*** june typhoon tokyo ***

〈まんぼうmeeting〉vol.5 @下北沢BAR?CCO

 たくさんの微笑みに溢れた、カジュアル&リラクシンなステージ。 

 年始の休み疲れが完全に抜けないなか、そこまで気張ることのないテンションでライヴ始めをそろそろしてみようかと考えていたところ、あるアーティストのSNSで近日のイヴェントで比較的多くの曲を弾くという情報が目に入った。ミッドウィーク、時間が出来たら行けるという気軽さもあって、下北沢にあるバルスタイルのライヴ・バー「BAR?CCO」へ足を運んだ。

 さて、そのあるアーティストは誰かというと、矢舟テツロー。2015年の『ロマンチスト宣言』までアルバム6枚をリリースし、弾き語りでのソロ活動をはじめ、ジャズ・トリオなどのバンド活動、星野みちるらへの楽曲提供やプロデュースも行なっている。2019年秋にはPIZZICATO FIVEの小西康陽によるソロ・プロジェクト、PIZZICATO ONEのビルボードライブ公演にも参加している“ヒップ”なシンガー・ソングライター/ジャズ・ピアニストだ。拙ブログ的には脇田もなり「EST! EST!! EST!!!」「IRONY」をはじめ、ミア・ナシメント(MILLI MILLI BAR)への楽曲提供、“NEO・エレポップ・ガール”こと加納エミリを“発掘”した目利き人、といった方がしっくりくるだろうか。

 MILLI MILLI BAR路線の活動が休止し、加納エミリのプロデュースもひと段落したということで、近日矢舟出演の現場に通っていなかったことも観賞に向かわせた要因の一つ。ただ、あくまでも矢舟は鍵盤で参加とのこと。〈まんぼうmeeting vol.5〉と冠したライヴ・イヴェントの主催は、その名のとおり“まんぼう”の愛称を持つ桐原ユリで、福岡のアイドル・グループのLinQに所属していた天野なつを迎えたツーマンライヴ。恥ずかしながら、両者の楽曲を知らずにいたのだが、桐原については矢舟がSNS上で面白い女性ヴォーカルを見つけたというような主旨を呟き、実際に数曲だが楽曲提供もしていることから、それならば(そういえば、加納エミリの時もそういう経緯で聴くことになったな)と思い、会場もこじんまりとしたカフェバーということもあって、軽い気持ちで扉を開いた次第。

 天野なつについては元LinQで活動していたという情報以外は分からず。そもそもLinQも名前だけは辛うじて知っている程度だから、桐原、天野どちらの楽曲も全く知らないという、なかなかチャレンジな試みではあった(最悪、矢舟の鍵盤捌きを観て帰れたらいいか、くらいの塩梅)。

 時が19時半を刻むと、勢いある軽快なBGMとともに主催の桐原ユリが登場。イヴェント〈まんぼうmeeting vol.5〉開会の挨拶をするのだが、口調や所作が独創性に溢れすぎる“不思議ちゃん”モード&ハイテンション。飾ることなく言えば、いわゆる“ぶっ飛び”系の匂いもするのだが、音大出身でクラシックの素地があるとのこと。また、愛称の“まんぼう”は、目鼻立ちが魚系の顔ということから自称しているようだ。

 まずは、耳鳴らしという感じで、鍵盤弾き語りを2曲披露。事前知識もないから曲名は分からないが(「いいうた」?「何がいいかな?」?)、半径の狭い日常を題材にした詞世界が耳に飛び込んでくるものの、弾き語り自体は奇抜なこともなく、案外シンプルなものだった(この時はまだ全貌が分からなかったが、後でこの感想がだいぶ“裏切られる”ことになる)。

◇◇◇


 そして、桐原が2曲の弾き語りを終えると、呼び込まれたのは天野なつ。2018年6月にLinQ(グループのリーダーだった模様)を卒業後、ソロ活動をスタートさせ、2019年12月以降に上京。関東圏でのライヴは横須賀に続いて2公演目とのこと。MCでも常に明るい表情で話し、顔立ちはケラケラのヴォーカルのMEMEあたり、あるいは、寺嶋由芙から“ゆるふわ”を取り除いていきものがかりの吉岡聖恵の元気を注入した感じというか(NegiccoのMegu感もあるか)。とにかく見ているとこちらも自然と微笑んでしまいそうなスマイリング・フェイスが特徴。スマイルと言えば、笑った顔は“スマイリングシンデレラ”ことゴルフの渋野日向子に似た印象も。健康的な笑顔が魅力的だ。

 「まだ持ち曲が7曲しかないので、全部やります!」と明るく語って、「Restart」からスタート。風景を変えて新しい生活を始めるというストーリーを、自身が上京して音楽活動を始めることに重ねた曲らしいことはタイトルからも想像できたが、もっといわゆるアイドル・グループ出身シンガーらしいキュート&ポップネス濃度が高いかと思いきや、歌い口は意外と落ち着きや芯がある大人な部分も。とはいえ、大人といっても色香や艶やかさというより、初々しさや清々しさを失わないなかで落ち着きを垣間見せるといった方が適切か。ポジティヴな個性が強く伝わってくるが、その明朗さが強調され過ぎず、決して嫌みにならない“擦れ”のないチャーミングなヴォーカルゆえ、スッと歌詞が飛び込んできて、より耳を惹かせるのだろう。


 この日は、夏らしい爽快感溢れるシングル曲「気まぐれなCall」やそのカップリングで倉木麻衣あたりの“GIZA”風のポップネスも感じる「うたかたの日々」、天野なつ with Spencer名義でリリースされたフックの振付がキュートなポップ・ロックでヴィンテージ・ガール・ポップ感もある「Open My Eyes」、「midnight」などを披露してくれたが、そのなかでも“オッ”と思った楽曲が。

 それは、冒頭から「マーシー・マーシー・ミー」「ホワッツ・ゴーイン・オン」あたりのマーヴィン・ゲイ・テイストが漂うという70sソウルを敷いている「Secret 703」。おそらく鍵盤もオルガンの音色を使った、当時のモータウンやノーザンソウルのエキスを散りばめた作風の楽曲だ。センチメンタルなメロディラインとノスタルジックな歌詞に加え、チャーミングな声色のなかでチラチラとソウルネスも見え隠れしたヴォーカルが相乗効果を生み、個人的な琴線に触れる印象深いアクトとなった。


 また、「恋してbaby!」という曲では、ザ・スリー・ディグリーズ「天使のささやき」で見せるファルセット・コーラス風のフレーズを用いてコール&レスポンスをしたり、メロディラインにシュープリームスっぽさも窺えたりと、ドゥー・ワップ/ソウルからモッドやヴィンテージ・ソウル・バンド・サウンドあたりを好む制作陣が控えている模様。がっつりとソウルに浸かる訳ではなく、明澄を崩さないなかでのノスタルジーなヴォーカルワークゆえ、過度にならない甘酸っぱさが程よいバランスを生み、少女から大人へ推移する世代が少しだけ背伸びをして大人の薫りを醸し出すような、何とも言えない妙味に結びついているのだろう。

 ソロ歌手としてのアルバム・リリースを目指しているとのことだが(「恋してbaby!」のMVが再生回数5万達成でリリースが叶うとのこと)、嫌みのないチャーミングな声質は女性ファンにもウケるだろうから、願わくば女性ファン層を増やしたいところ。そうなると、いわゆる楽曲派が胸躍るようなニッチで粋なサウンドへの追求以上に、女性の共感度が高いストーリー性のある歌詞の構築なども考慮に値しそうだ。さまざまな点でいかに訴求力を高めていけるかが、課題でもあり楽しみでもある。



◇◇◇



 そして、イヴェント主催の桐原ユリがステージイン。やや遅れて矢舟テツローが鍵盤の前へ座り、矢舟プロデュース曲「Lady, Girl, Baby」へ。冒頭で披露した弾き語り曲とは色を異にした明るく華やかなジャズ・テイストは、矢舟の得意とするところ。桐原は言動は自由奔放な“ぶっ飛び”全開モードだが、やはりクラシックの素地があるゆえ、歌唱はキャラクターやトークに比べるとなかなかオーセンティック。大雑把に言うと、宝塚出身の歌手やミュージカル女優、さらに近しいのは“うたのおねえさん”(もっと言えば、はいだしょうこ的)といった雰囲気か。カッチリとしたパフォーマンスではないけれど、歌の筋は持っているという感じだ。

 野太めの声で“ままま~まんぼう~”と繰り出す、ロカビリー風な跳ねるアレンジの「まんぼう2」や歌謡ロックな「まんぼう」といった自己紹介的な楽曲もあれば、“さかな、さかな、魚フィッシュ”と天真爛漫に歌う「おさかな天国」のオマージュ的な「魚フィッシュ」や“ドゥビドゥビドゥバ~”とスキャットし、「学園天国」ライクなコール&レスポンスも飛び出す「湯・湯・湯」、心の揺らぎを表わすような重厚で抑揚激しいコード展開のアレンジにクラシックの要素をチラつかせる弾き語り「となりの芝生はあおい」など、ヴァラエティ豊かな作風が次々と飛び出してくる。それこそ「みんなのうた」やE テレ番組の歌コーナー的なノリともいえる。統一感という意味ではほぼないに等しいが、そこにいじりがいがあるというか、限りない伸びしろを感じるともいえる。例えるなら、畳敷きの和室にヴィヴィッドな洋服ダンスが備え付けられていて、非常にアンバランスに見えるものの、そのタンスに数多く取り付けられている引き出しには何かお宝が眠っているようなワクワク感が宿る……というイメージに似ているか。


 それらの既存のテイストに新たな息吹を入れたのが矢舟楽曲。前述の「Lady, Girl, Baby」をはじめ、中森明菜「セカンド・ラブ」や松本典子「儀式(セレモニー)」など当時ニューミュージックにカテゴライズされたアーティストが作曲した80年代アイドル歌謡(ちなみに「セカンド・ラブ」は来生たかお、「儀式」は中島みゆき)をライトなジャズでコーティングしたような「恋愛保険」といった提供楽曲で、桐原の新しい可能性を引き出していく。

 この日のトピックの一つとなった、天野なつとのコラボレーションによる森高千里「渡良瀬橋」のカヴァーを挟んでからは、一瞬、松田聖子「赤いスイートピー」のフレーズを想起させるフックが冬の晴れやかな空をイメージさせる「Winter Collection」や、ジュディ・ガーランドが歌ったミュージカル『オズの魔法使』の劇中歌「虹の彼方に」(原題:Over the Rainbow)を引用したポップなジャズマナーによる「君は虹ガール」と、矢舟の4thアルバム『Age of vintage』収録曲をカヴァー。元々クラシック畑の出だからといってそこばかりにストイックにならないアティテュードもあって、いい意味で拘らない柔軟性がよい化学反応を生み出すところに、矢舟も弄りがいを感じているのかもしれない。


 以前はミア・ナシメントに提供していた「Surprise you」で本編を終えると、アンコールには桐原のリクエストもあって(カレーを食べてくつろいでいた)天野なつも登壇。“サプライズでもう一回”と文字通りのサプライズな選曲で「Surprise you」を、天野を隣にして披露。天野も曲に合わせて踊ったりと、仲睦まじい光景でエンディングを迎えた。

 それぞれタイプが異なる演者ではあるが、そこかしこにジャズやソウルなどのアクセントが散りばめられた、カジュアルなポップネスが横溢したステージ。エンタテインメント性を突き詰めたものとは対極的なパフォーマンスではあるが、肩肘張らずにポップスを愉しめるのは、こじんまりとした空間におけるライヴのメリットでもある。アットホームな雰囲気のなか、さまざまな発見があったリラクシンな宴となった。



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<MEMBER>
桐原ユリ(vo,key)
天野なつ(vo)

矢舟テツロー(key)

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