バルカンの古都ブラショフ便り

ルーマニアのブラショフ市へ国際親善・文化交流のために駐在することに。日本では馴染みの薄い東欧での見聞・体験を紹介します。

ルーマニアで見た能

2009年02月24日 11時40分49秒 | ルーマニア事情

 ルーマニアの首都ブカレストで能が上演されることになりましたので観にゆきました。日本の3大伝統芸能は歌舞伎・能・文楽です。歌舞伎は去年上演され、2008年7月6日の弊ブログで紹介しました。(http://blog.goo.ne.jp/jinenin/e/c9a7518902f9733dfe83c8e40b03c38e) 文楽は今年10月にルーマニア・ブルガリアでも上演できるよう日本ブルガリア協会が国際交流基金へ支援申請中で、私もブラショフでの公演が実現するよう協力しているところです。

 自然院としては、観世流謡曲を師について習い免状も頂いている関係上、これら日本の伝統芸術が外国でどのように受け入れられるかという課題について、赴任以来ずっと関心を持ち、それなりに模索もして参りました。だから今回の演能については、人一倍関心があり楽しみにしていたわけです。

 
 国立劇場 (赤い矢印の所に能の看板が見えます。)

 演目は「葵上」。シテは観世流・武田志房氏。演技は素晴らしいものでした。しかし、どれくらいルーマニア人に受け入れられたのか、これは大きなクエッション・マークです。公演後、あるルーマニア人の要人が日本大使に感想を聞かれて「非常にユニークだった。」と答えていました。これが、ある意味では精一杯の答えかなと、つい苦笑してしまいました。

 日本の伝統芸能の魅力は、文学的要素、音楽的要素そして演技的要素です。文学的要素で言えば、例えば歌舞伎で「月も朧に白魚の 篝(かがり)もかすむ春の空 冷てえ風にほろ酔いの 心持ちよくうかうかと ・・・・(三人吉三巴白波)」という風に、日本人には七五調の名文句が心地よく響くわけですが、日本語を知らない外国人には、この面白さは分からないですね。それでも外国人に対してはガイドフォンなどで同時通訳・解説していますから、ある程度理解の助けにはなります。これが能になると、掛詞・縁語の連続で歌舞伎の台詞よりも遥かに難解であるにもかかわらず、このような工夫が一切ありません(公演の冒頭に全体の説明があるが)。日本においても、歌舞伎座にはガイドフォンが常備され解説者も個性的で人気者となっている人さえいるという状態なのに対し、ガイドフォン設備のある能楽堂はありません。能楽関係者には普及させるための努力が欠如してます。これは昔から観能者は能楽を学んでいる人が主流だったため、そのような工夫は不要であったためと考えられますが、時代のニーズを汲み取らなければ取り残されるのではないかと危惧します。

 次に音楽的要素。ピアノとバイオリンを基調とした西洋音楽に慣れ親しんだ西洋人にとって、鼓と笛を中心とした独特の音階と拍子を持つ日本音楽を、どれほど受け入れてくれるのか。正直なところわかりません。新鮮に思ってくれる人もいるでしょうが、少数でしょうね。

 次に演劇的要素。昨年の歌舞伎では勘三郎さんたちの派手なアクションが大受けで盛り上がりました。能の場合は動きがスローなので、誰もが満足するというわけにはいかないでしょう。

 普通の日本人にも敷居が高い能が、海外で本当に受け入れられたのかどうか、自然院にも正直よくわかりません。能が初めてパリで海外公演したとき、一部の有力紙は「世界に類のない素晴らしい文化」と書いたが、一般の大衆紙は「舞台の上をただ歩きまわっているだけの退屈な芝居」と書いたそうです。今回の関係者のコメントを読むと「入場券が完売になるほどの人気だった。」というようなこととが書いてありました。入場料は日本円にして600円ほどの安さ。完売というだけで単純に成功とは言えないが、成功であって欲しいという気持ちから、今回は少し辛口の記事としました。