*** june typhoon tokyo ***

天野なつ @下北沢 CLUB251


 情熱の発露に新たな顔を見た、メモリアルなバースデーライヴ。

 8月12日に誕生日を迎えた福岡出身のポップ・シンガー、天野なつ。グループを離れ、地元・福岡で活動後に意を決して昨年末頃に上京したものの、運悪く新型コロナウィルス禍の影響に行く手を阻まれる日々。6月には待望の初アルバム『Across The Great Divide』のリリースに漕ぎつけたとはいえ、リリースイヴェントも中止や制限がかけられるなど、思い通りの活動が出来ず仕舞い。その後もコロナ禍による不安定な状況から逃れられずにいるが、リリースイヴェント同様にさまざまな感染防止対策を施して、ようやく開催に辿り着いたバースデーライヴ。その第1弾となる東京公演〈AMANO NATSU BIRTHDAY LIVE from TOKYO〉は、入場者数制限やマスク着用、コール禁止など、ライヴとしては万全なものとはいえないながらも、ソーシャルディスタンスを保ったうえでほぼ満席という盛況に。これまで行なってきたであろうバースデーライヴとは景色を異にした光景が、下北沢club251に広がっていた。

 昨年も同会場でバースデーライヴを行なったとのことだが、その際は楽曲数も少なく、カヴァー曲やゲストなどを交えてのイヴェントだったようで、ソロ歌手として単独でバースデーライヴを開催したのは初めてとなるか。アルバム・リリース後の単独ステージでの初のアルバム全曲披露という通常でも緊張で迎える状況に加え、コロナ禍対策による着席&発声なしスタイルという(拍手以外の)リアクションが受けられない独特の雰囲気ではあったが、現在の“天野なつ”の進行形を衒いなく表現したパフォーマンスに、温かい眼差しと同時にこれからの期待値を十分な抱いたようなファンたちの充実感にフロアが包まれていた。


 スポットライトが交互に点滅し、元気よく下手から登場した天野なつ。メモリアルな日ということで、マネージャーからの進言もあって、透け感のあるチュール(オーガンジー)を被せたブルーが映えるミニのワンピースドレスにベージュ系のハイヒールといういで立ち。この状況下で足を運んでくれたファンたちへ目でも楽しませたいという感謝の気持ちの表われでもあるのだろう。特別な衣装にやや気恥ずかしさもあったのか、トレードマークの笑顔のなかにチラチラとはにかむ表情が見え隠れしたのが印象的だ。

 オープナーはアルバム『Across The Great Divide』の冒頭曲でもある「midnight」をセレクト。ただ、やはり十分な場数を踏めなかったのと緊張からか、やや不安定な歌唱も散見。通常でさえもなかなか安定が難しい出だしが、リリースイヴェントで歌ってきたとはいえ、やはり正式なステージで歌唱を重ねてきたのとは勝手が違うのだろう。歌手が歌えない状況というのは、これほどまでに影響を及ぼすのか……という思いが頭を過ぎり始めたところで「Restart」へ。文字通り、彼女がソロとして活動をスタートさせる心境にも重なるミディアム・バラードで、その意味合いからも、本編のラストやアンコールにて披露されてもいい楽曲なのだろうが、この日は早々と披露。だが、それが功を奏したようで、フックで“「大丈夫」…心から信じれるよ / …私たち信じれるよ / …言葉を胸に進み出すよ”と繰り返される“大丈夫”を胸に手を当て自らに問いかけるように歌うと、次第に落ち着きを取り戻したように安定感あるピッチへ。こういった修正力も彼女の特出する部分の一つだ。

 怪我をして不安と絶望に苛まれながらも希望を見出そうとした経験を綴った「うたかたの日々」は、やはり自身の経験を歌詞にしたゆえ、その心境が強く歌唱にも伝わっていく。「気楽な気持ちで適当に聴いてください」の前フリから始まったカレーライス好きが高じて生まれた「カレーライス」では、ファンがプラスチックのカレースプーンを手に掲げて振る光景も。それが緊張の糸を解すきっかけにも繋がり、落ち着きを取り戻す笑顔を見せていた。「気まぐれなcall」では親指と小指で“電話”を形作った振り付けの“コール&レスポンス”で、実際はソーシャルディスタンスを保ちながらもファンとの心の距離を詰めていく。


 前半のムードとは変わり、しなやかに移ろう大人の雰囲気を醸し出し始めたのが「Secret703」以降。個人的に天野なつに惹かれる契機となったマーヴィン・ゲイ歌謡「Secret703」からアルバム一の推し曲「true love」への流れは、ソウル・ポップ路線を嗜好する者にとってはまたとない展開だ。アイドル・グループのLinQ時代の楽曲を全く知らない身としては(申し訳ありません)、これまでに多く歌ってきたであろう健康的な笑顔に似合う明澄なポップス路線も快いけれど、心の表情や浮き沈みがジワジワと浸透してくる、少し影というか輪郭が見えるテイストの楽曲こそ、彼女の歌唱がより映えるのではないか……そんな思いを具現化したパフォーマンスに。

 それでも重箱の隅をつついてしまうのがこの手の音楽好きの悪いところ。「Secret703」のアウトロではフェイクも披露したが、欲を言えば、もっと大袈裟なくらいに(楽曲に沿ってみたいな抑制はせずに)暑苦しいフェイク(スキャット)をかますくらいでいい。詞世界に表現を詰め込むことは当然だが、言葉にならない感情を吐露するものとして、フェイクは絶好の機会でもある。ややアウトロでは恥ずかしさと落ち着きのなさも感じた気がしたのは、従来フェイクをかますような経験がそれほどなかったゆえかもしれない、
 
 しかしながら、そんな穿った見方を吹き飛ばしたのが、「Secret703」から間髪を入れずに突入した、新境地となるエモーショナルなラテン・ポップ「true love」。赤やピンクのスポットライトの彩りで情熱度を高めると、ターンを含めたアグレッシヴなダンスも披露。この日はまだ即興に近い完成版ではない踊りとのことだったが(完成版は福岡公演で披露する予定とのこと)、それでも(アイドル・グループ時代にさまざま踊ってきただろうとはいえ)従来の楽曲イメージを覆すようなパッションで、楽曲の世界観を創り上げていく。顔にかかる髪を振り払おうともせずに、時に眩しい笑顔で、時に情熱的にとクルクルと表情を変えながら踊り歌う姿は、多彩な面をもつ27歳の等身大の天野なつも垣間見えた。“嘘だけが真実よ”と歌い切り、まっすぐ前を見つめる眼差しは、いつもは胸の内に隠している歌手としての矜持と信念が弾けた瞬間でもあるような気がした。


 この2曲の流れが白眉だと感じていたが、思いもよらかったことがこの直後に訪れる。俳優やミュージシャンとして活躍している柏原収史(個人的にはネスミスとのユニット“STEEL”の印象が強い……すみません)がゲスト・ギタリストとして登場。舞台を中心としたエンターテインメント集団“トキヲイキル”等で交流があり、アイドルなどへの楽曲提供もしているという縁から、天野が柏原に作曲してもらった「願い」「憂い」を披露したのだが、特に強烈なインパクトを残したのが「憂い」。自身の日常の想いを詞にする傾向が強い天野は、「願い」を作詞する際にコロナ禍での現状を意識して“神様どうか……”と安らぎへの希求を綴ってしまったが、「憂い」では柏原の提案により“叶えられなかった恋”をテーマに決めて天野に作詞を要求。すると、柏原は天野のハイトーンの魅力を活かすべく、抑揚の激しい高音が続く楽曲を制作。「ドSの曲を作ってくれましたね」とやや強張った表情を見せたが、実際は「true love」で辿り着いた新境地とはまた別の地平へと拡げるような世界観を演出。タイトルよろしく物憂げな陰を感じる琴線に触れるメランコリックなメロディと、突き抜けるようなハイトーンを繰り出す終盤への展開がドラマティックということもあるが、何よりハイトーンによって胸の内にある感情を赤裸々にさらけ出させる効果を得たのがいい。

 彼女のハイトーンの良さは、ミドルヴォイスで歌唱する際の健康的な発声・声色がそれほど表情を変えずに移行するのが魅力で、それが歌唱の安定感にも繋がっている気がする。とはいえ「憂い」については、もちろんまだ歌唱頻度も低いこともあり、高低を行き来する歌唱が確固たる安定に至らないのも事実だ。されど、変に小手先での演出が難しいからか、咀嚼した詞世界を小細工せずに吐露する姿は、かえって歌手という以上に表現者として情感を解放する、天野なつの心の襞の発露となるトリガーになったようにも感じた。演出としてセクシーなムードを漂わせるのではなく、ライヴならではの生々しさを活かして、元来イメージさせる彼女の健康的なキャラクターの隙間から微かに色香を振りまくところは、ソロ歌手として、大人の女性としての進行形を捉えた瞬間だったのではないだろうか。


 ファンが用意したライトスティックが揺れるフロアに温かい眼差しを注ぎながら歌った「Positive life」は、彼女にとってもファンにとっても大切な楽曲の一つだとは思うが、正直なところ、「Secret703」「true love」の流れを飛び越えた「憂い」の余韻で、それ以降どのような印象を持ったかの記憶がそれほどない。「Positive life」で最後の曲と紹介しなかったことから、同曲が終わってステージアウトした後、アンコールの拍手が鳴るまで一定の間、インターミッションなのか本編終了なのかが分からず戸惑い、静寂が訪れたとか、「恋してbaby!」でのファルセットコーラスや「Open My Eyes」で観客とともにお馴染みの振り付けで最後はジョイフルなエンディングを迎えたとかくらいは覚えているのだが。

 このステージを踏まえて、彼女の地元・福岡で行なわれる8月29日の公演ではさらに練られた演出で熟成度も高まるだろうから、地元凱旋として最適のライヴとなりそう。それゆえ当東京公演は、開催までの経緯を含めて、手探りな部分もあっただろうし、完成度としては劣るかもしれない。記念碑的なバースデーイヴェントではあるが、ソロ歌手としてアルバム・リリースをして臨んだ最初のワンマンライヴという意味では、意義深いステージになったはずだ。「前回は持ち歌が6曲しかなかったけど、今回はたくさん(曲が出来たのでオリジナルで全曲)できます」と語っていた彼女だが、とはいってもまだアルバム10曲+α。新曲を提供した柏原含め、彼女の周囲には優れたトラックメイカーやクリエイターがバックアップしているから、今後の“ネクスト・天野なつ”となる楽曲にも期待出来そうだ。そして、それらを思う存分ステージで発揮出来る日々が訪れることを祈ってやまない。


◇◇◇ 

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 midnight
02 Restart
03 うたかたの日々
04 カレーライス
05 気まぐれなcall
06 Secret703
07 true love
08 願い(special guest with 柏原収史)
09 憂い(special guest with 柏原収史)
10 Positive life
≪ENCORE≫
11 恋してbaby!
12 Open My Eyes

<MEMBER>
天野なつ(vo)

柏原収史(g)

◇◇◇

【「天野なつ」に関する記事】
2020/01/08 〈まんぼうmeeting〉vol.5 @下北沢BAR?CCO
2020/07/13 天野なつ『Across The Great Divide』
2020/08/07 天野なつ @タワーレコード錦糸町パルコ【インストアライヴ】
2020/08/20 天野なつ @下北沢 CLUB251(本記事)

◇◇◇

■ 天野なつ / Across The Great Divide(2020/6/17)
IQP-302(通常盤) IQP-303(初回限定盤)


01 midnight
02 恋してbaby!
03 カレーライス
04 うたかたの日々
05 Positive life
06 気まぐれなcall
07 Secret703
08 true love
09 Open My Eyes
10 Restart



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