野生動物は、自分でエサを取れなければ死ぬ運命にある。
だから野生動物の親は、自分でエサを取れるように厳しく子育てをする。
可愛がることが目的なのではなく、自立させることが子育ての目的なのだ。
一方、ペットはどうだろう。
飼い主はいつでもエサを与えてくれるし、病院にだって連れて行ってくれる。
可愛がることが目的なのだから、自立させる必要もない。
明らかにペットの寿命の方が短いのだから、死ぬまで飼い主が面倒をみてやればいい。
ペットもそれが幸せというもの。
さて、人間の子どもはどうだろう。
子どもが死ぬまで親が面倒を見れるのか?
できるわけがない。
未来を担う子どもたちを、
一人では何もできないペットにしたいのか、
それとも、
たくましい野生動物にするべきなのか。
それは親だけの責任ではない。
子どもたちの周りにいる全ての大人たちの責任だと思う。
だから私も、塾生は我が子と同じに扱う。
1から10までの全てを口元まで運んで教えることはしたくない。
教えるのは簡単だ。しかし、そこをグッと我慢する。
知りたければ自分から手を伸ばすことも必要。
常に受け身ではいけない。
誰かがやってくれる(教えてくれる)ことだけを期待してはいけない。
自分から動くことも必要。
そうしないと変わらないこともある。
欲しけりゃ(知りたけりゃ)自分から手を伸ばしてつかみとれ。
そうでなければ本当の力にはならないし、簡単に教わったものほど簡単に忘れてしまうもの。
そんなことも考えながら、そういう雰囲気にもっていきながら、日々の授業をしています。
塾生よ、たくましく自立せよ。