29日の蓼科はどしゃ降り、30日夜から八島湿原は雨、翌1日の霧ヶ峰ビーナスラインは朝靄と霧という生憎の天気でしたが、30日は朝から快晴でした(ラッキー!)。8月に物見石でお会いした方に教えていただいたゼブラ山コースを歩くことができました。
今回は、八島湿原ビジターセンターの駐車場から時計まわり、鎌が池ーゼブラ山ー山彦耳(北の耳ー南の耳)-車山乗越ー車山湿原ー沢渡ーヒュッテ御射山、初めて歩く湿原の外周6キロくらいのコースでしょうか。10時に駐車場をスタートし、のんびりと歩いてヒュッテには16時前に到着しました。
鎌が池を右に見ながら木道を30分ほど歩くと奥霧小屋(休業中)。ここから5分でトイレがあります(この先はない)。トイレを背にして進むと物見石ー蝶々深山のコース。きょうはゼブラ山コースですが、道がみつかりにくい。トイレの近くに小さな看板が立っていました。
2歩程度の段差を上がると笹の間に踏み分け道があり、30分も歩くとゼブラ山(1776m)の頂上、湿原一帯が眺望できます。初心者にはこれだけで感動です。
ゼブラ山から南をみるとこれから目指す北の耳・南の耳がみえます。東側にはエコーバレースキー場のリフトが見えます。
北の耳からの山彦尾根はなだらかな草むらのコースです。耳の頂上に上がるには急斜面があるので一歩一歩注意して登りました(前日の雨で滑りやすい)。
二つのとがった丘が耳のようにみえます。右が「北の耳(1829m)」、左が「南の耳(1838m)」です。北の耳ー南の耳を越えると殿城山分岐のT字路(1832m)、ここを右に下れば車山乗越です。ゼブラ山から60分ほどのコースです。
車山の足元、車山湿原から沢渡に向かいます。車山肩経由コースもありますが、前回に車山肩から沢渡に下ったときに膝にきたので今回はこっち。草紅葉、森林限界線際の笹やススキがきれいでしたが、「雨後ぬかるむ」との注意書きの通りでした。
ゆっくりと休み休み歩いて16時前にヒュッテみさやまに到着。
翌10月1日夜にJAZZコンサートがあるので、今夜はメンバーの練習を聞くことができました。ナマで聞くと迫力ありますね。
来年の夏も楽しみです。
ヒュッテで本を見つけました。「不思議な円形遺跡」と書かれています。ヒュッテ御射山のまわりにある高台が競技場の観覧席だったようです。また八島・車山の杜若と山彦の伝説についても書いてありました。
ある日二人はそれぞれ池へ散歩に出かけた時のこと、それまでたち込めていた霧が一瞬晴れわたりました。少女は若者のたくましい姿に、若者は少女の天女のような美しさに惹かれ、一目で互いに好きになってしまいました。
しかし二人ともまだ自分の本当の姿を見たことがありません。そこで、まず山彦が池に姿を映してみることにしました。と、その時突然車山の方から風が吹き、さざなみがたちました。水面にはゆがんで鬼のように恐ろしく醜い山彦の姿が映し出されました。今度は杜若が水面をのぞくと風もなく、美しい姿が浮かび、思わず自分で見とれてしまいました。がっかりした山彦は車山の陰の谷に隠れて、二度とと出てきませんでした。一方少女は美しい自分の姿に見とれている内、そのまま池のほとりの紫の花、カキツバタになってしまいました。池のほとりで谷の方をむいて「オーイ」と呼ぶと山彦が「オーイ」と返事はしますが相変わらず姿は隠したままです。小さな池は「鬼ガ泉水」と言って、今でもきれいな水をたたえています。
八島ヶ原湿原の南端に旧御射山遺跡がある。古代から五穀豊饒を祈願した祭りが最も盛んになったのは鎌倉幕府の時であり、全国から鎌倉の武士達が集い、流鏑馬(やぶさめ)や笠懸(かさがけ)などの武術を競い合ったことから、国体発祥の地とも言われている。西側の丘には観客席跡の土段が残っている
尾花ふく穂屋のめくりのひとむらに
しばし里あり秋の御射山
諏訪大社下社大祝 金刺 盛久の歌