知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

職務発明における「相当の利益」とは何か

2015-12-25 14:29:46 | 職務発明

1 相当利益請求権の趣旨等
「相当の利益」とは、改正特許法35条4項において従業員の権利の対象として規定されている「金銭その他の経済上の利益」のことをいうが、その意味内容は一義的に明らかではないため、以下この点を検討する。
1-1 相当利益請求権の趣旨
改正法が発明者に相当利益請求権を付与した趣旨については、発明を奨励するために政策的にインセンティブを与えるためと解される 。これは、立法過程における議論に加え、改正特許法35条6項が、インセンティブ施策についての使用者等と従業員等との調整に関する指針 の策定目的について、「発明を奨励するため」と規定していることからも明らかである。
すなわち、改正特許法35条は、職務発明に関して発明者に権利を付与する目的が発明の奨励であることを明確化したものといえる。

1-2 「対価」から「利益」への変更
さらに、改正法は、「対価」という文言を「利益」という文言に変更しているが、この趣旨は、職務発明に関する発明者の権利が「特許を受ける権利」の承継の対価ではないことを明確化したものといえる。このことは、前記のとおり、「相当の利益」が「金銭」以外のものを含むことが法定されたことからも明らかである。
このように、「相当の利益」が発明の承継の対価ではない以上、それは、発明として結実した発明者の特別の努力と能力を評価し、将来の発明を奨励するための報奨と位置づけられるべきものである。

1-3 「経済上の利益」という歯止め
もっとも、改正法は、政策的にインセンティブを与えるという趣旨を徹底したものではない。なぜなら、この趣旨を徹底すれば、発明者の権利の対象には、単なる表彰などの非経済的な利益も含むべきものとなるはずであるが、改正特許法35条4項は、発明者の権利の対象について、「経済上の利益」と規定しており、単なる表彰などの非経済的な利益を排除しているからである。
それでは、発明者の権利の対象について「経済上の利益」という限定を付した趣旨は何だろうか。それは、発明者の権利の対象を「使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス」に限定することによって、相当利益請求権と相当対価請求権との実質的同等性を確保しようとするものと解される。
すなわち、改正法においては、インセンティブの柔軟化・多様化の要請から発明者の権利の対象を金銭以外のものにも拡大することが要請される一方、相当対価請求権と相当利益請求権との実質的同等性を確保することが求められていた。この二つの要請を可能な限り実現するためには、発明者の権利の対象の創出に関する使用者の負担を変化させないことが必要となる。そのため、相当利益請求権においても、相当対価請求権と同様に、使用者の負担は経済的なものとすべきと判断され、その判断が、発明者の権利に「経済上の利益」という限定を付すという立法技術により実現されたものである。
従って、経済上の利益といえるか否かについては、究極的には、「使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス」か否かにより判断されるべきものである。

2 判断基準
以上の理解を前提として、「相当の利益」といえるか否かの判断基準について検討する。
2-1 経済性
第1に、「経済上」の利益(以下「経済性」)である必要がある。これは法文上要求されるものであり、当然のことである。
ここで、「経済上」の利益とは金銭又はその代替物若しくは換金可能性があるもの(以下「金銭等」)である必要はない。なぜなら、後述のとおり、金銭等以外のものであっても、「使用者が経済的負担をする」ことの結果として、「発明者が享受できる財物又はサービス」はあり得るからである。

2-2 牽連性
第2に、発明との牽連性(以下「牽連性」)が必要とされる 。なぜなら、前記のとおり、「相当の利益」は発明として結実した発明者の特別の努力と能力にを評価し、将来の発明を奨励するための報奨である以上、どの発明が評価の対象であるかが明らかになる必要があるからである。言い換えれば、どの発明が評価されて報奨が付与されたのかが発明者に対して明らかになっていなければ、当該報奨は発明に対するインセンティブとして機能しないからである。

2-3 個人性
第3に、発明者個人が享受できる利益であること(以下「個人性」)が必要である。これは、法文上、発明者の権利が、「相当の利益」を「受ける権利」と規定されていることに加え、発明者個人が享受できる利益を与える権利であった相当対価請求権との間のインセンティブとしての実質的同等性を確保するために求められるものである。

3 具体例の検討
以上の議論を踏まえて、いわゆるガイドライン案 の記載を参照しつつ、「相当の利益」の具体例について検討する。
3-1 ガイドライン案に規定のあるもの
「相当の利益」の具体例として、ガイドライン案には以下のものが規定されている。
(ア) 使用者等負担による留学の機会の付与
(イ) ストックオプション
(ウ) 金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格
(エ) 法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与
(オ) 職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾
これらのうち、(ア)、(ウ)及び(エ)については換金可能性がないが、このことは、これらが「相当の利益」に該当するとの判断を妨げない。なぜなら、以下のとおり、これらはいずれも、「使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス」に該当するからである。
まず、(ア)「使用者等負担による留学の機会の付与」については、「留学の機会の付与」が「発明者が享受できるサービス」に該当し、「使用者等負担」とは、使用者が留学についての経済的負担をするということを意味しているものと理解される。従って、使用者等負担による留学の機会の付与は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当する。
この点について、「留学の機会の付与」については、「労働者の自由な選択に基づく個人の利益として付与されたものではなく、会社からの指示や命令を伴う「業務」としての性格をもつものを、これに含めるのは適当ではない」との指摘がある 。「業務」としての性格を持つ留学の機会の付与は、そもそも機会の「付与」とは言い難いし、留学が発明者にとって何らかの犠牲を伴うことは当然あり得ることであるから、それがインセンティブとして機能するためには、発明者の自由な選択に基づくものであるべきことは当然であり、この指摘は正当というべきである。
次に、(ウ)「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」について検討すると、「金銭的処遇の向上」により得られる金員が、「発明者が享受できる財物」に該当し、これは、「使用者が経済的負担をすることにより」得られるものであるから、「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当するというべきである。
さらに、(エ)「法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与」(以下「特別有給休暇の付与」)について検討すると、有給休暇とは、有給が保障される休暇であり、発明者が享受できる利益という観点からすれば、金員という財物を受領する利益といえるから、個人性の要件は充足する。また、使用者は労働という対価を得ることなく賃金を支払うという経済的負担をしているといえるから、経済性の要件も充足する。従って、「特別有給休暇の付与」は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当するというべきである。
なお、これらのうち、実務的に利用可能なのは特別有給休暇の付与のみであろう。まず、ストック・オプションは会社の資本政策に属するものであるし、昇進等は人事政策に属するものであり、発明に対するインセンティブとして機能させることには困難を伴う。次に、留学の機会の付与は希望者が限定されるであろうし、また、ライセンスの付与は発明者が別に事業を営むことを前提とするものであるから、これもまた有効な局面は極めて限定されるものである。

3-2 ガイドライン案に規定のないもの
ガイドライン案には、「研究施設の整備」及び「メダル付きの表彰」は規定されていない。しかし、これらがインセンティブとしては極めて有効な場合があることは否定できないところである。そこで、これらが「相当の利益」に該当するか否かを検討する。
3-2-1 研究施設の整備
まず、「研究施設の整備」について検討すると、整備された研究施設を利用できることは、「発明者個人が享受できるサービス」であるから、個人性の要件は充足する。そして、それは、「使用者の経済的負担」によるものであるから、経済性の要件も充足する。従って、「研究施設の整備」は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当するというべきである。

3-2-3 メダル付きの表彰
次に、「メダル付きの表彰」について検討する。確かに、単なる「表彰」であれば、使用者に経済的負担はなく、経済性の要件を充足するとはいえないであろう。しかし、「メダル付きの表彰」については、使用者は、メダル作成費用という経済的負担をしているのであるから、経済性の要件は充足し、さらに、そのことにより、発明者個人は「メダル」という財物を享受できるのであるから、個人性の要件も充足する。従って、「メダル付きの表彰」は、牽連性の要件を充足する限り、「相当の利益」に該当するというべきである 。


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