないらしい。

<降りてくる山の神>
・山の神は女性だと言われている。嫉妬深く、若い男のイチモツを好む少しスケベな面も持ち合わせているらしい。古のマタギは初猟の時に最年少の男を裸にして山の神にご機嫌を伺った。そうすると獲物が捕れるというのである。現在でもこれは有効なのかもしれない。

・獲物が捕れますように、怪我をしませんようにとありふれたお参りである。それから猟が始まり、山の中で一日を過ごすと夕方には全員無事に帰路に着いた。
「帰りに3人で車に乗って厚木市内に向かったんです。私は後部座席に乗って2人が前にいました」
 街中に入ると家が立て込んだ住宅地の中を進んだ。後部座席から何気なく前を見ていた服部さんは、不思議な人物に目が留まった。
「あれ?何か変な人が来るなあって見てたんです。少し長めのおかっぱ頭で白い服を着ているんですよ?その服が凄く変なんです」
 彼女が着ている服はやたらと袖が長かった。いや、尋常ではないくらい長い。それは手の長さの2倍以上はあるのだ。2メートル近くはあろうかという長い袖をひらひらさせながら、不思議な女性はこちらに向かってくる。

・3人が同じ方向を見ていたにも関わらず、見えたのは服部さんだけだった。後日その話を知り合いにすると………。
「それは山の神だって言われました。何でも山の神の着ている物はひらひらしているらしいんです。私が山の祠に手を合わせたから、きっと一緒に降りてきたんじゃないかって」
 山の神もたまには街で息抜きをしたかったのかも知れない。お茶目な女性神である。

<幻の巨大石塔>
・五箇山の酒井眞照さんが古い新聞記事のコピーを見せてくれた。日付は明治27年である。その記事は岐阜、富山、石川三県に跨る笈ヶ岳近辺に巨大な石塔が存在することを伝えている。
 内容はこうだ。ある一人猟師が熊を追って山深く入り込んだ。いつの間にか熊を見失い、どこにいるのかさえ分からない状態で彷徨っていると。突然目の前に巨大な建築物が現れたというのである。その規模が尋常ではない。5層の構造で3階までは螺旋階段があり、登れるようになっている。中にはたくさんの仏像が安置してあった。何より石塔の高さが27メートルもあることに驚く。誰もその存在を知らなかった巨大建築物の話に、新聞記者が取材に訪れて記事にしたのだ。

“天然石造り希代の塔”の見出しが、その驚きをよく表している。これが公になると巨大石塔を探しに多くの人が山に入ったが、未だに見つかっていない。NHKが番組の企画として探したこともあったが、わざわざヘリコプターを飛ばしてそれらしき場所を調査した人もいるが、結局現在まで何も分からなかったのである。

・石塔の謎については現在でも諸説入り乱れているが、最近でも見たという人はいる。

「白川で煎餅を作っているお爺さんがいるんですよ。その人は石造りじゃないけど大きな建物を見つけたと言うとりますね」
 そのご老人も山奥に入り込んだ時に立派な建物に遭遇している。こんな山奥になぜあるんだろうと不思議に思い、中へ入ってみると、広間には荘厳な仏像が6体安置されていた。ご老人はしばらくそこで休憩をして、無事に家路についている。もちろん二度と彼はその場所に行くことは出来なかった。
「いやあ、あの辺りの衆もやっぱり言うことがでかいから………」
 酒井さんはそう言うが、これもホラ話なのだろうか。私は彼らが実際にその建物に遭遇したのだと思う。山の中には二度と行けない場所があり、そこへたまたま迷い込んだのだろう。そのような経験者の話は日本国中どこにでもあるのだ。

<最新科学と交差する謎>
・岐阜県の旧神岡町は古くから鉱山の町として栄え、今はスーパーカミオカンデが有名だ。再現された神岡城から眺める四方を山に囲まれた地域である。交通の要衝でもある神岡町で180年続く旅館の主、茂利昌彦さんに聞いた話。

・誰もいないはずの本堂から、子供が楽しそうに走り回り、大人たちが賑やかな話をする様子がはっきり伝わってきたのである。不思議なこともあるものだと、翌日和尚にそのことを話すと……。
「寺には亡者が集まってくるもんだと言われましたね。そういう場所なんだと。それは決して怖いもんじゃなくて、落ち着く安心出来る場所なんだと言われました。自分もそこに最後は入る訳だから、恐ろしい所じゃないんでしょうねえ」
 本堂ではこんなこともあった。それはある夜のこと、茂利さんが本堂で和尚と一杯やっていると、玄関の戸がカラカラと開く音が聞こえた。
「誰か来たんか? こんな時間に」
「ほお、あれが聞こえたか、それは良い経験じゃあ。そろそろ〇〇さんが来る頃だからなあ」
 和尚が言うには、今日明日の命と言われている檀家さんがいて、その人が今し方亡くなったらしい。
「寺はこうしてみんなが帰る場所だから怖くも何ともない。良い所なんじゃあ」和尚に言われて茂利さんは寺がますます好きになったそうだ。

・神岡町は四方を山に囲まれている。朝日が当たる山(西側)には天狗が棲み、夕日が当たる山(東側)は仏の場所であり、南側の山は観音様、そして北側の山は修験の地だと言われている。特に北の山には入ると出られないところがあるので気をつけないと危ないそうだ。
「この西側の山にはUFOがよく出るんですよ。私は何回も見ております」
 茂利さんが初めてUFOを見たのは随分と前のことである。それ以来、空を注視する癖が付き、その結果頻繁に見るようになった。ある時は娘さんと2人で、またある時は家の裏で複数の人たちと見ている。オレンジ色のUFOだったり、銀色で不可思議な動きを繰り返すUFOなど、さまざまな形態があるそうだ。
「この辺りじゃ小学校でたくさんの生徒がUFOを見ているんですよ。ああいうモノは何かは分からんけど当たり前にあるんでしょうねえ。見たことの無い人は信じませんけどね、あるんですよ、間違いなく」

<不気味な声>
・岡山県の北部、鳥取との県境に蒜山高原は位置する。ここは名峰大山を望む高原リゾートとして有名で、夏場は大勢の観光客で賑わう場所である。

・そんな蒜山で長年農林業に従事してきた筒井蒸さんが狐の話をしてくれた。「昔ね、夕方まで野良仕事をしとったんですよ。山のほうの畑で大根を収穫しよった。だいぶ辺りが薄暗うなってきよったんやけど、そいでも荷車に大根を積んでおったら、すぐそばで気持ちの悪い変な声がしよるんですわ」
 その気持ちの悪い声を再現してもらったが、どう表記してよいか見当もつかない不思議な音である。
「“:¥~%#><$∄∓∢”(表記不能)って山の中からね、聞こえてくるんです。それが気持ち悪くてね」
「それは何ですか?」
「狐なんですよ。あれはよう人の話を聞いとるもんなんですよ。それで話が分かるようになっとるんでしょうねえ。昼間は近くには出てこんですよ。でも夕方になるともう自分たちの時間じゃ、天下じゃ思うんでしょうねえ。そいで“お前ら人間はもう帰れ”言うちょるんや思いますよ」
 その表記不能の不気味な声を出す狐の姿は確認したのだろうか?
「狐を見たか?いや見とらんですよ。もう暗くて姿は見えませんから。ええ、でもそれは狐に間違いありませんね」

<拝み屋と憑きもの封じ>
・体の不調が続いたり家族に不幸が重なると拝み屋の出番となる。以前は各地区に存在した拝み屋も、今ではほとんどいなくなった。とはいえ絶滅した訳ではないのである。東城地区で最高齢の猟師黒川始さんに聞いた。
「災いが続くと拝み屋さんを呼んだもんですわ。大体言うことは同じなんですけえね。家の周りをぐるっと回って水神さんを直せ、竈のろっくうさんを直せ言うくらいですかねえ」
 この場合の水神さんとは家への水の取り口に祀ってある神のこと。ろっくうさんとは水の神のことである。その他には“墓が汚れている”が定番の台詞だったようだ。

・「いや、真っ暗の山の中ですけんなあ、何も見えはしませんよ。でもあれは狐なんです。狐はこうやって人を威かすんですよ。それで驚いて本当は右に行くべき所を左に行ったりして迷うんですなあ。それが狐に化かされたということなんじゃないでしょうか」
 狐の姿は見えないが狐に違いないと思う理由はよく分からない。筒井さんの祖父の時代にはもっと多くの狐話があったそうだが、今はほとんど聞かないようである。

<ヒバゴンの里>
・広島県庄原市の西城地区は、ヒバゴンの里として知られている。地区にはヒバゴン饅頭、ヒバゴン煎餅とあらゆる所にヒバゴンが溢れている。ヒバゴン騒動が起こったのは40年以上前の話なので、元祖ご当地ゆるキャラと言えるかもしれない。

・「小学校6年生の時でしたかねえ、ヒバゴンを見たことがありますよ」
 西条支所に勤める加藤隆さんは、地区猟友会の若手である。加藤さんが生まれた頃はちょうどヒバゴン騒動の全盛期である。
「家の近所の川にゴギ釣りに行っとったんです。あれは夏休みの午後でしたね」
 真夏の日差しの中で釣り糸を垂れながら輝く水面を見ていると、上流部に何か動く気配を感じた。加藤さんは顔をゆっくりとそちらのほうに向けて息が止まる。
「猿のでかいのがいたんです。こう立ち上がってね、かなり長い毛で全身を覆われとるんですよ。ちょうど、そう、そんな頭の感じでね」
 加藤さんが指したのは私の頭である。少し長めの白髪頭はよく似ているそうだ。

・この頃には新たなヒバゴンの目撃談もほとんど無く、話題にもならなくなっている。しかし加藤少年は、これがヒバゴンじゃないのかとすぐに思ったそうだ。ただ話を詳しく聞くと、ヒバゴンとはかなり形態が違うようでもある。もしかしたら、最初の頃に目撃されたヒバゴンが歳を取って老人(老猿?)となった姿だったのかも知れない。

<神船>
・島根県の奥出雲町は旧横田町と旧仁田町が合併して出来た町である。その名の通り出雲地方の奥座敷のような佇まいで、有名な奥出雲おろちループを超えると広島県に通ずる。
 御年取って80歳になる恩田愛吉さんの話。
「もう60年くらい前の話ですね。私が仕事を終わって家に帰りよると途中でした。三所川の上のほうにある中村地区を歩いておったんです。夕方でね、まだ明るい空を見上げたら何か飛んどるんですわ。最初はあれは飛行機かいなと思いましたね」

・ところが行き過ぎたはずのその物体は、すぐに山蔭から姿を現し、戻るように移動する。
「あれ?これはやっぱり飛行機じゃねえの思いましたよ。今じゃUFOなんて言葉もありますけど、その頃は無いですけんねぇ」
 奥出雲町には船通山という山がある。古事記によると、この麓にスサノオノミコトが降臨して八岐大蛇を退治した。古来より神の通り道だと信じる人も多い場所なのである。実際に船通山の頂上はほぼ平地で樹木も無い。恰好の離発着場のようにも見えるが、それが自然の姿なのか人為的なものなのかはよく分からない。
 ちなみに、恩田さんが謎の飛行物体を見たのはこれ一度きりである。

<犬神家>
・四国で憑きモノといえば犬神が一般的だ。いわゆる狐憑きと同じような現象かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どこから来るのか分からない狐とは違い、その存在する場所(家)を誰もが知っているのだ。この点は秩父地方などのオサキ(オザキ、オサキ狐)と似ている。



『山怪』   山人が語る不思議な話
田中康弘   山と渓谷社   2015/6/16



<狐と神隠し>
・秋山郷は新潟県と長野県を跨ぐ古い集落だ。江戸末期から明治期にかけて阿仁マタギが数人住みついた山里でもある。中津川を挟んだ急峻な地形で、日本有数の豪雪地帯だ。それ故に稲作が始まったのは明治に入ってから。それもごくわずかな生産量で、つい近年まで焼き畑で雑穀類を作り、それと栃の実を混ぜ合わせた“あんぼ”を主食にしていた。そんな秋山郷で阿仁マタギの末裔という人に話を聞いた。
「私は特に不思議な体験をしたことなどねえすなあ……う〜ん子供がいなくなった話くらいかな」
 それは今から50年ほど前のことだ。ある夫婦が農作業のために山へと入っていった。前述したように、この辺りは焼き畑農法で耕地は山の斜面である。
 夫婦は4歳の一人娘をいつものように山の畑へと連れて行った。

・今日中にここの畑を終わらせようと、午後はいつも以上に精を出して働いた。途中で娘の様子が気になり顔を上げたが、姿が見えない。辺りにいるはずだが、いくら名前を呼んでも返事はなかった。
 集落が大騒ぎになったのは、血相変えて夫婦が山から降りてきて間もなくだった。母親は泣き叫び半狂乱状態、父親も顔色が失せていた。
「急にいなくなったか………神隠しでなきゃええが」
 急遽捜索隊が組まれ、畑に近い山を中心に多くの人が探し回ったのである。しかし、いくら探してもどこにもその姿が無かった。少しずつ傾く太陽に誰もが焦り始めていた。夜になると危ない。みんながそう感じ始めた時である。
「帰ってきた、帰ってきたぞ」
 その声に皆が駆け寄ってきた。真っ先に駆けつけた夫婦の喜びようは、それは凄いものだった。娘を見つけたのは奥山に木材の切り出しに入っていた男である。どこで娘を見つけたのかを話し始めると、全員が言葉を失った。
「いや、おらの作業場から帰る途中になあ、ちょっと開けた所があっただろう」
 誰もが知っている場所だった。奥山の入口だが、なぜか平地があって、狐が出るとか天狗が出るとか言われている場所だ。
「そこの大岩の上にちょこんって座ってニコニコしてたんだぁ」
 その大岩は大人でも登るのに骨が折れる大きさなのだ。その上に4歳の子が一人で上がれるとは思えない。いやそれ以前に、その平地まで子供が行ける訳がなかった。

<道の向こうに>
・マタギや猟師たちは、山を縦横無尽に動き回りながら獲物を追いつめる。地元の山を知り尽くした達人であるが、やはり不思議な空間に時々迷い込むことがあるようだ。
 兵庫県朝来市の吉井あゆみさんは、確定申告の職業欄に猟師と書き込むくらいの実績の持ち主だ。小学生の頃から猟師である父と山に入り経験を積んできたベテランでもある。その吉井さんに聞いた話だ。

・「どうも抜けた(逃げられた)みたいでマチ解除いうことになったんですわ。それで、いったん集合して次をどうするか話をしようと言うんで、みんな戻ることになったんです」
 その時、山の上で待機していた一人の猟師が妙なことを言い出した。
「あれ?こんなところに道があるわ。こっちに行くと近いんちゃうか、俺こっちから行くわ」それを全員が無線で聞いていた。吉井さんもそれを聞いて首を捻った。
「道?あんな所に道なんかあったやろか」他の仲間も不審に思ったらしく尋ねる。
「道って?そこに道があんのか?」
「うん、あるよ。真っすぐで綺麗な道が出来とる。これ絶対近道や。白くて新しい道や」

これを聞いて全員が思った。それは変だ、そんな所に真っすぐな道などあるはずがない。「おい、その道、絶対行ったらあかんぞ。おい、おい」
 無線はそこで途切れてしまった。それ以上どうすることも出来ず、仲間たちは集合場所へと降りていった。
・最初のうちは笑い話で片づけていたが、その彼は一向に集合場所に現れない。1時間ほど待ったが、さすがにおかしいと誰もが思い始めた。

・姿を見せた彼はボロボロだった。帽子は無くなり顔中傷だらけ。全身泥だらけで、藪漕ぎしながらも何度も滑り落ちたのは誰の目にも明らかだった。
「お前どこ行っとったんや」みんなは怒り気味で聞いたが、彼は少し惚けたような顔でいった。
「それがよう分からんのや。何でわしここにおるんやろ」

・吉井さんはかなり不思議な体験をする体質らしい。そんな吉井さんの話を続ける。
「山から帰る時のことなんです。ちょっと遅くなって、もう周りが暗くなっとったんですよ。そこで小人に遭ったんです」
「小人?ですか、白雪姫に出てくるみたいな?」「そうです、あんな感じです」それは吉井さんが暗くなった林道を走っていた時のことだ。ぐねぐねと曲がりくねった道は、車のライトがあたる所だけが闇に浮かび上がる。そんな状況下で急なカーブを曲がると、明るく照らされた山際に何かが立っていた。
「何やろ、思うてよう見たら小人なんです。5、60センチくらいでしたね。それがこっちをじーっと見てるんですわ」
 思わずブレーキを踏むと運転席でしばらく小人と見つめ合った。ほんの数分か、はたまた数秒か定かではないが、睨めっこに飽きたのか小人はぴょいと山へ姿を消したのである。

・「いや凄いもんに遭ったなあ思うたんやけど、誰も信じひんのですよ」
 小人に遭った話は、誰にしても馬鹿にされるだけである。悔しくてしょうがない吉井さんは、助手席にカメラを常に置くことにした。これで小人の写真を撮ればみんな信じるはずだと考えたのである。それからしばらくは、夜の山で何ごとも起きなかった。しかしついにその日がやってきた。
「また夜林道を走ってたら出たんですわ、あれが」
 前回と同じく、暗闇の中にライトで照らされた小人の姿があった。吉井さんはかねての計画通りに車を止めると、静かに助手席のカメラに手を伸ばす。そしてドアを開けて外へ出ようとした瞬間、小人はぴょいと森へ姿を消したのである。残念がる吉井さん、しかしそれ以降、謎の小人が吉井さんの前に姿を現すことは無かった。

<山塊に蠢くもの>
・山形県は南に飯豊連峰、北に朝日連峰という山塊を持つ。それぞれに阿仁マタギの文化が残る集落がある。小国町の小玉川地区と鶴岡市の旧朝日村地区だ。
 小玉川地区の前田俊治さんは最近Uターンで戻って来て、現在は地区のマタギ交流館などで働いている。前田さんのお父さんは地区を代表する名物マタギだった。

・小国の各集落は、飯豊連峰から流れ下る玉川に沿って点在する。藤田さんが住んでいる地区から下った所にある新田地区で、半世紀ほど前にあった話である。
 その日、山仕事を終えて父親が帰ってくると家の近所が騒がしかった。何ごとかと集まった人たちに尋ねると、4歳になる我が娘がいなくなったと言うではないか。畑仕事をしている母親のすぐそばにいたはずなのに、それが忽然と姿を消したのだ。
「そんな遠くに行ってねえ。空が明るいうちに探すべ」
涙に暮れる母親を待たせて集落の者が一斉に探し始めたが……。

・「それがなかなか見つからねえんだ。いなくなった時間からしても近くにはいるはずなんだ、川に流されでもしてなきゃ」
 時間が経てば経つほどに最悪の事態が皆の頭をよぎる。すっかり暗くなった集落は重苦しい空気に覆われていた。
「そうしたらよ、川さ探しにいった連中が子供を見つけたんだ。それがな信じられない所にいたんだと」
 彼女が見つかったのは向こう岸の森だった。そこに行くためには丸太を渡しただけの一本橋があるだけで、大人でも渡れない人がいたくらいの場所だ。そこへまだ足元のおぼつかない女の子が一人で行くとは到底考えられない。皆は口々にこう言った。
「ああ、こりゃあ狐に連れて行かれたんだべなあ」

・上流部でもほぼ同じ時期に同様の出来事があった。新田で行方不明になった子と歳も近いその女の子は、少し変わったことを言う子供だった。
「私の後ろには狐がいるんだよ」
それを口癖のように言う女の子は両親が仕事で毎日忙しく、自身は寂しい想いをしていたようである。
 その子が突然集落から姿を消した。やはり集落中が大騒ぎになって山狩りまでしたが、女の子の姿はようとして見つからなかった。
「そこでな、法院様にお頼みして、その子の居場所を探してもらったんだぁ」
法院様とは山伏、修験者のことである。その法院様は印を結び呪文を唱え、女の子の行方を占った。
「法院様が言われたのは水辺だったんだ。その特徴から多分あそこだべって探しにいったら、いたんだよ、そこに」
 暗い森の沢筋で、その子が恐がりもせずに佇んでいた。両親が留守がちで寂しがっていたその子のために、きっと狐が相手をしたのだろうと集落の人は思った。これは50年ほど前の出来事である。

・小国の小玉川で最も有名な狐話を一つ。
ある人がゼンマイ採りに山へ入ったが、夕方になっても帰ってこない。心配した集落の人が山へ探しに行くと、その人は集落からさほど離れていない場所ですぐ見つかった。
「それがなあ、葉っぱさ山ほど集めていたのよ。本人はそれを布団にして、もう寝るつもりだったらしいんだ」
狐に化かされてどこかの家で布団に入ろうとしていたのかと思いきや、
「いやそうではねえ、とんでもない所さ迷い込んで、諦めて野宿しようと葉っぱを集めてたんだぁ。すぐそこの山でな。やっぱり狐に化かされたんだべ」

<巨大すぎる狐火>
・福島県の只見町は、阿仁から移り住んだマタギたちが狩猟の技術を伝えた所である。そこで林業系の会社を経営する渡部民夫さんは、40年に及ぶ猟暦を誇るベテランである。その渡部さんに聞いた話。
「狐ですか?確かにそんな話はよく聞きますねえ。婆ちゃんがぐるぐる同じ所を歩き回って家に帰れなかった話はありますよ。山の中じゃないですよ、すぐそこです。集落の中でね。狐火は知らないなあ、見たこともないですねえ」
 渡部さんも一人でかなりの奥山まで入る人だが、怖いとか不思議だと感じることはあまりないという。

・先に狐火は見たことがないと言った渡部さんだが、実はもっととんでもないものに遭遇している。
「あれは入広瀬のほうから真夜中に戻ってくる時でしたねえ。午前2時頃に田子倉ダムの上のほうの峠があるでしょ。あそこの所を通りかかった時なんです」

 季節は真夏の頃である。すっかり帰りが遅くなって真っ黒な山道を走っていると、渡部さんは妙な光景に出くわした。
「ちょうど左に大きな山が見えるんですが、そこに光が見えたんですよ。狐火?いやそんなもんじゃないんです。山の斜面が光ってるんですよ。大きさは2百メートル以上あったでしょうねえ」

 バレーボール大の狐火とは桁違いの大きさだ。季節は真夏で蛍もいるが、それほどの広さで山に群れるとは思えない。
「あれは何だったんでしょうねえ?やっぱりUFOなのかな」
さすがの渡部さんも、これはまったく分からないらしい。
 只見町の猟師は現在危機的な状況にある。2011年の原発事故以降、熊肉の食用や流通が禁じられているからだ。

<天川村の事件>
・奈良県天川村は吉野町から少しばかり南下した山村である。すぐそばに2千メートル近い山があり、冬場はかなりの積雪地帯だ。歴史は古く、役行者(役小角)が修験道を開いた地として知られている。その中心地である大峰山登山道の入口には未だに女人結界門があり、ここが修行の場であることを物語る。霊場でもあり、日本のみならず世界中からもスピリチュアル系の人々が多々訪れるそうだ。

・近所で遊んでいた男の子がふいに姿を消したこともある。集落は当然大騒ぎになり、近辺をくまなくさがしたが二人の姿は見つからない。夜になっても帰ってこず、誰もが不安を抱えたまま夜明けを持った。翌日はさらに大がかりに捜索をしたが結局見つからず、諦めの気持ちすら漂い始めた。
「2日2晩戻ってこんで、3日目にかなりの山奥で見つかったんです。信じられんような所ですよ。なぜにあないなところまで行きよったんか………あれも狐やろ思いますねえ」

・山菜採りに出掛けた爺ちゃんが行方不明になることも珍しくはない。単なる迷子だとは思うが、やはり地元の人は狐のせいだと感じるようだ。探す時の叫び声が何とも興味深い。
「かやせ〜、かやせ〜」
 かやせ、つまり返せと集落の人々に叫びながら探すのだ。いったい誰に向かって、何に向かってかやせと言っているのだろうか。

<妖怪と山怪>
・山の不思議な出来事で一番多かったのは、やはり狐に関してだ。全国すべてを緻密に取材した訳ではないが、西に行くほど狐の影響力は薄れる感じがする。それに反して、雪深い北東北が狐話は格段に多い。定番の池沼にはまり込む話から何かを盗まれる話、果ては死に至る話までのほとんどに狐が絡む。

<怪異探しは“砂漠の井戸掘り”>
・この本で探し求めたのは、決して怖い話や怪談の類いではない。言い伝えや昔話。そして民話でもない。はっきりとはしないが、何か妙である。または不思議であるという出来事だ。
 これが何とも説明しづらい内容で、取材依頼が実は最も大変な作業となったのである。知り合いの猟師やマタギ、またはその関係者に話を聞くのはさほど難しいことではない。しかし、まったく無縁の地域で取材するのは骨が折れた。
 猟師関係には役所の農林課から猟友会に話を通してもらったり、または地域振興班や教育委員会から地元の方を紹介してもらう。この時に細かく説明をしても分かってもらえず、企画書を送っても結局民話の語り部を紹介されたりと、ちぐはぐな対応は珍しくなかった。対策としてなるべく地元の民宿に泊まって話を聞いたり、そこから人を紹介してもらったりと、ジタバタを繰り返しながらの取材である。それでも動けば動くほどに何らかの話は聞けたから、行動としてはあながち間違っていなかったのだろう。



『死後の生』 (死者は何を見たか)
(ジェフリー・アイバーソン) (NHK出版)1993/9/1


<憑依>
・1985年7月19日、北部インドの僻地の村シャルフプーラで、スミトラという名の若い既婚女性が死んだ。ところが家族が葬式の手順を相談しているとき、スミトラは突然、生き返った。そして、自分はスミトラではない、周りの人間は誰一人知らない、と言い出した。自分はシバだと言い、シバのことを色々と語った。シバは、1985年5月17日、つまりその二ヶ月前に死んでいた。スミトラはどうやらシバの霊に取りつかれたらしい。

<暗いトンネル>
・ その次に気がついたときは、僕は、ふわふわ漂っていて、僕の体がずっと下に見えるんです。それから自然に暗いトンネルの中へ引き寄せられていって、中をハイハイして登っていきました。トンネルを登っている間は、時間の感覚はまったくないんです。でもとうとうてっぺんまで、上りつめたんです。そこはものすごく、明るいんです。

・ まず、白い服を着た人が大勢見えました。怖い顔の人なんか一人もいなかった。ぼくには、死んだ家族なんてまだいなかったから、その人たちの中に知り合いがなかったんだと思います。それから金色の道が見えてきたので、そっちへ行くと、神様が現れて、テレパシーか何かで話しかけてくれました。するといきなりぼくと神様が一緒に金色の道を滑り出したんです。すごくいい気分でした。そのうち止まったとき、やはりテレパシーみたいにして、神様に家へ帰りたいかと聞かれました。帰りたくないって答えたんですが、お前にはまだ人生でやるべきことがあるから、帰りなさいと言われました。すると僕は病院に戻っていたんです。そのときは、三ヶ月間ずっと昏睡状態だったそうです。

・ モース医師がとりわけ大切にしている一枚の絵は、白血病で死んだコーリーという名の幼い男の子が描いたものだった。その子どもは、自分が死んだ後、どうなるのかを知っていた。自分は死んだら光の橋を渡って「水晶のお城」に入り、そこで暮らすのだといい、ピカピカの光に囲まれたディズニーのお城のような高い優雅な城を描いた。水晶と明るい色とで、出来上がったそのお城には、神様と呼ばれるおじさんがいる。自分はそこへ何度も行ったことがあるのだと言った。

・ 4年間病気と闘って7歳になったとき、コーリーとその母親は、治療の続行を拒否する決心をした。「先生。心配しなくていいよ。ぼくは、水晶のお城へ行って神様と相談してきたんだからね」と少年は言った。

・ 三度目にプールの底に沈んだとき、意識がなくなりました。そして、私は、空中へ上がっていったんです。

・ その次に気づいたときは、黒い道があって、私は、そこを歩いていました。どういうわけだか、小さな鹿がいて私と一緒に歩いているんです。そのうち、とても美しい庭に出ました。すごい大木が一本あって、川が流れていて、木のそばに子供が遊んでいました。その子たちの衣装は、トーガを思わせるようなものでした。古代ローマの人が着たような、ゆったりとした服です。その子達が私を見て、こっちにおいでと呼んでくれました。私は、行こうとしたんです。でも途中まで来たとき、壁かあるいは何かの力にぶつかったような感じで・・・・どんなものかうまく説明できませんけど、次の瞬間には、私は、真空に吸い取られたように、引き戻されてしまったんです。気がついたら自分の体に戻っていました。

・ 天使は、こう言ったんです。「もし私がいい人生を送るなら、死を恐れる必要はどこにもないって」

・ 少女は、モース医師に臨死体験をこう語った。世界が暗くなりだんだん恐ろしくなった。向こうから金髪の女の人がやって来て、それからあたりが明るくなった。エリザベスという名のその人は、自分を助けに来てくれたのだと言い、天国みたいな場所へ連れて行ってくれた。そこには、ほかの子供も大人も大勢いた・・・・・・。

・ 死んだばかりの人もいたし、生まれ変るのを待っている人もいた。彼女は、そこで、家族がどうしているかを見せてもらったそうです。

・ それからキリストじゃないかと思う人に会って、そこで一緒に暮らしたいかどうかをたずねられた。彼女はそこにいたいと答えたのだけれど、「おまえは、母親の手伝いをしなければならない身だから」と言われて、それで、自分の体に返されたのだそうです。


スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(4)

2020-01-12 16:49:50 | 森羅万象

<国がシカを保護した時代>
・獣害が出ない時代とは、野生動物が激減した時代でもある。実際、シカの生息数も少ななかった。シカの生息数の長期データが見つからなかったので正確には言えないが、どうも1960-70年代がもっとも少なかったと思われる。

・シカも生息数が減少した時期は保護対象だった。その過程を追ってみよう。
 明治以降、北海道では1877年にエゾシカ猟の一部規制、さらに全面禁猟(90年)措置が取られた。当時エゾシカの肉を缶詰にして輸出する産業が発展していたのだが、そのためエゾシカの絶滅が心配されたのである。

・だから戦後の狩猟行政は変遷があるように見えて、じつは一貫してシカを保護してきたと言って過言ではない。保護策を見直したのは、21世紀に入ってからなのだ。

・ただシカは、ネズミのように1年に幾度も、多数の子を出産するわけではない。いきなり増加するのではなく、何年も前から人間が「近頃増えてきたな」と感じる徴候はあったはずだ。そして増える要因もそれ以前から存在していたと思われる。それらに気づいて早く手を打っていたら、事態の深刻化は防げたのではないか、と感じる。

<間違いだらけの獣害対策>
<シカが増えた3つの仮説>
・一般によく言われる要因は3つある。
まず①地球温暖化。次に②狩猟者の減少。そして③ニホンオオカミという天敵の絶滅。

・②「狩猟者の減少」だが、これを論じる前に確認しておかねばならないのは、本当に狩猟者は減ったのかどうかである。
 動物の狩猟には、まず資格がいる。そこで狩猟免許(銃猟とワナ猟に分かれる)の所持者数を見ると、1975年には51万8000人もいた。それが90年には29万人となり、2014年には19万4000人と急減している。

・しかも有害駆除数の推移を見ると意外な点が浮かんでくる。1990年と2014年の駆除数を示すと、シカは4万2000頭から58万8000頭、イノシシが7万200頭から52万600頭へと急増している。両年の間に10万人以上も狩猟者が減ったにもかかわらず、駆除数は数倍から10倍以上になっている。狩猟者数と有害駆除数は必ずしも相関しない………というより、逆転しているのだ。
 では、なぜ狩猟者が減っているのに、駆除数は増えたのだろうか。
 その裏には報奨金の値上げがある。有害駆除を行うと支払われる報奨金額は自治体によって違うが、以前は1頭当たりせいぜい5000円だった。それが地域によって2万~3万円まで上がっている。これまでボランティアに近かった駆除も、頑張りがいが出たのだろう。ハンターの高齢化は進んでいるが、まだまだ猟は行なっているのだ。

<野生動物が増えた最大の理由>
・最初に掲げた3つの要因を考察すると、ことごとく否定的な見解が出るわけだが、じつはあまり指摘されてこなかった、しかし最重要なシカの増加要因がある。シカだけでなく、野生動物全般が増えた理由だ。それは………餌が増えたことだ。

・加えて里山は主に落葉広葉樹林に覆われているが、シカが好んで食べる草木はそれこそ山とある。照葉樹林化している里山も少なくないが、照葉樹の葉も食べられるし、ドングリを実らせる樹種も多くシカに餌を提供する。
 全体として山には野生動物の餌が豊富といえるのではないか。

・山に豊富な餌があり、里にも農業廃棄物がたっぷりある。人が少なくなり農地に侵入しても追い払われない。だから野生動物は、奥山と里山を行き来している可能性が高い。これこそシカを含む野生動物増加の最大要因ではないだろうか。
 環境省によると2013年のシカの推定数は約305万頭、イノシシが約98万頭(いずれも推定中央値)。イノシシは近年横ばいだが、シカはこのままだと23年には453万頭に増えると推定されている。

<有害駆除には向かない猟友会>
・猟友会はあくまで狩猟愛好者の会であり、有害駆除の主戦力には向いていない。有害駆除のプロ集団をつくるべきだとする声も強いが、利害関係が交錯してなかなか進まないのが実情だ。

<獣害対策は「防護」と「予防」にあり>
・じつは駆除より先に考えるべきは「防護」だ。具体的には被害を被るものに防護柵を張ることになる。これは農作物や樹木を単体でガードするものと、農地や林地を囲むもの、そして集落など地域全体に野生動物が入れないように囲むもの、そして集落など地域全体に野生動物が入れないように囲む防護柵の3つの段階がある。これらしっかり設置しておけば、確実に内側の農作物は守れるはずである。
 しかし、いずれも設置の仕方を誤ると効果が出ない。たとえば防護柵の場合は地際をしっかり押さえておかないと、シカやイノシシは簡単に持ち上げてくぐってしまう。

<ジビエ(野生鳥獣肉)が獣害対策にならない理由>
・ジビエの最前線を追うと、シカ肉が人気を呼べば獣害の元であるシカの駆除も進む、というほど単純ではないことが浮かび上がる。ジビエの普及は有害駆除とまったく別の次元であり、連動していないのだ。それどころかジビエを得るための狩猟が獣害対策と相反することも有り得るだろう。
 もし、獣害対策としての狩猟とジビエの普及を両立させようと思えば、現在の有害駆除体制を根本から組み直さないと難しい。専門的に駆除を担当する組織と効率的な解体処理施設、そしてジビエの販売先と綿密な連携を組む必要がある。
 ともあれ補助金目あての有害駆除と流行に乗るだけのジビエを抱き合わせても、決してうまくいかないだろう。

・2016年の処理数は、約1800頭にのぼった。ニホンジカ専門の処理施設としては日本最大級だという。これほどの数を扱うようになったということは、ジビエブームに乗って急成長か……。
「全然、利益は出ません。一時は廃業を考えたくらいです」
 意外や柳川瀬社長の口調は重かった。ようやく話を聞いたジビエ事情からは、この世界の抱える根本的な問題が浮き彫りになる。
まず会社の設立には補助金を使わなかったという。その代わり引き取るシカは選ぶ。質のよい肉を提供することで事業化をめざした。銃猟で仕留めた獲物は、頭か首を撃ち抜いた個体でなければ使えない。銃弾が肉はもちろん内臓に当たったものは商品にならない。とくに胃腸部分に当たると、大腸菌が体内に飛び散るため食用にできなくなる。

・「まずシカは売り物になる肉が少ない。体重で見ると、だいたい肉、内臓、骨と皮で3分の1ずつの割合。その肉もおいしくて売り物になるのは背ロースとモモ肉ぐらい、肉質が良いのはさらに少なくなる。ほかの部位の肉は臭くて人の口には合いません。計測したところ、販売できるのは全体の15%程度でした。だから肉の注文が増えても十分に供給できないのです」
 背ロース肉は100グラム当たり卸値700円前後で取引されるが、これ以上値を上げるのは難しいという。

<人と動物が共生するということ>
・そう考えると、街中にシカが闊歩する奈良の町は、「野生動物との共生」の場として優れものだ。課題は山積みだが、苦労しつつ解決を模索している。ナラシカも、結構したたかだ。人を利用するが、人に依存しない。共生とは「みんな仲良く」ではなく、「みんなスキなく」。適度の緊張を保ちつつ棲み分ける生き方だと考えさせられるのである。




<●●インターネット情報から●●>
(毎日新聞インタ―ネット  2018/8/14)
<仏南部  絶滅回避の「ヒグマ2頭放獣」方針に農家ら猛反発>
【パリ賀有勇】スペイン、アンドラとの国境に連なるフランス南部ピレネー山脈に生息するヒグマを絶滅から救うために、仏政府が国外から輸入したメスのヒグマ2頭を放獣する方針を打ち出し、クマによる家畜被害を恐れる農家との間で摩擦が生じている。
仏政府の計画では、今秋にスロベニアからメスのヒグマ2頭を譲り受け、3000メートル級の山々からなるピレネーに放す。フランス狩猟・野生動物事務局などによると、ピレネーのヒグマは乱獲の末、1940年ごろに150頭まで減少。密猟などにより95年には5頭にまでなった。 

 対策として96年から計8頭がスロベニアから輸入され放獣された。専門家は絶滅を回避する最低頭数を50頭と試算しているが、現在では43頭まで回復。だが、メスがいない地域があるために新たなメスのヒグマの放獣計画を打ち出した。

世論調査では7割の地元住民が計画を容認するものの、羊の放牧農家らの猛反発を招いている。ピレネーでは羊乳を用いたチーズが特産品だが、クマに捕食されるなどして年間200頭程度の羊が犠牲に。クマの犠牲になったケースでは政府が損失補填(ほてん)している。インターネット上には、羊飼いとみられる男性らが、覆面姿でライフルを持ち新たな放獣を警告する過激な動画も投稿されている。放牧農家のフェレイさん(65)は「クマがいなくなっても誰も困らない。被害があるのになぜ頭数を増やすのか」と語気を強める。

「絶滅による影響の有無ではなく、われわれに種を絶滅に追い込む権利があるのか。倫理的な問題として考えてほしい」。放獣推進派のNGO「熊の地」のアラン・レネス代表は、ピレネーのクマが25万年前から生息していたことを説明し、クマと共生する意義を説く。異国のクマとの交雑が進むことへの疑問の声もあるが、「同種のヨーロッパヒグマであり、遺伝的に大きな相違はなく、生息環境や生態の類似性などあらゆる調査結果が考慮された」と理解を求める。クマなどの生息は生態系や豊かな環境が保たれていることの証しと力説し、「生物多様性と人間生活の営みの両立は簡単ではないが不可能ではない」と訴える。

<●●インターネット情報から●●>
(千葉日報 2018/2)
<急増キョン駆除へ 千葉県、専門職員を採用>
特定外来生物「キョン」の急増による農業被害の拡大を受け、千葉県は1日、キョンの駆除に特化した専門職員を採用した。県内に推計約5万頭が生息するのに対し、年間捕獲はその20分の1にとどまっており、ノウハウを持つ同職員を中心に効果的な捕獲態勢を構築し、増殖や被害を抑える狙い。

シカ科の小型草食獣のキョンはもともと中国や台湾に分布。県内では勝浦市にあった観光施設「行川アイランド」(2001年閉園)から逃げて野生化、繁殖したとみられ、県の推計で生息数は01年度末時点の約千頭から15年度末には約4万9500頭と爆発的に増加。一方、16年度の県の捕獲実績は2400頭。

 県内で野菜や稲を食い荒らす農業被害額は16年度が132万円で、前年度から37万円増えた。



『クマ問題を考える』
野生動物生息域拡大期のリテラシー
田口洋美     山と渓谷社   2017/4/21



<捕獲と威嚇のメッセージ性>
・現在、私たちが行っているツキノワグマ対策は、出没や被害の現場での「対処駆除」、いわゆる対症療法が主体である。被害に遭えば捕殺し、市街地に出てくれば捕殺する。当然のようであるが、実は肝心なことが抜け落ちている。それはクマの出没を減らすための努力である。その努力は、クマたちにこの一帯から先には行ってはいけない、人間の生活空間に出て行けば極めてリスキーである、ということがわかるように仕向ける努力のことである。

・現在のツキノワグマの推定棲息数(全国に1万6000頭前後が棲息している)がいるとすれば、年間200頭から300頭のオーダーで捕獲をつづけたとしても対処駆除は永遠につづけていかなければならない。それは被害に遭いつづけることを意味している。被害に遭いつづけることが駆除の持続性を保障するという、現在のジレンマから一向に抜け出すことができないのである。このようなジレンマの持続性を喜べる人はほとんどいないだろう。被害に遭うのは農林業に従事する人々に限られたことではない。ランダムである。散歩やジョギング中に、あるいは登下校中にクマと遭遇することもあり得る話である。実際にそのような事故が起こっている。

・問題は、ツキノワグマに限らず、野生動物たちに人間の側のメッセージをどのように伝えるか、なのである。そのための苦肉の策の一つとして行われているのが、新人ハンター(猟師やマタギ)の養成ということになる。東北地方に限って言えば、この5年あまりのなかで地域の窮状を見かねてハンターを志してくれる人々は微増とはいえ増えてきている。しかし、増える以上に熟練猟師たちの引退も増えているのである。このような新人養成は、マンパワーの維持にほかならないが、同時に捕獲と威嚇という手法、しかも野生動物たちに伝わるメッセージ性のある手法をどのように実践するか、が問われることになる。

・例えば、現在、東北地方にはマタギと呼ばれる近世以来の歴史と伝統を有する猟師たちは3000人程度存在すると見込んでいるが。このなかで経験に裏打ちされた高度な現場判断ができる猟師は500人程度に減少しているだろう。いかに東北地方といえども日常の時間を自由にでき、毎日のように山を歩いていられる人はほとんどいない。多くの人は職を持ち、猟で山に入ることが許されるのは土日だけという場合が大半を占めてきている。このような状況で、被害や出没が起きた時に直ちに現場に走れる猟師はわずかしかいない。
 なかには、春のツキノワグマの生息調査や子察駆除の期間に有給休暇を溜めておいて出猟するという熱心な猟師もいるが、極めて少数である。むしろ、いくらそのような有給休暇の取り方を求めても許してくれる企業はまだまだ少ないというのが現実であろう。

・地域の山岳や沢、地名や地形に詳しく、単独で山々を歩け、クマに関する情報を収集し、クマたちの動きの先が読める猟師は育ちにくい時代である。現在、猟友会を支えている熟練した猟師たちは、ほとんど1940年代から1950年代前半に生まれた人たちである。この人たちはかろうじて親の世代の猟師たちが生計をかけて狩猟に携わっていた当時、親や近隣の先輩たちから動物の追い方など、伝統的な技術や地域の山々に関する知識を継承できたぎりぎりの世代である。この人たちが元気な内に、若い新人ハンター付いて学んでいけば10ぐらいの経験で相当の知識と技術をものにすることも可能であろう。しかし、現場を差配し安全を保ちつつ大型野生動物と向き合うにはさらに10年という歳月がかかる。この時間の短縮は難しい。バイパスはないのである。

<遭遇しないために>
・クマ鈴を腰に下げている人をよく見かけるが、遭遇した時にはよい効果をもたらさない。

・山で生きていた人たちは、大なり小なり、クマをめぐる体験を持っている人が多い。この体験の蓄積は、危険を回避するための貴重な知識となる。地域の人たちが歴史的に蓄積し、鍛え上げてきた民俗知(民族知)の世界に多くの人が触れてくれれば、事故などそうそう起こるものではない。自動車事故よりも遥かに確率が低い。もし、そんなにクマが危険な動物であれば、すでに人類は滅んでいただろう。

<東日本大震災>
・この数年来、気が晴れない日々がつづいている。それは、東日本大震災をきっかけに生じた福島第一原発の事故による野生動物の放射能汚染問題のためである。現在も数多くの方々が避難生活をされているなか、避難区域はイノシシなどの野生動物に荒らされ、これを軽減させるために日々奔走している人たちがいる。

・クマ問題の核心は、クマをいかに排除するかではない。出没をいかになくすかである。出没がなくなれば、問題は半減する。そのための努力がまだまだ足りていないと思う。

<狩猟と農耕>
・つまり、農耕によって発展してきた日本社会であるからこそ、狩猟を必要としてきたのである。農耕に依拠する社会には狩猟という営みが必要不可欠な存在であり、狩猟は農作物被害を軽減する抑止力として機能してきたのである。このような狩猟と農耕の相補的な関係は、ヨーロッパ社会にもアメリカにも、アジアやアフリカにも確認することができる。狩猟と農耕はまるで別物であるという理解は明らかに間違った考え方なのである。

・この5年あまり、アメリカを調査しはじめているが、2016(平成28)年にアイオワ州のアイオワ・シティー郊外の農家を訪ねる機会があった。
 訊ねた農家のビル氏が所有する広大な畑の周辺には、隣の耕地との境に幅100メートルほどの森が残されている。その森のいたる所にハイシートやハイハットと呼ばれるシカ猟用の施設が設けられていた。ハイシートというのは日本では据木と呼ばれていたもので、中世の鎌倉時代に描かれた『粉河寺縁起絵巻』などに登場する。樹上から下を通るシカを待ちぶせして弓で射るための台のことである。アメリカではコンパウンド・ボウと呼ばれる弓やボウ・ガンを用いてシカを射る猟が盛んに行われている。そのための施設が森のいたる所につくられている。

・シカに作物を食べられながら養い、シカを狩猟している。訊ねた時、自宅から600メートルほど先の畑のなかで採食するホワイト・テール・ディアの群がいた。彼はまったく興味を示さず、私たちを家のなかに案内し、シカのトロフィーを見せながら猟の話に夢中であった。彼もまた半農半猟の暮らしをしていた。

・ドイツのヘッセン州を訪れた時も同じであった。ドイツには80万人も狩猟者がいる。猟場となるのは農村地帯に設定された猟区であった。農家の人たちが互いに耕地を提供し合って猟区をつくっていた。その猟区を猟師が訪れ、アカシカやイノシシを獲物に猟を展開しているのである。耕地を猟区に提供している農民たちは、耕地内に生息する野生動物を獲って貰うために土地を提供していたのである。
 アフリカのケニアでは、農耕する部族社会の周辺に狩猟採集民の部族がいるという話を聞いた。ラオスでも中国の雲南省でも、黒竜江省でも、ロシアでも聞いた。狩猟と農耕は、これらの国や地域でやはり分かちがたい関係にあった。何という不思議だろうか?



『熊撃ち』
久保俊治  小学館   2012/2/3



<山の魔物との遭遇>
<帰国と再会>
・アイダホ、モンタナ、ワイオミング、ユタ、それにカリフォルニア北部にわたる、3ヵ月間の猟期も終わった。
 各地でいろいろなプロガイドに会うことができた。だが、足跡を的確に読み、距離、時間差を正確に判断してくれる技術を、私の期待通りに示してくれるガイドには会えなかった。いっしょに行動できるガイドの数が、限られていたせいもあるだろう。そしてガイド業が、動物相手というよりも、客相手のビジネスとして成り立っていたせいかもしれない。
 私が北海道でやっていたように、一人対動物という関係は、一部罠猟師や、イヌイットの人たちを除けば、もうアメリカにも存在しないのだろう。本物の猟のプロフェッショナルは、映画の中だけにしか残ってないのかもしれない。
 アメリカでは、北海道の私のようなやり方、自分で獲った獲物を金にして生活するやり方の人間を、マウンテンマンと呼び、ハンターとは呼ばないようだった。

・故国へ帰る飛行機の窓から見えてきた少し雪をかぶった山々は、まさに日本の山々だった。ロッキー山脈ほどの広さはないが、それがかえって懐かしくさえ思えた。

<なくなった林>
・4月も近づき、春の気配に山が黒ずんでくる。待ちに待った熊の季節がやってきた。フチとともに、一年ぶりに標津へ向かう。
 アメリカの山の、乾いたマツくさい香りとはまったく異なる。湿っぽい腐土のような懐かしい匂いを、胸いっぱいに吸い込む。北海道にいることが、アメリカから帰ってきたことが実感される。設営を終えたテントの中で、広げた寝袋の上に寝転び、翌日からの熊猟に思いを遊ばせる。

・やはりフチとの山がいい。
 翌朝、硬雪を踏んで、熊が早い時期から穴を出る山へと向かう。

・解体、運搬し、街に出て売れるものは売ってしまった。このときは熊一頭とシカ二頭で、当時のお金で50万円ぐらいにはなった。山に戻ったころには雪解けも進み、テントのまわりの雪もだいぶ少なくなった。
 体についた熊の匂いは、2週間ほど経っても消えず、焚火の煙の匂いとともに、自分の体臭のようになる。
 
<異様な吠え声>
・4月も末になり、春めいてきた山の中を歩く。8月中には再びアメリカへ行くという思いが、あまり気乗りしないものになってくる。厄介なビザの取得のことを思うと気が重い。フチを連れていけるならともかく、もう置いたままにしてはいけない気持ちが強くなっている。このまま北海道で、自分の猟を完成させることのほうが大事ではないか、と思えてくる。
 アメリカでは、できることはほとんどやり尽くしたような気もする。プロのハンティングガイドとしても、あちらのプロガイドと比べて遜色はなかったとの自負も持てた。まだ行ってみたいと思う州もあるが、ガイドとして、客相手では気が弾まない。

・冷や飯に、熊の脂で炒めた味噌をつけながら夕飯を食う。フチもその味が気に入ったとみえ、旨そうに食う。
 寝袋に体を入れ、オレンジ色の榾火を見ながら眠りについた。
「ウーッ」、フチの異様な唸り声に目覚める。傍らにいるフチが、ぼんやりと白っぽく見えるだけの、星明りもない闇の一点を見つめ、体に緊張感を表わし低く唸っている。焚火も消えている。
 ゆっくりと寝袋から這い出し、立てかけてあるライフルを掴み、懐から懐中電灯を出し、いつでも点灯できる用意をし、闇に目を凝らす。
 フチは低く唸り続けている。ゆっくりと立ち上がり、フチに行けの合図を心の中で送る。暗闇にスルスルと消えていったフチが、突然に吠え出す。吠え声が異様だ。今まで聞いたことがない怯えた吠え声なのだ。懐中電灯を点ける。ほんの一部だけ照らされた闇の中を、ライフルを構え吠え声を目指して一歩一歩と近づく。少し行くと、闇に向かい吠えているフチが、小さな明かりの輪の中にボーと浮かんでくる。尻尾を垂らし、背の毛を逆立て、怯えた声で激しく吠えたてている。熊に対してさえこんなに怯えた姿を見たことがないし、こんな怯えた吠え声を出したことがない。そのフチが闇に怯えている。懐中電灯で照らしてみても、何も見えない。熊ではないのだ。熊だとしたら、寝ている傍らで、ただ唸ったりだけしていたはずがない。足元まで唸りながら戻り、また闇に数歩踏み出しては激しく吠えることを繰り返す。
 
・突然に体の中を恐怖が走った。今までに感じたことのない、得体の知れない恐怖が背筋を昇り、全身の毛が逆立つ。
 ああ、これが山の魔物と言われるものなのか。猟の伝承で言われてきた、「魔物に逢う」という現象なのだ。闇を見つめ、フチの怯えた吠え声を聞きながら思った。犬には魔物が見えると言われている。今フチは、その魔物を見ているのだ。そして私自身、その魔物と言われるものの前に、暗闇で対峙しているのだ。
 得体の知れない恐怖感が重く体を包み込み、押し潰そうとする。まわりの暗闇よりもっと濃い暗いモノがまとわりついてくる。額に冷たく汗が滲み出てくる。今まで、人魂と言われ火の玉も、山の中で数度見たことがあるが、そのときにも感ずることのなかった恐怖感に体が包み込まれている。なんとも言い表せない。はねのけることができないような恐ろしさが感じられる。闇に目を凝らし、耳を澄ましてその恐怖を払いのけようとしながら、ただ佇んでいた。

・落ち着いてみると、地場の変化などによる電磁波を感じたのかもしれないと思う。犬は電磁波に敏感だといわれている。フチにとっては、得体の知れない電磁波の、その感覚に怯え、吠えたのかもしれない。そして私自身も、フチの傍らへ行き、それを感じ取ると同時に、フチ怯えを目の当たりにすることにより、電磁波の感覚が、恐怖という形で現れたのかもしれない。

・山の中でたった一人で生活していると、奇怪なことをたびたび経験する。そして猟の伝承の中で言われていることの一つ一つが自分なりになるほどそういう訳なのかと納得できることがよくある。
 例えば、サンズナワと言われるものがある。
 山で泊まるとき、なんとなく嫌な感じがする場所というところがある。そんなとき、獲物を引っ張るロープなどで、「一尋、二尋、三尋半」と唱えながら3回ロープを扱き、そのロープを寝るところのまわりに張り巡らせて、結界を作れば、魔物が入ってこず安心して寝られると言われているものだ。

・私も一人で山を泊まり歩いていたとき、熊の通りそうなところではよくやってみた。
 何回か扱いたロープを張り巡らすことで、他の動物を寄せ付けない効果は確かにある。解体した獲物の肉を残しておくときに、手拭いや軍手などを肉の側に置いておくことによって、2日間ほどは、キツネなど他の動物が近づかず、肉も食い荒らされることがない。サンズナワを張り巡らすのも、これと同じような理由だと思われる。またキャンプを出るときテントの入り口に唾をつけたり、タバコの吸殻を立てておいたりすると、キツネ、イタチ、テンなどの動物にテントの中を荒らされることがないのも、サンズナワと同じようなことだと思われる。

・山の中では1回だけの呼び声には決して返事を返してはいけない。返事をすると魔物に連れていかれてしまうとも言われている。幻聴を呼び声と間違い、よく確かめもせずに返事をしてしまうという心の弱さ、注意力の乱れが方向を間違い、山に迷ってしまう原因になるのだろう。山での猟、特に単独猟では、何事も確認し直してから行動せねばならないとの戒めと思っている。
 自分なりに理由をつけ納得したつもりになってみると、たわいもないことのようにも思えるが、弓矢の時代の昔から言われつづけている猟人の伝承には、山に対する大いなる畏敬と、深い尊敬の想いが込められ、そこから得られる獲物に対する愛情が感じられる。

・牧場での生活も順風満帆な時ばかりではなかった。牛の販売価格の下落によって、計画した収入が得られなかったり、白筋症という病気で半数以上の仔牛を失ったこともあった。特に全国的に騒がれたBSEの事件は経営に大打撃を与え、長くその影響を受けた。



スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(3)

2020-01-12 16:47:17 | 森羅万象

<峠に立つ男>
・雨の山中は本当に暗い。走る車のライトは闇に吸い込まれ、自分が本当にいつもの道を走っているのかさえ時々自信が持てなくなる。そんな中でカーブを曲がると、降りしきる雨の中に何かが浮かび上がった。
「人なんだよ、それが。雨の中で凄い顔して両手を振ってるんだよ。もう背筋がぞーっとしたよ」
 あり得ない光景だった。真夜中の降りしきる雨の中で車を睨みつける一人の男は必死の形相である。
「ひょっとしてそれが山で迷った人かも知れんと思ったけど、そいつが刃物でも持っておったらやられるからねえ」
 兼子さんは迷わずにアクセルを踏むとその場から離れる。しばらくしてバックミラーで確認したが、ちょうどカーブに差しかかり、男の姿は見えなくなっていた。
「あの峠の所ではあるんですよ。誰かが立っていることが」
 その誰かを親切心から乗せるといつの間にか姿が消えているという定番の話である。実際それに体験した人が複数おり、そのことを知っている人は夜中の峠越えは絶対にしない。

<見つけてください――栗駒山>
・秋田・宮城・岩手の三県に跨る栗駒山は広葉樹の森が広がる気持ちの良い山だ。

・「小学校に入るまではここで過ごしましたよ。小さい頃は女の人を時々見ましたね。夜来るんですよ、ここへ」
 人里から遠く離れた山の中の一軒家に時々顔を出すその女性は、この世の者ではなかった。その昔から山越えで各地へと向かう人が通る場所でもある。何かがあったのかは分からないが、宿を目前にして行き倒れた人も少なからずいて、その人たちが顔を出すのだと三浦少年は感じていた。

<不吉な笑い声>
・山の中でどうも嫌な感じがするというのは山人からよく聞く。その時には般若心経や“ふだらく”(ご詠歌)を唱えたりして難を逃れようとする。三浦さんも時々気持ちの悪い思いが急に込み上げることがあるそうだ。
「何か得体の知れないモノに見られているんでしょうねえ、凄く嫌な気持ちになって。少し前なんですが、沢で釣りをしていたら、笑い声が聞こえてきたんです、それも女性の」
 自分しか入っていないはずの沢で突然聞こえてきた女性の笑い声。辺りをよく確認するがそれらしき人はどこにもいない。もちろん鳥や獣、木々のこすれる音とは違う。山で生まれ育った人が間違う訳がなく、明らかに女性の笑い声なのだ。こういう場合、三浦さんは釣りをやめて帰ることにしている。

・感じる体質であり、かつベテラン山人の三浦さんでも、時としては奇妙な状況に入り込む。「呼ばれたことはありますよ。十年くらい前に山菜採りの時です」
 山人にとって山菜やキノコは貴重な食料であり収入源だ。特に宿を営む三浦さんにはお客さんに供する大切な食材でもある。いつものように籠を背負い、山菜を採りながら山の中を移動していると知らない女性に会った。
「その人がこっちのほうが良い山菜がたくさんありますよって教えてくれたんです」
 山菜やキノコのある場所を見ず知らずの人に積極的に教えることなど普通はない。

・「途中からどこにいるかがよく分からなくなって、結局15キロも離れた所まで行ってたんですよ。あれは呼ばれたんでしょうね」
 もちろん女性の姿などどこにもなかった。その女性がいつからいなくなったのかも定かではない。

<山で出会うモノ>
・克二郎さんも登山中に奇妙な人に出会ったことがある。山のなだらかな稜線を歩いていると、向うから一人の男が下りてくるのに気がついた。平日のことでもあり、すれ違う人は滅多にないが、別段不思議でもない。ただ何となく胸騒ぎがする、そんな相手だった。すれ違う時に軽く会釈をしたが相手は無反応。おかしな奴だなと気になり、後ろを振り向いたが誰もいなかった。

<ワープする爺>
・除雪車の前には一人の老人が歩いているのだ。おかしい、誰も歩いてはいなかったはずなのに。
「どこから出たんだ、この爺さんは……」
 ふと気になって後ろを振り向くと、先ほどの爺さんの姿が無い。ほんの3秒ほどの間に除雪車の後ろから前に移動しているのだ。

・「雪の中をとぼとぼ歩く爺さんを見たんだ。何か変なんだよ。そのうちにいなくなったんだけど、次の集落に入ったら婆さんたちが5、6人集まってるんだ」
 何事かと除雪車を降りて話を聞くと、今し方集落の爺さんが死んだと言うのである。それを聞いた吉川さんは悟った、さっきの爺さんに違いないと。
「いや、思い出したんだよ、爺さんが歩く姿を。何か変だなと思った理由もはっきりと分かったんだ。除雪前の道なのに足音が無いんだ。爺さんが歩いてるのに足跡が付かないんだよ」
 吉川さんは急に恐ろしくなった。またあの爺さんが現れたらどうしよう。そこで作業を中断すると除雪車の中で辺りが明るくなるのを待つことにしたのである。

<白神山地近辺>
・弘前市に住む山田兼博さんは長年山と親しんできた。自然遺産に指定される以前から白神山地で山菜やキノコを採り、山の中で夜を明かすことも珍しくはなかった。

・「私は碇ヶ関の出身なんですよ。家は山の中でね、小学校の時に不思議な光を見ましたよ」
ちょうど家の外に兼博さんが出ていると、向うの山のほうに光が見えた。それは何とも妙な光である。遠いのか近いのかはっきりとしない。
「車もほとんど走ってない時代でしたからねえ。まあ明らかに車のライトじゃなかったですがねえ。じつに不思議な光でしたよ。近所の家の屋根から“ばああああっ”って光の柱が立ったこともありましたねえ」

・このように光り物に縁がある兼博さんが白神山地の最深部で見たモノは少し違ったらしい。そこは日帰りが不可能な場所で野営をするのだが、それがまた楽しかったそうだ。

・「夜中の12時過ぎだったかなあ、凄く天気の良い日で星が凄かったんですよ」
満天の星、素晴らしい夜空からは本当に星が降ってきそうに感じた。しばらく星空を楽しんでいると、妙な動きをする星に気がついた。
「最初は流星かなと思ったんですよ。でもね流星ならすーっと流れるじゃないですか。それは縦に動いたり横に動いたり変な動きをするんですよ」
 不規則な動きは典型的なUFOの特長である。実は私も20年ほど前に西オーストラリアで見たことがあった。その時は真っ昼間だったが、働き方は兼博さんが見た物体とまったく同じである。UFOとは何もタコみたいな宇宙人が乗った円盤のことではない。あくまでも未確認飛行物体、つまり何かは分からない空飛ぶ物体なのだ。そう考えると毎度お馴染みの狐火もUFOといえなくもないだろう。

・このように光に導かれた話は四国でも聞いたことがある。暗闇で自分の足元を照らす光に連れられてとんでもない場所まで行ってしまう。山中ではそう珍しくない出来事である。

<甘党の狐>
・恐山に狐に関する話はないかと訊いたところ、或る出来事を思い出してくれた。それは仲良しグループが山菜採りに山へ入った時の話である。
 朝から山菜採りに興じてたくさんの収穫に恵まれ、楽しい1日が済んで仲間たちは車を止めた場所へと集まってきた。しかし集合時間の午後3時をだいぶ過ぎても一人だけ姿を現さなかった。
「結局その人、夕方になっても下りてこなくてね、大騒ぎになったのよ。警察に連絡して、それから消防団の人たちが山狩りして探したの」
 懸命の捜索にも関わらず何の手掛かりをないまま数日が過ぎた。捜索の規模を縮小しようかというまさにその日、遭難者は見つかった。
「なんてこともないような所にいたんだよ。何で見つからなかったんだろうって感じね。それは、その人、口の中にいっぱい草が詰まっていてね、死んでたの……ああいうのは狐の仕業なのかねえ」

・「神楽の人たちはずっと村を回って歩くの。1回りすると神社に集って、また次の村へ異動するんだけど、中の一人がいなくなってね」
 またしても一人いなくなった。そこで仲間内で集落をくまなく探したが見つからない。さらに山のほうまで捜索の手を広げると、すぐに彼の姿は見つかった。
「山の中でね、寝てたの。それがきちんと着物を畳んでね、丁寧に草履を揃えて座敷に上がったみたいな感じで寝ていたの。これも狐かねえ」

・婆ちゃんは山の中で不思議な空間に入り込んだことがある。それは仲間たちと山菜採りに行った時だ。森の中は明るく下草はまだそれほど伸びていない。見通しはある程度利く状態である。
「すぐそこに妹がいるのね。数十メートルじゃないの、距離的には、そこに行けないのよ」少し斜面を下りた所に妹がいるがそこまで辿り着けない。何度行こうとしてもあれあれ?
 いつの間に結局元の場所に戻ってしまうのだ。
「それは不思議だったよ。何回も行こうとしたけど駄目だったもんねえ。あの時はねえ、妹に飴をやろうと思ってたのね。ポケットに飴が入ってたから、きっと狐が騙そうとしたんだろうね」
 焼き魚や生臭いモノが好きな狐の話はあちこちで聞いたが、どうやら下北半島の狐は甘党のようである。

・風間浦村での狐に関する話は多い。基本的には他所とよく似た内容だ。
「近所の人が祝い事の帰りに狐に化かされて田圃を歩かされたんですよ。それで引き上げられた時はお土産を全部無くしていて、狐のせいだと言われましたね」

<狐の警告>
・矢谷さん夫婦が以前、八甲田山の谷地温泉に行った時のことだ。2ヵ月ほどの長逗留で辺りをいろいろと巡っていたある日、宿への帰り道で深い霧に包まれてしまった。
「毎日走っている道でしたから、少々霧が出ても分かるんですよ。道自体も単純ですしね」確かに地図で見ても複雑ではない。しかし二人は辿り着けない。
「はっきりとした分かれ道があって、そこから普通なら20分くらいで着くはずなんですよ。それがいくら走っても着かない。おかしいんです、気がつくとまた元の分かれ道。そんな馬鹿なと何度も行くんですが、やっぱり着かない」
 気がつけば2時間以上が経過している。流れる霧の中を走りながら、背筋がゾクゾクとして鳥肌が立つのが分かった。
「二人で大丈夫、大丈夫って言いながら走ったんです。そうしたら目の前に狐が現れて」
 突然車の前にたちふさがったのは三匹の狐である。

・風間浦村では狐に化かされる話は聞いたが、人を殺すような悪さをするのは狸だといわれている。そこの出身である八谷さんにとっては狐は怖い存在ではないようである。

<丑三つの少女>
・山怪はどこにでも存在すると思う。しかしその状況は国や民族、歴史などの違いで大きく変化するのではないだろうか。そう考えると、北海道にはどのような山怪が存在するのか想像もつかなかった。

・これは今も存在する会社の出来事なので場所と氏名は伏せる。現在北見市の保険事業関係に勤めるAさんが、そこで働いていた10年ほど前に経験した話である。当時勤めていた会社はかなりの肉体系だったそうだ。時には夜中でも緊急の工事に出勤する必要もある体力勝負の職場である。

・真っ黒な山の中に投光器を立てて黙々と作業をしていると、現場無線に妙な連絡が入った。
「おい、子供がいるぞ!気をつけろよ。白い服を着た子供が歩いているから」
 誰もが耳を疑った。それもそのはず、現場は道も無い山の中、おまけに時間は午前2時過ぎのことである。子供が一人で歩いている訳がない。

・「これはおかしいと思って連絡してきた現場へ向かったんですよ。最初は悪い冗談かなと思ったんですがね」
 数人で真っ暗な山の中をその現場に向かうと、10人ほどの作業員が立ち尽くすのが見えた。彼らは真夜中の山中で全員がその少女を見ていたのだ。中には震えの止まらない人もいる。
「昼間でもそこは普通の人が入れるような場所じゃないんです。真夜中に子供が一人で歩いているなんて絶対にあり得ない」
そのあり得ない状況に作業員たちは遭遇してしまったのである。

<ついてきた男>
・「いや、そこに入るとき管理人さんが小声で耳打ちしたんですよ、“ここ出るから”って」実に嫌な情報である。そんなことを聞いても信じない人も多い。Aさんもどちらかというと見えないし信じないタイプだから、そのまま就寝時間を迎えて寝入ったが……。
「目が覚めたんです、ばちっと。3時頃でしたかね、いやちょうど3時でしたね、時計見たら。何か変な感じがして辺りをぐるっと見渡したんです」
 暗い部屋の中で目をこらして辺りを伺う。天井、壁、横、足元、そこで目が止まった。
「誰かいるんですよ、ベッドの足のほうに。座ってこっちをじーっと見てるんですね。顔ですか? それが、こう深く帽子を被っているんで、顔はよく見えないんです」
真夜中に足元に座って自分のことを見つける男、それが誰かは分からないが、声をかける気にはならず、そのまままんじりともせず朝を迎えた。
 感じない、信じないタイプだとはいえ、それが1週間も続くとさすがにAさんも参ってしまう。そこで研修で仲良くなった人に相談しようと思い、話しかけた。
「応接室で話をしていたんです。そうしたらその人が“そっちのベッドは大丈夫”って訊くんですよ。その人も見てるんです、帽子の男を」
 どうやら帽子の男は各ベッドを覗き込んでいるらしかった。

<飛び出す婆>
・この方のお婆ちゃんは霊力の強い人だったらしく、亡くなった後もいろいろとやらかしている。葬儀が済んでしばらく後には、家中の戸をガタガタと激しくならして家族に存在をアピールしている。極めつけは元気な姿を見せつけるという荒技だ。
「飛び出すんですよ、仏壇から。そして仏間からすたすた歩いて次の間の縁側まで行って、外を覗いてからまた仏壇に戻るんです」

・同様に仏間から出てきて歩き回る謎の女の子の話は、富山県山間部でも聞いたことがある。そこの宿の若女将は座敷わらしではないかと言うが、仏間から出てきたことを考えると遠い先祖だったのかもしれない。

<“熊撃ち”久保俊治さんの体験>
・この雪女の話は弟子屈方面でも聞いたから、北海道では珍しくないのかも知れない。本州で白い着物を着た長い髪の女性が山中に姿を現せば、それは間違いなく山の神と認識される。それが北海道では雪女になる訳だから、やはり地域差なのだろう。

<座敷わらしと山の神>
・座敷わらしがいるといわれている旅館が国内には数軒ある。最も有名な旅館は一度火事で焼けてしまったが、今は立派な宿として復活している。以前訪れた富山県の宿では、着物を着たおかっぱ頭のわらしが、ばたばたと走り回っていた話を聞いた、色は無く、すこしぼんやりとした感じだったらしい。

・座敷わらしと宿はセットのような感であるが、個人宅でもたまには現れるようだ。
群馬県の片品村で古民家を改修して住んでいる原紘二郎さん葉子さん夫婦に座敷わらしの話を聞いた。
「台所のほうで作業をしていたら、子供がたって座敷のほうを走っていくんですよ。まだうちに子供が生まれる前でしたから驚きましたね。その頃やっぱりうちに遊びに来ていた友達にも、“子供が家の外を走り回っている”って言う人が何人かはいました。その友達も子供の姿が見える人と足音だけしか聞こえない人に分かれました」

・葉子さんはあまり不思議な出来事は無いと言うが、話をするうちに謎の人物との遭遇を思い出した、鳥肌を立てながら。
「女の人でしたね。私が何かしている時に、はって気がついたら女の人が家の中を歩いていたんですよ」
葉子さんはその歩く女性に目をやった。髪の長い白いふわっとしたような服を着ている。

・古民家の戸は昔のままなのだ。サッシのように音もなく開く代物ではない。“ガタガタガタガタ”っと玄関チャイム並に賑やかなのである。髪の長い女性は戸を開けることもなくすーっと入ってきて、そのまま家の中を突っ切って消えていった。
「それは山の神じゃないんですかね」
「山の神?」
 山の神は髪が長く白いゆったり目の服を着ていると幾人かに聞いたことがある。それとよく感じが似ているのだ。

・片品村は尾瀬への玄関口として有名である。その尾瀬の或る山小屋にも座敷わらしが出るという。

<火の玉ラッシュアワー>
・空中をふわふわと彷徨う光は“人魂”や“火の玉”などと呼ばれている。東北地方では“狐火”と呼称され、特に秋田県の阿仁地区では実に多くの“狐火”体験談を聞くことが出来た。さすがはマタギの里阿仁である。

・景徳寺で出会った婆ちゃんたちから50年ほど前の出来事を聞いた。
「西原いう地区があるんですよ。そこでね、3歳やったかな、男の子が一人おらんようになったんです」
 西原の集落から忽然と姿を消した子供。集落をあげて山狩りをしたが、その小さな体は見つからなかった。4日が過ぎ、集落中に諦める気持ちが強まりかけた頃、その子は見つかる。そこは大人でも行きにくい滝の横だった。まるで辺りを眺めるようにぽつんと突っ立っていたそうだ。いったいどうしたのか、何があったのかを問われて幼子は答えた。
「白い着物を着た女の人に助けてもらった………」
 山の中で迷っていたら、その女性が手を引いて連れていってくれたというのである。命に別状はなく、怪我もしていなかった。しかし助けるのなら集落のほうへ連れていってくれればよいのにと思うのは私だけだろうか。

<山から出られない人>
・何が怖いのか、それには理由があった。
「その人たちがキノコ採りに行った時なんですよ。山から出られんようになったんです」
「険しい谷か何かに迷い込んだんですか?」「いやいや、原っぱです」
「原っぱ?」ご婦人たちが足を踏み入れたのは草原、広々とした場所である。いつもの山道を汗をかきながら登っていくと、突然広々とした場所に出てしまったのだ。
「こんな所があったんやねえ」「そやなあ」
 誰もが初めて来た場所である。そして誰もが話にも聞いたことがない場所である。この謎の場所から抜け出すのに彼女たちは必死で出口を探し回った。
「凄く大変やったらしいです。あっちこっち歩き回っておったら、いつの間にか知った山道に出られたそうです」
 慣れ親しんだはずの場所で異空間に足を踏み込んでしまう。それが白い山や青い池だった話は東北地方でも聞いたことがある。大抵の場合は二度とそこへ行くことが出来ない。もちろん北山村のご婦人たちは二度と行きたいとは思っていないが。

・あれ、どこへ行くのかなと思いながらもベテランのことである。何か考えがあるのだろうとさほど心配はしなかった。ふっと遠くへ目をそらして再度先ほどの山筋を見ると……。
「また先輩の猟師が同じように歩いてきてなあ、開けた所を通りすぎて山へ入っていくんや。何しとるんかなあ思うたでえ」
 二度目である。まあ何かを確認するための行動かと思ったが、さすがに3回目となると話は違ってくる。そして4回、5回……。
「同じ所を何度も回っとるんやなあ。そいで無線取って“お前何しとる、何回も同じ所歩いとるで”言うたんや」
無線に出た先輩猟師は応えた。
「何って、わしゃ山を下りよるだけじゃ」「下りるって、お前さっきから同じ所をぐるぐる回っとるだけやぞ」
 亀田さんに指摘されても先輩猟師には意味が呑み込めない。彼はひたすら山を下りているつもりだったのである。
「いやおかしかったけど、先輩やから笑うに笑われへんかったで」
 いわゆるリングワンデリングの類いなのだろうか。それを遠目に見ていた人の話は珍しい。その先輩は伐採し開けた場所を何度も通っていることに気がついていなかったそうである。

<奥山の女性>
・先に述べたように杉山さんの仕事は立木の買い付けである。山の面積と樹種を把握して持ち主と金額の交渉をしたり、銘木を探して山を一人で歩く。当然、遊歩道や登山道を歩く訳ではない。基本的に人と会うことがほとんどない山行きなのだ。そんな場所に女の人が一人でいるとは考えられないから驚くのである。
「二回会ったことがありますよ。山の中で、その人、普通の格好なんです。山歩きじゃないですね。髪の毛がばさばさで凄く怖かったですよ。精神的に不安定な人なのかなと思いました」
「はあ、二回ですか。それは同じ人なんですか?」
「いや、違う人ですね。場所も全然違いますから」
 この状況は想像するとかなり怖い。限られた山関係の人しか入らないような場所で、彼女たちはいったい何をしていたのだろうか。

<狸話>
・動物が関係する話は狐が多く、特に東北北部では独壇場である。しかしながら狸もなかなかのキャラクターとして度々登場する。そのほとんどが物真似をする程度でたわいもない。それが四国では人を死に追いやるような悪さをしでかすのである。



『鹿と日本人』  野生との共生1000年の知恵
田中淳夫  築地書館   2018/7/2



<シカが獣害の主役になるまで>
<シカの増え方は“シカ算”>
・これまでナラシカの現在と歴史的な経緯を記してきたが、あらためて振り返ると、ナラシカは宗教的な理由で保護される一方で、常に人との間に揉め事を引き起こしていた。その大きな理由はシカの食害であることは言うまでもない。ナラシカを保護すればするほど数が増え、その一部が農地を荒らす。

・1頭のメスが2年目から毎年子を産むというのは何を意味するか。20年生きる場合、単純計算では18頭の子どもを産むことになる。産んだ子どものうち半分がメスと仮定すると9頭が2年目から子どもを産む。親シカ、祖母シカも生み続ける。シカは、自分の子、孫、曾孫、玄孫………が同世代の子どもを産むのである。1頭の寿命が尽きるまでに子孫は何頭になるか計算していただきたい。いわば複利計算だ。もちろんすべてのシカが2歳から毎年出産するわけではないが、繁殖力は決して小さくない。
 実際の観察では、年間増加率は15~20%に達し、4~5年で個体数が倍増する計算になる。いわば「シカ算」が存在する。

<シカは飼育しやすい性格?>
・食性は、植物なら何でも食べる。草も樹木も食べる。草も丈の高いものから地面にへばりついたシバまであまり選ばない。ササであろうと平気だ。餌の確保にそれほど苦労はしないだろう。牧草を育てるという手もあるし、干し草や草のペレットも可能となると、飼育時にはあまり困らないはずだ。もっとも「何でも食べる」食欲が獣害となるわけだが………。

・現在、日本には1ヵ所だけ長崎に1000頭規模でシカを飼育し、鹿茸と肉と皮革を商品化するシカ牧場があるが、例外的な経営の成功例と言えるだろう。

・まず有用と言っても役割として小さかったのかもしれない。農耕に使うならウシのほうが力が強く、人が乗ったり荷物を運ばせたりするならウマ」だ。肉はあまり求めなかったし、シカから取れる肉の量は少ない。皮革も牛皮が一般的で、鹿革の需要は狩りで獲る分で十分需要に対応できた。毛が短いので防寒用には向かないだろう。またニホンジカは外国産のシカに比べると小さめで皮革も小さくなる。

<昔から大変だった獣害>
・獣害の主役は、少し前までイノシシだったのだが、近年はシカに交代したようだ。推定生息数もシカのほうが多くなった(シカの生息数はイノシシの約3倍以上とされる)。
 農林業被害額は膨れ上がっており、ピークは2010年の239憶円である。肝心の農林作物を荒らす動物は、イノシシやサル、カラスなどの鳥類もいるものの、もっとも多いのがシカで、ざっと全体の3分の1を占める。
 もっとも実態はそんなものではない、という声も強い。そもそも被害額の算定は、それを農協や自治体などに届け出ないと顕在化しない。それにシカは、農家の作物だけでなく家庭菜園や個人宅の庭木や花壇の草木も食べる。それらの多くは泣き寝入りになるだろう。また植えた苗を食べられたり樹皮を剥がれたりする林業被害もすぐに気づけず表に出づらい。本当の被害額は約5倍、1000億円を超すのではないかという声もある。なお天然林の植生に与えるインパクトも被害額として計算しづらいが、結構深刻である。

・広く農村集落に野生動物が出没して被害を出すようになったのは30~40年前からである。
 しかし時代をさらにさかのぼり、江戸時代の様子をうかがうと今以上に獣害が苛烈をきわめていた事実が浮かび上がる。

・武井弘一琉球大学准教授の『鉄砲を手放さなかった百姓たち』(朝日選書)によると、江戸時代は武士より農民のほうが多くの鉄砲を持っていたそうだが、その理由は獣害対策であった。多くの古文書から実例を挙げているが、田畑の6割を荒らされたとか、年貢の支払いができなくなったから大幅に減免してもらった記録もあるという。だから、藩や代官に鉄砲の使用を願い出て駆除に当たっていたのである。

・考えてみれば中世から江戸時代でも、ナラシカの食害は大問題だった。奈良近郊の農家はナラシカが田畑を荒らすことに苦しんでいたが、駆除ができなかったからである。追い払っても、その過程でナラシカを傷つけたら人のほうが罰せられた時代もあった。奈良も、古くから獣害被害に苦しんできたのである。
 だから明治になって、四条県令がナラシカを駆除対象にした際に喜んだ農民も少なくなかった。

・シカの分布の変遷を調べると、縄文時代には東北でも多くのシカがいたようだ。貝塚からシカの骨が大量に発見されている。ところが江戸時代の後期に入ると、急に減り始める。その背景に、大規模なシカ狩りを実施した記録が各地ある。1722年に男鹿半島で秋田藩上げての狩りを実施して2万7100頭のシカを獲ったとされる。これも獣害対策の一環だろう。その後も狩りは続き、シカは男鹿半島では絶滅したらしい(近年、再び出没している)。同じくイノシシも獣害対策として東北各地で大規模な駆除を実施した記録がある。
 さらに資料を探っていると、トキを害鳥として鉄砲で追い払った記録も出てきた。

・原因として考えられるのは、やはり明治以降は幕府の禁制が解かれ、高性能の銃が導入されて駆除が進んだことがある。食肉としてもシカやイノシシが狙われた。江戸時代も肉食はこっそりと行われていたが、明治に入って公に奨励されるほどになっていた。そのほか骨や角なども野生鳥獣は資源として追われるようになったのである。
 加えて野生動物そのものが毛皮の供給源として乱獲された。毛皮は欧米への輸出品として大きな割合を占めていたうえ、戦時下では軍用物資だった。大陸へ日本軍が侵攻すると、防寒用軍服などにも毛皮は求められたからだ。1880年代には軍用の毛皮を調達する制度がつくられ毛皮市場も形成された。じつは、猟友会が結成されたのもこの時期である。国の主導で狩猟者の組織化が進められたのだった。

・毛皮の対象となったのは、ツキノワグマにヒグマ、オコジョ、カワウソ、カモシカ、シカ、クマ、キツネ、タヌキ、ウサギ………などである。よい毛皮の取れる動物は、軒並み狙われるようになる。さらにラッコやアザラシなど海の動物も対象になった。
 
・戦後は、焼け野原になった町の復興のため、そして経済復興のために木材が求められ、伐採が加速した。そこに木材として有用なスギやヒノキを植える拡大造林政策も取られた。
 こんな状態では、野生動物も安穏と暮らすどころか生存の危機に陥っただろう。自然が荒れたから獣害も減るという皮肉な関係にある。


スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(2)

2020-01-12 16:45:47 | 森羅万象

<いまや遠野のシンボルだよ!  遠野の河童>
・遠野の川には河童がたくさん住んでおり、中心部を流れる猿ヶ石川には特に多かったと『遠野物語』に書かれています。雨の日の翌日などは川岸の砂の上に足跡が付いているのも珍しくなかったそうです。
 遠野の河童の一番の特徴はその色で、見た人の話によるととても綺麗な赤色だったとか。
 また、馬を引きずり込もうとして逆に捕えられた淵猿(河童の別名)が、許してもらったお礼に家を守る座敷童子になったという変わり種の話も伝わっています。

<関東に手を出すものには容赦しないよ  禰󠄀々子河童>
・利根川に住んでいた雌の河童で、関八州の河童を統べる大親分だったといいます。
 とにかく気性が荒く、機嫌が悪いと堤防を破ったり、牛馬や人を川に引きずり込んだりと大いに暴れました。しかし、加納の地(現在の茨城県北相馬郡利根町加納新田)に至った時、ここを開拓していた加納久右衛門に捕えられ、懲らしめられて改心したといいます。加納家には今でも禰󠄀々子の像があり、安産や縁結びの神として祀られているそうです。
 また、九州の親分河童・九千坊と利根川の覇権を争って戦い、勝ったとの言い伝えも残っています。

<中国からやってきた水天宮の御眷属  九千坊(くせんぼう)>
・筑後川を根城とする九州河童の頭目で、千数百年前に中国の黄河から一族を引き連れて海を渡り、熊本県八代に上陸したといいます。

 初めは球磨川に住んでいました。しかし、一族の河童たちがあまりにひどい悪戯をしたため、肥後領主・加藤清正の怒りを買って退治されそうになり、仕方なく久留米の有馬公に頼んで筑後川に移ったといいます。
 ところで、九州には平家の怨霊が化生した河童も一大勢力を誇っており、そのせいかどうかはわかりませんが、九千坊は一時本州進出を目論んだようです。しかし、禰󠄀々子に敗れ、野望は潰えました。

<老若男女揃った山の一家  山人(さんじん)>
・日本各地の昔話に登場する山男や山女。中でも最も有名なのが山姥でしょう。人を喰う鬼婆かと思えば人助けもする、自然の猛威と恵みを象徴するような存在です。若くして美しい場合は山姫と呼ばれます。

 山爺は全身毛むくじゃらの一本足で、片目が極端に小さいため一見独眼に見えるとか。歯が強く狼さえも頭からバリバリ食べるそうです。
 山童は、悪さもしますが、手伝いもよくします。一説には春の彼岸に山を降りて河童になり、秋の彼岸になったらまた山に帰るそうですが、田の神にも同様の伝承があるのがおもしろい点です。

<一番会いたくない化け物かも さとり>
・人の心の中を読む化け物、それがさとりです。相手が思ったことを次々と言い当て、隙ができたら獲って食おうとします。ですが、大抵はたき火の火が突然爆ぜたのが当たるなど、予測不能な反撃を受けてほうほうの体で逃げていくという落ちになります。
 思考を全て読み取られるなんて気味悪い上に間違いなくイラッときますが、「物事に不測の事態がつきもの」と身を以て教えてくれる妖怪だと思えば、少しは気が収まるかもしれない。

<あんまりかわいくなくてごめんなさい 人魚>
・日本の人魚は不気味な容貌をしているものがほとんどです。若狭地方周辺には人魚の話が多く、人魚の肉を食べて不老不死になった八百比丘尼の伝説や、神使である人魚を殺した祟りで滅んだ村、前世の罪業により人魚に転生した男の話などが残っていますが、往々にして不吉な存在と見なされていました。

・沖縄の人魚・ザンは美しい女性の姿ですが、捕えると不吉な出来事が起こるのは同じ。見つけてそっとしておくのがいちばんなようです。

<予言獣は社会不安の証  件(くだん)/アマビエ>
・件は人面牛身の妖物で、生まれ落ちてすぐ一言だけ予言し、死んでしまうといいます。
一方、アマビエも予言する妖物で、こちらは肥後の海に出現し、豊作や疫病の流行を予言して立ち去りました。その際「流行病が出たら自分の姿を描いた絵を人々に見せよ」と言い残したそうです。

件もアマビエも出現時期は江戸末期で、この時期には他の地域にも予言する妖物が頻出しました。社会不安が流言を生む典型例といえるでしょう。



『奇跡を起こす 見えないものを見る力』
木村秋則  扶桑社    2011/9/30


<私たちが知っていることは、ほんのわずかでしかない。大切なことは目に見えない>
・そう気づけたのは、私がこれまで、「普段は見えないもの」と何度も出会ってきたからかもしれません。私が出会ってきたのは、龍、UFO、宇宙人など、人に話せば「何を言っているの?」と笑われるような存在です。

<3・11東日本大震災前>
・龍について話したり本に書いたりするようになり、全国にいる龍の研究者や研究会からさまざまな資料や情報をいただきます。それによると、龍は動物のような肉体を持つ存在ではなく、ガス体だと考える説もあるようです。強いエネルギーが凝縮して「気(ガス)」となり、そのエネルギーが象徴する「龍」という存在として、人間の目に映るというのです。

 もしそうであれば、17歳のときに見た龍が細い松に乗っても枝ひとつ揺れなかったことが納得できます。また、私や友人が見たように、龍が水蒸気の集まりである雲に姿を変えて現れることもあるのではないかと考えられます。

<津軽という土地が持つ力>
・津軽に住む人々の「心のふるさと」とも言えるのが、我が家の西に位置する岩木山、別名「津軽富士」です。

・また岩木山では、先祖の霊と交信する「仏おろし」や、神と交信する「神おろし」も古くから行われてきました。津軽で「カミサマ」と呼ばれている中年女性の霊能者を通して、肉親の霊と話したり、神からの言葉を聞いたりする風習です。青森には、全国的にも有名な「イタコ」と呼ばれる女性たちがいますが、イタコは、青森県東部の下北半島、特に恐山で活動しています。主に故人の霊を降ろすイタコとは違い、津軽の「カミサマ」は、故人の霊のほかに、神からのご神託を伝えるという役目を持っています。

 こういった伝統や信仰は、津軽人の心に深く根ざしています。その要とも言える岩木山には、「龍がすむ」という言い伝えがあるのです。

・境内の右手には、龍神様が祀られています。白地に紺で「白雲大龍神」と染め抜かれた幟に導かれて進むと、岩木山の湧き水でできたという池があり、そのなかに龍神様の祠が立っています。荘厳な拝殿とはまた違った趣のある、神秘的な空間です。

<畑に現れる不思議なものたち>
・しばしば自宅近くや畑の上空に訪れていたのが、UFOです。

 無農薬栽培を始めた前後から、時々見かけるようになったのですが、最初に発見したときは家族や隣の人も呼んできて、みんなで確認しました。ですから、私の勘違いではありません。初めは、UFOは月が回転しているように見えました。

<地元で話題になり、「岩木山上空にUFO出現」と新聞記事が出たほどです。>
・UFOが現れ始めた頃は、私も家族も興奮しました。しかし、もう数えきれないくらい見ていますから、今見ても驚くことはありません。

<そんな宇宙からの客人が、私の畑に降り立ったことが2度あります。>
・2度とも彼らは2人組でした。身長は130センチほど、目が異様に大きく光っていたことを憶えています。

 初めて見たとき、彼らはリンゴの木の間をものすごいスピ―ドでビュンビュン動き回っていました。

「何だ!?」と思って目を凝らすと、人のような形をしています。でも、もし人だとすれば、横に貼り出したリンゴの枝にぶつかるはずです。ふたつの物体はぶつかりもせず、右へ左へ素早く動いています。
 走っているのではありません。わずかに浮いていて、横にササッと移動しています。体全体がクロ-ムメッキされた車体のように鈍く光っています。「これは、人間ではないな」と直感的に思いました。動くこともできず、見守っているうちに、しばらくして2人は消えました。どんな目的があったのでしょうか。UFOには慣れていた私も、さすがにこのときは驚きました。

<UFOに乗せられて>
・龍を見たと言うだけでも随分驚かれますが、宇宙人に拉致されてUFOに乗ったというと、ほとんどの人が信じられないという顔をします。私自身、もし自分が体験していなかったら、人から同じ話を聞いても「夢でも見たんじゃないか」と思うでしょう。

・ベンチから左右を見渡すと、どこに壁があるかわからないくらい空間が広がっています。この建物のなかには、いったい何百人が住んでいるのだろうと、私はそう思いました。

 やがて、他の2人が次々に連れていかれました。ひとりになった私は手持ちぶさたになり、ベンチに立って窓の外を見てみました。夜なのか全体は暗くて見えません。しかし、明かりが横に数列並んでいるのが見えます。ビルが横に倒れたような建物です。地球の建物ではないようです。ホテルか何かだろうかと思っていると、宇宙人がやってきたのであわててベンチから降りました。

・そのときもやってきたのは、2人です。子どもの背丈ほどの彼らが大人の私を両脇から抱えるのですが、力が強いのでされるがままになるしかありません。私が立つと、彼らは私の腕を抱えて宙を浮くかたちになります。私は歩き、両脇の2人は床から浮いた状態で移動しました。

 途中にいくつかの部屋がありましたが扉はなく、のぞいてみると先ほどの2人がそれぞれ別の部屋で裸にされ、台の上に寝かされていました。ベルトで固定されていて、まわりをかなりの数の宇宙人が取り囲んでいます。

 みんな目だけが異様に大きく黒っぽい体で、男女の差も顔つきの違いもわかりません。彼らは手術に立ち合う医師のように台のまわりを囲み、目でスキャンするようにじっと横になった2人を見ていました。

・彼らは、もうひとつ興味深いことを話してくれました。「我々は、子どもでも250の元素を使うことができる」と言うのです。地球人が知っているのは120ほどで、実際に使っているのは20~30にすぎないとも言いました。あとで調べてみると、確かに地球上で認識されているのは118。使われているのは20~30種類だそうです。

 250もの元素を使って、いったいどんなものを作っているのでしょう。いずれにしても、彼らが桁外れの頭脳を持った生き物だということが言えるのではないでしょうか。

・不思議だったのは、彼らが壁やテーブルなどに触るとすべて透明になったことです。たとえば、壁を触るとガラス張りのようになり、向こう側が透けて見えるのです。触らなければ、ただの金属のように見えます。私が触っても変化は起きません。そのことひとつとっても、彼らの科学や技術は、かなり進んでいると私は思ったのでした。

<老人が見せた地球のカレンダー>
・心の大切さを教えてくれたひとつの出来事があります。といっても、体験と呼ぶにはあまりにも突飛なので、「ある幻想を見た」と言ったほうが正確かもしれません。
 まだリンゴが実らず苦労していた頃のことです。

 私は、ある部屋でひとりの老人と出会いました。肩から白い衣をまとってあごひげを生やしています。古代ギリシャの哲学者ソクラテスのような風貌です。石の椅子に座ったその老人は、私に手伝ってほしいことがあると言いました。

・「これは何ですか?」と私が尋ねると、老人は、このパネルは地球のカレンダーで、1年が1枚分だと答えました。見ると、その数は多くありません。「これ以上はないのですか?」と私は尋ねました。老人は、「ありません」ときっぱり言いました。

 私は困惑しました。その枚数で言うと、カレンダーの終わりは、マヤの暦で地球が滅亡すると言われている2012年よりは多かったのですが、2桁しかなかったからです。

 枚数は今もはっきり憶えています。決して口外してはならないと老人に言われたので、誰にも教えることはできません。老人との約束を守って、私はそのときに見た枚数を妻にさえ話していないのですから。

<自分がリンゴだったら、野菜だったらと考えてみる>
・自然栽培には、マニュアルがありません。作物の特性を生かして、それぞれに合う土壌作りをするのが自然栽培の基本です。そのためには、作物を見て土を見て天候を見て、その場その場で自分自身が判断していくしかありません。

 自然栽培は、畑に何も手を加えない「自然農法」とよく勘違いされます。
 自然農法は福岡正信さんが唱えた農法で、私がリンゴの無農薬栽培を思い立つきっかけとなりました。この農法は、耕さない、肥料や農薬を与えない、除草しないなど自然のままの状態で作物を育てます。
 しかし、私が実践する自然栽培は、ただ何もせず放っておくだけではありません。畑の様子を見極め、ときには草刈りをしたり、剪定をしたりして、作物が一番気持ちいい状態に調整していきます。リンゴを実らせようと試行錯誤するなかで、自然のままに放置するのではなく、「自然を生かす工夫」をすることが大切だと気づいたのです。
 また、自然栽培は、「有機農法」とも違います。

・いろいろな意見があるので、これはあくまでも私個人の考え方ですが、有機栽培は化学肥料の代わりに有機肥料(堆肥)を与え、無農薬で栽培する栽培法です。しかし、有機JAS法では、石灰ボルドー液と呼ばれる農薬など、昔から使われている農薬の使用を認めているので、完全な無農薬とは言えません。
 一方、自然栽培は農薬代わりに食酢を使うだけです。食酢は法律上、特殊農薬として指定されているので、厳密には、無農薬とは言えないかもしれませんが安全です。

<人はヤドカリと同じ>
・こんなふうに思うようになったのは、「あの世」に行く体験をしたからかもしれません。重いインフルエンザにかかり、高熱を出して家でひとり寝込んでいたときのことでした。

 思っていたよりも重症化していたようです。意識がもうろうとして、眠ったとも気を失ったともわからない状態になりました。ふと目を覚ますと大きなシャボン玉のようなものが降ってきて、私は自然とそのなかに入っていきました。
 フワフワと浮くシャボン玉のなかで、ふと下を見ると、知らない誰かが横たわっています。

 私自身なのですが、それが自分だという感覚はありません。上へ上へと昇っていくシャボン玉に身を委ねながら、自分は死んであの世へ行くのだなと思いました。

・外を見ると、私と同じようにシャボン玉に入って昇っていく女性が2人見えました。この人たちもあの世へ行くのだと漫然と思っていました。
 気がつくと、シャボン玉から出て、私は暗闇の中にひとり立っていました。怖いとも悲しいとも思いません。ただ、いつもの自分ではないような、普段とは変わった感覚がありました。何かに誘われるように、私は歩き始めました。
 どこへ向かっているのかわかりません。でも、目指す方角は知っているような気がしました。砂の上を歩いているような歩きにくい道を、ひたすら進んでいきました。

・ふと「死んだじさま(じいちゃん)とばさま(ばあちゃん)は、どうしているのだろう」と思った瞬間です。目の前に2人が現れました。
 「じさま!ばさま! わぁ(俺)だよ。秋則だよ」
生きているときそのままの姿で現れた2人に、呼びかけました。
返ってきた言葉は、「なぁ(お前は)誰だ」でした。
悲しくなって、自分の名前を繰り返し告げました。でも、2人は困惑して不機嫌な顔のまま立っているだけです。そのうち2人は、現れたときと同じようにパッと消えていなくなりました。
 よく。「あの世で会おう」「あの世で待っているから」と言います。でも、「あの世」では、生きているときの感情はないのだなと、そのとき思いました。

・2人が消えたあと、しばらく歩いていると少し明るい場所に着き、山や建物が見えてきました。そこで、案内人のような2人連れが現れました。その2人に促され、大きな建物の前に行くと、平屋建ての家がたくさんあり、その家に出入りを繰り返している人や、行列して山へ向かう人たちの姿が見えました。私以外はみんな同じ白い服を着て、性別もはっきりせず、似たような姿形、年齢でした。生まれ変わるために、人が川を下っていく様子も案内人が見せてくれました。
 そのうち、地響きのような大きな音が聞こえてきました。それは、何度も鳴り響きます。よく聞くと、自分の名前のようです。

・「誰かに呼ばれている。どうすればいいのだろう」と思った瞬間、私はまた大きなシャボン玉のなかに入っていました。
 気がつくと私はシャボン玉に入ったまま、自分の家の天井あたりで部屋を見下ろしていました。布団のなかに寝ているのは私ですが、そのときもそれが自分自身だとはわかりません。妻でさえも誰だかわかりません。

・魂が自分の肉体に戻るとき、どんなふうに戻るのかおわかりでしょうか?
 よく漫画などで魂が煙になって口や鼻から入る場面がありますが、実際には違っていました。寝ているときと同じ姿勢を取り、上から重なるようにして戻ります。そのようにして自分の体に戻り、一番先に見えたのが、妻の顔とヘルメットを被った救急隊員の顔でした。
 「この世」に戻って、私は思いました。肉体を抜け出し魂だけになった世界と、今の自分という肉体を借りて住んでいる世界とでは、まったく考え方が違うのだなと。「自分」はなく、何も感じない世界。家族同士の愛や絆もない世界。私が見た「あの世」は、そんな世界でした。それは、今でも鮮明な感覚として残っています。
 そこには、天国も地獄もありませんでした。「あの世」へ行ってみて、生きている「今」が、天国であり地獄だと感じます。

<小さな改革から大きなうねりへ>
・ソクラテス似の老人が教えてくれたカレンダー。その枚数は誰にも言わないと誓いました。しかし、その枚数が終わる日、地球が滅びるとか、大災害が起きるとは思いません。その日に始まるのは、心の革命、意識革命ではないかと考えています。


<●●インターネット情報から●●>

<岩木山>
<光り物、雲>

■ 1571年1月21日夜、光り物が岩木山から出て、東の方へ飛び移った。雷のごとき大音がした。22日夜と23日夜も同じだった。

■ 1605年2月20日午後8時頃、岩木山の南の肩から大きな光り物が出て、空中に輝いたが、まもなく北の方へ飛んで、赤倉の沢へ入った。
このとき、周辺が昼のごとく明るくなって、草木の色まで見分けられ、
堀越城や近辺の村々からも見えた。

■ 1613年9月18日朝、光り物が西から東へ飛び、鳴り渡った。

■ 1624年4月29日夜、光り物が西から東へ飛んだ。

■ 1685年2月23日午後9時頃、雷のような音とともに、光り物が西から東へ飛んだ。3月1日まで毎夜続き、人々は安堵できなかった。

■ 1730年6月23日夜、西の方から東のかたへ光り物が飛んだ。

その形は雁のようで、色は白銀によく似ていた。

■ 1764年10月16日朝6時すぎ、西の方から南の方へ光り物が飛んだ。大きさは約2メートルほど。流星のごとく発して南の空へ入り、その後白い雲になった。

■ 1770年6月14日午後4時頃、岩木山の上空に、甲冑を着た人形のような雲が立った。また2日前の昼頃には、山頂の上に船に乗ったような人形の雲が見えた。

■ 1772年3月19日夜8時過ぎ、光り物が西から東へ飛び、花火を散らしたように御城西坂上の松林に落ちた。形は丸く火の色で、尾はカブの実の色のようだった。

■ 1787年2月2日夜、岩木山から光り物が2つ飛び出した。
大きな爆音がして、百沢付近に住む人々は家を捨てて戸外へ逃げ出した。



『輪廻転生を信じると人生が変わる』
山川絋矢   ダイヤモンド社   2009/9/11



<実はすべてが計画されている>
・こちら側では、多くの精霊や天使たちが一生懸命活動して、人々に覚醒をうながしています。

・私たちの導きによって、すべてがとり行われているのです。

・世の中の動きは、実はすべてが計画されているのです。

<自分に起こることは、全部自分が引き起こしているのです>
<私たちの生は壮大な宇宙の計画の一環>
・あなたの人生のシナリオにそう書いてある。

・そこから何かを学ぼうとして、魂が事を引き寄せている。

・本当の「引き寄せの法則」は、エゴやお金や物を引き寄せるという技術ではありません。「自分のところに来たものは、すべて自分が引き寄せた」と知ることです。シンプルな宇宙の秘密。

・本当の自分は自分の運命を知っている人です。

・本気で思ったことは実現する。

<人生に間違いは一つもない>
・あなたは、自分のすべきことを今この瞬間もしている。

・人はみんな、いつの時点でも、その時にしなければならないことをしています。

・あなたがそこにいるだけで、あなたの人生に起こって来ることが変わる。

・「引き寄せの法則」が意図することなく、自動的に働き始めます。宇宙が応援してくれます。

・「幸せであることを日々、感謝するだけ」なのです。あなたは、特に意図しなくても回りの人を自然に変えていきます。



『新 天使クラブへようこそ、天国はここにあり』
山川紘矢    ダイヤモンド社   2010/6/18


<私たちが体験できる最も美しいものーぼくが「天界」に行ったときのこと>
・さて、いよいよ夢の中で、ぼくが天界に行ったときのことをお話ししましょう。

・トイレの壁をぼんやりと見ていたのですが、そのトイレの壁がスーッと動いてゆくではありませんか!「あれって」と思っているうちに、ぼくの体をトイレからスーッと、どこかへ運ばれていったのです。

―そこはもう、広々とした別世界でした。全体が明るい水色の世界で、白いギリシャ風の柱が立っている大広間みたいなところに着きました。
 そして何人もの白いローブのようなものをまとった人たちが三々五々、楽しそうに談笑しているのです。中には竪琴を持った人もいて、天界のようでした。

・ぼくはズボンをおろしたままの姿ですから、すっかりあわててしまい、ひざを少しまげて前を隠していました。

そこにいる人たちは、おしり丸出しのぼくを見て、みんなして楽しそうに大笑いをしているのです。声は聞こえませんでした。テレパシーの世界のようでした。
 ぼくははずかしくて、やっとズボンをたくしあげたのです。ざわめきが一段落すると、向こうのほうから、とても威厳に満ちたレオナルド・ダ・ヴィンチのような素晴らしい風貌の男性が現れました。ぼくに会いに来たようです。
 彼はぼくの顔をじっと見つめました。その目は、慈愛に満ちているという表現がぴったりです。しかし、なぜかぼくに同情するような顔つきでした。
 ほんの何十秒間のことだった気がします。ふと気がつくと、ぼくはベッドの上に座っていました。トイレに入っていたのも、現実のことではなかったのです。

・あのレオナルド・ダ・ヴィンチのような方は、誰だったのか、あれはいったい、何の体験だったのかー。今でも忘れることができません。

・それから、ぼくはひどい病気を3年間やりました。先ほども書きましたが、ゼンソクです。そのために、とうとう公務員を辞めなくてはならなかったほどでした。発作が起こると動けなくなるのです。いつもベッドの上でうめいていました。



『山怪   参 』   山人が語る不思議な話
田中康弘  山と渓谷社 2018/9/10



<山と人と怖いモノ>
・ただし、これが一人で山の中にいる女性となると話が変わってくる。奈良県の例のように普通の恰好をした女性が一人ぽつんと奥山に立っていれば、それはかなりの恐怖なのだ。

<優しい狐と幻の椿>
・「狐火いうのはこの辺では聞かねなあ。狐がよくいる場所はあるんだ。でもよ、この辺りの狐は絶対に命を取らねえもんなんだ」
「騙して酷い目にも遭わせないんですか?」
「そんな話は聞いたことねえもんなあ。大体三日もすれば狐が無事に返すもんだ」

・斉藤さんの近所で一人の老人の姿が急に見えなくなったことがある。集落中総出で探したがなかなか見つからない。しかし誰も慌てる様子はなく………、「まあ、そのうち帰ってくるべ」
そして三日後、件の老人は発見された。
「山さ行ったみたいだったどもなあ、怪我もしてねえし汚れてもいなかったよ」
 彼がどこにいたのかは結局誰にも分らないままである。この方はいわゆる認知症ではなく、しっかりした人だったそうだ。

・「山さ入る時はかならず山神様に手を合せて入るんだ。いつも猟さ行く時、途中さ祠があるんだよ、山神様のな。そこを超えたらもう山言葉しか使ってはいけねえのさ」
 山言葉とはマタギたちが猟で山へ入った時に使う特殊な言葉で、マタギ以外には聞かせてはいけない。またうっかりマタギが山中で里言葉を使えば水垢離を取らされたという。つまりマタギたちは人の支配する世界と山神様の領域をはっきり区別していたのである。

<ミミズ素麵と小さな人>
・平田大六さんの大叔父は村の教育者でしっかりとした人だった。昭和の初めの頃、大叔父が婚礼に呼ばれた帰り、ふと気がつくとなぜか橋の下に佇んでいた。
「その人、七郎さんいうんやが、持っていたご馳走が何も無かったそうですわ。カワウソのせいかも知れん。この辺りじゃあ縞の着物を着た女はカワウソが化けとるいうんですよ。それがご馳走を盗ったんでしょうな」

・やはり大六さんの親戚が山の中で忽然と姿を消したことがある。彼が二十歳の頃、仲間たちと山仕事をしている最中の出来事だ。つい今し方までそこで作業をしていたはずの人が突然行方不明になって、集落中が大騒ぎになったそうだ。
「消防団を中心に捜索したけどなかなか見つからん。あれは三日目やったなあ、考えられんような奥山におったんです。その人が後で言うには、
何でも山の中で立派な家があって、綺麗な女の人から素麺をご馳走になったと。でもそれはミミズやったいうことですなあ」

・奈良県の川上村で行方不明になった女の子が見つかった時に大量のミミズを吐き出した話を聞いた。ミミズ素麺は山の中ではポピュラーなご馳走らしい。知らない人から素麺を勧められたら考え物である。

・大六さんの奥さんは墓場で小人に遭遇した。それは親戚の女性と墓参りに行った時のことである。
「供えてあった古い花を捨てる場所があるんですよ。そこにゴミを持っていったらね、小さな人がね、歩き回ってるんですよ。
 真昼間に二人が見たのは、狐や狸ではなく、完全な人間である。ただ異常に体が小さかっただけだ。先述した胎内小屋でも小さな人が姿を現したように、これは山ではそう珍しくないのだろう。以前に兵庫県の女性猟師が二度山中で見ているから、日本各地にいるのかも知れない。

<浮き上がる人>
・成晃さんが高校生の頃、炬燵でうたた寝をしていると、金縛りにあったことがある。
「あれ、動かないなあって思っていたら、頭のほうから足音が聞こえてきたんです。それが段々近づいてくるんで、これはまずいと思いました」
 必死でもがきながら力を振り絞り、何とか金縛りから抜け出した瞬間………。
「笑い声が聞こえたんです。小さい女の子でしたね、姿は見えません。三人くらいで笑いながら横を駆け抜けていくのが分かりました。この話も誰も信じてくれないんですよ。だからほとんど話しません」

<魂との遭遇>
・その話をそばで聞いていた弟が口を開いた。
「実は俺も見たんだよ、叔母ちゃんが歩いているのを。恰好も姉ちゃんの話と同じだった」
 姉弟は同時に亡くなったはずの叔母ちゃんの姿を見ていたのである。しかしあまりのことに二人とも言葉が出なかったのだ。それがあの時、突然の沈黙が訪れた理由である。

スサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。(1)

2020-01-12 16:41:39 | 森羅万象


『山の霊力』   改訂新版
町田宗鳳   山と渓谷社    2018/4/16



<山が日本人を育んだ>
<山を拝むという日本独自の風習>
・おまけに山にまつわる伝承文学となれば、これは日本の独壇場に近い。もちろん外国にも山に関連する物語は多々あるが、日本人ほど山という空間に対して想像をたくましくし、盛り沢山の説話を世代から世代へと語り継いできた民族も少ない。物語の世界では山姥、雪女、山男、山童、河童、一つ目小僧、鬼、天狗、仙人など、さしもの深山幽谷も多彩な住民でひしめきあっている。

<オロチの棲む山>
<オロチがトグロを巻く神奈備山>
・そのような古代人が山に重ね合わせていたイメージは、生命力旺盛な何らかの動物であったはずであり、なかでも圧倒的だったのは、蛇、なかんずく大蛇、つまりオロチのイメージではなかっただろうか。
 その証拠に、荒ぶる神スサノヲが退治したことで有名なヤマタノオロチは、『古事記』の中で、まるで現実の山の姿のように記されている。

・ヤマタノオロチは八つの頭と八つの尾がある上に、体表には苔がむし、ヒノキ・杉・松・柏の木などが生い茂っていて、その腹からはいつも血が滴り落ちているとされている。これは明らかに、いくつもの峰や谷、そして渓流をもつ山脈の風景描写である。その神話の原型を最初に作った人物も、山の近くに住み、山の景観をつぶさに観察していたにちがいない。
 神話の中ではヤマタノオロチが、必ず年に一度、山から降りてきて、若い娘を奪い去ることになっているが、これは毎年、雨期になると鉄砲水とともに河川を氾濫させ、人里に深刻な被害をもたらす山の恐ろしさを伝えている。

・この説明からも、やはり古代人の想像力が、山の神の姿をオロチに結びつけていたことがわかる。記紀神話の中でも、その名前の中にタチやツチという語をもつ神々がきわめて多いが、そこにもオロチとの関連性がうかがえる。
 ただもう少し厳密にいえば、日本列島に住む人々の心の中に神観念が根づくまでは、山のヌシ、川のヌシ、海のヌシ、家のヌシといった具合に、カミよりもヌシといった感覚のほうが強かったのではないだろうか。

・霊山として古い信仰の歴史をもつ山は、たいていはオロチをヌシとしている。その代表格が、奈良盆地南部、万葉の里にたおやかに横たわる三輪山である。この美しい円錐形の山は、いかにも神のいます山という雰囲気を漂わせているが、その神の正体はオロチにほかならない。当然のことのように、三輪山をご神体とする大神神社の祭神は、オオモノヌシ(大物主神)であるが、これも蛇体神であるとされている。

・ちなみに大神神社のオオモノヌシは、ほかに二つの名前をもつのであるが、その一つがオオナムチノカミ(大己貴神)であり、もうひとつがオオクニヌシカミ(大国主神)である。したがって、国譲りの神話で有名なオオクニヌシも蛇体神ということになる。

・ほかにも慈雨の霊験で有名な伊吹山の伊吹神や、日光の語源となった二荒山のオオナムチノカミなどのように、祭神の本体がオロチであるとされている山の例は、いくらでも見つかる。

<古代の神体山は小さかった>
・岐阜高山にある位山も、典型的な神体山である。さすが水を呼ぶオロチや龍神伝説がある山だけあって、私が訪れたときも土砂降りの雨の中を登ることになってしまったが、位山をユニークなものにしているのは、麓から山頂にいたる巨石群である。

<オロチの血と火祭り>
・ところで、山の祭りには奇祭が多く、とくに火が登場するものが多いが、じつはそのことも大いにオロチと関係している。なぜなら神話の世界では、火こそオロチの血にほかならないと考えられていたからである。
 たとえば、火の神カグツチもツチという語句から、蛇体神であったことを匂わせるが、イザナギは妻イザナミを死に追いやったカグツチに怒り、彼をめった切りにした。そのとき、カグツチの体からほとばしり出た血が、まわりの草や木、石の中にしみ込んで、火になったとされる。

<愚行を重ねる神々>
・ところで「雄略記」によると、三輪山の神の形を自分の目で確かめたいと思った雄略天皇は、スガルという名の屈強の側近に命じて、山中のオロチを捕まえさせている。はたしてスガルが、三輪山に分け入り、オロチを捕まえて連れてくると、豪放で鳴らした天皇は、「光りひろめき、目精赤々なり」と描写されるオロチに、雷という称号を与えて、ふたたび山に戻すことを命じたという。
 ここで注目したいのは、雄略天皇がオロチを雷に喩えたことである。このことから、日本の神話の中にひんぱんに登場するイカヅチ(雷神)も、じつはオロチのことではないかと推察される。

・たとえば、イザナミは火の神カグツチを出産したために、陰部に致命的な火傷を受け、激しい痛みにのたうち回り、ゲロゲロと嘔吐し、みずからの糞尿にまみれながら死んでしまう。妻を慕って黄泉の国まで訪ねてきたイザナギが、明かりをつけて闇の世界をのぞき込んでみると、そこに横たわっていたのはウジ虫がたかったイザナミの死体であった。
 しかも腐敗が進行するイザナギの体は、頭には大イカヅチ、胸には火イカヅチ、腹には黒イカヅチ、陰部には柝イカヅチ、左手には若イカヅチ、右手には土イカヅチ、左足には鳴イカヅチ、右足には伏イカヅチ、合わせて八つのイカヅチを宿らせていた。
 これらのイカヅチは、ふつうの雷神と表記されているのだが、先にあげた雄略天皇の話からも察しがつくように、単にカミナリのことではなく、オロチである可能性が大だ。現代でも蛇のことをツチノコといったりするように、ツチという言葉は、やはり蛇と結びつきが強いようである。

・いざなぎと交わることによって、日本列島を次々と産出しただけでなく、そこに海、山、野原、草木などを産み落としたイザナミは、日本の神話の中では、万物の創造主といってよい。しかし、その生命の母たるイザナミの死体から、さまざまなオロチが誕生してくる光景は、彼女自身の正体がオロチだったことをほのめかしている。
 しかも、黄泉比良坂で夫のイザナギと対峙したおりに、イザナミは「汝の国の人草、一日に千頭、絞り殺さん」と宣言しているから、ハブやマムシ以上に恐ろしい殺傷力をもった毒蛇であったと思われる。魔性のない神は、神でありえないのだ。

・ところでスサノヲ神話に登場する神々の名も、どうやら彼らが蛇体をもっていたことを強く示唆している。これも吉野裕子が指摘するところであるが、スサノヲが救ったクシナダヒメの両親、アシナヅチとテナヅチは、古語で霊を「チ」と読むところから、それぞれに足無の霊、手無の霊という意味をもっているのかもしれない。とすれば、アシナヅチとテツヅチは、ともに手足のない蛇体神だったということになる。
 イザナミがオロチであるとすれば、彼女が産んだカグツチも蛇体をもっていたことになる。『日本書紀』で、イザナギが妻イザナミを死なしめたカグツチの体を五段に切ったとあるのも、そのことを裏づけている。その寸断されたカグツチの首の部分から生まれてきたのが、山の神であるオオヤマツミであり、神話の中では火、オロチ、山の三者がずっと繋がっている。
 そのオオヤマツミから生まれ出たのが、アシナヅチとテナヅチであり、その娘がクシナダヒメとなる。そうすると毎年、大蛇ヤマタノオロチの襲撃を受けていた家族とは、実はもう一つのオロチの集団だったということになる。ことほど左様に日本の神話は、まさに蛇づくしだったわけである。

<{見るなの座敷}としての山>
・このように神話の世界では、カミの姿とオロチの姿が渾然一体となっているのだが、それはとりもなおさず、古代日本人が限りなき産みの力をもつ{原初の生命体}を最も崇高なものとして、とらえていたことを示している。西洋の創造神話では、強大な父のイメージをもった神が、産みの力というより意志の力を発揮することに特徴があり、やはり東西の神観念に大きなへだたりがある。
 もっとも日本神話でも、すべての神の本体がオロチというわけでなく、ほかの動物の場合もある。

・まさしく「本つ国の形になりて」というのは、神が出産という原体験を通じて「先祖返り」することである。そのとき彼女は、「八尋和邇(やひろわに)」に変身するわけだが、それが文字どおり巨大なワニであったかどうかは、疑問である。
 岩波の古典文学大系の『古事記』では、「幾尋もある長い鮫」と説明されているが、古代日本人が熱帯産のワニを知っていたはずはなく、たしかに鮫を意味したのかもしれない。『日本書紀』では同じ箇所が、「龍」と表記されているが、龍のイメージは恐らく中国文化の影響を受けたものであろう。
 しかし、「幾尋もある長い鮫」というのは、手足のないオロチの姿をも連想させる。トヨタマヒメの別名はコノハナサクヤヒメ(此花咲夜姫)であり、彼女はオオヤマツミノカミ(大山津見神)の娘であることから、後世、富士山の山神として祀られるようになった。やはり海神の宮からやってきたトヨタマヒメにも、山との関連が見えてくるのであり、そうすれば彼女の「本つ国の形」がオロチであったと考えるのも、それほど無理な話ではない。

・ところで神々の「先祖返り」は、やがて神話から民話へと受け継がれることになる。それがすでに何度か言及した<見るなの座敷>のモチーフである。
 「蛇女房」という昔話では、妻を亡くし寂しい思いをしている男のもとへ、美女が訪れ、自分を妻とすることを求める。二人は結ばれて、やがて妻は子を孕むが、夫に決して産室を覗かないように頼む。しかし、妻の身を案ずる夫は、ひそかに産室を覗いてしまい、そこで赤子を包むようにしてトグロを巻くオロチの姿を見いだす。のちに、妻は正体を見られたからには、もはやこの家にとどまることができないと言って、涙ながらに去っていく。

・出産以外にも、「鶴の恩返し」の物語にあるように、布を織るなどの生産活動をするときも、女性は<見るなの座敷>に閉じこもって、本来の姿に戻る。この世でいちばん重要な創造的仕事を成しとげるためには、心理学でいうペルソナ(仮面)をぬぎ捨てなくてはならないのだ。建て前の世界では肝心なことができないのは、男も女も同じらしい。
 そのとき<見るなの座敷>で変幻するのがオロチであったり、ワニであったり、ツルであったりするわけだが、一貫して動物の体であることは、それが<原初の生命体>への回帰にほかならないことを示している。
 考えてみれば、アマテラスが彼女の分身ともいえる織姫に機を織らせていた高天原も、大がかりな<見るなの座敷>ではなかっただろうか。そうでなければ、追放されるスサノヲが別れを告げに高天原に昇っていったとき、アマテラスは武装までして、彼を拒絶するはずはない。
 高天原は機を織る行為に象徴されるように、女性が創造的な仕事に携わる秘密の聖空間であり、もともとアウトサイダーが足を踏み入れてはいけない世界だったのだ。その掟を破って侵入し、しかもそこでとんでもない暴力を働いたわけだから、スサノヲが地の果てにある根の国に永久追放となったのも、無理のないことだ。

<蛇体信仰から巨木信仰へ>
・山がもつ無尽蔵の生命力をそのまま自分たちの生活空間に持ち込むことができれば、食糧にも子宝にも恵まれ、人間は、より幸せな生活を送ることができる。それには神聖な山のオロチを捕まえて、人里に降ろしてくるにかぎる。
 しかし、あまりにも巨大なオロチを捕獲するわけにはいかない。そこで人々が考えついたのは、オロチの化身を見つけだして、それを自分たちの領域に引き込むことである。そのような願望を人間が抱いたとき、蛇体信仰は巨木信仰へと移行しはじめることになった。

<神の坐す山>
<山は神々の交差点>
・ここまで、山の神の原型となっているのは山のヌシであるオロチであると論じてきたわけだが、山がいつまでもオロチに支配されていたわけではない。日本の山々を七巻半していたオロチが、長いヒゲと四本足をもつドラゴンに駆逐される日がついにやってきたのである。雷鳴とともに雨雲を巻き起こす龍神の登場である。

<三つの民族的潮流>
・八百万の神々が山で交差していたということは、それぞれ異なった神を信奉した人間群が、山を中心にして交流していたことをも意味している。そもそも山岳信仰がこれだけ日本の精神史に大きな位置を占めてきたのは、山という場所がこの列島の歴史に流れる山民文化、海民文化、そして農民文化という三つの大きな合流点になってきたからである。
 一万年近く続いたとされる縄文文化も、決して一枚岩ではなく、山民と海民とが織り成す二つの文化的特性があることを看過するわけにはいかない。前者のほうは、青森の三内丸山遺跡に代表される東日本以北に展開した縄文文化である。この北方の縄文人たちは、狩猟採取を中心としていたため、山岳と深いかかわりをもちながら生活していた。彼らこそ、山をオロチとみなしたり、巨木信仰や縄ひも信仰をもっていた山民系の縄文人たちであった。
 その一方で、縄文文化には、はるかポリネシアあたりから日本列島に到達した人たちが始めた海民系の流れも、存在したのである。

<山に登った海の神>
・それにしても海を中心としてモノを考える民族、つまり漁師がなぜ山とのかかわりをもったのであろうか。そんな疑問を抱いたのは、那智大社のすぐ隣にある青岸渡寺に、立派な大漁旗が奉納されているのを見たときである。

・平安時代から皇族や公家が足しげく参詣した熊野三山も、もともとは山民が崇めた山の神、海民が崇めた海の神、農民が崇めた田の神が出会い、ときには争い、ときには妥協し、やがて一つの合体神として祀られるようになった長い歴史があると受け止めるべきだろう。

<ミコシで旅する山の神>
・異なった民族、異なった職業が日本列島に展開するにつれて、山の神は次々と細胞分裂をおこしていったわけだが、それでもなんら超越的な性格をおびていなかった。農民が信仰した田の神も、「村の鎮守の神様」であり、祭りの日には村びとと一緒に踊り明かしたりもする。まるで共同体の一員のような親しみをもっていた。
 神の山地から平地への下降、山の神から田の神への移行の過程で登場したのが、マレビト信仰である。マレビトは年に一度、人里に出現するが、そのとき秋田のナマハゲのようにいかにもグロテスクな姿をして現れるのは、それが古代社会の動物神の名残を留めているからである。それは、人間の前に現れるカムイが、必ずクマというハヨクペ(仮装)を必要としているとされるアイヌの信仰と同じものである。
 沖縄諸島には来訪神としてのアカマタ・クロマタを迎える儀礼が伝わっている。

・現代の祭りでも、神輿が本社からお旅所まで担がれていくのは、明らかに「旅する神」の名残であり、お旅所は神々の原郷である山、あるいはそこに設けられていた山宮に相当するのである。神輿を本社からお旅所へ威勢よく担ぎだす行事は、神を山宮から里宮へ迎えるために、山地を離れて平地にしか暮らさなくなった稲作農耕民が編みだした苦肉の策ともいえる。

・醜い顔をした山の神が決して邪悪な神というわけではなく、ナマハゲやアカマタと同様に、それが稲作農耕民に<事物化>される以前のナマの神の姿なのである。

<借家住まいを好んだ神々>
・現在、われわれが目にする神社とは、いかにも立派な社殿があって、日本的建築美を誇っているが、初期の神社は自然信仰の形態にとどめて、きわめて単純な様相を呈していたと思われる。山から里へ、里から山へ旅する神に、大仰な建物は不必要だったのである。
 神が神社という一定の場所に常在すると考えられるようになったのは、ずいぶん時代が下ってのことであろう。とくに大和朝廷が自分たちの権威づけと国家の守護祈願のために、天つ神を都の近くに迎える必要が出てきたときに、その傾向は強まったと思われる。
 島根県大田市では正月に歳徳神をまつるためにカリヤ(仮屋)というものを作っていた。

・現代の日本で、太古にあった神社の原型を見たければ、沖縄地方に多数存在する御嶽(うたき)を訪れるとよい。一般的に、御嶽にはきわめて簡潔な鳥居と拝殿だけであり、その奥にある最も神聖な空間である奥津城は、しばしば白砂が敷き詰められ、石垣で囲まれている。それは神社の神垣に相当すると思われるが、岩や樹木以外には何もないその空間は、目に見ない何ものかに充たされているがごとくに、不思議な神聖感が漂っているのだ。

<国つ神と天つ神とのせめぎ合い>
・本章のはじめに述べたように、神の歴史は人間の歴史でもある。神の足跡をたどれば、人間の足跡が見えてくる。原初の神は動物神であったと論じたが、気をつけなくてはならないのは、神話の中でケダモノの姿をした神が現れてきたら、それはまったく別な意味をもつかもしれないことだ。
 ととえば「神武東征伝」で、神武が熊野に到着したとき、「大熊」が現れたとたん、彼も彼の軍隊も戦意を失い、眠りに陥ってしまう話があるが、この場合の「大熊」は、すでに紀伊半島に暮らしていた土着民のことだろう。
 したがって山の神という言葉を使った場合も、文字通り山岳の神という意味と、記紀の中で「伏わぬ人達」や「荒夫琉蝦夷等」と描写されている土着民の首長という意味が重なり合っていることを理解しておかねばならない。
 異民族同士がはじめて遭遇したとき、血なまぐさい衝突を避け得ないが、悲しいかな、人類普遍の歴史となってきたわけであるが、案の定、難波に上陸しようとした神武の一行は、先に近畿の覇権をにぎっていたナガスネヒコ(長髓彦)の軍隊に撃退されている。

・天つ神という考え方の背後には、中国の「天」の思想があるのであり、それがさらに、「天」の意志を地上に反映することのできる皇帝によってのみ、この世の政は執り行わなければならないという考え方に結びついてくる。北京の天壇にある円形の祈年殿は、まさに皇帝が天に向かって五穀豊穣を祈った祭壇である。
 天つ神が登場してはじめて、神と国家がかかわりをもつことができるのであり、地域的な氏神、つまり国つ神では、とうてい地域性からは脱却できない。その後、神道は新旧の神々に役割分担させ、両者の間に相互補助的な関係を維持することによって発展してきたといえる。
 日本中の神社に祀られている神々は、ごくおおまかにいって、国つ神と天つ神との二つのグループに分けられるが、このような異種の神の共存は、異教徒の神を徹底的に排除してしまう一神教には見いだされないものであり、多神教の美点の一つといえるかもしれない。
 たとえば、サルと天狗双方の特徴をもつ異形の神サルタヒコ(猿田彦大神)は、さしずめ国つ神の代表格であろう。

<日本の裏面史を鬼が語らう岩木山>
・内藤正敏氏の「鬼の風景」という論文に、津軽富士として有名な岩木山(1625メートル)の鬼伝説が紹介されている。どうやら岩木山の鬼どもは、われわれが解き明かそうとする古代史の鍵を、いまだに隠し持っているらしい。
 江戸時代に全国を旅していた菅江真澄の『外浜奇勝』にも、岩木山の鬼のことがふれられている。山の北側にある赤倉岳には、いつも深い霧がかかっているが、そこにこそ異常に長身で、肌が黒い鬼が棲んでいて、崖をよじ登ったり、麓の里に現れたりすると記されている。
 じっさいに岩木山はガスが発生しやすく、頂上が見えることがまれであるから、鬼伝説誕生の地として、いかにも似つかわしい。田村麻呂は、この山にあるシトゲ森で鬼を切り殺し、そこにある沼で刀を洗ったので、今に水が赤茶けているという。
  
・そこに混血種としての日本人ならではの、異文化・異人種に対しオープンな民族的プライドがあってもよいはずだ。日本が真に国際化されるためには、均質社会という化けの皮を脱いで、多文化・多人種社会の再構築がなされなくてはならない。そういう意味でも、日本史の秘密を知る鬼どもとの邂逅を求めて、岩木山に登ってみるのも、まことに意義あることのような気がする。

<太陽霊アマテルが降臨した神路山>
・赤鬼青鬼をめでたく退治して、山の上まで営々と棚田を築き上げた稲作農耕民にとっては、水の確保と太陽の光が何よりも大切になった。龍神信仰と太陽信仰が切っても切れない関係にあるのは、そのためである。

・『アマテラスの誕生』の著者・筑紫申真氏によれば、アマテラスの観念は、「太陽神」、「太陽神に仕えるオオヒルメ」、そして「天皇家の祖先神」というふうに、歴史的に少なくとも3回変化しているという。

<朝鮮文化が舞い降りた高千穂峰>
・そもそも高千穂峰にまつわる天孫降臨説も、古代朝鮮の歴史をつづった『三国史記』や『三国遺事』などに頻出することからも、海の向こうからももたされた神話のモチーフであることは、疑念の余地がない。このことからも、日向地方一帯に渡来人が大朝鮮文化圏を形成していたことがわかる。

・英彦山は修験の山として有名であるが、それは平安時代になってからのことである。この山の北岳から新羅時代の金銅仏が発掘されているし、近くにある香春岳の祭神は、カラクニオキナガオオヒメオオマノミコトという新羅の国神である。天孫降臨説の存在する山には、つねに大陸の匂いが強く漂っている。

<日本人の深層心理に入り込んだ富士山>
・日本列島最古の集落跡とされる静岡県大鹿窪の窪A遺跡は、旧石器時代直後の縄文草創期に属するが、そこに暮らしていた縄文人も富士山を特別な思いで眺めていたことが判明している。なぜなら、環状に並んだ竪穴住居跡が、富士山の見える北東方向にのみ、存在しないからだ。代わりに、そこには大小の石を同心円状に三重に並べた祭祀跡が発見されている。あきらかに富士の高嶺を遙拝しながら、何らかの祭儀を行っていたのである。

<験を修める山>
<人身御供となった異人たち>
<「男」になりたければ大峰修験>
・とくに吉野には、国栖(くず)という先住民族が平安時代の初期ごろまで住んでいたことが知られている。修験道の開祖・役行者の家系のように、彼らもまた朝廷の宗教儀礼において歌笛を演奏する役目を与えられていた。山民である彼らが媒体となって、古代山岳信仰と仏教の融合が成立したことも大いにあり得る話である。
 役行者もまた、前鬼と後鬼という二匹の鬼を折伏し、弟子としてどこにも連れて歩いたとされるが、大峰山麓には前鬼(深仙)と後鬼(洞川)という名の集落がある。鬼がしばしば先住民のことをさしたことは、すでに論じた通りであるが、前鬼・後鬼も吉野国栖と同様に、吉野周辺に暮していた山民部族だったのであろう。
 大峰山系で最高峰の八経ヶ岳の山頂では、役行者が弁財天を感得し、法華経を埋めたとされるが、その山麓の天川村には、日本三大弁財天のひとつ天河大弁財天社がある。四方を山に囲まれた天川村にも、村びとは役行者に仕えた鬼の子孫であるという伝承があるが、そのためか天河大弁財天社の節分では、「福は内、鬼は内」と叫びながら、豆まきをする。



<●●インターネット情報から●●>
ウェブサイト「」から引用
<五重塔の塑像の謎>
法隆寺の五重塔には、仏教における説話をテーマにした塑像が安置されています。

その中の「釈迦入滅のシーン」があります。これはガンダーラの釈迦涅槃図と比較しても大分異なる、日本独自のものとなっています。
そして、法隆寺の塑像群の中にいる「トカゲのような容姿をした人物」が混じっており、近年 ネット上で注目を浴びています。

問題の像は、塑像の○の部分にいます(実物では見にくいので、法隆寺の塑像のポストカードで検証しました)。

これらの像は侍者像(じしゃぞう)と呼ばれ、それぞれ馬頭形(ばとうぎょう)、鳥頭形(ちょうとうぎょう)、鼠頭形(そとうぎょう)と名付けられています。しかし、どう見ても「トカゲ」ですよね?
なお、この像がネットで注目を浴びている理由は、イラクのウバイド遺跡から発見された「爬虫類人(レプティリアン)の像」と酷似しているためなのです。
「爬虫類人(レプティリアン)」とは、世界中の神話や伝承などに登場するヒト型の爬虫類のことであり、最近ではデイビット・アイク氏の著書を中心に、様々な陰謀論に登場する「人ならざる者」のことです。
もちろん「日本神話」の中にも それとなく登場しています(龍や蛇に変身する神や人物が数多く登場する)。

また、この像は、飛鳥の石造物の一つである「猿石(女)」や、同じ明日香村の飛鳥坐神社にある「塞の神」に形が酷似しています(トカゲに似たの奇妙な像は奈良県に多いみたいです)。

また、この「トカゲ人間」以外にも、以下の通りの「人ならざる者」が含まれていることが挙げられます。

① は「多肢多面を持つ人物の像」です。これは、いわゆる「阿修羅」を彷彿とさせる像ですが、実は『日本書紀』に「両面宿儺(りょうめんすくな)」という名の「人ならざる者」が登場しています。『日本書紀』には挿絵はありませんが、この像は そこに記される特徴と著しく一致します。
<両面宿儺(りょうめんすくな)>
仁徳天皇65年、飛騨国にひとりの人がいた。宿儺(すくな)という。
一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。頭頂は合してうなじがなく、胴体のそれぞれに手足があり、膝はあるがひかがみと踵(かかと)が無かった。

力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた。そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。それゆえ和珥臣の祖、難波根子武振熊を遣わしてこれを誅した。

②尻尾が蛇となっている人物の像
②は「尻尾が蛇となっている人物の像」です。日本には尻尾が蛇となっている「鵺(ぬえ)」という妖怪が存在します。これは古くは『古事記』に登場しており、『平家物語』にて その特徴が詳しく描かれています。その鵺の特徴は、この像の人物と一致しています。

③顔が龍となっている人物の像
③ は「顔が龍となっている人物の像」です。「日本神話」には「和爾(わに)」と呼ばれる人々が数多く登場し、かつ、海幸山幸に登場する山幸彦(ホオリ)に嫁いだトヨタマビメの正体も、実は「八尋和爾」もしくは「龍」だったとされています。また、仏教の経典である「法華経」の中にも「八大竜王」という龍族が登場しており、仏法の守護神とされています。③の仏像は、これらにちなむ人物なのでしょうか?

このように法隆寺の五重塔に安置される塑像には「人ならざる者」が複数含まれています。なお、これらは奈良時代のものとされているため、飛鳥時代に亡くなっている太子との関係は不明です。

また、オリジナルと思われるガンダーラの釈迦涅槃図とは著しく異なっており、どのような意図を以って上記の「人ならざる者」を追加したのかはわかりません。なぜ作者はこのような仏像を参列させたのでしょうか?
もしかすると、これらの像は釈迦入滅の際に人間に混じって「人ならざる者」も参列していた、つまり「人ならざる者は存在している」ということを示唆しているのかもしれません。信じるか信じないかはあなた次第です。



『ときめく妖怪図鑑』
門賀美央子    山と渓谷社  2016/7/8



<妖怪界きっての嫌われ者 天邪鬼(あまのじゃく)>
・昔話では悪役として退治されることが多いため、どことなく小物感が漂う妖怪ですが、そのルーツは記紀神話にまで遡れます。

 一つは黄泉に下った伊耶那美命に従った黄泉醜女(よもつしこめ)、もう一つは天孫降臨よりまえ、葦原中国を平定するため高天原から天降った天若日子(あまのわかひこ)に仕えた天探女(あめのさぐめ)です。黄泉醜女は怪力で単純な鬼女、天探女(あめのさぐめ)は天若日子が高天原に帰らないよう策略を巡らした知恵者。全く異なる性質が重なり、さらに仏教伝来以降は仏神に踏まれる小鬼像などが加わった結果、意地悪でひねくれ者の「天邪鬼」ができあがったといわれています。

<小角様とどこでもいっしょ  前鬼・後鬼>
・山の神さえ使役するほどの呪力を持っていた修験道の開祖・役小角。そんな彼を間近で支えた夫婦者の鬼が前鬼と後鬼です。二人は大阪と奈良の県境にある生駒山周辺に住み、悪事を働いていましたが、小角に諭されて改心し、従者となりました。

・二人の間に生まれた五人の子供たちは、修験の本拠地である大峰山の麓に宿を設け、今でも奈良県吉野の下北山村に前鬼・後鬼の子孫が守る宿坊があります。

<女だからってなめないで 鬼女紅葉/鈴鹿御前>
・女鬼には豪の者もいました。第六天魔王の申し子・紅葉は、元は都の貴族に仕えた才色兼備の美女でしたが、主家の奥方を呪った罪で信州戸隠に追放されました。そこで盗賊の頭領となり、妖術を駆使して無敵を誇るのも、最終的には都の討伐軍に打たれます。しかし、本拠地だった鬼無里村では、都の文化を伝えた恩人として今でも慕われています。

・鈴鹿御前も妖術を操る女賊で、時には鬼と化して討伐軍と戦ったといいますが、一方で鬼を退治した天女との伝承もあり、像が定まりません。ただ、美女だったのは確実なようで、敵軍大将とのロマンスも伝わっています。

<まつろわぬ王たちの残像   悪路王/温羅(うら)>
・大和朝廷が列島を平らげていく中、各地に抵抗勢力が生まれました。
 悪路王は、東北で朝廷と戦った伝説的な王の名で、中央により鬼の烙印を押されたものの、東北では英雄視されることも少なくありません。

 一方、温羅は吉備地方に移り住んで来た大鬼で、周辺地域を襲っては乱暴狼藉を働いていましたが、朝廷から派遣された吉備津彦命に敗れ、首を打たれました。しかし、死後も唸り声を上げ続けたといいます。
 いずれの鬼も大和朝廷の日本統一事業の過程を伝える鬼といえるでしょう。

<東北には優しい鬼もいる 津軽の大人/三吉鬼>
・大和朝廷にとって、東北地方は長らく、まつろわぬ民の住む異界でした。そのため、多くの鬼伝説が語られることになり、人と鬼の距離感もぐっと近かったようです。

 津軽の岩木山に住む鬼は大人(おおひと)と呼ばれ、人を助け、ともに遊ぶ存在でした。今も農業神として信仰されています。
 三吉鬼は秋田県あたりの人里に現れた鬼で、酒さえ飲ませてあげればどんな仕事でも引き受け、一夜で仕上げたといいます。評判を聞いたお殿様まで依頼者になったとか。
 正体は大平山三吉神社に祀られる三吉霊神との説もあり、両鬼ともに、善神としての鬼の性格を垣間見せています。
      
<大きな鼻がチャームポイント  猿田彦命>
・記紀神話に登場する異形の神々の中でも特に印象的なのが、この猿田彦です。身長は7尺、口が赤く、目は八咫鏡のように輝いていましたが、驚くべきはその鼻の長さ。7咫、つまり数十センチメートルもあったとか。
 天孫降臨の際には天の分かれ道に立ち、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の案内をしようと待ち構えていたところ、あまりの容貌魁偉に天照大神が驚き、天宇受売命(あまのうずめのみこと)に正体を探らせました。
この逸話はやがて神楽舞の演目になり、猿田彦命には鼻の長い赤い顔を面が用いられましたが、これが鼻高天狗のイメージの源になったとみられています。

<天狗界の神 八大天狗>
・江戸時代に書かれた天狗経によると、天狗の数は全国に12万5500狗、うち有力者が48狗で、最も力のある者たちは八大天狗として特別視されました。

 彼らの名は本拠地の山名+~坊という形になっていますが、坊とは元は僧侶の住居を指す言葉で、転じて僧侶そのものを指すようになり、それが天狗に流用されたのです。ここでも天狗と修験道の深い関りがわかります。

 今はほとんどの霊峰に天狗伝説があり、神として祀られていることも少なくありません。魔物だった天狗は、長い年月を経て山の守護者となったのです。

・[愛宕山太郎坊] 首席天狗。愛宕神社の守護を仏から命じられた。火神・迦具土と同一視されることもあるが時々大火事を起こす。

[比良山次郎坊] 元は比叡山にいたが、最澄が延暦寺を開いたため引っ越しを余儀なくされた。比良山では先住の龍と戦ったとも言い伝えられている。

[鞍馬山僧正坊] 生前は壱演という真言宗の高僧だったが、死後天狗になった。牛若丸(後の源義経)の師として知られている。

[相模大山伯耆坊] 相模坊の後任として伯耆大山から引っ越してきた。大山ネットワークがあったのか。富士講講中に人気が高い。

[白峰相模坊] 名の通り元は相模大山に住む天狗だったが、崇徳院を慰めるため進んで讃岐に移住した。面倒見がよいらしい。

[大峰山前鬼坊] 役小角に仕えた前鬼が修験の仏教化で天狗になったが、修験者を守護するのは相変わらず。やはり面倒見がよい。

[彦山豊前坊] 九州の天狗を統べる。正体は天照大神の子・天忍穂耳尊とも。弱きを助け強気をくじく善神的性格が強い。

[飯綱三郎] 荼枳尼天と同体の神として祀られ、白狐に乗った姿で表される。戦勝の神として武将たちに厚く信仰された。

<いたずらもするけど、仲良しだよ ケンムン/キジムナー>
・本土とは趣の異なる風俗や文化を培ってきた南西諸島にも、河童に類する水辺の化け物がいます。奄美地方にはケンムン、沖縄にはキジムナーと呼ぶのが一般的ですが、やはり各土地によって名称が異なります。また、ケンムンもキジムナーもアコウやガジュマルに住む木の精であるという点が、本土の河童と違うところです。しかし、相撲好きや駒引きなど似た話が多くあり、伝承の交流があったことを窺わせます。
 琉球の人にとってキジムナーは単なる魔物ではなく、親しみのもてる存在だったようで、友達になる話が多く残っています。