遊鵬窟

展覧会感想メモ等

レオナルド・ダ・ヴィンチ展ー天才の肖像

2013-04-29 19:51:35 | 展覧会

会場:東京都美術館 会期:2013年6月30日まで

 

昨年に引き続き,今年もレオナルドがやって来ました。今回のテーマは科学者としてのレオナルドですが,学芸員の意図としては,アンブロジアーナ図書館・絵画館の素描コレクションとベルナルディーノ・ルイーニの紹介も大きな柱となっているように思います。

 

今回の目玉作品,音楽家の肖像は3階に展示されています。先に見たい人は,会場入ってすぐ,順路表示と逆の左側に向かい,エレベータで3階に行きましょう。この作品は,頭部が細密描写されているのに対して,胴部は大胆に面的構成で色彩による効果を引き出しており,最初からこれを狙っていたのか,制作途上でこのような仕上げに転じたのか気になるところです。図録解説を見ると,かつてはレオナルド筆否定説やアトリビューションに留める説が優勢だったようで,レオナルドの他の作品と比べた時の違和感はたしかにあります。しかし,作品としての質の高さは,並のレオナルド派と同列に置くわけには行きません。レオナルドがスフマートでない方向に進んだとしたら,ベラスケスを先取りしていたのだろうかとも考えさせられました。

 

同じ部屋にあるルイーニの作品はレオナルドのものより甘い画面ですが,「幼子イエスと子羊」のやや冷たい色調は,フォンテーニュブロー派につながっていくのだろうかとも思います。

 

今回のレオナルドの素描類は,幾何学,光学,軍事(工兵術を含む),飛行機に特に焦点を当てています。作品的に面白いのは,「複数の弩を装備した歯車の素描」(No.40)で,大真面目に考えていたのか,ふざけているのか,トンデモ兵器を丁寧に描いています。「機械じかけの翼と男性の脚の素描」(No.47)は,鳥類の骨格を忠実に機械化しようとした構想を描いたものですが,鷹狩やっていた身としてはニヤリとせざるを得ませんでした。「鏡の旋盤加工又は研磨のための機械的装置」(N.44)は,特許の明細書の図面そっくりで,レオナルドが19世紀以降に生まれていれば,さぞかしトンデモ発明や世紀の大発明を出願していたのだろうと思わせます。

 

他の画家の素描で見落とせないものは,まず,ピサネッロまたは周辺画家による上質羊皮紙上の素描(Nos.19−24)。繊細な描線は,線描好きにはこたえられません。顔貌に比べて手の描写が下手なのが工房作といわれる所以でしょうが,これぞ初期ルネサンスという画風で,真作説があったのも頷ける上作です。惜しむらくは,両面描かれているのに,片面しか見られません。

 

これと並ぶ今展示屈指の優品素描は,スフォルツァ家祭壇画の画家による「エルコレ・マッシミリアーノ・スフォルツァの肖像」(No.80)。ハッチングで表現された輪郭線から浮かび出る高貴な少年の横顔は,これを見るためにだけ会場に足を運ぶ価値があります。

 

さらに注目したのはデューラーの「普段着のニュルンベルクの女性」(No.62)。ニヒルな顔貌,そしてバッグの描写は,デューラーの特徴がよく出ていると思います。しかし,ペン画部分以外の,服の着彩がデューラーにしては甘いような。色遣いもデューラーの着彩素描で今まで見たのよりくすんでいて,どうかなというところがあります。図録解説によれば,真否をめぐって対立があるようですね。

 

素描では,他にも,ヴェロネーゼ,カラッチ,ズッカリ,偽ボッカチーノ,クレスピなども目を引きました。

 

ルネサンスの素描がこれだけまとまって見られるだけでも,至福の時を過ごせる展覧会でした。

 

2013年4月27日観覧

 

 

 

 

 

 


国宝大神社展

2013-04-28 11:50:25 | 展覧会

会場:東京国立博物館 会期:2013年6月2日まで(前期5月6日まで,七支刀5月12日まで)

会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです

 

ブロガー内覧会に当選したので,取材させていただきました。当日,楽しみにしていた上野達弘先生の著作権法の講演とバッティングしたものの,どちらの上野を選ぶか迷うまでもなく,仕事を切り上げて東博に向かいました。

 

開場前に主催者より「仏教美術に比べ,一般観覧者には敷居が高い,あるいは取っ付きにくいと思われがちな企画なので,ぜひブロガーの方々に宣伝していただきたい」という,内覧会の趣旨をいただきました。そこで,この展覧会の特徴を端的に申し上げると,前半は正倉院展,後半は秘仏展の裏バージョンということです。一つの展覧会で2度おいしいのはもちろんですが,正倉院宝物や仏像に加えてこの展覧会を見ることで,神仏分離以前の古代・中世の宗教と美術の全体像が初めて見えてくるわけです。

 

さて,展示内容ですが,第1室の古神宝,前期は熊野速玉大社から,バサラ大名佐々木道誉や足利義満はこのような装束をしていたのだろうかと思わせる,見事な装束類が来ています。さらに,武官の装備品として,鳥頸太刀が出ています。これは,蔵人所の鷹飼が鷹野御幸の際に佩くべきものとして中世の鷹書に書かれているもので,年中行事絵巻にも描かれていますが,実物を見るのは初めてで,鷹狩をかつてかじった身としてはなかなか感慨深いものがありました。

 

第2室は考古で,企画した井上洋一先生によると,旧石器から展示したかったそうですが却下となったとのこと。ギャラリートークでの軽妙な語り口は,16年前に國學院の考古学各論II(弥生考古学)でお世話になったころと全く変わっていませんでした。神道考古学は,大場磐雄以来の國學院考古學の独壇場ですね。

考古学関係は,第5室の伝世品部門にも,須田八幡宮人物画像鏡,宮地嶽神社の金銅製壺鐙と瑠璃壺,石上神宮の鉄盾と七支刀と錚々たる稀覯の優品が並びます。宮地嶽の壺鐙は初見,七支刀は,奈良国立博物館で平成16年に見て以来です。七支刀の公開は本来5月6日まででしたが,宮司さんの特別のご好意で12日まで延長されたとのこと。鹿島神宮の黒漆平文大刀も威風堂々の姿で出迎えてくれますが,小村神社(高知県)の金銅装環頭大刀は出ていません。11月15日の大祭の時に見に来いということなのでしょう。

第4室,祭礼の光景では,鞆淵八幡神社の沃懸地螺鈿金銅装神輿,金剛峯寺の黄地蛮絵袍・縹地蛮絵袍(天野社由来)が目を引きます。ササン朝あるいはビザンティンの文様が和様化しつつもここまで残りました。

伝世品コーナーの奉納太刀類は,思ったより控えめのラインナップですが,反対側は平家納経,狩野元信筆奉納神馬額,ときて宮地嶽の瑠璃壺に続く,なかなか大胆な展示構成です。

石上の鉄盾を抜けると,いよいよ神像の一挙展示です。

仏師系の神像が多いということもありますが,平安仏,特に不退寺の仏像などと共通する造形感覚を感じます。霊木だったかもしれない素材の肌合いを生かした仕上げが目立ちます。名品が並ぶ中でも,白眉は熊野速玉大社の家津美御子大神坐像です。法隆寺聖霊院の聖徳太子坐像に匹敵する威と品格を備えるものと言えましょう。衣紋部の大胆かつ隙のない造形もすばらしい。

これと並ぶ優品は,小丹生之明神男女神坐像。家津美御子大神坐像が,様式的デフォルメで,人の姿に神性を与えているのに対し,こちらの2対は,写実表現の追求の中で,神としての厳かさを示しています。顔料の保存状態も実に素晴らしい。

 

展覧会のトリをつとめるのは,ポスターにも使われた,本来3幅対の女神画像です。初見だとばっかり思っていたら,平成6年の「女神たちの日本」展(サントリー美術館)で会っていたようです(展示替えがなければ)。記憶力の減退たるやおそるべし。

 

各時代の美意識に浸るもよし,日本列島における神霊意識を古代ヘラスやスキタイとの比較,あるいは太平洋の島嶼とのつながりにおいて考えるもよし,大型展覧会の続く今年にあって,東博の企画力と交渉力が遺憾なく発揮された出色の展覧会と言えるでしょう。

 

2013年4月23日観覧

 

 


仏像半島ー房総の美しき仏たち 展

2013-04-21 16:37:29 | 展覧会

会場:千葉市美術館 会期:2013年6月13日まで

http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html

 

東国仏=野趣に富み,素朴で力強い造形,などというオリエンタリズム的固定観念を粉砕する,学芸員渾身の企画。ここは奈良国博か?と思うような,充実した展示が冒頭から最後まで続きます。

特に,第一室は,龍角寺薬師如来像(重文),小松寺薬師如来像(秘仏,県文),東明寺十二神将像と刮目すべき作品が並んでいます。

 

龍角寺薬師如来像は,オリジナルは雲崗石仏やホータン仏頭を思わせる頭部だけということですが,胴体部が実によく白鳳風にできています。頭部の表面からは火中の痕跡が窺われ,胴部残欠や残された記録等から,ここまで再現した,元禄の工人の実力を頌るべきでしょう。

 

小松寺薬師如来像は,類例のない神品です。異常に薄い胴部に大胆かつ力強い溝彫りで衣紋を表し,切れ長の眼を刻線で画した端正な童顔の頭部を載せ,全体が破綻なく神秘的に構成されています。見ていると畏怖の念に打たれ,到底並の仏師の作ではありません。

 

展示には9世紀とありますが,私の観るところ,8世紀には優に遡り,7世紀の可能性すらあると見えました。たぶん,論者は,胴部のY字型衣紋に着目して,8世紀後半と目される唐招提寺伝薬師如来像から派生したものと考え,裳裾が台座部まで垂れることから,9世紀作とされる唐招提寺如来像トルソーや法隆寺日羅像(いずれもY字型衣紋で裳裾が台座部まで垂れる)と並行と考えたのでしょう。

 

しかし,そもそもそれらの像が8世紀に遡らない保証もなく,また,鑑真招来像を写したとみられる唐招提寺伝薬師如来像のY字型衣紋が既に完成していることからすると,大陸でのY字衣紋成立はもっと早いはずです。国内だけ見た型式学的年代観と,地方は情報が遅れるとの先入観からすると無難に9世紀の比定となってしまうのでしょうが,全体の造形が,唐招提寺伝薬師如来像から平安仏に至る量感ある仏像の流れには乗りません。どちらかというと,広隆寺半跏思惟像や中宮寺弥勒菩薩像のような飛鳥仏に近い印象があります。

 

私が小松寺薬師如来像を一目見て似ていると直感したのは,ドヴァーラヴァティの石像如来像の一群です。バンコク国立博物館蔵の「タイ美術展」(1987東京国立博物館)図録No.40,No.45,No.51などは,童顔の頭部,切れ長の目,扁平な胴部といった点が小松寺薬師如来像と共通し,8世紀に比定されています。また,小松寺薬師如来像の肩の局面は,法隆寺の摩耶夫人像や北魏仏を思わせるものがあります。世界帝国唐の沿海部でドヴァーラヴァティ系様式と北朝系様式,南朝系様式が融合し,小松寺薬師如来像のプロトタイプが7−8世紀に成立していたのではないでしょうか。教王護国寺の講堂梵天像がグプタ彫刻の影響を受けているように見えることも考えると,南伝系の彫像の情報はけっこう入ってきていたのではないかと思われます。

 

文化史的価値からいっても,美術的評価としても,小松寺薬師如来像がいまだ県文どまりとは,秘仏であったことを割り引いても,文化庁の文化審議会の眼は節穴かと疑わざるを得ません。重文指定はおろか,直ちに国宝指定しておかしくないレベル。京都にあれば,とっくに国宝になっているでしょう。

 

東明寺十二神将像も,何の文化財指定も受けてないのが驚きの優品です。展示解説や図録では慶派と断ずることすら慎重なようですが,ここまでの顔貌の迫真性とユーモア感覚,背後から見ても破綻なくリズミカルな,それでいてデフォルメしすぎない造形,これはもう,運慶か湛慶の作ではないかと疑われます。胴体は工房作かもしれませんが,頭部は,先週見てきた北円堂の無著・世親像と顔貌表現がそっくりで,運慶の丸っこい造形の癖とも符合し,個人的に運慶その人の作だと考えています。称名寺の小像が修理で運慶作であることが「発見」されたことを想えば,解体修理にかける価値があります。これまた,寺外の展示がされたことがないということが正当な評価を妨げていたのでしょうが,ただちに重文指定すべきものです。ずっと見ていて飽きるということがありません。

 

後半部も,南宋の法華経寺十六羅漢像,波の伊八の欄間彫刻と,手抜きのない展示が並びます。関東の海の入口だった房総の底力を見せつけられた展示でした。

彫刻あるいは仏像が好きな人は,今展を見逃すと一生後悔するでしょう。

 

2013年4月20日観覧


當麻寺ー極楽浄土へのあこがれ展

2013-04-14 14:33:17 | 展覧会

会場:奈良国立博物館 会期:2013年6月2日まで(根本曼荼羅はゴールデンウイーク中のみ再出展)

http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2013toku/taimadera/taimadera_index.html

 

手許の朱印帖によれば、當麻寺を訪ねたのは平成6年4月2日、ずいぶん時が経ってしまいましたが、ついに根本曼荼羅と相まみえる日がきました。公開日が限られているので、体調がすぐれないところに喝を入れ、地震をものともせずに日帰り観覧です。

非常に保存状態が悪く、21年間公開されてこなかったのももっともですが、目を凝らし、会場の貞享本原寸画像と見比べるとだんだん往時の姿が脳内に蘇ってきます。双眼鏡を持ってこなかったのはちょっと失敗でした。展覧会玄人筋愛用のツアイスの単眼鏡が欲しいところ。

敦煌莫高窟の220窟の南壁壁画そっくりなのは、現地で貞享本を拝観した時にも感じましたが、改めて唐の文化ホライズンの広がりを感じます。図録所収の論文によると、材質的に唐製と考えるのが妥当とのこと。これが中世まで世に知られていなかったのも不思議という他ありません。

また、この優れた作品を物理的にも情報としても後世に伝えるべく、模本制作に当たった各時代の制作者とパトロン達の情熱と技倆にも頭が下がる思いです。

上の文亀本と根本曼荼羅を比べるとこんな感じです:

奈良博らしく、展覧会の最後まで手抜きはありません。

すごい十界図(奥院)があるかと思えば,とんでもないサプライズが最後に待ってたりします。それが何かはぜひご自分の目で見てください。

観覧日:2013年4月13日


Raffaello展

2013-04-14 13:22:21 | 展覧会

会場:国立西洋美術館 会期:2013年6月2日まで

http://raffaello2013.com

教皇にこき使われて過労死した薄幸の天才の日本初の回顧展。
正直「大公の聖母」の一点豪華主義でも仕方ないと思っていたら、どうしてなかなか、
あれもこれも来ていて驚愕と狂喜に襲われました。

特筆すべきは、「無口な女」! 画家がレオナルドに真っ向から勝負を挑んだ作品です。

モナリザがアルカイックスマイルなら、こちらはヘラス古典期を志向しているのでしょうか。
黒塗りの背景は、大公の聖母同様、後代の改変ではないかと思われました。

大公の聖母や一角獣の貴婦人に行われた加筆は、作品の冒涜(著作権法的にいうと同一性保持権侵害)そのものではありますが、絵画といえども社会的文脈においては一個の実用品であることを考えると、古刀の太刀が戦国時代から江戸時代に磨り上げられて打刀に改変されたのと一脈通じるものがあります。更に、本来は、額縁や置かれる空間も含めてコーディネートされていることを考えると、美術館で見る古美術品は、創り手の原初の意図とずれているのが普通です。そうしたずれや、改変、経年変化をくぐって、なお時代を超えて観る者に働きかけるところに、作品の力があるともいえます。

今回の目玉の一つは、素描類ですが、「アマゾンの頭部」は、ラファエロの古典彫刻研究の成果の現れた優品です。ラファエロの過労の一因は、石切場としてミケランジェロ指揮下のサンピエトロ大聖堂工事の犠牲になる、考古遺跡の保護官の仕事だったともいいます。

古典技法の集大成ともいえるラファエロですが,腕や指のデフォルメが初期から晩年まで一貫する個性であることも今回の展覧会の収穫です。ラファエロがマニエリズムの淵源の一つであるということが腑に落ちました。

 

優品ぞろいの本展覧会、逆にこれだけの内容だから各館が貸し出しに応じたと言えましょう。必見。

2013年3月12日観覧