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Saigonへ

中洲の屋台に行く

2013-03-31 | 日記

今日は久しぶりに屋台に行きました。

お客さんの話しぶりを聞いていると、「るるぶ」に載っていたとかで盛り上がっていたので、観光客がほとんどのようです。31年前に福岡で就職したときは、同僚とよく屋台に来ていましたが、ほんとうに久しぶりにきました。

キャナルシティです。福岡市に住んでいても特別な用がないと来ませんので、これまた久しぶり。日曜日の夜とあって人通りが少なく感じました。

 

 

 


ホテル法華クラブ福岡

2013-03-31 | 日記

3月31日から4月5日まで、ホテル法華クラブ福岡に泊まります。agodaで予約しデビットカードで決済しました。6泊で消費税、サービス料込みで25,000円なので1泊あたり4,100円程度と格安。

 このホテルは全ての客室でWifiが無料で使えます。客室内にWifiのアクセスポイントとパスワードが表示されています。

http://www.agoda.jp/asia/japan/fukuoka/hotel_hokke_club_fukuoka.html?

中国東方航空でカウンターにあずけるスーツケースは1個あたり23kgまでのものを2個までなので、ホテルフロントで体重計を借りて2つの重さを測ったところ、左のスーツケースは22kg(中身はパソコン3台、パソコンの周辺機器、デジカメ等)、右のスーツケースは大学で教える教材と下着等)で21kgとなり、制限重量を下回っていたので一安心。

スーツケースの上にあるバッグは、機内に持ち込むもので、貴重品やパスポートなど。

今日、これ以外は全て捨てたので、この3つが私のすべての持ち物。

 

 

 


家財道具の処分

2013-03-31 | 日記

今日は今住んでいる宿舎を出ていく最後の日。予約していた業者が9時に来て搬出を始めました。前もって見積もりの時に来ておられたので、今日は2トントラックと軽トラの2台で来られました。家電や家具など、衣類を除くほとんど全てを捨てるので、搬出にも時間がかかり、荷物を積み終えたのは12時半になっていました。9年5か月住んだ家とのお別れです。

最後の荷物です。

荷物を出して、今日31日から5日までは市内の法華クラブ福岡に宿泊します。チェックインが1500なのでホテルのロビーでブログ更新しています。

 


国際交流会の花見

2013-03-30 | 日記

 今日、近くの公園で国際交流会の花見をしました。私はこれが最後になります。

まずは公民館でおにぎり作りです。

紅葉山公園に行き、桜の下、みんなで花見。桜の花びらがはらはらと散って、ごちそうのうえに落ちてくる。隣にすわったイギリス人のBさんに「イギリスでは公園などで花見のようなお酒を飲んだり、食事をして楽しむことはありますか?」と聞いたら、「イギリスでは、公園のような公衆の場で酒を飲むということはない。もし、そのような催しをしたい場合は、事前に許可を取らなければならない。そもそも公園で酒を飲んだり歌ったりするなんてことはない」と話していました。国が変われば習慣も変わるんだな・・と話しました。

副会長がご挨拶。「桜が散ってしまうのではないかと心配していましたが、何とかもってくれました。」

今日二人の中国人女性が参加しました。広東省の出身で、昨年10月に来日して「一生懸命日本語を勉強しています」と話していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


沖縄のエイサー

2013-03-30 | 日記

エイサーは、沖縄県でお盆の時期に踊られる伝統芸能です。若者たちが歌と囃子に合わせ踊りながら地区の道を練り歩きます。

那覇市内の小中学校でも伝統芸能を伝承するために体育祭などで演舞をしています。下の写真は、長女が那覇市立首里石嶺小学校6年生の時に、体育祭の出し物のために練習しているところです。

 

 


社交ダンス

2013-03-29 | 日記

 ちょっと恥ずかしく、下心いっぱいなのですが、社交ダンスのお話をします。昭和57年に今の職場に採用していただいて、1年後に鹿児島に赴任しました。当時24歳。職場は男性ばかりなので女性と知り合う機会がありません。そこで鹿児島市勤労青少年ホームというところに入会しました。入会条件は25歳以下の男女ということでぎりぎり。ここは鹿児島市がわざわざ青少年の出会いの場を提供してくれているところです。

その青少年ホームにはいろいろなサークルがあり、女性と知り合うにはどのサークルに入ったらいいかなと思い、社交ダンスサークルに入りました。毎週土曜日の6時から鹿児島大学ダンス部が主催しているダンスパーティ-が、学内の鹿児島大学学生会館で開催されていましたので、女子大生を誘うために、勤労青少年ホームの社交ダンスサークルで、ジルバ、ワルツ、サンバ、マンボなどを練習しました。

この写真は、勤労青少年ホームのダンスサークルで、指宿の砂むしに行ったときのものです。私は砂のなかで熟睡しています。

 

 


あの頃僕らは若かった 

2013-03-27 | 日記

先日の壮行会で、代表世話人をしてくれたSさんと話していたら、大学3年の夏休み21歳、今から32年前に、3年のS、М、Tと、1年のA、М、Tの6人で信州をサイクリングして南アルプスにも登ったことを思い出した。

私はサイクリングはまったくの素人。自転車を買い、車輪やハンドル、サドルなど自転車のさまざまなパーツをバラバラにして、輪行袋というキャリングケースに詰め込み6人は佐賀駅を出発した。なにぶん貧乏学生なので、長野県の諏訪湖の近くにある塩尻駅まで鈍行や急行を乗り継いで行った。夜行列車の中では深夜に人が少なくなるのを待って、通路にシュラフを引いて寝た。まる1日かかったと思う。

前日に駅長さんから「泊まっていいよ」と言われた塩尻駅に泊めてもらい、輪行袋から取り出した自転車を組み立てて塩尻駅を出発する。

八ヶ岳→http://goo.gl/maps/QqoBQ

塩尻から、諏訪湖のほとりを通り、茅野市から八ヶ岳に向かう。自転車が行ける美濃戸口からアタックザックに荷物を詰め替えて、八ヶ岳、赤岳、横岳を通り赤岳鉱泉に降りてきた。赤岳鉱泉から引き返す途中、近くのペンションのオーナーの車が通りかかり、ずぶ濡れになっている私たちに「ペンションによって暖かいものでもごちそうします」と声をかけていただいた。嬉しかった。

諏訪湖方面に引き返し、下諏訪町から中山道を霧ヶ峰に向かう。猛烈な上り坂であえぎ、あえぎして自転車を押し上げたりして霧ヶ峰に着いたときは、日も暮れてテントを建てる気力もなく、テントをかぶって6人が寝ていたら、翌日人の声で目を覚ました。「だれかいるみたい。死んでいるかもよ」。そのくらい疲れて熟睡していた。

霧ヶ峰→http://goo.gl/maps/SsBCb

車山高原、白樺湖、蓼科から、南アルプススーパー林道をとおり、南アルプスの登山口である広河原に着く。広河原から北岳、間ノ岳、農鳥岳へ。南アルプスでは3年のIさんのパーティーに会った。

南アルプス→http://goo.gl/maps/jbho6

 

この写真を撮ったのはМ。Мに会いたい。とても会いたい。Мとの思い出をお話します。

大学を卒業して就職したとき、Мは東京の会社に就職しました。その年の冬、Мから電話があり、「1月に会社の同僚とスキーに行く。新潟県の上越国際スキー場に行くので、都合がよければ来ないか?」というもの。

私は、大学4年の12月に長野県の栂池スキー場のペンションで、1ヶ月間泊まり込みのアルバイトをしていました。

栂池スキー場→http://www.tsugaike.gr.jp/snow/

Мのお誘いに二つ返事で「行きます」。Мは当時、新宿のアパートに住んでいて、結婚前の活水のT子さんと住んでいて、3人で近くの中華料理屋でごちそうになりました。

翌日、Мの会社の方々と上越国際スキー場に行き、2泊3日でスキーを楽しみ、夜は大宴会で大いに盛り上がりました。そこまではいいのですが、上越国際スキー場から新宿へ帰る汽車のなかで、またしても会社の方々と大宴会になり、大好きな「越後のにごり酒」をみさかいもなく飲みまくったので、前後不覚に陥り新宿にどのようにして着いたのか記憶にもない。とても楽しい思い出です。それからМは埼玉県与野市(現在のさいたま市)に引越しました。私は平成15年4月にさいたま市上落合に引っ越しましたので、Мの住まいとは、すぐ目と鼻のさきのところにお互い住んでいたのですが、会う機会がなく現在まで至っております。

Мと連絡を取りたい。どなたかМの連絡先をご存知の方がおられませんか?教えてください。

もう一つ、Мとの思い出。Мが活水のTさんと結婚するということになり、九州から「Мの結婚を祝う会」と称して、Мの出身の島根県松江市の「ホテル一畑」での結婚式に出席しました。あやふやな記憶で申し訳ありませんが、Мと同期のH、S、I・・・が九州から行ったと思います。東京からは伝説の英雄Aさんが来られました。Aさんがホテル一畑の引き出物の「タイのお頭」を持ち帰り、ホテルの部屋で二次会をしようと「タイ茶漬け」を肴に飲みまりました。ああーAさん、あまりにも・・・・。

次はAさんとの思い出。大学に入学してSUWVに入会しました。最初の学園祭のときのこと、各サークルが大講堂で出し物を紹介することになっていて、AさんがSUWVを引き連れて、北島三郎の「函館の女」を手振りジェスチャーで熱唱しました。これを見て「すごい人がSUWVにいるんだ」と感動しました。

→ホテル一畑 http://travel.biglobe.ne.jp/onsen/spot/h014091.html

南アルプスを降りて広河原に戻り、富士五湖の一つである精進湖、本栖湖、河口湖に着き、サイクリングの旅は終わり。あの頃僕らは若かった・・・・

富士五湖→http://goo.gl/maps/OpJC1 

帰りに静岡駅地下で食事をして帰った直後、その地下街で15人が死亡するガス爆発事故が発生していた。あと少しでも遅れていたら命がなかったのかもしれない。

http://www.weblio.jp/content/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E9%A7%85%E5%89%8D%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E8%A1%97%E7%88%86%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85

 

 

 

 


SUWVの壮行会をしていただきました

2013-03-24 | 日記

昨日、SUWVの先輩、同期そして後輩の皆々さまに壮行会をしていただきました。福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、山口から19名もの大勢の方々にご出席いただきました。この場を借りてお礼を致します。また、この壮行会の代表世話人をしてくれた同期のSさん、各方面に連絡してもらったHさん、ほんとにありがとうございます。

 

当日、出席してくれたFが、このアドレスを見てくださいと言っていましたので、Yahooで検索すると次のブログが出てきました。Fさんこれでいいのかな?

http://blogs.yahoo.co.jp/toravelnaga/archive/2012/8/2?m=lc

 


たくさんの思い出がつまった宿舎・お世話になりました

2013-03-21 | 日記

平成15年11月に埼玉県さいたま市上落合から転勤してきました。この宿舎は昭和57年佐賀大学を卒業して、現在の職場に採用してもらったときに1年間入った宿舎ですので2回目になります。当時は佐賀のいなかから出てきましたので、とっても便利な所だな―と思ったものです。

ここを振り出しに社会人生活が始まりましたので感慨深いところです。その後、昭和58年鹿児島、61年長崎、63年沖縄、平成3年福岡、6年鹿児島、8年大分、9年長崎、11年鹿児島、13年沖縄、15年埼玉、15年福岡、22年鹿児島、そして最後の勤務地が24年ここ福岡と目まぐるしく転勤してきました。

この宿舎は、昭和43年に建築され老朽化のため1年後に取り壊すことになっています。そこで新しい人はだれも入れていません。平成15年に入居したときは、上の子供が中学1年、下の子供が小学4年でした。9年5か月住んだことになります。3月31日に退去します。あと10日です。お世話になりました。

今日は桜が8分咲きです。

   

宿舎の近くにある公園に夜桜を見に行きました。

    

 

 

 

 

 

 


海外旅行先から日本に電話する

2013-03-20 | 日記

海外旅行先から日本に電話する際に、日本で使っている携帯やスマホはそのままでは使えないので、出国する前にドコモやauなどの窓口で国際ローミングの手続きをすれば海外で使用することができます。しかし、海外で使用する料金は驚くべき高い。ドコモの場合、イタリアから日本にかける場合、1分あたり280円、パリからは180円となるので、10分話したらそれぞれ2800円、1800円となる。→http://www.nttdocomo.co.jp/service/world/roaming/ 以前、ある芸能人が国際ローミングをして海外で長時間日本に電話したところ、数万円の請求があったと言っていた。そんな高額な料金は支払えないのでSkypeを使っている。Skypeではパソコンから通話することもできるし、スマホに「Skype Wifiアプリ」をダウンロードすれば、世界に100万か所といわれているWifiスポットから通話ができる。その料金は滞在する国によって違いがあるが、ベトナムからは1分あたり13円なので、国際ローミングしてパリから電話する場合に比べても10分の1以下の料金と格安。→http://www.skype.com/ja/

この料金は、通話相手がSkypeに加入していない場合に携帯や固定電話に通話する場合なので、相手もSkypeに加入していれば通話料は無料です。

 

 


歯の治療

2013-03-19 | 日記

最近、冷たいものを飲むと歯がしみることがありました。がまんができないくらいに痛いという訳ではないので、いつもならほったらかしておくところだが、今回、赴任にあたり加入した海外旅行傷害保険は、傷害や疾病で入院、手術、治療及び投薬については、3000万円までは保険会社が直接病院に支払うため、自己負担は全くありません。

しかし、歯科治療は保険の適用になりませんので全額自己負担です。そこで、日本にいる間に歯の治療をしなければなりません。歯がしみるのは、歯肉炎だそうで、それに加え歯肉が後退していて直接神経に冷たいものが触るので痛いとのこと。2月から治療を始めて6回でやっと治療が終わりました。やれやれ。


転倒

2013-03-18 | 日記

1か月ほど前に寒波があり、福岡では平地でも積雪がありました。その朝、通勤のため地下鉄の駅を降りていた時のこと。雪で階段が濡れていて、足を踏み外し階段を5~6段ほど転げ落ちました。手が出ずに左足のひざを打ち付けて、しばらくうずくまっていたところ、モニターを見ていた駅員さんが声をかけてくれ、「だいじょうぶですか?」。私「はい、だいじょうぶです。」

そのまま職場に行き、仕事の帰りに近くのA整形外科に行きました。先生「どうしましたか」。私「かれこれしかじか」。先生「レントゲンを撮りましょう。レントゲンを見ても特に骨折もないし、しばらく様子を見ましょう」ということで、湿布薬をもらいました。

湿布薬を貼っているとしばらくは、良くなっている様子でしたが、1週間前から痛みが出てきて、階段の上り下りが痛くてたまりません。そこで、今日、病院を替えてB整形外科に行き、レントゲン技師が「3か所取りましょう。ひざの表から、裏から、横から」ということで、レントゲンを撮り待っていると、先生「特に骨折もないし、どうして痛いのかな?」「ヒアルロンサンの注射をして様子を見ましょうね。待合室で待っていてください。」とのこと。待っていると、先生「ちょっと気になることがあるので、もう一度レントゲンを撮ります」と言って、レントゲン技師に、「膝の裏の隠れたところを良く撮ってください」と指示。

2回目のレントゲンを撮ったあと、診察室に呼ばれたら、先生「ここ、見えますか。骨にひびが入っているのが見えるでしょう」。私「・・」「どうしたらいいんでしょうか?」。先生「骨折しているわけではなく、ひびがはいっているだけだから、ギプスもいりません。治るまで数カ月かかりますが、その間、できるだけ階段の上り下りをしないでください。エレベーターやエスカレーターを使ってください。」

それにしても情けないと思ったのは、若い頃だったら、たぶん・・・・・膝から落ちるようなことはなかったのではないかと。両手が出ていたのではないかと。体力の低下は悲しいほど。

 


我が家のシマリスはかぼちゃの種が大好き

2013-03-18 | 日記

我が家にシマリス(名前はミルミル)が来てから、たぶん3年ぐらいになると思う。人間でいうと30歳代かな。シマリスはひまわりの種が好きかなと思っていましたが、ミルミルはカボチャの種が大好き。鹿児島から帰ったら夜遅かったのに起きて待っていました。先日、不用品を処分する業者さんが来たときに、その業者さんが冗談まじりに「このシマリスはどうしますか?」と聴いてきたので大笑い。シマリスは我が家のとても大切な家族の一員。

 

 

 

 

 

 


一年前に住んでいた宿舎を見に行く

2013-03-18 | 日記

早いもので鹿児島を出てから一年がたとうとしています。屋久島にあいさつに行った帰り、住んでいた宿舎がどうなっているか気になって見に行きました。この宿舎は築後40数年がたっていて、老朽化が激しいので一年後に取り壊しになります。昨年4月以降は新しい人を入れていないので、住んでいる人はほんの少しのようです。私が住んでいたのは、5階の左から2つ目で当然ながら無人でした。

  

ついでに、鹿児島中央駅にも行きました。

 

 


屋久島へ

2013-03-16 | 日記

4月の第1週にベトナムに赴任しますので、出国まであと3週間になりました。屋久島に妻の両親が住んでいるので、出国前に独りであいさつに行くことにしました。家は宮之浦港の近く、海を見下ろせる高台にあります。天神を夜23:30発鹿児島高速船ターミナル行きの夜行バスで、鹿児島には翌朝6:30につきます。途中、宮原サービスエリアで運転手の仮眠が3時間あります。

 

 

鹿児島本港(南埠頭)から8:30発の「フェリー屋久島2」に乗り、宮之浦港に12:30分に着きました。フェリーは往復7,900円。佐賀大学SUWVの時に、3年生の春の合宿で初めて屋久島に来て、この宮之浦港に着いた頃のことを思い出して感無量でした。

記憶では、宮之浦港から楠川までバスで行き、楠川のバス停で「オープンサンド」(私たちがかってに付けた名前で、要するに食パンにハムやチーズ、トマトなどいろいろな具材をはさんで作ったもの)を食べたのを思い出しました。うまかった。ここからは、32年前の記憶をたどって書いています。白谷雲水峡、夫婦株、ウィルソン株、縄文杉、トロッコ道などを上りつめ、高塚小屋、新高塚小屋をとおり、永田岳の別れから永田岳に登り、別れまで引き返して九州最高峰の宮之浦岳に登った。春とはいえ、雨が多く永田岳の鞍部でしばらく沈殿したような。「沈殿」・・ワンゲル用語だな・・。

荷物は確か「キスリング」だったと思う。キスリングを置いて沢で休憩して戻ると、なんとたくさんのカラスがキスリングにたかって、頑丈に紐で縛っているのに、くちばしでこじあけて中の貴重な食料を食い荒らされていた。確か「釜飯の素」だったような。

何分に32年前の記憶なので不正確とは思うが、宮之浦岳に登ったあと、ローソク岩、淀川小屋を経て、尾之間集落に下りました。その間、雨にたたられて、恥ずかしい話、股ずれになり、びっこをひいてかろうじて尾之間に着いたことを思い出しました。尾之間に着いて一番嬉しかったことは、尾之間温泉に入り、10日間の汗を流すことができたことです。山登りの楽しみの一つは下山後の温泉です。

鹿児島港から屋久島に向かうところです。背景は桜島。

 

宮之浦港に入港。宮之浦港県営待合所。大学生が春休みに登山に来ていて、これからが世界自然遺産 屋久島のシーズンイン。

  

 

宮之浦港の近くにある「屋久島環境文化村」です。

 

 

屋久島からの帰り、鹿児島本港に着きました。

 

今日の泊まりは「東横イン天文館Ⅰ」です。東横インはWi-Fiのネット環境がありますので、ブログのアップができて便利です。