緊張や不安を安堵へと変えてみせた、ポップ・シンガーとしての挑戦と才。
12月13日にHALLCAをゲストに迎えた定期公演(記事はこちら→「HALLCA,WAY WAVE @渋谷 RUIDO K2」)を行なった“リアルソウルシスターズ”のWAY WAVEとポップ・シンガー/女優の天野なつとのツーマンライヴが当初は予定されていたが、WAY WAVEのメンバーに新型コロナウイルスの濃厚接触の可能性があるため自宅待機の措置をとって(診断結果は陰性、健康状態も良好とのこと)ツーマンライヴは延期に。中止も考慮されたが、急遽、WAY WAVEのバックDJを務めるDJ arincoが予定通りに参加しての天野なつワンマンライヴへ変更。慌ただしくなったが、無事に公演自体は開催されることとなった。
公演間近での変更ゆえ、単純計算でも予定していた倍の時間のステージ構成が求められたが、“助け船”となったのが、奇しくも8月に下北沢 CLUB251で行なわれた天野なつのバースデーライヴ(記事はこちら→「天野なつ @下北沢 CLUB251」)でゲスト・ギタリストとして登場した俳優/ミュージシャンで、天野にも楽曲を提供している柏原収史。バースデーライヴでは柏原が天野に提供した「願い」「憂い」の2曲を披露したが、今回はその2曲に加え、アコースティック・カヴァー・セクション企画で3曲、さらに1曲の計6曲を中盤に配して、ワンマンライヴの体裁を保った形に。セット・リストが11月の渋谷La.mamaでのアルバム『Across The Great Divide』アナログ盤発売記念ライヴ(記事はこちら→「天野なつ@渋谷La.mama」)の曲順にアコースティック・コーナーを組み入れたという、意地悪な言い方をするとやや突貫工事的な構成となっているのは、上述の事情もありやむをえないところか。それでも開演前後にDJ arincoのDJタイム、本編ではバックダンサーも引き入れてヴォリュームをアップ。そして、ステージという場数を踏んでいる柏原の弁が立つトークもあって、“埋め合わせ”という感覚もなく進行していた。
以前、動きの激しいダンスとともに披露する「midnight」で早々にイヤリングを落とすハプニングがあったが、その経験を踏まえてか、この日はタイトに身に着けてきたようで、そのハプニングもなし。一方で、多少震え気味のヴォーカルだったことが気になった。天野は踊りながら歌う際にもそれほど息の途切れやピッチのズレがない安定感が一つの長所でもあるが、それが若干揺らいでいたのは、どうやら緊張からのようだった。対バン形式から突如ワンマンへと移行したこともあるが、客席にはWAY WAVEのライヴを目当てにチケットを購入したファンもいるとなると、余計に下手なパフォーマンスは出来ないという不安も募っていたのだろうか。その震え(といっても僅かなものだが)や不安定さは次の「Secret703」の時までも。激しいダンスを組み込んだ「midnight」からの流れではあるが、同様の曲順で演じた際にはそれほど気にならなかったことを考えると、予想していた以上の緊張感が彼女の身体を駆け回っていたのかもしれない。
それでも、いくつかのMCを挟みながら「恋してBaby!」になると、その不安定なところも徐々に修正され、天野の魅力の一つでもある清々しく伸びやかなハイトーンも響かせていた。
ところで、今回のステージから新しい衣装で登場したのだが、これまでとガラリと変わってなかなか“攻めた”ものに。ラメ入りの黒地にゴールドの縁取りを施したへそ出しチューブトップとワンショルダーのジャケットドレスを組み合わせたトップスにショートパンツというスタイル。直前に到着し、着てみたところ、本人も思った以上に露出が多いと感じたようで、ゲストの柏原もつい「(こっちから見ると)ほぼ裸だね!」と言ってしまうほど。天野は「でも、私は肌が出てもいやらしく見えないという長所があって……」と言うが、「それはあの、色気がないっていうこと……」と返されるやり取りも。そんな他愛ないトークも、天野が信頼する柏原の登場で緊張が程よい感じに解れたからなのかもしれない(アコースティック・コーナー終了後、2日後(12月23日)に誕生日を迎える柏原に「誕生日ですよね? ケーキとかは嫌だろうから、ビール券を持ってきました!」とプレゼントする場面も)。
さて、柏原収史を招いてのアコースティック・コーナーだが、柏原が天野に歌わせたいという楽曲をカヴァーするという趣旨で選んだのが、桑田佳祐「白い恋人達」、レミオロメン「粉雪」、Mr.Children「and I love you」の3曲。柏原の中で、自身が好きで、冬の季節に合った男性ヴォーカルの(予想が出来なさそうな)楽曲というコンセプトで選んだようだが、併せて天野がハイトーン・パートをどう歌うのかなという思いもあってセレクトしたという理由も。特に「粉雪」は抑揚激しくフックには突き抜けるような高音があり、「白い恋人達」も終盤にファルセットやフェイクがある。「and I love you」はコーラスパート終わりでのファルセットと後半の転調という難易度の高い展開(元来ミスチルの楽曲は転調やコード進行が変則的だが)があり、なかなか即興では難しいとは思うが、柏原が愛するMr.Children(「ミスチルは僕が曲を作る上での教科書みたいな存在で、ミスチルがいなかったら音楽を続けていなかった」というほどとのこと)の楽曲で、これもファルセットのパートがある。カヴァー・セクションの後に、柏原の楽曲提供による「願い」「憂い」などを披露したが、これらもハイトーンが肝となっている(「憂い」はフックがハイトーン三昧で、なおかつブリッジでその上を行くファルセットが待つという鬼展開)。
これらを踏まえると、総じて柏原はハイトーンやファルセットがある楽曲を好んでいるということに結びつくのだが、実はそれ以外にも裏の狙いがあるのではないか思っている。
というのも、これまでもハイトーンの楽曲を歌ってこなかった訳ではないと思うが、たとえば「恋してBaby!」はヴァースへの導入部分くらいだったりと、コーラスメインのメロディラインでそういった高音を駆使する楽曲はそれほどないような気がする。個人的に天野の初アルバムとなった『Across The Great Divide』において、ラテン調のファンキー・ポップ・ダンサー「True Love」が彼女の新機軸となりえると考えているのだが、やはりアッパーな展開のなかで繰り出すファルセットやハイトーンが耳を惹く。そこでの表現がいっそう豊かになれば、さらに歌唱の懐の深さや引き出しの多さを得られるはず。変なクセのない爽やかな声色でポップスを真摯に歌う姿は、天野のポップ・シンガーとしての魅力でもあるが、それだけでシーンで歌い続けるというのは、なかなかに高いハードルでもある。
そこで、安定感のある歌唱の振幅を拡げてみては、という着想が柏原の頭の中で描かれていたとしたなら、どうだろう。ハイトーン・パートでもその安定感あるヴォーカルが同じように繰り出せたら、ファルセットやフェイクを自在に操れることで表現の幅を広げられたら……そのためのある意味“実験”も兼ねてのカヴァー選曲だとしたら、普段は歌い慣れていない、抑揚の激しい男性ヴォーカル曲をセレクトするというのも納得だ。たとえば、万全に準備を進めてきた節目となるワンマンライヴでそのような演目を構成に組み込むのは、リスクもあって非常に勇気がいるだろうが、急遽のステージでは(決して軽んじているということではないが)ある程度のチャレンジも可能という判断もつく。柏原は、天野の舞台作品でも大きく関与しているから、歌手や女優という物差しだけではなく、表現者としてのさらなる伸びしろを探る手筈としてこれらのカヴァーを用意した、そう考えても不思議ではないと感じたが、真意は解からない。やや邪推が過ぎるかもしれない。
終盤は再びダンサーを迎えての「True Love」と振り付けでのコール&レスポンスで一体感を高める「Open My Eyes」でエンディング。ステージアウト後に拍手の波がフロアを埋めたが、会場の撤収時刻の関係でアンコールはなし。残念ではあったが、レアなカヴァーを披露したことも含め、なかなか充実したステージだったのではないだろうか。
東京へ出てきて1年。上京直後のライヴの中止から始まり、思い通りの活動が出来なかった2020年は、さまざまに悔しく辛い思いに打ちひしがれそうになった様子。ただ、柏原が自身の好きな言葉として「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」と語った際に、天野もピンチはチャンスだと思ってポジティヴに活動してきたと吐露。偶然にも突然舞い込んできたツーマンからワンマンへの変更というピンチも、しっかりチャンスへと切り替えて完遂した。慣れないカヴァーは、自分のものにして歌えたとまでは言い難いが、結果的には新たな伸びしろへの挑戦を実践出来たことや度胸をつけたことなど、シンガーとして成長するための貴重な経験の場になったという意味で、意義深いステージになったはずだ。
今年はまだ、福岡にてワンマンライヴやカウントダウンライヴも控えており、年始にも公演があるとのこと。また、今回延期となったWAY WAVEとのツーマンライヴも3月1日に同じく下北沢CLUB251にて開催することが決定している。来年はいっそうステージでの実践を積み重ね、新たな魅力が備わる瞬間やさらなる成長が垣間見られそう……そんな期待も抱かせた、2020年の東京ラストステージとなった。
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<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 midnight (with Dancer)
02 Secret703
03 恋してBaby!
04 白い恋人達(with 柏原収史)(Original by 桑田佳祐)
05 粉雪(with 柏原収史)(Original by レミオロメン)
06 and I love you(with 柏原収史)(Original by Mr.Children)
07 願い(with 柏原収史)
08 憂い(with 柏原収史)
09 キエナイ光(with 柏原収史)
10 True Love (with Dancer)
11 Open My Eyes (with Dancer)
(ENDING BGM “Positve Life”)
<MEMBER>
天野なつ(vo)
Special Guest:
柏原収史(g)/ Shuji Kashiwabara
Moe(dancer)
Miyu(dancer)
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【「天野なつ」に関する記事】
2020/01/08 〈まんぼうmeeting〉vol.5 @下北沢BAR?CCO
2020/07/13 天野なつ『Across The Great Divide』
2020/08/07 天野なつ @タワーレコード錦糸町パルコ【インストアライヴ】
2020/08/20 天野なつ @下北沢 CLUB251
2020/11/03 天野なつ @HMV record shop 新宿ALTA【インストアライヴ】
2020/11/07 天野なつ @渋谷La.mama
2020/12/21 天野なつ @下北沢 CLUB251(本記事)
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