バンマスの独り言 (igakun-bass)

趣味と実践の音楽以外に日々感じる喜びや怒り、感動を記録するためのブログです。コメント大歓迎です!

僕のニューヨーク生活 11

2006年09月09日 | 僕のニューヨーク生活
ニューヨーク生活を楽しんでいるうちに自然発生的に始めたアルバイトの仕事で僕が出入りした思い出深いビルがあるので、今回ご紹介します。


フラットアイアン・ビル と ワールド・トレード・センター・ビルです。


フラットアイアン・ビル

ニューヨーク市マンハッタンのミッドタウンからアッパータウンにかけては、直線の街路が東西南北に配置された碁盤目状に区切られています。
そして南北の街路をアヴェニュー(番街)、東西の街路をストリート(丁目)と呼び、いくつか例外はありますが番号で呼ばれています。こういった街路を計画した当時この区割りを単調と思ったのか、北西から南東へ斜めにたすきがけで横切る道路がそのまま残されました。これがブロードウェイですね。

碁盤目状の区画に斜めに道が走るので、その交点には細切れになった三角形の区画が出来ます。三角形の端地なので大きな建物を建てるわけにはいかず、公園となったり、道路と道路に挟まれた安全地帯みたいなものになっていてそれらを「スクエア」と言うことになっています。本来ならスクエアとは四角形の意味ですが、ここでは広場ぐらいの意味として使われています。
やがてニューヨーク市が発展してビルが建て込みはじめると、このちょっとした広場が人々の息抜き地点としての役割を果たすようになったようでスクエアがどれだけ人々の地理認識に強く印象に残ったかは、それぞれの交点にタイムズ・スクエア、ヘラルド・スクエア、マジソン・スクエア、ユニオン・スクエアと愛称がつけられていることからもわかります。

このようにスクエアの三角地は空き地として残され、空き地が故に都市の中で注目される場所となっていましたが、そういう三角地にビルが建てられた場所があるのです。
それが僕のオフィスが入っていた「フラットアイアン・ビル」であります。
二等辺三角形というアンバランスなビルを建てるということが技術的にも景観的にも冒険だったでしょうが、その冒険に成功したことでフラット・アイアン・ビルは建築史、都市計画史に名前を残したのです。
「平コテ型のビル」という見た目そのままが愛称になったこのビルの4-5階にオフィスを構えていた貿易商社こそが、僕が毎日のように通った場所であったのですが、なにせ観光スポットでもある有名なビルなので、そりゃいつだって鼻高々で出入りしていたものでした。

この フラットアイアン・ビルの特徴は、平べったいことだけではなく、二等辺三角形というアンバランスな形にあります。そして頂点の鋭利なイメージに多くの人が強い印象をもったようです。

フラットアイアン・ビルの頂点(もっとも狭くなっているところ)は幅が2メートルありますがこの2メートルの幅を遠くから見るとほとんどとんがった点に見えます。
この三角の片側に5番街が南北に、もう片方はブロードウェイが走っているのです。
この両面に出入り口があるのでこのビルの住所は二つあるのです。
○○○、5th Ave,NY.それと○○○、Broadway,NY.というふうに。

高さ90メートルという1902年の完成当時に世界最高を誇ったこのビルは外壁にアールデコ調の模様が施され、内装も派手さはないですがしっかりと重厚です。
いつもは5番街側の出入り口を利用していたのですが、中に入るとすぐに売店がありました。朝食がまだの時やお腹がすいている時はそこでいつも「ベーガルとコーヒー(紙コップ入り)」を買ってピカピカに磨かれた真鍮(ブラス)が随所に使われている古めかしいエレベーターに乗って行きました。比較的に広いエレベーター内はすぐにコーヒーの香りでいっぱいになりました。朝など出勤時間はそんなフニャフニャの紙コップを持った利用者でごったがえします。お互いコーヒーをこぼさないように必死です。中にはすぐに半分飲んじゃう人もいます。これでもうこぼれないだろう!という顔で。
ムクのブラスの手すりはしっかり握っていると金属臭が手につきます。だからみんなはあまり握りません。階数を示す表示もアナログ式(針で数字を指す)で古風です。

フロアが何階だかは知りませんがしょっちゅう1Fロビーで会う女性がいました。いつも混雑している時にちょっと会釈する程度の顔見知りでしたが、それはそれは美人でブロンド。ちょっとツンとすましたたたずまいがNY風で僕はいつも憧れの眼差しで彼女を見ていました。
ある日、エレベーターの中で二人っきりになったことがありました。
僕のオフィスは低層階だったのですぐに降りなければならなかったのですが、間違ったふりをして最上階のボタンを押したのです。すると彼女はそれに続いて行き先階のボタンを押しました。なんとウチの1階上でした。そのフロアは旅行代理店と商社が入居していて、どちらかが彼女の勤務先かは分かりません。

そのフロアに着きエレベーターのドアが開くと彼女は僕に軽くウインクして降りていきました。そうしたらそのフロアにいた同僚らしきおばさんから「モーニン! メリー・ルウ!」と声を掛けられていました。そこでドアが閉まり僕の乗ったエレベーターは最上階へと向かったのです。
「そうか、彼女の名前はメリー・ルウっていうのか」

昼休み、早めにランチを終えた僕はそのフロアに行きました。旅行代理店の人ならいいな、と思って。 商社じゃ用件がないと行けないですからね。 
ちょうどこの頃僕はワシントンDCの桜祭りが見たくて一泊程度のツアーを探していましたので、そのパンフを探すと言う名目でその代理店の中に入っていったのでした。
そうしたらなんと窓口にそのメリー・ルウが「May I help you?」って座っているじゃないですか! 向こうも顔見知りの人間の突然の出現に驚いたのか、立ち上がって「あれ」って感じでした。
エレベーターで見ていたより若い感じの彼女とはその後仲良くなりランチのお供をするようになりました。
この人とのお話は機会を見てまた書きます(ごめんなさい。ここまで引っぱっておいて)

さてそんな思い出のあるこのフラットアイアン・ビル(フラッティロンと呼んでいました)はその歴史と奇妙な外見から多くの観光客やおのぼりさんが訪れてきます。
ですからセキュリティー上、入居者はカギを最低2つは持っていました。
一つはオフィスのメインキー。もう一つはそのフロアにあるトイレのキーです。
各フロアのトイレは入居者専用ですのでトイレにはキーが付いているのです。
だから急にお腹の具合が悪くなってあせってトイレに駆け込む時もキーがないととんだことになるのです。忘れて何度もオフィスの人にそのカギを借りたものでした。


ビルの先端部(右が五番街、左がブロードウェイ)



ワールド・トレード・センター・ビル

あの悲劇で跡形もなくなってしまったNY名物のツインタワーでの思い出もたくさんあります。
当時世界第2位の高さを誇った420m、110階建てのツインタワーはエンパイア・ステート・ビルと同様に観光名所の一つでした。第2ビルは観光客用に多くの施設や展望台が設けられていましたが第1ビルはそれに比べてオフィス・ビルに特化していました。
僕はこの第1の60数階の商社にも少しの期間、勤務していました。
みなさんはあのテロの時の無残にも崩れていくこのビルの様子を見たと思いますが、中から見てもほんとに華奢(きゃしゃ)な感じのビルでした。こんなにガラス張りで鉄骨(柱)も目立たない超高層ビルもあるんだー、と僕なんかお気楽にも思っていました。
フロアに柱があまりなかったというのが印象で、オフィス内の見通しがすごく良かったのです。フラットアイアンのように歴史のあるビルのいかにも頑丈そうな外見に比べこのツイン・タワーのスマートさには驚くばかりでした。
いくら同じマンハッタン島で地震がなくて地下の岩盤が巨大強固であるといっても、ずいぶんな違いです。

マンハッタン島を遠望すると尖塔のエンパイアとクライスラー、屋上が平たいこのツイン・タワーが目をひきますね。マンハッタンの先端(南端)にそびえていたあの無機質で色気のない摩天楼もやはりNYを象徴した風景ではありました。
僕はこのビルに出入りをしていてもなぜか何の愛着も持てずに(あまりに近代的だったので)いましたが、テロであっと言う間に崩壊・消えうせたビルの報道や写真にただ唖然としたのを思い出します。あれから5年が経ちましたね。
(もちろん崩壊時は日本に帰国してだいぶ時が経っていましたが)

勤務していた会社も消えうせてしまったようです。
そこで知り合った多くの友人・知り合い・ガードマン・レストランのおばちゃん・ドアマン・荷受場のオヤジ・ゴミ処理のニイチャン、みんな無事で生きているのでしょうか?
僕が連絡先を知っているこの会社での友人の数十人へはテロ当時より何度か連絡を試みましたが、その中で数人は残念ながら亡くなったようでほんとうに胸を痛めました。

僕の脳裏にあるNYの風景にはこのツイン・タワーが空に向かってすーっとそびえています。りんとしたあのたたずまいとシルエットが心の中から消えることは絶対にないと思います。


観測衛星よりマンハッタンを見る

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (テーラ-)
2006-09-11 11:07:20
今度はブロンド美人ですか

いいなー
返信する
う~ん、 (igakun-bass@発行人)
2006-09-11 11:17:19
>テーラー さま



ブロンド美人? 確かに外見は!

でもね・・・やっぱり・・・タミーのほうが数段上の女性です。



今日はツインタワー崩壊から5年。何かと感慨深いのです。





返信する
WTC 9・11 (ふう)
2006-09-12 14:41:48
学生時代。

ゼミの先生からこのビルについていろいろ話を聞きました。



以前先生はこのビルを設計した「ミノル・ヤマサキ」の事務所で働いていて、そのときにこのビルの設計に携わったそうです。



「キングコングの映画を見るたびに、胸が痛むんだよ(映画の中でコングが登ったのがこのビル)」と、冗談交じり

に話してくれましたが、冗談どころか本当に壊れてしまう大事件が起こりました。



このビルは「センターコア」という構造形式で、周辺の窓の部分と真中の「コア」の部分に柱が集中している鉄骨造の建物でした。



鉄骨はその特性から、熱が加わるとある時点から急激に強度が落ちます。



あの事件はそれを如実に証明して見せました。



二度とあのようなテロが起こることがないことを願い、また亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
返信する
センターコア (igakun-bass@発行人)
2006-09-12 16:39:32
>ふぅ さま



ふぅさん、ありがとう! 教えていただいたあのビルの構造は・・・どおりでフロアの見通しが良かったはずです・・・あれだけの超高層ビルに採用されたんだから強度的には強いんですよね?

でも飛行機が突っ込んで大火災が起こったら、どんな構造でも崩壊ですよね。しかしその崩壊の仕方が、あまりにすーっっといっちゃったもんで、あっけなくて。



昨日も(9.11)追悼番組など放送されていましたが、青空に立つあのビルの横っ腹にハイジャックの飛行機がぶつかっていってオレンジの炎をあげるシーンは色彩的に鮮烈でまるでハリウッド特撮のようでした。



色彩はその後黒煙と白煙に変わり、その中で僕の友人も亡くなっていったのです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。