長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

近藤史恵著【夜の向こうの蛹(さなぎ)たち】

2021-03-18 00:05:00 | 本と雑誌


小説家の織部妙(おりべ たえ)は順調にキャリアを積む一方、どこか退屈さも感じていた。
実はレズビアンで、精神的なマゾヒズムが潜んでいることを自覚している。
そんなある日、“美人作家〟として話題の新人、橋本さなぎの処女作「やさしい いきもの」に衝撃を受ける。
しかし、文学賞のパーティで対面した“さなぎ〟の完璧すぎる受け答えに、なぜか幻滅してしまう。
彼女が作中で生み出した、主人公のエキセントリックさと比較し、あまりにも優等生でまったく面白味に欠ける…。
むしろの興味を惹いたのは、“さなぎ〟の秘書である初芝祐(はつしば ゆう)という女性だった。(の好みのタイプであったのだ)
に対するの第一印象は以下の通り…。
「その人を見かけたのは、そのときだった。柱の陰に隠れるようにして、彼女はカレーを食べていた。まわりには誰もいない。ひどく目立つ女性だった。”さなぎ〟とは、また別の意味で。背が男性と同じくらい高く、その上肉付きがいい。太りすぎというほどではないかもしれないが、ともかく大きいので威圧感がある。一般的な感覚では、美人というわけではない。腫れぼったい一重まぶたと、口紅さえつけてないぼってりとした唇。真っ黒な髪を短く切り、毛玉のついたセーターと野暮ったいパンツを穿いている。年齢は若そうだ。たぶん、まだ二十代前半。肌が抜けるように白く、柔らかそうだった。曲げた手首には赤ちゃんの手首にできるような皺が寄っていた。その皺を見たとき、目がくらむような気がした。その柔らかそうな手に触れたい。セーターの下にある豊かな胸や、二の腕を揉みしだいてみたい。その大きな身体の重さを感じたい。息が詰まるほど圧迫されたい。柔らかな肉を甘噛みしてみたい。一目惚れをしたことはこれまでもある。だが、こんなふうに、雪崩のような欲望に呑み込まれそうになったことなどない。、と呼ぶには、あまりにも(よこしま)すぎる感情だった。これは、間違いなく欲望だ!」

への気持ちを持て余すは、やがて「橋本さなぎ」の存在に違和感を抱くようになる。
初芝祐は橋本さなぎのゴーストライター⁉
速水咲子(はやみ さきこ)とは、いったい誰?
その小さな疑惑は開けてはならない、女同士の満たされぬ欲望の渦への入り口だった!

才能、容姿、愛情…。
持たざる何かを追い求め、わたしは「わたし」を見失う—-。
二人の小説家と一人の秘書、三人の女が織りなす、男子禁制のひりつく心理サスペンス。
この嘘は誰かを不幸にしていますか?


東野圭吾著【魔力の胎動・Laplace' muvement】

2021-03-03 15:33:33 | 本と雑誌


「ラプラス魔女」/不思議な能力(ちから)を持つ美少女・羽原円華(うはら まどか)が帰ってきた。

第1章『あの風に向かって翔べ』
鍼灸師の工藤ナユタは、ベテランスキージャンパーの坂屋幸広(さかや ゆきひろ)から急によび出された。
坂屋は満身創痍で、自身でも限界を感じていた。
ナユタにより丹念に一時間程鍼を打ってもらっても、「焼け石に水…かな」と珍しく弱気になっていた。
北稜(ほくりょう)大学流体工学研究所の准教授・筒井利之(つつい としゆき)は、パソコンの動画で坂屋のジャンプを分析していた。
研究室で三人が話していたら、少女が訪れた。
開明大学医学部の羽原全太朗(ぜんたろう)博士の娘・円華であった。
筒井は七年前、北海道で発生した竜巻の調査分析を行っていた。
それに彼女は興味を持ち、父親を通してアポイントメントをとってきたのだ。
円華は母親をその竜巻により亡くしていた、ということは羽原博士も妻を失っていたということだ。
スキージャンプに対してまったく門外漢である円華が、坂屋の身体における問題個所を、ことごとくいい当てしまうのだった…。

第2章『この手で魔球を』
プロ野球でキャッチャーをやっている三浦勝夫(みうら かつお)は、投手・石黒達也(いしぐろ たつや)専属の捕手であった。
石黒は「日本初のフルタイム・ナックルボーラー」だった。
その球を捕球できるのは三浦だけだった。
石黒に鍼をよく打っているナユタを通じて、筒井利之准教授がナックルを撮影して、分析させてもらえることになった。
映像は非公開でという条件だった。
その筒井の助手として円華がついてきた。
「乱流」に興味があるというので、面白がって筒井は連れてきたようだ。
投げる投手はおろか、捕手もバッターも、ナックルの変化は到底予測不能と思われた。
だが、円華はいう「単なる物理現象だからね、予測できない物理現象なんてない」。
三浦は山東(さんとう)という選手もこの場によんでいた。
三浦は両膝、特に左膝が限界にきていた。
だから後釜を探していたのだ。
山東選手を後継者にしたかったが、十分練習し石黒のナックルを捕球できるようになっていたが、いざ試合で捕球させたら、なんと1イニングでパスボール5回と、散々であった。
以後ナックルをまったく捕球できなくなった。まったくのトラウマである。
「捕球イップス」とでもいう運動障害に陥って、他の投手の球もうまく捕球できないようになっていた。
三浦は筒井に、山東が何故捕球できなくなってしまったかを、分析して欲しいと依頼するが…。

第3章『その流れの行方は』
ナユタは七月に入ってすぐの暑い夕方、西麻布の交差点で脇谷正樹(わきたに まさき)の姿を発見した。
ナユタと脇谷は、高校時代の「問題児仲間」だった。
この二人の問題児が曲りなりにも学校を卒業できたのは、担任の教師・石部憲明(いしべ のりあき)の地道な努力の賜物であった。
二人にとっては恩師と呼べる人物である。その石部先生が三か月前から休職中だった。
息子さん(湊斗”みなと〟君)が足を滑らせて近くの川に落ちて、意識不明で深刻な状態が続いているとか…。
石部先生は息子さんを別の病院に転院させたらしい。
脳神経外科の権威がいる、開明大学病院だという。
ナユタの脳裏の奥で、ひとつの記憶の欠片(かけら)が、ぼとりと落ちた…。

第4章『どの道で迷っていようとも』
工藤ナユタは盲目の天才ピアニスト・朝比奈一成(あさひな いっせい・本名:“かずなり〟)宅を訪れたが、何か前とは様子が違う。
迎えてくれたのは、一成の妹・西岡絵里子(にしおか えりこ)だった。
いつもなら、一成の重要なパートナーである、尾村勇(おむら いさむ)が出迎えてくれるのだが…、一成から驚くことを聞かされることになる。
なんと尾村は、銀貂山(ぎんてんざん)という山から転落死したのだった。
一成にとっては、尾村を失うということは、自分も死んだも同然だと…。
一成は尾村が自殺したと思っていた。
一成はゲイであることをカミングアウトしていた、その事を苦に尾村は死を選んだのだと。
一成と尾村は恋人同士だったのだ。
帰りの車中でナユタは、兄は工藤さんのことを心から信頼していますから—-絵里子の言葉を思い出した。
買い被りとナユタは迷惑がっていた…。
明日から十一月という日、ナユタのスマートフォンに意外な人物からメールが届いた。
羽原円華だった。
電話してみると、電話では話せないので、開明大学病院の駐車場で待ち合わせすることになった。
要件は映画のことでと円華はいった。
ナユタの胸の中に暗雲がたちこめるような感覚があった…。

第5章『魔力の胎動』
表題作、前作【ラプラスの魔女】の続編的に書き下ろされた作品と思われるが、今回は円華の登場はない。

泰鵬(たいほう)大学の地球化学の研究者・青江のもとに、突然D県警察本部生活安全部生活環境課の室田という男性からの電話があった。
青江が三年前にJ県警に協力したことがあり、電話番号はそこで教えてもらったとのこと。
灰堀温泉で起きた硫化水素中毒事故の調査に、協力したことがあった。
但し、その時は県の自然保護課に属する、摂津という男性職員からの要請だった。
赤熊温泉で再び事故が発生したとのこと。
青江は助手の奥西哲子(おくにし てつこ)を伴い、再びJ県に向かったのだが…。
この物語の中に、羽原円華が探し求めている青年、甘粕謙人(あまかす けんと)らしき人物がおしまいの方で登場している。

謙人は、数年前、姉・萌絵(もえ)の硫化水素自殺に巻き込まれ、植物人間状態となっていたのを、円華の父、開明大学病院脳神経外科の羽原全太朗博士の執刀(羽原手法)によって、健常者とほぼ同じ、いやそれ以上の、特殊な能力(ちから)を身に着けて再生したのだった。
その謙人が数理研究所に寝泊まりしていたが、失踪していた。

謙人の父親は甘粕才生(あまかす さいせい)、天才鬼才と呼ばれた映画監督…。

ラプラスとは仏国の数学者、ピエール・シモン・ラプラス。
「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量とを把握する知性が存在
するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化は計算で
きるから、未来の状態がどうなるか完全に予知できる」
これこそが「ラプラスの悪魔」である。
これにより「ナビエ・ストークス方程式」。流体力学に関する、未だ解かれぬ難問を甘粕謙人が解く、重大な可能性を秘めていた。