かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

もうすぐ五月のお節句だから

2018-04-18 21:23:15 | ブログ記事
次男が会社帰りに来た。

五月の兜とか人形は新調しないで、
兜は我が家の長男の時に私の実家から贈られたもの、
武者人形は夫のお兄さんのときのものがあるから、
それで済まそうということになっていた。

それでお節句の日は、わが家に来てもらおうと私が言いだした。

夫は、私が言いだしたのだから、私がせよと言っていた。

が、五月が近づいてきても、家の掃除が行き届かない。

この頃、眠ってばかりで、食事を作って食べたら、もうあとのことができない。

今日来た次男にまで、もっとキレイに掃除してと言われてしまった。

が、現在の私の体力ではできそうにない。

最初はできると思って招待したが、とても無理だ。

それで、そのことを正直に次男に言った。

すると次男は、ふだんはそんなことを言う子でないのに、
「ふだん働かないからしんどいのでは?」と言う。

そう、確かにそうかもしれないが、しんどいのはしんどいので仕方ない。

夫も、
「心臓弁膜症の手術を受けた人でも、ほかの人たちはもっと元気に働いている」
と言う。

そういわれると、私も返す言葉がない。

が、できないことはできない。

次男のお嫁さんのお母さんは、偶然、私と同い年だ。

が、家の中はゴミ一つ落ちていないし、ホテルのように片付いている。

だから、やっぱり私が悪いのだろう。

夫が私に不満を持つのも、このことだ。

が、繰り返すが、できないことはできない。

もう私自身が老人ホームにでも入りたい心境だ。

いま、夫だけでなく、娘は無論、長男も、次男まで私のことを責める。

私の学生の頃は、母に、兄と比べて勉強を頑張らないことを責められた。

が、そのころも、頑張れなかった。

昨日のlemonwaterさんへのコメント返しにも書いたが、
私は高校生のころでも、午後の授業は寝ていることが多かった。

帰宅しても、まず寝た。

夜中に勉強すると母に言って寝て、夜中に起きれたことはなかった。

そのくらい睡眠を必要とした。

が、難聴もそうだが、
それと同じように疲れやすい身体をもった人でないと
この頑張れなさはわかってもらえない。

難聴なのも困るが、体力のないのもそれ以上に?困る。

その上、躁うつ病とまで言われて・・・。

*

・体力のなきを責められ難聴であるを疎まれ生きねばならぬ

・結婚は始まりなれば結婚をした日ゆ始まる苦労くさぐさ

・人並みに聞こえる耳と人並みの体力を欲る端午の節句

昨年の山の辺の道行きも、夫に言わせれば、私には歩調を合わしてやらないといけないけれど、
一緒に行った女性は夫よりどんどん歩いて、夫のほうが引っ張っていってもらうようだったと。

そういわれれば、私も人並みに歩けないから仕方ない。

夫も、人並みに歩ける女性と歩く体験をして、その快適に目覚めたのだろう。

また難聴で聞き取りの悪い私ではない人と会話する楽しさにも。

それで私に隠れて、その後も会ったりした?

私にすれば許せないけれども、
夫にすれば、残された人生、もっと楽しみたいということなのだろう。

仲直りした?

2018-04-18 17:49:41 | ブログ記事
昨日は、夕食のとき、大喧嘩になった。

夫が、私が新しいブログを作って、また自分の悪口を書いているだろうと。

前のブログで書かれたことが夫には許しがたいようで、
その内容についても言い合った。

私は夕食も食べられなくなって、食事を終えて2階に上がった夫を追いかけて、
夫のいた仕事部屋に入った。

もう私の心臓はどきどきして、言葉も滑らかに出なかった。

が、私も言いたいことを言った。

昨年の数回の裏切りについて。

それ以外にも、若い頃に義母や義妹に虐められたことなども言った。

夫も、私に対する不満を言った。

で、結局、夫は、お互いにこれからは干渉しないで生きていこうということを言った。

夫は夫で、これからは、いろんな女性とデートをしたいと。

もう残された人生は長くないから、好きなようにしたいと。

それで、私にも、好きなようにすればいいと。

旅行に行きたければ行ったらいいとも。

最近は、私と夫の行きたいところがが噛み合わない。

私は暑いところには絶対行きたくないけれど、夫は寒いところには行きたくないと。

数年前、タイに行ったときも、私が嫌がったのに、夫は強行した。

で、せっかく行ったのに、私は観光せずに、木陰で休んでいるだけだった。

歩き回ると体調を崩してしまいそうだったから。

前から、健康な夫は私の身体に気を使ってくれないところがある。

帰途、私は文句を言いまくった。

それで、夫は、もう私とは一緒には行きたくないと。

あのときは、結婚40周記念ということだったので、私はイギリスの湖水地方を希望した。

が、夫は、そんなに長く仕事を休めないと、タイにしたのだった。

その夫が、昨年あたりから、イギリスへ行こうと言い出した。

昨年は、私は、母のことで頭がいっぱいだったから、海外には行きたくなかった。

それと、イギリスも、数年前までは行きたかったけれど、最近の治安のことを考えると、
イギリスに限らず、ヨーロッパには行きたくない。

それより、国内でも行っていないところがいっぱいあるから、国内旅行をしたい。

そう言うと、夫は、じゃ一人で行くと言う。

私が一緒に行かないのなら、誰か他の女性を誘って行くとも。

それは私は嫌だ。

そうすると、夫は、「びこはわしのことを嫌っているのだから、そうする」と。

私は、夫を嫌っているのではなく、怒鳴ったりされるから、
それがストレスになると言っただけだ。

そのことを言うと、夫は、びこのほうこそ怒るではないかと。

それは、「あなたが私を欺いて他の女性とデートしたりするから」
と私は言うのだが、

夫は、他の女性とはこれからもデートしたいと言う。

やはり女性と一緒にいると楽しいからと。

でも、他の女性は、家内がいるから安心して僕と付き合っているのだから心配はいらないと。

そうでなく気のありそうな女性達には、自分のほうから距離をおくようにしていると言う。

それで私は、
「距離を置くようにしていると言っていても、その気になったらどうするの?」と聞くと、
夫は、
「いまさら再婚なんか考えられない」と。

だから、とにかく、これからはお互いに好きなように生きようと。

なんだか、夫の勝手な言い草のように思えるが、いつまでも喧嘩していても、私もしんどい。

ここらあたりで、一度和解したほうがいいのだろうか。

今朝は、普通に一緒に朝食をとった。

喧嘩中は、それとなく、食べる時間をずらしていたけれども。

それにしても、いくつになっても異性というのは魅力があるもののようだ。

ことに家内ではない女性達は。

*

・これからはお互い好きに生きやうと夫に言はれ妻のわたくし

・捨てられたやうな気持ちもありながら自由にせむと思ふ気持ちも

・夫婦とは死ぬまで番(つがひ)と思ふわれさうは思はぬ私の夫

・これからは同じ住まひに住みながら別々に行く別々に生く