かみなり

心臓には人工弁を、耳には補聴器を装用している70歳です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

背中の腰のあたりに小さなオデキみたいなものが

2018-12-13 12:31:14 | ブログ記事
できているのに、昨夜気づいた。

それで、今日の午前中に病院に行こうと思っていたが、
寒いので迷っているうちにお昼になってしまった。

「ひょっとして、帯状疱疹?」とも思ったが、
真夏にもちょっとおかしな赤い斑点ができたが、暑さのためやり過ごしているうちに治ったので、
もう少し様子見をしてみよう。

帯状疱疹なら早めに診てもらわないと痛みが出てからでは遅いと聞くが、
なにしろ、この寒さ。家から出たくない。

帯状疱疹は癌の兆候とも聞く。

私の叔母は胃癌で62歳で亡くなったが、
亡くなる前、帯状疱疹が出て、
電話で、
「眉間に大きなオデキみたいなのが出ているから、外に出られない」と言っていた。

そうこうしているうちに、胃がんが見つかった。

見つかったときは手遅れだったが、治るならと手術も受けた。

が、結局治らなくて、見つかってから半年くらいで亡くなった。

その後、私も59歳のときに大腸がんになった。

大腸癌は2期だったので、手術でなんとか命拾いした。

が、手術後、脚に赤い斑点が出たので、皮膚科の先生に診てもらうと、
帯状疱疹ということで、すぐにお薬を出してもらって、すぐに治った。

叔母の帯状疱疹と自分の帯状疱疹の体験から、
やはり巷で言われている通り、帯状疱疹は癌と関係しているかと思うところもある。

昨日気づいたオデキ様のものが何であるかはまだわからないが、
もし帯状疱疹で、癌の前兆なら、癌になって死にたいと思う。


*

昨日、夫宛ての荷物が届いたのでメールで知らせると、夫は同窓会の帰りに寄った。

最初、夕飯も食べて泊まると言っていたのに、
またささいなことで喧嘩になって夫は大阪に還った。

出ていくとき、玄関のドアを勢いよくバーンと閉めて・・・。

それだけで、昨日から私の体調はおかしくなった。

夫は、なぜあんなに怒るのだろう?

夜、横になると、上に書いたように、背中の腰部分にオデキのようなものがあったから、
もしこれが帯状疱疹で、癌の兆しなら、癌で死にたいと思った。

今朝書いた村形さんや、私の母のように、あっという間に死ねたらと思う。
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昨年の今日は村形明子さんの百箇日でした

2018-12-13 04:33:14 | ブログ記事
村形明子死去ネット

で、昨年の今日は、彼女をしのぶ会を開いたのでした。

まず、昨年の昨日は村形明子さんのライフワークだったフェノロサの墓に行っています。
法明院にあるフェノロサの墓

そして、昨年の今日の朝は三井寺に行ったのですが、
今日と同じく寒さの厳しい日だったから、風邪を恐れて、お参りはしませんでした。
「三井寺〜大津市歴史博物館〜近江神社」

その後、村形さんと親しかった三人で「しのぶ会」を持ちました。

「大原野の『かじか』という隠家風お店で京料理をいただいた至福のひととき」


(上の「 」内はクリックしていただくと過去記事をお読みいただけます)

あれからもう一年になるのかと感慨無量です。

私が彼女の記事を書くことを非難されるコメントもありますが、
こうして書くことが彼女への供養になると思って書いています。

書く内容についても、いろいろ言われる方がいらっしゃいますが、
私なりに、彼女のことを懐かしんで書いていますので、
彼女のことをよくご存じない方には口を挟んでほしくありません。

彼女が家事が苦手であったことを書いた記事に対しても、
非難される方がいましたが、
私は彼女をけなして書いたのではありません。

彼女ほどのキャリアのあった女性が家事が苦手であったことは別に恥ずかしいことでも何でもありません。

むしろ当然であったかもしれません。

そこまで彼女は仕事に打ち込んだということの証しですから。

それに、家事が苦手であることは、私や私の母も同様でした。

私は専業主婦ですから、最低のことはしますが、しかし、私の夫から見れば不満だらけのようです。

まず片付けができません。

これは年々ひどくなってきています。

本が好きなので買うのですが、溜まる一方です。

その上、さらに図書館からも借りてくるので、本に埋もれています。

ブログを止めて読書をすればいいのですが、ブログも生きがいなので、やめられません。

こういう妻は夫から見れば悪妻です。

せめて文筆で身を立てられるような才能があればまだしもですが、能無しです。

その点、故、村形明子さんは、歴史に残るような才媛であられました。

昨年、享年76歳で亡くなられたことは本当に悔やまれます。

代われるものなら、才能の乏しい私が代わってあげたかったです。

*

★才能のなきわたくしは長々と生きて死なざり死にたくあれど

★才媛でありしあなたはあつけなく死にてしまへり昨年の夏

★夏バテになりしとメールくださりし八月そして九月に果てし

★もう一度会ひたきあなたに会へぬまま母まで失くして去り行く今年

★生きてゐることが空しき此の世にて孤独のままにわれのこの年
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今日は四万十川マラソン大会の放映があったのですね

2018-12-12 16:57:07 | ブログ記事

またコメントをいただきましたが、そのままコメントを出すより、
必要な個所にお返事させていただいたほうがいいと思いますから、
記事にして返信させていただきますね。


・タイトル
昼前に偶然な番組がありました

・コメント
早朝から夫が外出の為、私は朝食兼昼食にして、11時台に食事をしていました。
ちょっとテレビを付けましたら四万十川マラソンをやっていました。
もし、夫がいてたら私は、11時頃にはテレビのない場所にいるからです。

高知県には「大河ドラマ」の頃、桂浜・はりまや橋に行きました。
未だ四万十川には行った事がありません。

(以下、略)



〇〇さんは、まだご主人がご健在でいらっしゃるんですね。

それでご主人がご在宅のときは、お昼ごはんの用意をしないといけないから、
11時ごろはテレビの前に座っていられないのですね。

いくつになっても、ご飯づくりは女性の仕事ですものね。

大河ドラマのころに高知県に来られたそうですが、『龍馬伝』のときでしょうか?

私の実家は、はりまや橋のそばです。(なんて書くと、またプライバシー丸出しですが)

四万十川は高知市からは、だいぶん遠いですから、
高知生まれの私でも、結婚してからのち、初めて行きました。

足摺岬も・・・。

というのが、昔は高知県の東部、西部は、まだ悪路でしたから。

四万十川は最後の清流ということで、ずいぶん有名になりましたが、最近は四万十川より
もっと高知市に近い仁淀川が人気のようです。

仁淀川の川水は、仁淀ブルーと言われて、独特な水の色をしています。

私たちも、今年7月、
母の初盆で帰省したとき、家族と仁淀川のそばの「かんぽの宿いの」に泊まりました。

熱心に愛読してくださっている〇〇さんには、お読みいただいたかもしれませんね。

いただいたコメントには、このあとに、10年後にお会いしましょうと書かれてありましたが、
10年後、私たちは生きているでしょうか?

今の平均寿命からすると、80歳はまだ生きている可能性が高いですが、
私は心臓が悪いですし、あまり長生きはしたくないですから、
どうなっていることやら。

生きていても、認知症になっているかもしれないし?

*

★十年後どんな老婆になるわれかできれば老婆にならず死にたし

★もうすでに老婆と声は聞こゆれど現在(いま)の老婆は百歳の人

★できうれば十年後には此の世から消えてをりたし希望なきゆゑ

★夫ゐぬ家に一人でゐることは耐え難ければひつそり死なむ

★食はざれば日干しになりて死ねるかと思案する日もある昨日今日

★生きるのが心底しんどいときもあるそんなときには死んでゐるわれ

★生きながら死んでゐるより真に死ぬことが幸せかもしれなくて

★たくさんの人の死にたる今年こそわれの死ぬべき年であるかも
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すごい読者さんがいる!

2018-12-12 09:48:46 | ブログ記事
私のブログを読まれただけで、
私の実名を推測されたり、私の夫の仕事内容までお知りになられたりと。(@@)

これって、私が有名人みたいじゃない?(笑)

いやあ、有難いですね。

私は、この記事の前記事で、四万十川大賞をいただいた歌を暴露してしまいましたが、
この方は、私が暴露するより前に、
私のブログを読まれて、私の本名を推測されて、私の過去の受賞作まで見つけられたのです。

すごいすごい!(拍手)

ここまで私のことに興味を持っていただいて、ブロガー冥利に尽きるというものです。

〇〇さん、本当にありがとうございます。

現実の世界では、しがない主婦でしかない私ですが、
こんなふうに有名人にも負けないほどの愛読者をもてる私って?(笑)

が、こんなはしゃいだ記事をアップすると、また悪意のコメントもつくかもしれませんね。

だけど、なるべく気にしないで、悪口も言われる間が花だと思うようにします。

*

★ブログとふ媒体われを有名な人にするかもしれぬ知らずに

★自宅まで調べてくれし読者さんそれなら遊びにいらしてください

★駅からは徒歩五分です交通の至便な我が家にお越しあそばせ
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四万十川大賞をいただいた歌

2018-12-12 06:58:50 | ブログ記事
双子さんから次のようなコメントをいただきました。

・タイトル
四万十川の短歌を見ました

・コメント
この大賞の短歌を読んでいると、最近の短歌と違う書き方をされている様な気がするのですが。(私は、短歌・俳句・川柳・ブログは全くやっていませんが、少しだけ興味ありますので)



そうですね。最近の歌はこまごまと日常を詠っていますから。

それは
入っていた短歌結社がアララギ派という生活を詠うことを推奨する結社だったこともありますし、

カルチャーでお習いしていた先生、河野裕子さんも、
大風呂敷の歌は失敗することが多いというお考えの人でしたから、
自然と、そうなったということもあります。

が、あの歌を詠んだころにお習いしていた前の先生が、
もっと芸術的な歌を志向される先生でしたから、
ああいう歌ができたということもあったかもしれません。

が、

しかし、一番大きい理由は、ああいう歌は一生に何首もできないということもあります。

その歌をご紹介すると、私の本名もバレバレになってしまいますが、
この際、四万十川大賞をいただいた私の作品をご紹介しますね。


蛇のごと四万十川はうねりつつ海とうつとり婚(まぐは)ひにけり

です。

「婚(まぐわ)う」とは、卑近な言葉でいえばセックスをするということです。

「うねりつつ」は、
四万十川は四万十町(旧、窪川町)のあたりから大きくうねりながら四万十市(旧、中村市)まで流れていますので、そう詠いましたが、セックスのときの姿態の暗喩もしています。

「うっとり」も、
河口の水の緩んだ感じを表しながら
同時にセックス時の緊張の果てる様子も表現しているのかもしれません。(笑)

海の潮水は総じて川水より生暖かいですから。

と、こういうふうに歌の解説をするのは野暮だと歌人と自称する人達は嫌うのですが、
歌を読みなれていない方々には解説してさしあげたほうがわかりやすいかと。

この歌は、四万十川の河口を眺めていてひらめいた歌です。

本当は、歌は、こういうふうにインスピレーションが湧いたときに詠うべきものですが、
それを待っていると、一生に何首も詠えません。

だから、日常的には、くだらぬ歌を多産しているという事情もあるのです。

ところで、双子さんは、私の本名もご存知の方のようですが、
どこで知り合った方でしたかしら?

最近健忘症になりまして、お聞きしたかもしれませんが、忘れましたので、
よろしければ、コメント欄で教えてくださいませ。

現在、コメント欄は承認制になっておりますので、
読ませてもらっても公にしないで済みますから。

よろしくお願いいたします。
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匿名の親展コメントをいただきました

2018-12-11 22:44:12 | ブログ記事
読ませていただきましたが、
「親展」とのことでオープンにはしません。

が、善意のコメントでしたので、記事にしてご返事させていただいています。

現在のように、コメントを承諾制にしておくのも、こういう場合は好都合かもしれません。

承認制コメントはアップするのに手間がかかり、
面倒くさがりの私は嫌なのですが、しかしメリットもないことはないですね。

が、今回親展コメントをくださった方も、公にしたいと思われるのでしたら、
いつでもさせていただきますから、申し出てくださいね。

それにしても、皆さん、いろいろご苦労はおありですね。

自分だけが苦労などとも思っていないのですが、ブログやっていて、コメントいただいて、
いろいろ社会勉強がさせていただけます。

私が、いかに井の中の蛙かということも自覚させられますから、コメント様様です。

悪意のコメントですら何らかの勉強をさせていただけますから、ある意味、有難いです。

いや「良薬口に苦し」で、悪意のコメントほど薬になるのかもしれません。

*

★いただきしコメントなべて薬にてなぜ書かれたか考えてゐる

★好意的コメントうれし悪意あるコメントこれも薬になりて

★難聴で寂しきわれにコメントは孤独を癒す会話なるべし

★声のなき会話も此の世にありましてコメントそれがさうであるらし

★いただきしコメント読みて考へて指で応えを打つ会話なり
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今の時期、お風呂の沸かし直しは返って不経済?

2018-12-11 19:10:45 | ブログ記事
夫がほとんど大阪のマンションに行ったままなので、
お風呂を沸かしても入るのは私一人だ。

で、もったいないから、沸かし直しをしようとするのだが、寒くなってからは、
この沸かし直しは浴槽にお湯をためて更湯を作るより時間がかかるようになってきた。

ということは、ガス代も更湯よりかかるということだろう。

なら、一人だけ入っただけでも、その都度、お湯は流してしまったほうが経済的?

お水のほうは沸かし直したほうが、二度使うことになるから無駄がないが、
しかし、たった一人の入浴とはいえ、沸かし直しには変わりない。

なら、やっぱり流してしまったほうが衛生的でいい?

私は倹約家であるから、こういう細かいところで悩む。

自分の懐のことより、地球にとって、どういうふうに対応するのがベターかと考えるのだ。

できるだけ水は有効に使いたい。

できるだけガスの無駄遣いはしたくない。

だから悩むのだ。

*

★倹約をせむと風呂水ながさずに沸かし直してガス無駄遣ひ

★シャワーでは済ませることのできぬ冬ふろは更湯か沸かし直しか

★できるだけ無駄なく暮らしたきわれは悩むよ沸かし直すか捨つか

★冷え込みの厳しき昨日今日なれば独り暮らしも毎日ふろを
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昨日はパジャマ替わりにしているニットのズボンでツアーに参加していたことに帰宅後気づいた

2018-12-11 09:42:13 | ブログ記事
私のズボンというかスラックスというか、は、
圧倒的に黒が多い。紺色とかグレーとか茶系統もあるが、黒がダントツである。

それで、昨日は早朝にお風呂に入り着替えたのだが、
黒の外出用のズボンを穿いたつもりであった。

が、道中、トイレに入ったとき、どうも生地が薄いとは感じていた。

が、腰がすっぽり隠れるセーターを着ていたので寒いとも思わなかった。

帰宅してパジャマに着替えようとして穿いていたズボンを見て「オヤ」と思った。

それで確かめてみると、穿いていたのはパジャマ替わりに穿くニットのズボンであった。

最近は、余所行きも、ウエスト部分にゴムの入ったものを身につけることが多いから、
すっかり騙されていた。

いやズボンは騙そうとはしていないが、私が勝手に騙されてしまったのだ。

そんなことはつゆ知らない私は、
バスの中で、宝塚マダムたちと仲良くおしゃべりしていたことになる。(汗)

知らぬが仏とは、こういうことを言うのだろう。

気づいていたら、恥ずかしくて、堂々としていられなかったはずだ。

が、お金持ちそうだった彼女たちも、
私の穿いていたズボンが何の変哲もない黒いズボンだったから、
パジャマ替わりのズボンを穿いていたことなど見破れなかっただろう。

それにしても、こんな大失敗をするのも、私が耄碌した証しか。

*

★黒色のズボンの見分けはつけがたくパジャマ替わりのそれで外へと

★下半身なにやら寒気がするなどと思ひながらもおつとりとわれ

★本当に知らぬが仏といふ言葉通りでありし昨日のわれ

★これからもかういふことが増えてゆくわれであるらむあかさたなはま
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昨日は私以外にもう一人いた一人参加の女性と仲良くできた

2018-12-11 06:37:31 | ブログ記事

昨日のバスでは、斜め後ろの座席に座っていられる方が、
私より少しお若いかとは思ったが、杖をつかれているから、
ひょっとして同年配かなと思ってお声を掛けてみた。

すると、「2年前に夫を62歳で亡くしました」とおっしゃったから
私よりだいぶんお若かかったようだ。

最近の私は自分の年齢の自覚が足りないようだ。

どうも実際の自分の年齢より若く錯覚しているようで・・・。

で、その方は、「その時、足をくじいて、医師に診てもらうと足の骨が折れていました」と。

「その後、骨折は治ったけれど、歩くと痛くなることが多くなったので杖を突いて歩きます」と。

よく「年取ったら骨折が怖い」と聞くが、そうなんだ。

私も耳が不自由でも一人で参加しているが、
この方もおみ足が痛いのに一人で参加されているということを聞き、
勝手に親近感を持ってしまった。

私が
「本当は伊勢海老でなく、日本海の夕日が浦に蟹を食べに行きたかったけれど、
夫が行かないというから申し込みそびれて、こちらに申し込みました」
と話すと、

その方のご主人は
その方が2年前に夕日が浦に蟹を食べに行くツアーに参加して帰宅すると自宅で亡くなっていたと。

脳出血であられたらしい。

「それ以来、夕日が浦のツアーの広告を見るだけで胸が痛くなります」と話された。

その方は、
「蟹がお好きでしたら、神戸フルーツフラワーセンターのホテルの夕食は蟹の食べ放題です」
と教えてくださった。

その方は宝塚の方だったが、
「JR福知山線で三田まで行けば、ホテルのお迎えのバスがありますから、
それに乗っていけば簡単に行けますよ。
日帰りバスツアーより一泊したほうが楽ですし、気分的にも寛げます」とも。

そうか、それもいいかもと帰宅してからさっそく調べてみたが、
申し込み人数は二人からになっていたから、ダメだ。

夫はグルメ志向の人間ではないから、
蟹を食べるだけの目的でわざわざホテルに泊まるなどしないと思う。

昨日のツアーでは、その方と話しているのを見ていた私の横の座席に座っていた方も、
宝塚からの参加の方だったが、私にいろいろ話しかけてきてくれて、

私の座席の前の席にいた添乗員さんも含めて話が弾んで、
バスを降りるときは、皆で別れを惜しんだ。

いつもはバスツアーに参加しても、誰ともしゃべらないでいるが、
たまには、こうしてしゃべるのも楽しい。

が、難聴の私の聞き取りはよくないので、しんどいところもあり、一長一短ではある。

帰宅してブログ記事を書いたら、どっと疲れがでて、そのまま朝まで眠ってしまった。

*

★同行の人と話をすることの楽しさあれどしんどさもある

★スムーズに聞こえる耳があればなど叶はぬことを思(も)ひつつ会話

★会話せばお腹いつぱい蟹食へるホテルのことなど教へてもらふ

★さまざまな人生聞かせてもらふことあると思へるツアーの参加

★不自由は私だけではないことを確認してからバスを降りたり

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黒潮市場~和歌の浦

2018-12-10 21:30:11 | ブログ記事

湯浅町でお醤油工場とか古い町並みとか観光してから、
黒潮市場へ。

この黒潮市場へは、過去何度か来たから、あまり興味はなかった。


が、読者サービスで?、マリーナシティ全体の地図を撮影してアップ。


このあと、私の待望の和歌の浦へ。

しかも、和歌の浦の中でも一番来たかった玉津島神社の横にバスは駐車した。




こちらは玉津島神社の由緒を書いた看板。


こちらは少し読みにくいかもしれないが、写したからアップ。


こちらは俳句のようだが、読めない。(汗)



玉津島を読んだ万葉歌。


石碑になった万葉歌。


これは玉津島神社のそばではなく、玉津島そのものの向かい側にあった石碑。

これも読めないが、一応記念にアップしておく。

玉津島そのものは、渡る橋が工事中で渡ることができなかった。

こちらも同様で、不明だが、後で調べて分かったら、自分の備忘のために書き込む予定。


これも、そう。


★和歌山に和歌の浦とふ浦ありてその浦にある玉津島神社

★玉津島神社の前に玉津島ありて橋にて渡る島へは

★和歌の神わか姫様は玉津島神社におはす稚日女尊(わかひるめのみこと)

*

ご参考『隠された言霊の神 ワカヒメさまの「超」復活!
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川西能勢口発のツアーで和歌山へ

2018-12-10 20:41:47 | ブログ記事

すでに宝塚から乗った人もいるバスに朝8時25分に乗り込み、
さらに池田駅で乗り込んできた人も加わって出発。

途中、阪和自動車道岸和田ΡΑでトイレ休憩の後、和歌山県日高町へ。


日高町では、安珍、清姫の話で有名な娘道成寺の門前のお店へ。


伊勢海老のご馳走は既に並べられてあった。


全部を写しきれなかったから、もう一枚。


一人当たり2匹の伊勢海老だから豪勢だ。

が、贅沢を言わせてもらえば、やはり蟹のうまさには負けるような気がした。

食事のあとは、その道成寺へ。


石段を上がったら本殿が。


入口の仁王様二体が立派なので撮影。

左側のこちらは口をつむっているから、阿吽像の吽象か。


こちらは口を開いているから阿象だろう。


三重塔も、逆光になってしまったが、立派だったので撮影。


本殿に近づいて撮影。


道成寺の謂れが書かれてあったから撮影。


このあと、お醤油の発祥地と言われている湯浅町へ。

湯浅町でも何枚か撮影したが、どういうわけかアップできなかった。

(続く)

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お向かいの庭の大掃除&今日はツアーで和歌の浦に行きます

2018-12-10 03:55:17 | ブログ記事
一昨日、お向かいの裏のお爺さんが、
お向かいの裏庭の落ち葉がひどいから、なんとかしてくれと言ってきたから、
夫が半日がかりで枝切りして、落ち葉の掃除をしてあげました。

枝は大きな束にして、夫が昨日のうちにゴミ置き場に出してくれましたが、
落ち葉のほうは、これも大きなゴミ袋に4袋、我が家の前においてあります。

今日がゴミの日だから、私に出しておけと。

お向かいは週に一度、嫁いだ娘さんが帰ってくるのですが、
家の修理も片付けも全部わたしの夫に頼ってきます。

私の夫も
人がいいというか、まあ若い(といってももう50歳近いですが)女性の頼み事は断れないのでしょう。

家の持ち主は鳥取で会社を経営されていますが、
最近は儲けが少なくて川西に帰ってこれないと言います。

それに年も取ったから帰るのもしんどいとも・・・。現在80歳くらいです。

という事情なので、
これからも、ずっと夫が管理してあげることになるのでしょうかね。

うちのおばあちゃん(義母)とお向かいのおばあちゃんが仲良しだったから、
これもご近所のよしみでということになるのでしょう。

夫も元気だから、してあげられるのですが・・・。

*

★おつちやんと呼びかけられて何もかもしてあげてゐるおつちやんはわが夫

★一日をまた半日を奉仕せるおつちやんいつもただ働きで

★わたくしの夫多忙でありしかど嫌と言へないお人好しなり

★親切は回り回りて還るらむ我が身のためとするにあらねど


*

ところで、私は今日ツアーで和歌の浦に行ってきます。

夫が超多忙なときに遊んでいたら申し訳ないですが、
夫も合間にはテニスに行っていますし、私にはもっと出かけよと言ってくれていますから。

私も家に閉じこもっていると鬱になりますから、出たほうがいいかと。

昨年はせっせと帰省して母を見舞っていましたが、それもなくなったし・・・。

本当は、歌会とかに出たいのですが、
出ても聞こえないから、聞こえなくてもいいものに参加するしかありません。

まだ早いですが、今からお風呂を沸かして、入浴してから服を着替えます。

ここ2,3日寒いから、和歌山とは言ってもかなり厚着していかないといけませんね。

靴は運動靴で行きます。

本当は日本海に蟹を食べに行きたかったのでしたが、
直近で申し込めるツアーでは二人参加限定のしかなかったから、和歌山行きになりました。

和歌山ではイセエビをいただいてきます。

蟹は、行けたら、年が明けてから食べに行きたいと思いますが、
夫の仕事が片付くかどうか。

片付いたとしても、最近は夫も私の志向に合わせてくれなくなりましたから、
一緒に行ってくれるかどうかわかりません。

私も行けるときに行っておかないと、歩けなくなったら行けなくなりますし、
そうなると、ああもっとあちこち行っておくんだったと後悔するようになるでしょうから、歩ける今のうちにせっせと行っておこうと思います。

それじゃ今から、まずゴミ出しをしてきますね。

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昨日帰宅していた夫は現在超多忙なのだそう

2018-12-09 16:11:16 | ブログ記事
昨日は水田大輔氏の展覧会から帰宅すると夫も帰宅していて驚いたが、

夫は、現在、超多忙なのだそう。

それで、大阪のマンションに一人でいるほうが仕事がはかどると、また今日、大阪に行った。

我が家にいても、夫婦ふたりだけで、
しかも、私は一階、夫は二階で、
一階にも二階にも、トイレ、洗面所があるのだから、全く私に関係なく仕事ができるはずなのに、
それでも、大阪のマンションに一人でいるほうが仕事が捗るとは?

夫は何でも集中してやる人である。

それが長所でもあり、短所でもある。

義妹に言わせれば、私の夫は、義母の介護に関して全然役に立たなかった。

私たちが行くまで、義母のことを義妹に丸投げであったと。

そういわれればそうであったかもしれないが、しかし、義妹は義母が認知症になる前から
実家であるこの家にしょっちゅう来ていたわけだから、それは自然の流れであった。

私たちがこちらに来てからは、義母のことは私に丸投げされた。

義妹は私たちが来てからは一度も来なかったもの。

が、私は、しなければならないことと思ってした。

夫はお勤めをしていたから。

その他のことでも、たいがいのことは、夫は私に丸投げであった。

が、私は外に出て仕事ができないから、それに甘んじていた。

その意味では、私と夫は、よい取り合わせであったかもしれない。

昨日は、夕食をとりながら、夫に義妹の家に行った話をした。

夫は義妹を嫌っているから、私が義妹の家に行ったことは内心感謝してくれていると思う。

私は私で、先日、夫が上京したときに、夫が私の大叔母の養女さんと会って私の近況など
伝えてくれたことに感謝している。

まあ、最近は、よくケンカするが、しかし、やはり持ちつ持たれつの夫婦なのかもしれない。

*

★結婚後四十五年も過ぎたれば夫も妻も持ちつ持たれつ

★わたくしの親戚夫の親戚で夫の親戚われの親戚

★夫より私のほうに話する義理の妹義母の娘の

★わたくしの祖母の妹その養女われの話をわが夫(つま)に聴く

★親戚は入り乱れつつ付き合へり妻の親戚夫の親戚

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水田大輔絵画展・・・於・神戸ポートアイランド「日本芸術会館」

2018-12-09 01:24:49 | ブログ記事
歌友の冬道麻子さんが、
ご親戚の方の展覧会が神戸のポートアイランドで開かれているとお知らせくださったので行ってきた。

ポートアイランドに行くのは何年振りだろう。ずいぶん長いこと行っていない。

というより、今までも、2、3回しか行ったことがない。

ポートアイランドができたばかりのころに開催されたポートピアに
たしか当時まだ就学前だった子供たちを連れて行ったのと、
神戸空港ができて間もなく、
東京在住の娘と当時赤ちゃんだった孫を見送りに行ったときくらいかな。

空港ができてからは、当たり前だが、旅行客と思しき人の姿を多く見る。

が、今日行った美術館は空港行きではないほうに乗っていった。

中埠頭駅で降りて、徒歩2分くらいと教えてもらったので、
スマホをもって行けば、なんとかなると思って行ったのだが、

これがまあ、昨日の余波か、スマホがアクセス不能になったままだった。

え、昨日のうちに直ったのでなかったの?

私はたちまち困った。

なにしろ地図などもってきていないし。

徒歩2分と言っても、大きな建物ばかりで、看板なども出ていない。

困り果てているところに若い人たちのグループが来たので、

「日本芸術会館って、ご存知ないですか?」と尋ねてみた。

すると、その中の人がスマホで調べてくれて、一緒にその建物までついてきてくれた。

助かった!

世の中には、こんな親切な人がいるから捨てたものじゃない。

案内してもらわなかったら、看板も出ていないから行きつけないところだった。


入場料は500円だった。

展覧会場には誰もいなかった。

「土曜日なのに?」と思ったが、おかげでゆっくり見させていただくことはできた。

作品は売り物らしく、値段が書かれてあった。

私がいいなと思った「上高地の春」とか「湿原の春」は90万円だった。

富士山を描いた絵が多かったが、いずれも大作だから100万円を超えるのが多かったような。

とても買えない。

こういう画家さんにはパトロンが必要だろうな。

だれでもがおいそれと買える価格ではないから。

売れる絵を目指して描くのは、芸術からみれば邪道になるだろうから、
ここらあたりの兼ね合いが難しいだろう。

私も自分がお金持ちであれば、富士山の大きな絵を買って飾りたいが。

ちなみに、この水田大輔絵画展『岳景』は12月15日まで
ポートアイランドの日本芸術会館で開催されているから、ご興味のある方はどうぞ。

クリックしていただくとごらんになれます。

日本芸術センター絵画公募展受賞作家
水田大輔絵画展『岳景』

(なお12月10日(月)はお休みです)

冬道麻子さんの第二、第四歌集の表紙は、この水田大輔氏の描かれたものだそうだ。

*

スマホのほうは川西に戻ってから近くのワイモバイルのお店に行って直してもらった。

今日は天気がよかったので、
スマホで撮影できていたら、ひさしぶりのポートライナーとか海とかが写せたのに残念だった。

上の入場券は帰宅してから撮影したものだ。

帰宅すると夫も帰宅していたから、あわてて夕飯を作った。

今日は疲れ果てて、
その後、これを書きかけたまま寝てしまって、いま目覚めて続きを書いた。


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私はそれほど悪いことをしたのだろうか?

2018-12-08 04:40:56 | ブログ記事
夫はほとんど帰らなくなった。

出て行ったのは、次男たちが神戸に引っ越して、
大阪のマンションが空いたのが直接のきっかけだった。

夫は急に出て行った。

それでも最初のころは、ときどき向こうに行く程度だった。

が、最近は、ほとんど向こうにいて、たまに帰宅するようになった。

向こうに誰かいるのだろうか?まさか・・・。

そもそもの原因は、昨年の春、
夫が私を騙してシニアカレッジの女性とデートしたことからだった。

私は夫が嘘を言っていることに感づいたから、夫のあとを追った。

すると来るなと言われた。

それがその女性との最初のデートだった?

その後、秋になって、私がお昼ご飯を作ったのを後目に飛び出したのが二度目だった。

三度目は、私が夕食を作って待っているのに、
何の連絡もなく、その女性と映画を見て夕食を食べて夜遅く帰ってきた。

当然、私は怒った。

こんなことをされて怒らない奥さんはいるかしら?

私は怒り心頭に発したから玄関の鍵をかけて、夫を家に入れなかった。

夫は仕方なくホテルに泊まった。

その私の対応がよくなかった?

じゃ、どうすればよかった?

裏切られても、妻たるもの、にこにこしていなければならなかった?

どんなに騙されても、裏切られても?

子育てのさなかならともかく、夫婦ふたりだけに戻っているのに、
そんなことをされたら普通の奥さんは怒ると思う。

(子育てのさなかも内心怒っているけれども離婚になると困るので我慢している)

夫が外で働いてくれて家族を養ってくれていたことは感謝している。

が、私も、頑張って子育てをしたし、夫の認知症になった親の世話もさせてもらった。

付き合いたくない夫の妹君とも付き合ってきた。

その妹君のところへは、三日前にも行って、さんざん嫌味を言われてきた。

それなのに、この年になって、夫に裏切られたり、出ていかれたりされてしまうのはなぜ?

親も兄弟も既に失くして
身体障碍者になっている私を一人でおいておくことに、あなたの心は痛みませんか?

私は、自分が障碍者であることあることと、外に出歩くタイプの人間ではないことから、
あなたのように外に歓びを求めることはできません。

最近はできるだけ外出するように心がけてはいますが・・・。

私の亡くなった母は、
今頃は娘の私がこんな目に遭っていることを泉下で泣いていることでしょう。

難聴で身体も丈夫ではない娘の私の家族のために粉骨砕身働いて援助してくれていた母は。

でも、これも私に与えられた試練なのでしょうね。

試練なら、受けて立つしか仕方ないですね。
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