『tokotoko』

Fortune comes in at the merry gate.

『最近読んだ本』

2012-02-03 | 立ち直っていく、という時に。
その1
角田光代さんの『福袋』



先週、角田さんの本を、とある地下鉄の中で読んでいました。

電車に乗り込んで来た人の鞄がチラリと目に入り・・・あ・・・あれいいなぁ・・・
そのまま、顔を見たら、角田さんご本人でした・・・あっ本人

ここで、電車、動き出す・・・

すぐ先の駅で降りる私・・・・・・鞄の中に本をしまう時、閉じることができず、
開いたまま、つっこみました・・・

そういえば、前にも・・・



そうだった。その時は・・・

宮藤官九郎さんの、
『やぁ宮藤くん、宮藤くんじゃないか!』を電車の中で読んでいた時、



今回(角田光代さんの福袋)は地下鉄だったけど、
その時は私鉄。

どっちも始発駅で

本を開いて読み始めたら、隣りに男の人が座ったのでした。

何気なく横向いたら・・・・チラ

その、座った人が、宮藤さん本人だったという・・・

本の表紙には、宮藤さんの写真がバッチリ

あの時はどうしたんだっけかなぁ・・・



「私たちはだれも、
 中身のわからない福袋を持たされて、
 この世に出てくるのではないか…」




『福袋』に例えられる人生。が、描かれています。

中に何が入っているのかわからない。
つまり、当たりが出るのか、ハズレるのか、わからないのが福袋。

まるで「福袋」みたいに、
人生は、明日何が起こるのか、誰に会うのか、
どんなことになり、笑うのか、泣くのか、わからない。

「福袋」から出てきたみたいな人生の、あれとかこれとかを、
 それぞれが、どんなふうにとらえて生きるのか、

『なにか』を手にとった人たちが、
 少しだけ、別の選択や、別の気持ちを「持つ」かんじが、
 引きこまれました



2冊目は、
内澤旬子さんの『身体のいいなり』



38歳の時、ステージ1の乳がんと診断され、
2度の部分切除を経て、乳腺を全摘出し乳房再建・・・手術を重ねてきた著者。

大変さを強調した闘病記を書くつもりはない。という著者。

がん以前と比べ、むしろ元気になってしまった経緯を書いてほしいと言われ、
体験をまとめてみようという気持ちになった著者。

その頼もしい著者が、
病をきっかけにして『身体のいいなり』になり、どんどん変わっていく。



病というのは、他人のものではないです。

誰でも、なってしまうもの。
誰にでも、起きてしまうこと。です。

そうなった時に見えるもの、
人それぞれだなぁと思いました



以下は『身体のいいなり・・・より』

同年代の友人たちが体調の悪化や老化を憂いているときに、
なんか癌なのに元気になっちゃったんだよ、と大騒ぎしていてちょっと申し訳ない・・・

癌を通じて身体が不如意になってみて、
ようやく心と身体は連動しているものだと気がついても、
心は身体がいいというものに全面降伏するわけではない。

どうやら自分の身体は、
思ったよりもずっと大きく変わりつつあるらしい。(ヨガを続けて)

乳首を残すツモリデゼンテキしても、
目が覚めたらのっぺらぼうという、哀しい結果になることもありうる。
これはさすがの自分でもキツイかもしれないなぁ。

Tさんは死んでいく。
そして私はまだ生きていて、
生きているかぎり、
嫌でも生き続けねばならない。

友人の死を認めるには、どうしたらいいのだろう。

困ったことに、
身体と同じ速度では精神は回復してくれなかったということだ。

気がつけばあるものと思ったものは、
観ようとすると案外捕えにくいものだった。

私は今日も身体のいいなりなのである。




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