長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

有栖川有栖著【赤い月、廃駅の上に】

2010-10-13 13:52:35 | 本と雑誌

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本格推理小説の名手により、新たな境地が綴られた。
鉄道に纏わる怪奇で幻想的な十の物語。
秋の夜長に、背筋がぞくりとくるような、ちょっと怖い旅をどうぞ・・・。

《夢の国行き列車》
タイムマシンに乗って時を超え垣間見た、未来の夢の世界だったはずのエキスポ'70。
それを体験したかつての万博少年が、今や万博中年となり、現実とのギャップに幻滅した挙句、行き着いた先とは・・・。

《密林の奥へ》
南の国へ気ままな旅をしていた男が、行きずりの行商人から、空の鯨の話を聞かされた。
鯨は大袈裟にしても、恐ろしく大きな鳥が、密林の奥深くには棲息しているのだという。
興をそそられ、列車を乗り継ぎながら、男は密林の奥へ奥へと分け入って行く・・・。

《テツの百物語》
鉄道ファン向けのウェブサイトで知り合った、通称テツと呼ばれるような人種の、五人の物好きな男たち。
掲示板上で鉄道がらみの怪談が話題となり、一人の提案で鉄道怪談のオフ会をやることとなった。
じめじめとした梅雨只中の週末の夜、提案者の家に集まり、百物語と洒落込んだ・・・。
《貴婦人にハンカチを》
その青年はSLファンでもないのだが、たまたま復活運転をしていると知って、貴婦人と呼ばれたC57型に、気まぐれに乗ってみた。
四人掛けのボックスで、幸運にも貴婦人と呼ぶにふさわしい女性との相席となった。
だがその貴婦人は全く楽しそうではなく、むしろ憂いを含んだ顔をしている・・・。

《黒い車掌》
列車の中、一人で予定も立てずに旅行していた女性が、もっと先に行きたくなって、車掌から乗り越し切符をもらった。
しかし、それから何故か様子が変わった。
その後二度やってきた車掌が、そのたび黒くなり、全身が煤けて、なんだか輪郭さえぼやけてきているようだ、そして・・・。

《海原にて》
海洋研究船に取材で乗船していた男が、凪の宵に、船長からスコッチのお誘いを受けた。
船長は奇談蒐集家で、その夜は同席した男女の研究員たちとともに、香具師のごとき名調子で、数々の怪異な話を聴かせてもらい楽しんだ。
そして極めつけは、世界で最も大きな無人島にして廃墟、その悲劇が語られる・・・。

《シグナルの宵》
うら淋しい場末の雑居ビルの地下にある、〈シグナル〉という隠れ家めいた小さなバー。
扉のすぐ右脇に、鉄道用の信号機が鎮座し、店の隅には鉄道のジオラマが置かれている。
会員制の店のように、常連客たちが占め寛ぐ、そんなとある宵に・・・。

《最果ての鉄橋》
しばらく意識が飛んでいた。気づけば人の流れの中にいた。
訊けば皆駅へ向かっているという。〈最果ての駅〉へ・・・。
歩きながら、記憶の襞を掻き分けるうちに、次第に失われたものが甦ってくる。
三連休に大学時代の山仲間と出掛けた北アルプス、北薬師岳の尾根をたどっていた時、にわか雨に襲われ、うっかり足を踏みはずして・・・。
俺の人生は終わったのか。
駅から列車に乗り込み、三途の川に架かる鉄橋を渡り、彼岸へと向かう・・・。

《赤い月、廃駅の上に》
不登校を続ける少年。
終日部屋にひきこもるタイプではない、昼間は街に出てぶらついたが、それだけでは退屈と、父親がプレゼントしてくれたクロスバイクに乗り、月に一度遠出をした。
五月の半ばに、一週間ほどの予定で、これまでで最も遠くの、馴染みのない地方に行ってみることにした。
今回の旅のメインとして、廃駅で一夜を過す冒険を計画していた。
四日目の黄昏が迫るころ、捨てられて十年近くがたつ駅舎に辿り着いた。
昨夜泊まった温泉宿で、主人から「赤い月、鬼月の夜は、よろしくないものがくるので、家の外に出るな」との、迷信を聞かされていた。
その夜は月が赤い、真っ赤だ・・・。

《途中下車》
大手繊維会社で人事部長をやっている男。
かつての妻は美貌と演技力の人気女優で、しかも男は十四歳も年上だった。
幸せの三ヶ月、忍耐の二年九ヶ月を経て離婚し、それから九年後、彼女は突然に逝った。
誰が待つでもない家にまっすぐ帰っても、仕方がないと、降りたことのない駅で途中下車するのが、つい習慣のようになっていた。
その日も気ままにとある駅へ降りて、大学時代のサークル仲間と、偶然にも出くわしたのだった。
旧友の自宅から最寄の駅とのことで、馴染みらしいガード下の赤提灯に誘われた。
旧交を温めるでもなく、二人の間に気まずい空気が流れ、店を出ようかとした時、電車の轟音が響いた。
おかしい。いっかなやまぬ大きな轟音は、男にしか聴こえていないようで、旧友も他の者も意に介していないふうだ。
耳をふさぎたくなる轟音の中、男には、かろうじて人の声らしきものが聴こえた。
アタシャール・・・。


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