*** june typhoon tokyo ***

神田松之丞 @よみうりホール

 初めての、そして最後の松之丞は、拍手万雷の大団円。

 “チケットの取れない講談師”として名を馳せ、ラジオでは『神田松之丞 問わず語りの松之丞』というレギュラー番組を持ち、TVでも滝沢カレン(『松之丞カレンの反省だ!』)や太田光(『太田松之丞』)などとの共演でも話題の講談師、神田松之丞。2020年2月11日に真打ち昇進と同時に「六代目神田伯山」を襲名する前日、文字通り“神田松之丞”としての最後の独演会に、幸運にも席を譲ってもらえる機会が訪れた。自分は落語をはじめ、浪曲や講談などの古典には全く明るくなく、お笑いも積極的に観に行くということもないが、2月16日にはドキュメンタリー番組『情熱大陸』でもフィーチャーされるという現代きっての人気者の公演を、襲名直前というタイミングで聞けるというのも滅多にないこと。門外漢で何の予備知識もないが、(偉そうな物言いだが)“その人気、どれほどのものか”という下心もあって、〈神田松之丞 最後の独演会〉の夜の部へと馳せ参じた。会場は東京・有楽町のよみうりホール。

 会場に着くなり、黒山の人だかり。フロアには老若男女問わずに溢れ、女性客の方が多いような印象も。古典というと演芸場など規模が大きい所でもせいぜい300席くらいだと思うが、よみうりホールは1100名収容。この規模の会場を講談という芸で埋めてしまうというのだから、その人気ぶりは見事というほかない。
 この日は昼・夜の二部制。通しで観た客も少なくなさそうだった。夜の部は神田松麻呂による「寛永宮本武蔵伝 闇討ち」で幕を開け、続いて神田松之丞が「山田真龍軒」と「桑原さん」を。松之丞の師匠で人間国宝の神田松鯉による「赤穂義士銘々伝 大高源吾」から15分の休憩を経て、再び松之丞による「淀五郎」という演目。もちろんどれも自分にとっては初めてだ。

 神田松麻呂による「寛永宮本武蔵伝 闇討ち」は、剣豪・宮本武蔵が闇討ちにあったものの返り討ちにして、肥後・熊本にいる佐々木小次郎と果し合いをするべく西へ西へと向かうという話。講談の世界も「宮本武蔵」や「忠臣蔵」といった、言ってみれば時代物のスタンダードともいうべきテーマが多いようだ。松麻呂は松之丞へ繋げる導入部という形で小気味よく語り終え、松之丞へと繋げていく。さながら場内を温めるオープニングアクトといったところか。

 そして“待ってました!”“松之丞!”の掛け声も響くなか、松之丞が登場。猫背姿ゆえ堂々と登壇という見た目ではないが、先程の松麻呂と比べると、やはり風格と余裕を感じる。高座を積み重ねて得た、舞台慣れというものだろうか。この松之丞、出自を調べてみたのだが、東京都豊島区池袋出身、立教大学の裏にある池袋第三小学校(通称“池三”)から道和中学校へ進んだとのこと。自分は道和中の近隣の中学だったので、それなりの親近感が。とはいえ、だいぶ世代が違うのだが。

 本題に入る前に世間話で場を和まし、客の気持ちを引き付ける“マクラ”が意外と長め。松麻呂が下地を作った宮本武蔵の話を受ける気もないような、といっては語弊があろうが、なかなか「山田真龍軒」に入らない。しかしながら、その“マクラ”が場内を沸かすものだから、演者もついサーヴィスしてしまうというのもあるだろう。講談という演芸において、観客は二桁、多くても三桁というのが通例のなか、1100人もの前で講談を披露するというのは異例のことで、有難いこと。と述べたかと思うとすかさず、「でも、なぜか最前列のど真ん中に二つ空席があるんですよ」と言ってドッと沸かせる。また、当初は8名の観客の前からスタートし、そのうち3人は身内か知り合いだから、真の客は5名。その中に可愛い女性がいたのだが、そのうち姿を見せなくなった、と。だいたい芸や人間というのは飽きが来るものだから、一定の周期である程度の人が去り、代わりに新しい客がつくということを繰り返すものだからと語りながら、以前節目の会の時にその女性が客として久しぶりに現れたのだが、それからまた来なくなった。だから、たぶん次に来るのは(節目となる神田伯山襲名後の)明日かもしれませんといってまた沸かせる。今は公演に朝から並ぶ者もいて、凄いなあと思う反面、観客にはタイプが二つあって、「あの公演、朝から並んで行ったわ」「え?ファンなのにあの公演行ってないの?」とドヤ顔で自慢するタイプがいるんですよ、と。もう講談を聞きに行くというより、行くことが目的になってる客がね、と大切な客すらも弄るスタンスも彼ならではか。自身の人気については「おそらく今がピークでしょう」と謙遜しながらも、これからも自分らしく講談の道を究めていくとの決意も語っていた。

 会場が笑いで賑わうなか、ようやく「山田真龍軒」へ。冒頭より「播州舞子が浜に~」と入るが、若い客も多いとの話を聞いたのだが、播州(播磨国、現・兵庫県)という旧国名をはじめ、歴史をある程度知っていないと話が呑み込めないところはあるから、そういう意味ではTVでの語り口調のイメージだけで講談の公演に来ると面食らう客も少なくないかもしれない。歴史好き、時代劇好きなどには問題なかろうが。といっても、自分も時代物をよく読むというタイプでは全くないので(生きてきたなかでのそれなりの知識だけ)言えた義理ではないが、そういった地名や歴史的背景がそこまで分からなくとも、そこは語りでグイっと引き込ませる術を得ているのが松之丞なのだろう。同じ演目でも再び、さらに幾度も聞いていくうちに、知らずと歴史的背景や物語の詳細が分かるようになってくると、より楽しめるという“スルメ”的な面白さが講談にはあるのかもしれない。

 剣豪・宮本武蔵と鎖鎌の名手で“毒虫”(?)のあだ名を持つ虚無僧姿の山田真龍軒が茶店でぶつかったことをきっかけに繰り広げる決闘を、迫真の話術でグイグイと引き込んでいく。釈台という小机を叩く張り扇のリズムが早まると、眼前に劇画のようなイメージが膨らんでくるから不思議だ。後ろに崖、前には鎖鎌を構える山田真龍軒という絶体絶命のピンチに、宮本武蔵が突然いなくなるというアクロバティックな展開を、歴史物はなぜか時にとんでもないファンタジーをぶち込んでくると煽ってから、真龍軒の鎖鎌の攻撃を武蔵が10メートル飛び上がって交わし、木の枝から手裏剣を投げつけるというストーリーを笑いにも変えてしまう。迫真から弛緩へのタイミングの妙に、感嘆の声が上がっていた。

 続いて、伯山襲名後にはやらないかもとはぐらかしていた、新作の「桑原さん」へ。この「桑原さん」は本人も「偏差値30くらいの出来」と言っていたが、特に何か仕掛けがある訳でもなく、モテない男がモテる男を僻むなか、空気の読めない桑原さんが周囲を唖然とさせる言動をするという話。イケメンはなんてことないことを言っても絵になって、それにカワイイ女子たちが歓喜するという光景を、ブサイクたちがただ指をくわえて見ている。ある雪の日、イケメンたちとカワイイ女子たちが雪合戦(というコミュニケーション)をしているところに、“ブサイク”側の桑原さんが加わっていく。お前はそこに入っていくのは場違いなんだという周囲の声を聞かずに、ついには中に石を詰めた雪玉を投げて、クラスのマドンナの眉間に当ててしまう桑原さん。後日、ヴァレンタインというブサイク側にとってはモテないというレッテルが貼られる裁決の日に怯えるなか、桑原さんがマドンナからヴァレンタインチョコをゲットするまさかの事態に驚きの声を上げるモテない連中。周囲が羨むなか、桑原さんがガブッと食べたチョコには石が仕込まれていて、桑原さんの永久歯が欠けてしまった……というような顛末。正直なところ、桑原さんだけがマドンナからチョコをもらったというくだりでオチは想像出来てしまったし、話としても学校に数人はいる面白いヤツの話レヴェルでもあるとは思うが、訛りで語る桑原さんのキャラクター作りと、抑揚と口調の強弱でメリハリや快活なテンポ感を生み出すゆえ、(本人いわく)くだらない話なのだけれども、心地よく観客のツボを突いていた。

 松之丞の師匠、神田松鯉は「赤穂義士銘々伝 大高源吾」の一席を。いわゆる「忠臣蔵」ものだ。松尾芭蕉の蕉門十哲の一人、宝井其角が両国橋で大高源吾という俳号をもつ武士と出会う。寒そうにしていた源吾に松浦侯よりいただいた羽織を譲るとともに、「年の瀬や水の流れと人の身は」という一句を詠み渡すと、源吾は「明日待たるるその宝船」と返句。煤竹(すすたけ、囲炉裏の煙で燻された藁葺き屋根の屋根裏や天井からとれる竹)を売っている哀れな源吾の姿を見て、其角が“源吾は12月13日の“正月事始め”の煤払いが終わったら、翌日には煤竹売りを辞めて宝になるような職に就くのか”と読み取る。その後、其角は頂戴した羽織を譲ってしまったことを謝るべく、松浦侯邸へ向かうが、そこで“明日待たるる”の明日(12月14日)が、赤穂浪士討ち入り決行をほのめかしたことに気づいて……という内容。師匠の松鯉は松之丞とは異なり、淡々と物語を語っていくシンプルなスタイル。それでも回文についての話の際に“談志が死んだ”“ダンスが済んだ”などの例を挙げて、笑いをとるところは熟練の技か。

 15分の中座を経て、最後の独演会の松之丞最後の演目は「淀五郎」。これも「忠臣蔵」の話だが、こちらは「忠臣蔵」といっても『仮名手本忠臣蔵』を演じる役者の話。『仮名手本忠臣蔵』は元禄時代の赤穂浪士討ち入りがテーマだが、江戸時代、特に天保年間は幕府批判や好色、絢爛本を禁じており、幕府批判として咎められるのを避けるために、元禄時代の話を南北朝期の『太平記』に置き換えている。「先程から〈忠臣蔵〉なのに“判官、判官”といっているが、登場人物名が浅野内匠頭が塩冶判官、大石内蔵助が大星由良之助となっているのは、そういう事情から」と説明をしてくれたのは、歴史背景に明るくない人には助かるところ。
 
 歌舞伎「忠臣蔵」の主役・判官を演じる者がいなくなるというピンチに、ひねくれ者で知られる座長の市川団蔵(屋号は三河屋)が、役者の地位としては6つあるうちの下から3番目“相中”(あいちゅう)の役者・淀五郎をトップの地位・名代(なだい)が演じる判官に大抜擢。淀五郎は抜擢に感激し、早く初日が来ないかと希望に溢れていたが、いざ幕が上がると、劇中でも重要な四段目「判官切腹」の場面で、由良助役の三河屋が切腹する判官役の淀五郎のもとに駆け寄るところを駆け寄らず、花道で伏したままの状態が続く。ここで、四段目は大変重要な場面ゆえ、歌舞伎でもここに差し掛かると入場を止められるという話を持ち出すと、「なので、最前列の真ん中の2名はもうここからは観られない」と前述のマクラでの話をリンクさせる。大いなる伏線を回収したという展開に、ドッと沸く会場。

 だが、圧巻は笑いなしのここから。次の日以降も四段目で三河屋が駆け寄らない。評判が悪くなるなか、淀五郎が「どう演じたらいいでしょうか」と三河屋に恐る恐る訊ね聞くも、三河屋は「相中の身分ならまだしも、名代の役者が〈どう演じたらいいか〉だと? 分からないなら、本身の刀を用意して本当に切腹の場面で腹を切って死んでしまえ」と叱咤する。だが、それが三河屋流の叱咤と解からない淀五郎は本気で死ぬことを考えながら、以前世話になった役者で、最下層・稲荷町から名代までに駆け上った“さかい屋”中村仲蔵のもとを訪ねる。仲蔵は三河屋とは異なり優しい物言いながら「お前には形がない」とし、「恥かいて、恥かいて、恥かいて、それで成長する。因果な商売よ」と諭し、淀五郎に切腹の形を伝授する。淀五郎は次の舞台で演じきれなかったら終わりだと一晩で仲蔵に習った形を稽古して翌日の舞台へ臨むと、その演技に納得した三河屋が切腹の場面でようやく淀五郎に駆け寄り、淀五郎が「待ちかねたぞ」というストーリーを、水を打ったような静寂のなかで、一気にまくし立てた。判官切腹というシリアスな場面ということもあるが、二ツ目から真打ち昇進を眼前にした松之丞自身が、講談の世界に入ってからの躍進に溺れることなく、大抜擢された自身と投影しながら、真摯に芸道に向き合っていくという強い意志となぞらえたものが、迫真の演技にさらに輪をかけたのだろう。講談界のトップスターの面目躍如といったところか。また、切腹の場面と重なるように、白い着物姿の松之丞のみが映えるような照明演出も、非常に効果的だった。

 最後の演目を終えると、師匠の松鯉を呼び込んでの三本締め。松之丞は「そんなに気負うこともないんですが、襲名に向けて、何か師匠からアドヴァイスみたいなものありませんか」と尋ねると、松鯉は「自分らしくやればいいんじゃない」という自然体のコメント。個人的には「淀五郎」の流れを受けて、松之丞が師匠・松鯉から「二ツ目のままならアドヴァイスもしようが、六代目神田伯山を襲名しようという者が襲名に向けてアドヴァイスをくれだと?」という発言を引き出そうという壮大なフリを仕掛けたのかとも思ったが、果たしてどうだろうか。

 大歓声のなかの三本締めで大団円。方々で感動や歓喜の声も聞こえてきた。個人的には、松之丞の芸に触れて面白さを知っている観客たちとは心持ち(笑う準備が出来ている)が異なることもあってか、全編通して声を発してまで笑うことはなかったが、松之丞からの講談師という表現者としての覚悟はしっかりと伝わってきた。伯山襲名でさらに“チケットの取れない講談師”の度合いが加速するだろうが、機会が出来れば、肉感と生命力溢れる話術に再び触れてみたいと思う。



◇◇◇

【神田松之丞 最後の独演会〈夜の部〉】
・「寛永宮本武蔵伝 闇討ち」 神田松麻呂
・「山田真龍軒」 神田松之丞
・「桑原さん」 神田松之丞
・「赤穂義士銘々伝 大高源吾」 神田松鯉
~お仲入り~(休憩15分)
・「淀五郎」 神田松之丞





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