長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

樋口有介著【月への梯子】

2020-06-22 17:39:51 | 本と雑誌

この著者の作品には、毎度絶世の美女が登場するのだが、残念ながら今回はそれなりの美人しかでてこない。

「知る」ことで、あなたは不幸になった。
真実を知ることは哀しみの始まり。なのになぜ、ひとは身を切られる痛みの中で、それを求めずにはいられないのか。
ボクさんこと福田幸男さんは四十歳独身のアパート大家(幸福荘)。
少しとろい(ボクさんと呼ばれる所以)けれど、ご近所(小学校の同級生だった沢渡京子と母親であるトキは、「沢渡屋」という総菜屋をやっている。幼き頃よりボクさんを知る二人だけはサッちゃんと呼ぶ)や店子の皆に愛されて幸福に暮らしている(そう本人は思っていた)。
ある日、入居者の女(栗村蓉子・四十一歳)が殺された。
屋根の修理で梯子に上り、窓から死体を発見したボクさんは地面に落下、そのまま四日間昏睡状態が続いた(脳挫傷もないので、原因不明)。
病院(共愛会)で目覚めると、アパートの店子全員が失踪していた。
やがて彼は、自分を取り巻くものが善意だけではなかったことを知る。
退院した、頭に大きなこぶができて、その他躰に擦り傷や打撲が残るボクさんは、担当の女刑事・目貫百合江から失踪した店子たちの、その意外な素性を聞かされることになる…。
団子木真司、雨貝孝作、物船逸郎、青沼文香、軽井勇の五人全員がアパートから姿を消した事実に、ボクさんは次第に翻弄されていく…。
ひとは何を以て幸福になるのか。「知る」ことの哀しみが胸に迫る。
だがしかし、物語の最後には、大どんでん返しが用意されていた!!
題名の本当の意味を知ることになるだろう…。
著者渾身の書き下ろしミステリー。

浅田次郎著【長く高い壁 The Great Wall】

2020-06-11 23:37:25 | 本と雑誌


著者がミステリーを執筆したのは、私が知る限りでは、過去に「赤猫異聞」と「珍妃の井戸」の二作品があったが、この作品で三作目なのか?

昭和13年秋、流行探偵作家・小柳逸馬が従軍作家として派遣されたのは、万里の長城、張飛嶺(ちょうひれい)。
そこで待っていたのは、第一分隊10名全員の不審死という大事件だった。
戦地では「死亡」は禁忌である、「戦死」もしくは「戦病死」でなくてはならない…。
占領下での軋轢、軍ならではの非情な論理、保身のための嘘…。
謎を追う小柳の前に浮上してくる、日中戦争の深い闇と、その中で輝く個人の正義とは!?
小柳は当代きっての流行探偵作家であるが、従軍作家として佐官待遇で北京へ派遣されていた。
しかし突然に上部からの命で、長城・張飛嶺に急遽向かうことになった。
同行するのは、北支那方面軍司令部の検閲班長・川津中尉。
兵隊たちは二人を途中まで送ってはくれるが、以後の同行はしなかった。
文弱の輩である探偵作家と、東京帝国大仏文科卒の学士将校の、たった二人だけが派遣されることを、互いに訝しく思っていた。何故自分たちは選ばれたのか…?
それに軍機に属するとかで、詳しい事情は聞かされてはいなかった。
道中は大変長かった、密雲の憲兵隊にやっとこさ、なんとかたどり着いた。
二人を張飛嶺に案内するのは、小田島八郎曹長(なんと十四年間、憲兵一筋の叩き上げの有能な下士官)、今回の事件のあらましの説明と捜査にも立ち会う。戦場では星の数よりメンコの数が優先される。
小柳は民間人の思考と、完全な縦社会である軍人の思考の、実に遠い相違があるのに直面することになる…。
中津中尉は、やはり頭脳明晰な男ではある、一方小柳は尋常高等小学校卒でしかないのだが、長年探偵小説作家として培った創作力と驚異的な推理力で挑むのであった。
そもそも、この大事件の裏には、関東軍が仕掛けた戦争ともいえない、あくまでも事変でしかない、大義なき、せずともよい、実にやくざで無謀な戦いにあった。中国は思ったより広大であった…。
良心とは?矜持とは?
極限状態で展開する真の人間ドラマ。
軍とは何か、戦争とは何か。
罪とは、大義とは…。
いったい司令部は,この捜査に対してどんな思惑があるのか?
ミステリーとも戦争文学とも、しかと判断できないが、だがそれを超越した秀逸で優秀な作品であると私は考える次第。

宮部みゆき著【小暮写眞館Ⅱ・世界の縁側】

2020-06-01 00:27:30 | 本と雑誌

実はこの小説は単行本で2010年5月に刊行されたものを、私は既に読んでいるのである。(TVドラマにもなったみたいである)
著者の手腕が際立って光る、渾身の作品でもある。
「第1話・小暮写眞館」「第2話・世界の縁側」「第3話・カモメの名前」「第4話・鉄路の春」の4つの話の連作になっていて、それ故かなり本が分厚い。
新潮文庫ではこの作品を4分割して、それぞれの話を1冊ずつにして刊行したのである。
本編は第Ⅱ作目の「世界の縁側」である。

三雲高校の先輩(二年の女子・田部亜子)に呼び出された花菱英一(通称:花ちゃん)は、当事者に話を聞くことなく、三年前に撮影された写真の謎を解明するよう強引に言い渡される。
困惑する英一だったが、親友の店子力(通称:テンコ)や同級生寺内千春(通称:コゲパン)の助力を得て、当時の出来事を調べ始める。
問題の写真に写っていたのは、被写体四人、河合家で田部女史(英一はそう呼んでいる)と河合公惠(田部女史のバレーボール部の大先輩)とその両親である河合冨士郎と康子が、和気あいあいと食事しているのだが、あり得ない奇妙なものが、何故かそこにはあった、三年前その写真を撮影したのは、足立文彦、当時二十六歳、河合公惠の婚約者だったのだった…。
唐突に破棄された婚約、父親の病死、縁側で涙を流す家族。
この一枚の写真に隠された物語とは…?

この小説は謎解きミステリーと表現するよりは、むしろ哀愁漂う人間模様を描いた純文学的要素が高い。
分厚い単行本を読むか、文庫本4冊を読むか、それはあなたが決めることです♪