長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

近藤史恵著【土蛍・猿若町捕物帳】

2019-05-29 17:50:12 | 本と雑誌

この著者には珍しい時代小説で、なかなか人気のシリーズ、今回で5作目となる。
吉原で火事があった。
青柳屋の遊女・梅が枝は逃げ遅れて火傷を負ったという。
同心・玉島千蔭(ちかげ)は梅が枝を気遣うが、すぐに見舞いに行こうとはしない。
千蔭は梅が枝の客ではないし、深い仲でもないから。
行ってどうこうできるわけでもないから。
やがて、梅が枝の身請けの話が進んでいるという噂が、千蔭の耳に入る…。
金を手に入れ、女に好かれ、拍手喝采を浴びる。
なのに、喉が渇いてならぬ気がするのです。
業の深い男たち。
見捨てることも、許すこともできぬ女たち。
火種は燻り、やがて、意外なかたちで炎をあげる。
仕方ないものだな。男というものは。
世の中には絶対にやっちゃいけねぇことがある、それでもやっちまう、それが業というもんじゃぁねぇのかい…。
吉原。芝居町。華やかな舞台の陰には、行き場のない想いがわだかまる…。
『むじな菊』『だんまり』『土蛍(つちぼたる)』『はずれくじ』の短編連作で綴られる。

このシリーズの詳しいことは、前作【寒椿ゆれる】の記事でふれているので、そちらも併せてお読み下さい。


北村薫著【水に眠る】

2019-05-25 16:21:50 | 本と雑誌

1994年10月15日 第1刷

私はこの短編集を、既に読んでいたと思い込んでいた。
目次を見て「うん??」となって、こりゃ読んでいないのではと思い、持ち帰った。
表題を含む全10篇の短編集、これまでは連作が多かった著者が、初めて編んだ短編集である
人の数だけ、愛はある。短編ミステリーの名手が挑む愛情物語10篇。
『恋愛小説』
保険会社に勤務する美也子、ある日無言電話がかかってきた、微かなピアノの音がする…。
『水に眠る』
「…信じていただけますか?こんな話」
心外だった。
「信じる、信じない、という問題じゃありませんよね」
思わず、抗議するようにいってしまった。
それから感情を鎮めようと、両手で顔を覆った。
私には分かる、そういうことがあると分かる。
そして西田さんにも、分かるに違いない。
『植物採集』
京子の後輩ながら同い年の俊一。
小太りで丸顔で、目が細い。
趣味はと聞けば、インド仏教と答えた…。
『くらげ』
岡崎は思う。あの日、時子が洗面器を被らなかったら、世界は違ったものになっていたかもしれない、と。
…それは、今となっては雲よりも遠い夏の日のことである…。
『かとりせんこうはなび』
「じゃあね、蚊と蠅と同時に始末出来たらどうだい」
「ふうん、そりゃあ、いいわね」
『矢が三つ』
「…そうそう、あなたも、夏にはいよいよ第一パパよ」
呑気そうに、丸くみずみずしい切断面を見ていたパパの目が大きくなった。ママはユーミンなど口ずさみつつ、自分のスプーンを手に取る…。
『はるか』
「ここ、本屋さんになるんですか」
「そうだよ」
「いつから開くんですか?」
「七月にはオープンしようと思うんだけど」
セーラー服は、目をしばたたき、「ご主人ですか」
「一応ね」
「ここに本屋さんがあると」一拍置き、力をこめて、「…便利ですよねっ」
「皆な、そう思ってくれるといいね」
「絶対ですよ」
「あ、そう」
「ぜーったい!」一人で頷くと、すぐに続けて「アルバイト、いりませんか?」
英造は組んでいた手を上げて頬を撫でた…。
『弟』
先生との出会い?檻の中ですよ。あの頃はひどかった。ストライキの連中が騒いでいる、その側にいただけでほうり込まれちまった。こっちは学生でね、先生は職工でした。何だか気が合っちまいましてね。一緒に飲みました。先生の方が五つお若い。でもこっちはやっつけられてばかりでさあ。ブルジョア!…なんて怒られました…。
『ものがたり』
「おはよう」
百合子の椅子に腰掛けてテレビを見ていた茜が振り返り、おはようございます、と答えた。
画面にはヨーロッパの古めかしい街並みが映っていた。
一方、この世に生まれてまだ十八年の茜は、薄荷糖のような白さのTシャツ、ほとんど黒といっていいほど濃い茄子紺のオーバーオール。
初めて見た時から、三年経っている。あの時、茜は中学の制服を着ていた。色の取り合わせが似ているせいか、三年前の茜が目の前に座っているように思えた。髪型もそのままに、潔く短い…。
『かすかに痛い』
わたし達を含めて、店の中にいた客は総て、その鮟鱇氏を、遠く近く取り囲んだ。
だらりと垂れたそれに、お兄さんは立ち向かった。目は真剣にきつく一点を見て、その凝視の先で包丁の刃が動いた…。

10作総て、短編というかショートショートに近いくらいに、簡潔にまとめられている。
しかも、この著者らしい美しい文体で…。
ただそれだけに、難解な部分もあるかもしれない…。

東直己著【抹殺】

2019-05-18 16:33:38 | 本と雑誌

車椅子のスナイパー宮崎一晃登場!彼の車椅子には特殊な仕掛けが施されている。
彼はゆっくりと全身が麻痺していく、難病シュタインブルク=ブレ症候群が徐々にだが進行している、四十四歳であと十年で寝た切りになるだろうと予想されている、少壮の画家である。
彼の病態は緩徐進行性、三期。現在安定。常時車椅子だが、数歩であれば、伝え歩きも可能。車椅子から、椅子、あるいは洋式便器への乗り換えは、自分で可能。飲食物の禁忌なし、精神・感情的な障碍はなし。注射、投薬、痰吸引、姿勢操作、などの介護は不要である。まぁ、上半身は辛うじて動けるが、下半身は萎えているという所か?
埼玉県薪谷市に自宅兼アトリエを構えている。
その介護人兼愛人として雇われているのが、24歳の垣本篤子で大変な美貌である、しかし一晃の裏の稼業を知らない。
その裏稼業を取り仕切るのが、生臭坊主・黒田龍犀、曹洞宗の坊さんで、社会福祉法人〈真心の会〉の理事長をしており、その〈真心の会〉は、広々とした冨士見丘陵の土地を所有し、特別養護老人ホーム〈杜の家〉をはじめ、デイ・ケアセンター〈和みの家〉や、母子保護施設〈やすらぎの園〉、傷病ホームレスの緊急保護を行う〈杜のクリニック〉などを運営している。
通常は〈杜の会〉の理事長室を根城にしている。
その龍犀自身只者ではないが、何故か外務省大臣官房儀典局営繕係という機関とつながっているのだった…。
一晃と篤子の関係は、単なる月150万円で雇った介護人兼愛人としてのつながりだけではなくなりそうな雰囲気になりつつあるが、だがそこにはお互い葛藤があった…。
一晃は、自分が寝た切りになる前に、金を充分蓄えておかねばらない立場で、寝たっ切りになると篤子は解雇にして自由にしてやろうと考えている。
三十代になっても、その美貌は衰えないだろう、普通の幸せを掴んで欲しい…。しかし篤子はそれに納得するのだろうか?
表題を含む全八篇の連作短編集で、異色のハードボイルド・ロマンである。
『阻止』
林東運(りんとううん)が北海道支笏湖畔の〈支笏湖ロイヤルホテル新館 望月亭〉に潜伏していることは、すでに八月の半ばには、一部に知られていた。
遠藤連立政権成立直後に突然、林が企業恐喝と脱税で逮捕されたこと自体、いささか不自然なものだったが、その後の保釈請求却下から、再度の申請、地裁判事の交通事故死、直後の迅速な保釈許可、一億五千万円という保釈金の金額、それを即座に支払った謎、そして拘置所から出た直後の失踪まで、一連の経緯も錯綜を極めていた。
そして、支笏湖付近では物騒なことが頻発していた。
宮崎一晃は篤子と共に、支笏湖に向かう、今回の標的は…。
『抹殺』
黒田龍犀のもとに依頼してきたのは、初老の男で、娘がインチキ宗教に入信した挙句死んでしまった、その仇を討って欲しい。
それに、教祖玄田道常を普通に殺すのではなく、最も下等な類の状況で、葬ってもらいたいとのこと。
その話を受けた宮崎一晃は、篤子を伴って動き出す…。
『別れ話』
平松登美子は、京都の中京区河原町蛸薬師東入ルの路地の込み入ったところに、小さな部屋を借りた。
実は国交省政務次官、竹本恒夫の愛人だったが、別れて逃げてきたのだった。
しかし竹本にとって登美子は、世間に知らてはいけないことを知る、危険な存在だったのであった。
ところで今回の宮崎一晃のミッションは…。
『敵討ち』
武徳君遺骨事件、被告の森江珠江は最高裁でも無罪となった。
しかし、珠江が武徳君を殺害した犯人であることは、誰もが分かる状況なのだが、如何せん検察には確たる証拠というカードがなかったのである。
武徳君の両親が私財を投じて、敵討ちに出ようとしている。
世間は同情的で、この敵討ちには応援している状況であった。
しかしそれでは国家として、父親が失敗しようが成功しようが、英雄扱いされ、立場がない。
完全阻止に動いていた。
さて宮崎一晃は、ここではどんなミッションになるのか…。
『氷柱(つらら』
一時は絶頂を極めた〈アライブ・グループ〉総帥は小山裄永(ゆきなが)、グールプの証券部門の投資会社が、偽計取引で検挙された。次いで証券取引法違反で立件する、と通告された。
まさか、と思ううちにも地検特捜部の動きは急で、おそらく相当以前から要所要所を押さえていたらしい。
あっという間に、グールプ内の主立った会社はおろか、秘密の情報拠点、資金集積システムの要所などを急襲され、重要書類やデータがあっさりと地検に落ちた。資金も動かせなくなった。
そのグループ所属の海埜(うんの)が香港へ行って、向うの口座の保全に全力尽くす、と出て行った切り行方をくらました。
海埜は香港なんぞに向かわず、札幌で潜伏していたのだった…。
さて今回の宮崎一晃のミッションは…。
『奇跡』
ノーベル医学賞受賞者でもある田西一蔵東大医学部名誉教授から、プリンス・カートと称するイカサママジシャンのマジックを世間に暴露して欲しいとの依頼が黒田龍犀のもとに。
田西教授は日本アマチュアマジシャン協会の名誉会長でもある。
宮崎一晃はいったいどうやってこのミッションを成功させるのか…。
『極刑』
門間興産会長・門間重十郎、門間グループの総帥である。
その孫である門間穐好(あきよし)が、凄惨な拷問を受け殺された。
その主謀者は畦倉洋輔(あぜくらようすけ)だということを突き止めていた。
畦倉は元暴走族グループ・播州連合の幹部だったが、グループはその後解散し、後見をしていた広域指定暴力団・内田会傘下のシティ・サービス(サラ金)の専務になっている。
「最も苦しい、最大の苦痛を与える、そういう形で、処理してもらいたい…」
依頼を受けた黒田龍犀と宮崎一晃は、動き出す…。
『私怨』
営繕係の係長らしき人物が、ホームレスに変装して黒田龍犀に接触してきた。
「私の私怨を晴らしたい」
母親に赤ん坊の頃捨てられた、
その母親は調べてみて分かったことだが、白仁製薬の社長の家の生まれで、現在女社長になっている。
その女を射殺してくれ…。



宮部みゆき著【希望荘】

2019-05-11 16:28:52 | 本と雑誌

杉村三郎シリーズ初の表題を含む全四作の連作短編集。
前作で家族も仕事も失った杉村三郎は、東京都北区に私立探偵事務所を開業することになった。
『聖域』
探偵事務所の斜向かいのヤナギ薬局の奥さんの友人、盛田さんから相談を受けた。
何と幽霊を見たというのだ…。
三雲勝枝さんというおばあさんだそうで、今年の春、三月中旬に亡くなったそうだ。
ところがつい先週のこと、出先で盛田さんはその三雲勝枝さんにそっくりな女性を見かけたそうで、本人は車椅子に乗り、それを押している若い女性と楽しそうに話していたという。
盛田さんが知っている三雲さんより随分とお洒落になっていたそうだ。
若い女性の方は、フライトジャケットにジーンズという服装で、どうも介護施設の人間ではなさそうだ。
杉村三郎は調査に乗り出すが…。
『希望荘』
杉村探偵事務所に、亡き父・武藤寛二が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調査して欲しいという依頼が舞い込む。
依頼人の相沢幸司氏によれば、父は母の不倫による離婚後、息子と再会するまで30年の空白があった。
果たして武藤氏は人殺しだったのか。
35年前の殺人事件の関係者を調べていくと、昨年発生した女性殺害事件を解決するカギが隠されていた!?
『砂男』
そもそも杉村三郎は、どういった経緯で探偵事務所を開くことになったかが明らかにされる。
家族も仕事も失った三郎は、結局故郷山梨県北部の桑田町に帰ったのだった。
但し、母親にも、兄嫁にも冷たく扱われ、姉の家で居候をしていた。
当初はフリーペーパーの配布係として、週に一度だけだが働き始めたのだが、その配布先である〈なつめ市場〉の中村店長から「うちで働きませんか?一緒に働きましょうよ」と声をかけられ、アルバイトとして雇われることになった。
これでようやく杉村三郎の生活は落ち着いたのだが、あの事件はそんな凪のなかで起き、三郎は蛎殻(かきがら)さんの坊ちゃんと出会うことになった…。
『二重身(ドッペルゲンガー)』
杉村三郎探偵事務所は普通のしもた屋(しかもかなりの年輪を重ねた)をちょっと改装しているだけの、看板さえ掲げていない、そんな貧相なものだった。
しかし東日本大震災により、傾いてしまった。
補修しようにも、このボロ家では新しく建て替えた方が安くつく。
大家の竹中夫人の御厚意で、竹中家の西端ゾーンに居を移すことになった。
そこに黒ずくめの少女伊知明日菜(いちあすな)が訪れた。
母親の付き合っていた人が「東北に行ってくる」といって出かけたまま、今まで音信不通になっているらしい。
アンティークの店をやっている、昭見豊(あけみゆたか)という人らしい…。

次作【昨日がなければ明日もない】に続く。

四作ともなかなか奥深いミステリになっていて、なかなか読み応えがあった。
このシリーズは『誰か』『名もなき毒』『ペテロンの葬列』それに文庫本『ソロモンの偽証・第6巻』に掲載された『負の方程式』があるが、今回は中でも一番出来がよいと思う。

浅田次郎著【天子蒙塵第四巻】

2019-05-01 20:02:15 | 本と雑誌


「龍玉(ロンユイ)」にまつわる伝説は最終章へ。
放浪の時は終わった。
天子たちはそれぞれに輝きを取り戻さんとする。
満州ではラストエンペラー・溥儀(プーイー)が皇帝に復位しょうとしている。
しかしながら満州帝国は、日本の関東軍の傀儡国家でしかない。
そして、決して大清帝国の復辟なんぞではなく、満州が共和制から王政に変わるだけのことである。
執政・愛新覚羅(アイシンギョロ)溥儀は、宣統帝(シュアントンデイー)として復位すのではなく、満州帝国初代皇帝・康徳帝として即位する。
溥儀は大変な凶相であり天命(龍玉)もない、しかし前の大総管太監(ダアツオンクワンタイチェン)李春雲(リチュンユン)は、自らの経験で、天命がなくともその凶相も、自ずから振り払い、自ずが中に天命あり、そして自ずの力で凶を乗り越えれば、必ずや万歳爺(マンソイイエ)としての資質は目覚めますと言うのであった。
かつて状元(チュアンユアン)であった梁文秀(リアンウエンシュウ)は、「官史任命権を皇帝陛下が完全に掌握なされることを企望いたしまする」と進言していた。
つまり自らの努力で乗り越えよという諭しであった。
そんななか、新京(シンジン)憲兵隊将校(酒井豊大尉)が女(池上美子)をさらって脱走する事件が発生。
欧州から帰還した張学良(チャンシュエリャン)は、上海に襲い来る刺客たちをことごとく返り討ちにしていた。
その立役者に、拳銃の名手陳一豆(チェンイードウ)大佐の存在があった。
彼の持つモーゼルは張作霖(チャンヅアリン)の形見である、親子二代に渡って黒衣を務めているのだった。
但し、上海の闇の大立者、桂月笙(トウユエション)の後ろ盾もあった。
その張学良に、思わぬ人物・共産軍の周恩来(ジョウエンライ)が訪ねて来た、いわく「中国の内戦を止めひとつにする人間は、蒋介石(ジャンジェシイ)でも毛沢東(マオヅオトン)でもない、ただ一人、張学良だけだ!」と。
一方、日本では満州事変の中心人物で、東亜連盟を構想する石原莞爾(かんじ)が関東軍内でその存在感を増しつつあり、日中戦争突入を前に、日本と中国の思惑が複雑に絡み合う。
かつて、東北王(トンペイワン)張作霖の軍事顧問をし、今は陸大で支那語を教えている吉永大佐は、石原を評して「軍人ではなく宗教家だ。末法の世の果てに前代未聞の大闘諍(だいとうじょう)が起こるという日蓮の予言を信じて、勝手に世界最終戦に至る論理をでっち上げた。天才でもなければ英雄でもない。みずからを天才と信じ、みずからを英雄たらんとする。皮肉屋で臍曲がりの宗教家に過ぎん。」と切り捨てた。
満州に生きる道を見いだそうとする少年、田宮修と木築正太、修は満州映画のスターを目指し、正太は馬占山(マーチャンシャン)の許へと旅立つ。二人の運命は。
そして二人の天子(愛新覚羅溥儀と張学良)は再び歴史の表舞台へと飛び出してゆく。
かつての東北軍の将軍だった、龍玉を預かる李春雷(リチュンレイ)は、いったいこの天命の具体を誰に託すのか…。
令和最初の記事として、昭和史の謎に迫る!!
表紙を飾る、黄色の刺繍は皇帝だけが着ることの許される、大清帝国の皇帝の皇帝たる威厳を顕す龍袍(ロンパオ)に描かれた物である。