バンマスの独り言 (igakun-bass)

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「シークレット・ストーリー」 パット・メセニー

2011年11月25日 | アルバム・レビュー
満を持してこの大傑作アルバムの事を書こうと思う。

膨大な数の音楽の中にあって、僕は<この曲が好き>という単品志向のものと<アルバム全体が好き>という総合的なコンセプトに共感するものとに分けて<好きな音楽>という選別をしている。

僕の聴く音楽はかなり広範囲なジャンルにわたっているが、その時々で聴く音楽の選択はやはりその時の精神状態に左右されている。
だから数日で全く趣の異なる音楽に感動してもおかしくはないのだ。

しかし人にはそれぞれ、どのような精神状況であっても心の奥に大切にしまってある音楽があるのも事実だ。それは毎日のように聴いていないものであってもいい。その人のファンダメンタルな所に住みついている音楽は人生の貴重な糧となるだろう。

さて前置きはともかく、ついに僕はこのアルバム(一枚はオリジナル・アルバムCD、もう一枚はそのライブ映像DVD)について書くことにした。

アメリカのギタリスト:パット・メセニーの1991年の作品「Secret Story(シークレット・ストーリー)」とその映像版「Secret Story Live」(1992)だ。


[CD版] (スタジオ制作)

パット・メセニーという自らの音楽に妥協を許さない音楽家の集大成がここに見てとれるほどのこだわりようは尋常でないし、そのくせその結果が万人に受け入れられた(グラミー賞獲得)という非常に稀有な作品であり、収録された曲全てを通して一つの音世界を作り上げた大作でもある。

僕はこのアルバム発表後二十年間というもの、この音楽を片時も忘れたことがなかった。
ヘビーローテーションで聴いていた時期こそ数年だったものの、この音世界は特別貴重なものでありつづけた。それはマイルスの「Kind of Blue」と双璧をなす。

全14曲からなる「シークレット・ストーリー」は全体で聴くべき音楽ではあるけれど、前半9曲と後半5曲とはその燃焼度からグループ分けをしてもいいと思う。あえて曲を選ぶとすれば、オープニングを飾る「Above The Treetops」と#10からの5曲がこのアルバムの真髄と言っていい。

#1「Above The Treetops」
カンボジアの賛美歌にインスパイアされたパットの音楽で、西洋音楽の<コード>に当てはめるのが困難なメロディーが印象的なアジアンテイストの傑作である。そもそも前回このブログで取り上げた奄美大島の唄者・朝崎郁恵の「あはがり」の紹介時にその近似性を指摘させてもらった縁で、パットのこのアルバムを紹介する気持ちになったのが不思議な巡り合わせだ。

このオープニングの1曲で聴く者はいきなりアジアの世界へと連れていかれる。このある種強引な引っ張り方によって、パットを知らない人でもこのアルバムの内容に興味を持つことだろう。

#2「Facing West」
普通ならばオープニングを飾るようなキャッチーな曲。とても軽快で一時のジョージ・ベンソンのよう。
全曲の中では取っつきやすさが一番で、ある意味で異色な存在だ。

#3「Cathedral In A Suitcase」
メカニカルなシーケンスの上に様々な隠し味が浮き出しては消えていく。前二曲とは全く異なる印象を持つ。おそらくは少数のミュージシャンだけで作り上げたものだろうし、もしかしたらパット一人の多重録音かもしれない。明るい色と薄暗い色とが交錯して、パレットの多い音楽だ。

#4「Finding And Believing」
パットが好きな変拍子の音楽だが、エスニックなテイストが絡み不思議な感覚にとらわれる。
例のカンボジアン風なヴォイスが乗ってくるとがぜん色彩の濃い、熱帯の音楽になっていく。
ベースはウィル・リーが弾く。変拍子だけれども感覚的に分かりやすい7拍子だ。
後半はオーケストラ・サウンドになり、ジャングルの中をさまようような複雑な展開と進行を聴かせる。
ベースは前半のエレクトリックから後半はアコースティックに変わるという細かい表情付けもある。
とても複雑な変化を持つ曲だ。約10分!

#5「The Longest Summer」
アコースティック・ピアノが前面に出た穏やかな印象の音楽。
シンセ・ギターが縦横無尽に飛びまくるが、音楽の温度はそれほど上がらない。
なんとピアノはパットの演奏だそうだ。けだるい夏の昼下がりの音楽のように聞こえる。

#6「Sunlight」
題名のようになにしろ明るい音楽だ。#1のスタートが首をかしげたくなるような全く影のないポップス調のさらさら~っとした小品だ。すごいのはその転調の多さ。目まぐるしい転調に不自然さが無いのがすごいところ。

#7「Rain River」
エレクトリック・シタールの登場が印象的だ。ドラムスのライド・シンバルのチップ音が心地よく、このソロ・プロジェクトとは異なる本来の<パット・メセニー・グループ>の音を彷彿とさせる。時々効果音らしき音が紛れ込んで、熱帯の「雨」を想像させる。

#8「Always And Forever」
音量も小さくとても内省的な音楽だ。バックは静かなストリングスと微小なドラムス。
柔らかなガット弦が心を落ち着かせる。

#9「See The World」
メセニー・グループのアンサンブルを聴いているかのような軽やかでジャージーなアレグロ。
ソロ・ギターやストリングが美しい。ブラス隊も参加しているがあくまで控えめ。





さて#10「As A Flower Blossoms」からはアルバムも後半に入り、パット自身が言うように<現代のレクイエム>を聴くような趣があり、音楽が表現する哀しみがぐいぐいと増幅されていく。

そのスタートの#10は本アルバム中唯一の共作者としてクレジットされている矢野顕子が作詞をして、歌って(ささやいて)いる。
実際はたったワン・センテンスだけの聞きとれないほどのヴォイスで登場するのだが、妙にインパクトのある音楽だ。
なぜだか自分でもよく分からないのだがやけに哀しい音楽だ。ピアノはパット自身の演奏。

この曲からはこのアルバムのイメージが変わっていく。精神性がさらに深く、音楽は熱を帯び始めるのだ。

そして#11「Antonia」
実はこの曲こそが僕が愛してやまない曲である。アコーディオン(ライブでは本物。ここではシンクラヴィアでの合成音)が哀しい。ちょっと多湿な音楽だがイントロが終わりテンポが少し上がった主部ではパットのガット弦が流れるように細かなディテールを繊細に紡いでゆく。再びイントロの湿り気が戻ると聴き手はすでにこのアジアというより中南米の空気感になじんでいることに気づくだろう。
非常に陰影に富む完成された音楽であり、この曲を知っただけでこのアルバムのエッセンスを得られたことになるのではないだろうかとさえ思える。

もちろんこの曲が最も重要な意味を持つアルバム内でのピークになるのだが、重さやけだるさが適度にあるのに加えて、異国情緒もあり、その中で時折見せるメイジャー(長調)の響きが木漏れ日のように光るのがミソ。
ライブ(映像版)でもステージ一番の存在感を見せつける最高のナンバーだ。
僕は何か考え事をしたい時に今でもよく聴く。

#12「The Truth Will Always Be

マリンバの低音とスネア・ロールが重々しい不思議な雰囲気を醸し出している。
やがてバックのオーケストラがクレッシェンドしていき、ついにはマイナー進行の定番ともいえるコード進行に乗ってパットのギター・シンセが泣き叫ぶ。アルバムの感情面での爆発はここだと思う。
実によく泣いてくれる。ちょっとピンク・フロイドを連想してしまったが、バックのサウンドはクラシカルだ。形式的にはラヴェルの「ボレロ」のように長いクレッシェンドで盛り上がっていく。

#13「Tell Her You saw Me」

前曲で目を真っ赤に泣きはらした心を柔らかく慰めてくれるようなギターとストリングスの穏やかで平和に満ちた会話がここにはある。
すでに心は平静さを取り戻し、静かに過去を振り返る。秋の空、紅葉の木々のように爽やかでどこか寂しい夕暮れの情景でもある。

#14「Not To Be Forgotten」

25分にも及ぶ後半部の哀しい物語のラストはストリングス・オーケストラのみの演奏だ。
かつてここで紹介したクラウス・オガーマンの音楽のように、いろいろな困難・苦難・哀しみ・喜び(#2)があってもすべては穏やかな風にのって天高く昇華していく、という感じで全曲を閉じる。


カンボジアの聖歌で幕を開けたパットの秘密の物語(秘められた想い)は様々な経験を経て一つの収束点へと向かう。
そしてその行きつく先は穏やかな悟りのような境地だった。

このアルバムを制作するにあたってパットは実に構想だけで6年の時間を使った。
考えられる限りの音を追求するあまり、多彩なミュージシャンやクラシックのオーケストラまで導入した。10曲書いて9曲を捨てるという試行錯誤を繰り返し、その最も美しい部分だけを切り取ってアルバムとした。

魂の浄化を目指し、人生の旅を続けた。その一生の流れのハイライトが音楽となってこのアルバムに収められた。
このアルバムはエンターテイメントではないと思う。哀し過ぎる側面をもっているし、自分を見つめ直したり、深く考えることをうながす音楽だからだ。

パットの音楽は絶えず変化している。このアルバムのような奇跡的な音楽を今でもやっているかというとそれはちょっと疑問だが、彼の音楽のある意味でのピーク(最も輝いている)はこのアルバムの制作時期にあったと僕は信じている。


CDでは非常に複雑にそして巧妙に作り込まれた音楽が存在しているわけだが、僕を含めた多くのこのアルバムのファンは、これらをライブで再現できるとは思いもしなかったし、実際にパットも再現不可能だと考えていた。

ところが翌年に発表されたこのアルバムのツアーを収録した映像が「シークレット・ストーリー・ライブ」としてLDやDVDで発売されたものだから当時は腰を抜かすほど驚き、感激した。

[DVD](ライブ映像)



ニュージャージーにおけるコンサートの記録がこれなのだが、ロンドン・フィルもカンボジアン・コーラスも7人編成のブラス隊も無く、マルチ・プレーヤーの二人とKbの二人、ベース&ドラムそしてパーカッション一人とサイド・ギター一人、そしてパットという編成で、CDアルバムの複雑きわまりない音世界を再現した。

このコンサートではギル・ゴールドスタインとジム・ベアードという、マルチ・キーボーダー&サウンドクリエーターとして卓越した技術を持つ二人の参加と、かつてパット・メセニー・グループにも在籍したデヴィッド・ブラマイアーズ、マーク・レッドフォードの二人のマルチプレーヤー&ボーカリストの存在が大きい。
彼らなくしてはパットも納得いくような音づくりはできなかったに違いない。ギルとジムは非常に有能でミュージシャンからの信頼が厚く、この二人のスケジュールを同時に押さえられたことが奇跡に近いということは、パット自身がMCで語っている。
彼らこそがアメリカのジャズシーンを下から支えているミュージシャンなのである。

また、デヴィッドとマークは楽器としてのヴォイスを持っているだけでなく、管楽器からパーカッション、ギター、果ては口笛までありとあらゆる楽器をこなす。

オープニングはスタジオ版と同じ「Above~」だが、カンボジアン・コーラスのあのサウンドをたった二人で再現してしまうすごさには冒頭からのけ反ってしまう。

そんなわけでこれには狂喜乱舞してしまった! 映像、音質ともに最高水準の収録だし、各ミュージシャンの奮闘ぶりが手に取るように分かる。

例のカンボジアのコーラスが始まるとサドウスキーを抱えたパットが弾きながら登場する。
もうこれだけでギブアップだ。その美しさ、音楽の純粋さはただものではないし、見ている客も上質で会場内の雰囲気は最高だ。まさに大人の世界のコンサートで、その全体がパットのグループを包み込む様子が日本でガキに混じってしかライブを見られない僕らにとってはうらやましい限りだ。

なおこのライブではCDに納められた曲が何曲か入っていない。その一つが矢野顕子がヴォイスとピアノで参加していた「As A Flower Blossoms」である。
パットが矢野のあの独特のヴォイスと感性を非常に気に入っていたため、それが縁で双方のアルバムにお互いがゲストミュージシャンとして参加してきた10年来の友情関係があるのだ。

「シークレット・ストーリー」の「As A Flower Blossoms」はアルバムの中で唯一、パット以外の人が作者として名前を連ねるナンバーだった(矢野とパットの共作)。
実際のところこれは彼女をイメージして作られた曲らしい。ライブでもパットが矢野にオファーを出していたが、矢野がスケジュールがハード過ぎるので難しいと固辞して、残念ながら「ライブ」での共演は実現しなかったのだ。
この点はとても残念だったが、しかたがない。

それでもこのコンサートのメンバーはすごい。みんな見た目は地味系だとは思うが、そのテクニックたるや見ていて、聴いていて本当に舌を巻く。
CDが完成度の非常に高い音楽だったのでそのライブ再現にはこれだけのメンバーがいて初めて実現できるものなのだろう。

映像作品はCDなどの音だけの作品より情報量が格段に多い。
だからこの緻密な音楽をぐっと自分の元に引き寄せることができる。
パットの頭の中の音楽はCDが全てを表現するにはふさわしかっただろうが、僕はこのアルバムを実際にライブ映像で見られたことを無上の喜びと思う。


前の回のブログで僕は朝崎郁恵の「あはがり」を紹介するついでに、ふとこのパットの#1を紹介することを思いついた。
この事が結果的に今まで紹介することを重荷に思っていた「Secret Story」をついにブログで全面的に書かせてもらう決心をするに至ったのだ。

いまさら言うのもなんだが、このアルバムは僕にとってとても価値のある音楽作品の一つだったのが原因で、書くことをためらっていたのだ。でもこのアルバムが世に出て20年。
それなりに噛み砕いて僕はこの作品を楽しんでいる。それでやっと書くことができたのだ。

みなさんにこの音楽を無理強いをしようとは思わない。人はそれぞれ好みというものがあるからだ。

それでも僕のこのブログのカテゴリー<アルバム・レビュー>で紹介した作品にはそれなりの自信を持ってお話をしてきた。今回このアルバムが加わったことによって、どこかほっとした自分がいることを今感じている。


6900字にものぼる長文にお付き合い下さってありがとう!

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2 コメント

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Unknown (223)
2011-12-05 23:28:14
こちらを読みながらCDとDVD鑑賞させていただいております。
ありがとうございます。
とても透明感のある、落ち着くサウンドですね。
The Truth Will Always Beは確かにピンクフロイドを思わせます。
ところでパットメセニーのピックの持ち方はかなり変わっていますね。
普通の人がやるととても弾きにくそうな持ち方です。
こんばんは! (バンマス@発行人)
2011-12-07 19:47:00
>223 さま

パットは昔からあのようなピックの持ち方なんだよね。あれでよく弾けるもんだ!

サウンドはすでに時間が経ったものだけど、音楽傾向が目まぐるしく変化してきたパットの僕が一番好きな時代のこのアルバムにはずいぶん癒されたものだよ。

聴いてくれてありがとう。

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