長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

【鷺と雪】

2010-10-27 12:50:55 | 本と雑誌

昭和の初旬の噺で、物語の背景が次第に暗い世相となっていき、昭和11年のニ・ニ・六事件が最後となる。
【街の灯】【玻璃の天】と続くシリーズで、深窓の令嬢花村英子と、彼女を女学校に送り迎えする、当時としては極めて珍しい、女性運転手別宮(べつく)みつ子が遭遇する謎が、英子を一人称として展開されていく。
英子は別宮さんを、二人きりでいるときはベッキーさんと呼んでいる。
英子が当時読んでいた、サッカレーの【虚栄の市】のヒロインからの連想である。
ベッキーさんは確かな車の運転技術だけではなく、才色兼備の上武道の心得もあるスーパーレディーであった。
シリーズ三冊とも短編連作となっていて、第三作目の表題【鷺と雪】は直木賞受賞作である。
著者の北村薫氏は直木賞候補に数度名を連ねながら、東野圭吾氏と同じくなかなか受賞できずにいたのだが、やっと栄冠に輝くことが叶った。

『不在の父』
英子は雅吉兄さんに銀座に連れて来てもらった。
最近完成した、教文館が近頃お気に入りである。
三時になったので、地下の富士アイスで一息。
英子は新聞で読んだ記事を雅吉兄さんに話した。
ルンペンが東京駅の裏側の濠で、三十貫はあろうという真鍮のかたまりを掘り当てたそうだ。
ルンペンと言えば、雅吉兄さんは社会事業研究会に入って、浅草の裏を覗いて来たそうだ。
笑い話だが、その暗黒街で滝沢子爵を見たと言う。
滝沢家は大名華族の名門。
不景気でインテリが窮迫して、家なしのルンペン暮らしをしているらしいが、まさか名門の子爵様が・・・。
雅吉兄さんは滝沢子爵を、不思議な人物で、まるで神様のようだと話す。
滝沢子爵は英子と仲のよい、桐原侯爵家の道子さんの義理の小父様になる。
英子は雅吉兄さんの馬鹿馬鹿しい話を、罪のない笑い話しとして、桐原侯爵家の道子さんに聞いてみようと思った。
そしたら、見かけなくなって五、六年になると言う。
しかも「小父様はもう子爵じゃないの」との事で、七つの長男吉章様が襲爵なさったそうだ。
道子さんに調べてもらったら、意外な事実が分かった。
どうやら滝沢子爵は、五年前の朝「神隠し」に逢ったようなのだ・・・。
滝沢子爵が失踪してずるずると五年が経ち、ついに「体調不良のためその責に耐えず」と、幼き長男が襲爵することにしたようだ。
五年前の朝、いったい何があったのか・・・。

『獅子と地下鉄』
英子の父の妹の松子叔母が嫁いでる弓原太郎子爵、久しぶりにご夫婦揃ってのご訪問だ。
晩餐の後のくつろいだ話のやり取りになった。
中学受験の過熱ぶりが話題となったが、春になれば上に上がれる英子には耳が痛い。
話の流れから、和菓子の老舗鶴の丸に移った。
松子叔母が「あのうちの子供が、来年、中学受験」だと話す。
そこで叔父様が「そうだ、お前、あのことを英子ちゃんに聞いてみたら」「ライオンのことだよ」
鶴の丸の子供の巧君が補導されたらしい。
夜の九時に上野を一人で歩いて、巡査に誰何されたようだ。
食事の後、お友達と、算術の分からないところを教え合うとかで出掛けた。
巧君は、およそ嘘をつくような子ではない。
その時は疑う理由もない。
警察からすぐに引き取りに来いという電話が入ったから、家中、引っ繰り返るような大騒ぎ。
お父さんがあわてて出掛けた。
何故巧君が夜に出掛けたか、答えは試験地獄となるようだ・・・。
巧君が戻るまで、心配になったお母さんは、緊急の事と巧君の日記を見た。
当日のページに、ライオンと書いてあって、その下に浅草・上野とあって、浅草の方は横線を引いて消してあった。
まさに上野が残っている。
母親が日記のライオンのことを聞くと、普段からおとなしい巧君が、強い口調で「何でもないよっ!」と言ったそうだ。
だいたいライオンを見ようにも、花屋敷や動物園では夜は休みだろう。
ライオンと何が繋がるのか、勿論英子にも分かるわけがない・・・。

『鷺と雪』
秋の休みの午後、弓原の叔父・松子叔母と銀座の能面展に出掛けた。
偶然にも同じ組の小松千枝子さんも、お母様と来ていたのに出くわした。
千枝子さんは、目を引く和風のとても美しい人である。
小松家から小面を出展していた関係で来ていたようだ。
その千枝子さんが、何故か昏倒した。
今若と書かれた若い男の面の前だった。
異相の大悪尉なら納得できるが、何故倒れたのか?
一通り見て「それでは・・・」と別れる折、千枝子さんは「今日のことは、どうか、ご内聞に」と願った。
どうも今若の面から、眼をそらすようにしているようでもあった。
秋学期があわただしく過ぎ行き、修学旅行となった。
旅行中皆写真機のシャッターを切りまくっていたが、何故か小松千枝子さんだけは別だった。
写真機を持たないだけでなく、写真に写ろうともしなかった。
英子は誘ってみたのだが、やんわり拒絶されてしまった。
一週間の修学旅行を終えてから、千枝子さんから「お話がある」と言ってきた。
台湾に行っているはずの婚約者の淡路邦豊氏が、銀座で撮った写真に写っていると見せたのだ。
間違いなく淡路邦豊氏は、その日台湾に行っているのである。
少し前に雅吉兄さんとドッペルゲンガーの話をしたが、まさか・・・。

そのドッペルゲンガー事件が収拾し、年が新たまった。
一月中から粉雪が舞い、二月に入ると舞うどころではない、交通が途絶し学校が臨時休校になるほど大雪が降った。
英子は風邪をこじらせてしまった。
そんな中、陸軍将校若月英明さんから小包が届いた。
薄田泣菫「白羊宮」、三木露風「廃園」、北原白秋「邪宗門」の三冊だった。
そっけないほど簡単な手紙がついていた。
手元に残していた三冊だが、処分することになった。売ったり、読まぬ人に譲ったりするのも、本に可哀想な気がするので貴女に送る。突然のことで、大変失礼なのは分っているが、受け取ってもらえたら嬉しい。
こういう意味のことが書かれていた・・・。


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