長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

近藤史恵著【わたしの本の空白は】

2019-09-18 17:25:52 | 本と雑誌

気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし・三笠南(みかさみなみ)。
目が覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。
現実の生活環境にも、「シンヤ」と名乗る、夫だという人にも違和感が拭えないまま、毎日が過ぎていく。
「シンヤ」も義姉の「ユミ」も、自分を騙しているような気がしてならないのだ…。
何のために嘘をつかれているの?
過去に絶望がないことだけ祈るなか、胸が痛くなるほどに好きだと思える人と出会う…。
何も思い出せないのに、自分の心だけは真実(ホンモノ)だった!
夫の名は三笠慎也でその姉が祐未(ゆみ)、そして軽い認知症である義母は、はるであった。
大阪の閑静な高級住宅街の中の立派な一軒家に、南を入れて四人暮らしをしていたことになるが…。
自分の実の妹は、小雪という名前で、その名にはまったく違和感はなかった。
今は東京に職を見つけ、東京暮らしをしている。
実は夢で幼い小雪と自分が出てきて、その傍に古い家があった、ここが実家だろう。
祐未と病院で最初に出会ったとき、彼女は実家に帰れと言った。
そのままにしてあるらしい…。
自分の旧姓は韮沢(にらさわ)南だったようだ。
今年の四月に慎也と結婚し、実家を出たのだった。
幼い頃に父親は出ていき、母は女手一つで姉妹を育てた、そのせいで早くに逝ってしまっていた。
ある日、夢の中で出てきた男性にも違和感がなく、自分の胸が締めつけられる思いがした。
その後も彼の夢を何度も見ることになる。
彼の夢を見るたびに思いが募るのだった…。
自分の部屋としていた部屋には落ち着きを感じたが、冠を被ったカエルの王子様の陶器でできた人形が置いてあったような気がするがなくなっていた。
本棚の本を見ているうちに、無意識に英和辞典に手を伸ばしていた。
箱から辞書を出すと、一枚の写真が落ちた。
拾い上げてその写真を見て驚く、なんと夢の彼と自分が写っていたのだ。
恋する前髪の長い美しい彼は実在していた…。
実は最初この本を手に取ったときは、小首を傾げる状態だったのだが、この著者の作品は結構読んでいて馴染んでいるので読むことにした。
しかしながら、読んでるうちに引き込まれ、どんどん読み進み短時間で読破してしまった。
記憶を失うってどれだけ恐怖であるかが如実に伝わるのと、見る世界ってのをリアルに描いている。
普通姑と嫁の関係は確執があるものだが、はると南は境遇として似ている、はるは軽度とはいえ認知症で記憶障害があり、南も記憶喪失であるので、結局仲がよい状態である。
義姉の祐未も、ズバズバと物を言うが、悪意は感じられない。
むしろ夫の慎也には、最初は南も頼りにしていたのだが、段々不信感が募るようになる。
サスペンスとして十分過ぎるほどの小説だと感じている。
普段はくどくどと感想は書かない主義なのだが、いつも粗筋に感想の気持ちを込めて書いているつもりである。
しかし、この作品についてはちょっと書き入れたくなった、ご了承願う(陳謝)。

浅田次郎著【おもかげ】

2019-09-14 02:55:15 | 本と雑誌

この物語は著者の新たなる傑作ではないだろうか?
最後は感動的なフィナーレとなるファンタジー。
同じ教室に、同じアルバイトの中に、同じ職場に、同じ地下鉄で通勤していた人の中に彼はいたのだろう。
定年の日に倒れた男の〈幸福〉とは、心揺さぶる、愛と真実の物語。
竹脇正一(まさかず)は65歳を迎え、めでたく定年となった。
子会社に出向となり役員となっていた。
そして、その送別会は盛大に行われた、だがその帰りの地下鉄の中で、花束を抱えたまま倒れてしまった。
意識不明状態で病院に担ぎこまれる。
嘗ての同期入社だったが、今は親会社の社長となっていた堀田憲雄(のりお)が、今まで竹脇の事を、一社員としてしか認識していない事に気付く。
気まぐれに、竹脇を見舞いに病院を訪れるのだが、意識不明の嘗ての親友の姿を見て、直ぐに過去に帰り号泣するのだった。「あー、何だってよォ、タケちゃん」忘れかけていた友の名を呼んだ。
竹脇の妻の節子は、この堀田の突然の訪問に戸惑う…。
正一と節子とは、似たような境遇で育った。
正一は捨て子だったし、節子は両親が離婚し、それぞれが家庭を持ってしまい、自分の居場所がなくなってしまった。
正一は節子に連れられて、その両親と結婚の報告をしたが、節子にはあまり興味がないようだった。
節子はそんな両親に対して、縁を切る覚悟を決めての対面だった。
そんな正一と節子との間に、長男の春哉が誕生した。
正一はこの子を捨てるなんて事が出来る訳がないと確信し、自分を捨てた親に対して憎悪が増すのであった。
しかし、春哉を幼くして病気で失う事になる…。
夫婦間に溝が生まれ、危機に陥ったが、かろうじて長女の茜がいた事で、何とか繋がったのである…。
娘婿の大野武志は、親もいない大工見習だが、竹脇正一の事を「おやじ」と呼び、そして節子の事は「おふくろ」と呼び、本当の親同然に慕っていた。
一人娘を奪う事の恐ろしさのあまり、正一を恐れたのだが、おおらかに反応してくれ、結婚も認めてくれた。
婿養子になってもいいと思いそう申し出たが、「タケワキタケシ」ではゴロが悪いと拒否された。
どこまでも優しかったのだ。
正一にとって唯一の幼馴染、いや兄弟同然ともいえる、大工の棟梁永山徹の許で働き、武志は太鼓判を押されていたのである。
正一としては何の愁いもない。
そんな「おやじ」が死にかけている状況で、大野武志は気が気ではなかった。
ずっと付き切りの節子の身体を気遣い、昼間は現場を渡り歩いて働き、夜は「おやじ」についていようとする。
武志がついていても、何の役にもたたないのだが、とにかく「おやじ」が心配なのだった、死なれたら切なくてどうしょうもない…。
それだけではない、こ難しい事は普段はいわない親方が、「義理は義務だぞ、実の親子なら適当にやってもいいが、義理は義務を果たさなければならない!」と厳命されたのだった。
やくざになるしか道がなかった、どうしようもない自分を、いっぱしの大工にしてもらった大恩人の言葉である。
武志はこの言葉通り義務を果たそうとしているのだ。
節子と入れ替わり、なんと親方が見舞いにきた。
武志はせっかくだからと、二人きりにしてあげようと、自分はファミレスでオムライス等食って時間を潰す。
実は正一は意識不明の状態ではあるのだが、皆の喋る事も、又自分の視界の中にあれば、顔を判別する事も出来ていたのだ。
ただ問題は、体を動かす事も、声を出す事も出来ない状態なのだが…これがもどかしい。
その正一は、不思議な体験をする事になる。
魂だけ抜け出し、様々な人と出会い、様々な体験をするのである。
それは単なる夢ではなく、実体験として記憶に残っているのである。
この事がこの物語の一種のキーになっているので、詳しくは書かずにおいた方がよいだろう。
高貴な年上の女性マダム・ネージュ、謎の女性入江静,隣のベットで同じように昏睡状態の80歳のじーさん榊原勝男、そのカッちゃんと子供頃の浮浪児のリーダー各であり、カッちゃんの初恋の人であるはすっぱな峰子。
これら登場人物は見事にリンクしていたのである。
その上、嘗て学生の頃、喫茶店でアルバイトしていたが、そこに現れた古賀文月とは、その後恋人通しになり、そして正一から別れを告げた事を悔恨していた、その人が、当時そのままの姿でベットの足元にいたりした。
それにしてもまったく動けないし何の苦痛もない状態で、相手の認識も声も聞こえている正一は、担当してくれているベテラン看護師の児島直子を、何故かどこかで見た事があると感じ、やっと思い出した、荻窪駅から地下鉄に乗り合わせた美女である。
毎日ではないにしろ、二十年以上も一緒に通勤していたのだ。
児島直子の方は正一が病院に搬送された時から、はっきりと気付いていた。
その児島直子が、正一がちゃんと聞こえている事に気付くのだった…。
「泣かせの次郎」の真骨頂、快心の作品、是非とも一読してみて下さい!!
これだけの作品を、13日の金曜日に投稿しては、後生が悪いので、大安吉日の14日に変更しました。

芦辺拓著【奇譚を売る店】

2019-09-06 21:50:02 | 本と雑誌

本格ミステリの名手である著者には珍しい、スリラーともいってよい、とってもシュールな六つの話である。
いずれも、その物語の主人公となる人物が、古本屋で古書等買って、「また買ってしまった」と後悔している場面から始まる。
『帝都脳病院入院案内』
ある日男は「帝都脳病院入院案内」という、古い冊子を買い求めた。
そこに書かれているのは、明治時代の脳病院の細かい案内が書かれてあった。
その中に、少女と医師と思われる写真を見つけてしまい…。
『這い寄る影』
ある日男は「這い寄る影」という古書を買った。
知られざる作家の、おそらくは忘れ去られた作品群。
それをまとめた、この世にこれ一冊きりの作品集…。
ふつうだったら無価値なものとして一蹴するところが、この探偵小説というものの特殊性か、一種の神秘性を帯びて興味をかきたてられた。
そこへもってきて、この本にはエログロ・ナンセンスというか悪趣味というべきか、何ともいえないB級ムードがあるところへ、自分にとっては大好物であるところの怪奇幻想譚のにおいまで漂わせていた…。
『こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻』
ある日男は、「月刊少年宝石」という、昔の少年雑誌を買った。
それは、目次に「れんさい こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻」を見つけたからである。
6冊もまとめて買ってしまった。
かつて子供のころ、読んで印象に残っていた作品であった…。
『青髭城殺人事件 映画化関係綴』
ある日男は、「青髭城殺人事件 映画化関係綴」なるものを買ってしまった。
それは、メジャー映画会社の一翼として、戦前戦後を通じて膨大な作品を送り出してきた某撮影所に関する未刊行資料がまとめて店頭に出たのを見つけ、その中にあった。
最初の七文字がまず目を魅きつけ、同時に疑わずにはおかなかった。
「青髭城殺人事件」といえば、探偵小説というものがいかがわしくも尖端的なジャンルだった遠い昔に、さらに異端のレッテルを貼られた、今でいうならカルト的な大作長編、それが映画化されたって…?
『時の劇場・前後篇』
ある日男は、何やらストーカーらしき者につきまとわれて、いつの間にか見知らぬ古本屋に飛び込んでしまった。
そこで、「時の劇場・前編」と「時の劇場・後編」を見つけてしまうが、そのストーカーが店まで入ってきたので、いそいで店の奥の方に死角なる所に潜んでいたが、手には「時の劇場・前編」を握りしめたままだった。
そのストーカーが何やら古書を購入して、店から出ていったのを確認した後、再び「時の劇場・後編」を探しにいったが、なんとあのストーカーが買ってしまったのかなかったのだ…。
『奇譚を売る店』
ある日男は、古本屋で「奇譚を売る店」なる題名が魅力的だった本を購入した。
若いころは、こうした瞬間のワクワク感がとても大切だったのだが、この歳になるとそのあたりの感覚は鈍麻している。
おまけに、本棚の前を足早で通り過ぎながらも、面白そうな本を決して逃さない一種の動体視力も、今ではすっかり衰えてしまった。
そこの店主は、何故か邦文タイプを打ち続けていた。
その本には奇妙な小説が書かれていた…。
正直いって、どの作品もある意味かなり怖いです…

芦原すなお著【ハムレット殺人事件】

2019-09-04 17:33:31 | 本と雑誌

学生時代の同級生に助けを求められる夢を見た。
大学を休学して、ぼくの前から去っていった夏日薫。
いまでは、彼女が大女優として活躍する一方で、ぼくは妻を失い細々と探偵業を続ける。
ところが夏日薫が手がけた舞台『ハムレット』の最終リハーサルを前に、彼女を含む主要キャスト五人が死亡するという事件が起きた。
あの夢はお告げなのか?
しかし何をしたらいいのかわからない。
そこで同業の笹野里子さんに電話をかけてみたのだが…。
センセーショナルな事件に、夢想の探偵・山浦歩(通称・ふーちゃん)&危険な女性探偵・笹野里子が挑む。
独特の推理と、芦原文体が絡み合う魅惑の長編ミステリ。
出演者同士の殺し合い、まるでハムレット見立て殺人!?
夢の中で助けを求めてきた大女優のために、私立探偵・山浦歩(前作・「月夜の晩に火事がいて」に続いての登場))が挑む事件の謎…。
『ハムレット』とは!
ウィリアム・シェイクスピアが1600年頃に書いたとされる戯曲。
主要な登場人物全員が死亡する、シェイクスピア四大悲劇の一つであり、世界各地で上演を重ねながら、くり返し映像化もされている。
ハムレットとは主人公のデンマーク王子の名で、父王を殺害されたハムレットが、その真犯人である叔父・クローディアスへの復讐を果たそうとする姿を描いている。
ということなのだそうだ…。
著者・芦原すなおという人物は、実は元々大学(恐らく女子大)の文学部の講師をしていて、その傍らで小説も書き出したのである。
1986年に『スサノウ自伝』でデビュー。
この作品は、これまで誰もやらなかった角度で、スサノウを描いた画期的なものといえる。
そして1991年に刊行の『青春デンデケデケデケ』は、なんと第27回文藝賞を受賞しただけではなく、第105回直木賞も受賞する快挙となり、一躍文壇に躍り出たのであった。
この『青春デンデケデケデケ』は大林宣彦監督により映画化もされた。
今回の『ハムレット殺人事件』では、ハムレットという戯曲を、主人公山浦歩を通して、独特の解釈をして、この探偵以外に謎を解き明かせないだろうことを、終始示唆している。
やたらこ難しい文学論を振り回す、北村薫のような元高校の国語の教師だった過去より、芦原すなおの方が一段上と考える。

To be, or not to be: that is the question.