『再創造するおはなし会』5

5 選書の見直し

 今までは、アニメっぽいのはだめ、幼稚な絵はだめ、良い作品を選び抜いて自分たちは高い橋を渡るのだ、という気概が私にあったのです。 また、長くやっている先生たちは知識や経験も多いのだから、先生だったらどんなのが好きなのだろうとイメージしてしまった時もありました。

 しかし何はともあれ、ボランティアは、現実の相手のためにやるのです。先生はほとんど生々しい現場を知らないで、机上のプランを推し進めていることに気づきました。
 受け手はどんな人か、目的は何かを把握して、各々が自分で様子を想像して、それに見合ったものを探していきました。複数人で訪問するときは、お互いが持っていく紙芝居を、事前に干渉しないようにしました。
ただ、長いものばかり持って行き、自分だけ長い物をやろうとすることのないように、長短とりまぜるようにしようと、話し合いました。実演時も、あれこれしゃべり続けて長くならないようにしようと、話し合いました。

 紙芝居をする人を呼んだら、異様に長くしゃべり続けて、子どもが飽き飽きするということがよくあるそうです。個人でやったり、誰かが偉い団体だと、そうなりやすいのです。時計は一番客観的な批判者なので、自分でしっかり計るようにすることは大切で、自然に長さの感覚もつかめるようになります。

今、「良い物を選び抜く」というより「良いかどうかは相手が決める」と幅広く探すようになりました。「選び抜いて」気持ちがいいのは自分であって、相手ではありません。相手と自分は別の感性を持っていることを、認めながら進んでいます。

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